幸福の色を届ける日
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帝國図書館第弐特務司書仮名・国木田陽子
童顔で低身長な21歳
ビー玉を錬成する程度の錬金術師
前向きで明るく勢いのある性格
助手によくセクハラしては怒られる日々
何故か本名を頑なに隠している
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ホワイトデー当日。
この日は気合いを入れる為、特務司書もその助手も、共に揃いの黒いスーツ姿であった。
報告会は入念な準備と先輩司書が丁寧にまとめた研究成果のおかげで、何事もなく進んだ。自信たっぷりにプレゼンする姿が功を奏したようで、政府の重鎮らからの厳しい質問責めにも怯む事なく受け答えして、館長からお褒めの言葉を頂いた程だ。ついでに館内施設の案内役も積極的に勤めて、特務司書や転生文豪らが普段どのようにしっかり働いているか、十分伝えられたことだろう。
政府役人らが全員帰って、会議室の片付けも済ませた頃には、もうすっかり日が暮れてしまっていた。窓の外を見てそれに気付いた途端、ドッと肉体的な疲れに襲われたが、精神的には何とも清々しく心地良い気持ちだった。達成感に満ちていた。
役目の終えたプレゼン資料を抱えて、助手と並んで自室へ向かう廊下をリズム良く歩いていく司書。その表情はにこにことご機嫌である。
そして司書室へ戻ってきた途端、
「どっぽさーん!!」
持っていた資料を雑にソファーの上へ放り、扉を閉める助手の国木田独歩の背に飛び付いた。その勢いがあまりに良過ぎた為、危うく扉に頭をぶつけるところであったが、国木田は仕方のない奴めと笑う。
「ねえねえ、どっぽさん! 私、今日すっごく頑張りましたよね!? 褒めてくださいっ、褒めて! 頭撫でてー!!」
「ったく、自信持てとは言ったけど、ここまで烏滸がましくなれとは言ってないぞ。でも、まあ、確かによく頑張ったな、お疲れさん」
国木田はくるりと体勢を変え、正面から彼女の小柄な身体を抱きしめ返してやり、その黒髪を思いっきりわしわし撫で回した。司書は彼の胸元へすりすり頬を寄せて、とても満足そうだ。
叱る時は叱り、褒める時もちゃんと褒めてくれる。そんな良き飼い主に目一杯甘やかされる子犬のような姿は、うっかり彼女のお尻に、千切れそうなほど振り乱れる短い尻尾でも見えそうだった。
「俺に甘えるのも構わないけど、その前に、ちゃんと自分の執務机は確認した方が良いんじゃないか?」
え? どういうことだろう?
司書はパッと彼から離れて、首だけ後ろを振り返り、びっくり目を丸くした。思わず「わあっ」と歓喜の声が出る。
執務机には、驚くほどたくさんのプレゼントで溢れていた。それらはもう机上だけに収まらず、椅子や後ろの窓枠の上にまで並んでいる。色とりどり、大小様々、入れ物もどれひとつ同じ物など無い。ざっと見て三十人分近くあるだろうか。シンプルなクッキーの詰め合わせから手作りのパウンドケーキまで、お菓子類が多くあって、どれが誰からの贈り物であるかすぐわかるように、きちんとメッセージカードまで付いている。
島崎藤村や田山花袋などの見慣れた文字を眺めながら、司書は「あっ!」ようやくこの状況の理由が分かったと声を上げた。
「そっか、今日ってホワイトデーでしたね!?」
どうやら司書もここ数日忙しくて、ホワイトデーのことなどすっかり忘れていたらしい。
皆さん、報告会で私が居ないからって、休みなのにわざわざここへ来てプレゼントを置いていってくれたんですね。きっと、バレンタインに一緒にチョコを配り回った、先輩司書の部屋の机も同じような状況なのだろうと想像して、後輩はほっこり微笑んだ。
ああ、こんな素敵な行事を忘れるなんて! 嬉しいけれど悔しい! なんて、彼女は心底楽しそうだった。その手には向日葵をイメージした可愛らしいカップケーキが収まっており、国木田まで数日前の出来事を思い出して笑ってしまう。
「うわあ、私も皆さんに手作りクッキーお配りしたかったな、明日以降でも受け取ってもらえるかなあ」
「……クッキーか」
ふいに、国木田の脳裏に親友の言っていたある言葉が過ぎった。が、どうせこの司書は特にそんな深い意味も知らないのだろう、と少し落ち込む気持ちを振り払う。
「あれ、どっぽさん、クッキーあんまり好きじゃないです?」
「いや、そういうわけじゃ、」
「ふふっ、ご安心ください! 本命のどっぽさんには、ちゃあんと、別で豪華なお返し用意しちゃいますから。天才錬金術師の陽子さんにお任せを、ご希望とあればマカロンだって作れますよ?」
「べ、つに、何も不安になんて思ってねえよ。というか、あんた、そういうお菓子作りは苦手だって前に言ってなかったっけ?」
「はてさて、何の事やら〜。嘘も方便とはよく言ったもんですよね」
いつぞやのバレンタインはそうやって先輩を騙したのか。悪い後輩だ。……やっぱり本当はホワイトデーに贈る菓子に秘められた意味もわかっているのでは、と怪しむが、へらへら笑う彼女の真意は謎である。
メッセージカードを読みつつ、ひとつひとつのプレゼントに何度も新鮮な喜びようを見せていた司書だが、何か気になるものがあったのか、その手を止めた。
「あれ、これって……」
菓子類ばかりが並ぶプレゼントたちの中、それは一際目立っていた。
桃薔薇の飾られた花瓶の傍らに、でん、と1匹の大きめなぬいぐるみが陣取っている。それは真っ白でふわふわした毛並みのクマさんで、プレゼントだよと言いたげに首に青いリボンまで飾っていた。オマケに、ビー玉のようなキャンディーがいっぱいに詰まった瓶を抱いている。
「……どっぽさん?」
「ん、何だ」
「この、キャンディー抱えてる白いクマちゃん、これだけメッセージカード無いんですけど。もしかして、どっぽさんから、ですか?」
「……ああ」
国木田はそう短く返事をしただけで、すぐ照れ臭そうに窓の向こうへ目線を逸らし、腕を組んでそわそわし始めた。
あれやこれやプレゼントに悩んだ末、こんな子供っぽい、大きめのぬいぐるみを選んでしまったなんて。やはり無難にキャンディーだけにしておけばよかったのでは。もしくはアクセサリーを選ぶべきだったかもしれない。そもそも子供扱いを嫌がる彼女には、不向きなプレゼントだったんじゃなかろうか。
今更ながら色々と後悔の念が押し寄せて来るが、様々な店を巡った結果、このクマのぬいぐるみを見つけて可愛いと感じる同時に、彼女の笑顔が浮かんでしまったのだから、もう仕方がない。
「わああ、ふわっふわ〜!」
ちらり、彼女の嬉しそうな声が聞こえて少し目線を戻すと、司書は白いクマをその両腕で思いっきり抱き締めて、満面の笑みを見せていた。
「へへへっ、どっぽさんが私の為に選んで、この子を連れて来てくれたんですね。キャンディーもきれい、食べちゃうの勿体無いなあ」
「おいおい、また薔薇の時みたいに錬金術使うなよ? ちゃんと全部食ってくれよな」
「大丈夫ですって。ひとつひとつ大事にいただきますね、ありがとうございます。ほんと、すっごく、うれしいです!」
涙目になるぐらい喜んで貰えて、国木田も心の底から安心した。店でこのぬいぐるみを手に取った時より、想像以上の笑顔を見て、つい、嗚呼、と声が溢れる。
「かわいいな」
「はい! この子ほんっとーにかわいいです!!」
いや、そっちじゃないんだけど。と言いかけて、まあ良いか、そう彼もつられるように笑った。
随分悩まされたけれども、なんだかんだ、こうして現代のイベントに振り回されるのは、案外悪い気分じゃない。何日も悩んだ甲斐があったというものだ。
「ああ、もう、ずっとこの子を抱いて寝たいです、お昼寝が捗っちゃいますねえ」
「昼寝って、アンタなあ、ちゃんと仕事はしろよ。サボらせる為に贈った訳じゃないからな」
「へへっ、わかってますよー!」
さて、メッセージカードの無い代わり、彼からの心を込めた手紙が置いてあることに、彼女はいつ頃気付くだろうか。
「どっぽさん、どっぽさん!」
「なんだよ」
「私もどっぽさんのこと、だあいすきですから。頂いたお手紙も、一生大切にしますね。ありがとう先生、好きっ、大好きです!」
「はいはい、知ってるよ。……どういたしまして」
2017.03.14公開
2018.04.03加筆修正