幸福の色を届ける日
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帝國図書館第弐特務司書仮名・国木田陽子
童顔で低身長な21歳
ビー玉を錬成する程度の錬金術師
前向きで明るく勢いのある性格
助手によくセクハラしては怒られる日々
何故か本名を頑なに隠している
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(ホワイトデーのお返しに本命をデートへ誘う。それは確かに、良い案だと思うけど、なあ……)
無事に相談者の悩みは解決したようだが、相談を聞いた方の国木田独歩は未だモヤモヤしつつ、藤村や花袋とも別れて司書室へ。
ドアノブにかける手が、なんとなく重い。扉を開けてまず、彼は「やっぱり」と思う同時に、溜息を吐き出した。机に積み上げられた大量の本や書類、それらは床にも散らばっていて、酷い散乱具合だ。更に、この部屋の主である司書はと言うと、
「んん……むにゃ……」
堂々と来客用のソファーで仰向けに転がり、クッションを両腕で抱き締めてお昼寝していた。眠っていても助手が入室してきたことはわかるのか「へへへ、どっぽさん〜、きょうもよい細腰ですねぇ」なんて寝言をほざいている。助手の眉間に険しいシワが寄って、先程より深く疲れた溜息が落ちた。
彼は静かにソファーへ歩み寄る。そして利き手を振り上げた、次の瞬間。ベチィン! と跳ね返りの良い音が司書室に響き、声にならない悲鳴と共に、司書は真っ赤な額を両手で押さえて飛び起きたのだった。
「ッ、〜ッ! いっ! どっぽさんの愛が今日も痛い!!」
「おう、アンタのそういう何でもポジティブに捉える性格、嫌いじゃないぞ」
事のきっかけは先月末の事である。
ある特定の文豪を呼び起こす為の事前研究が行われ、そして、実際にその文豪を転生させることに成功した。その成果報告を、政府から直接発表するように求められたのだ。
報告会は数日後の14日、休館中の帝國図書館内を使って、政府の重鎮らを集めて開かれる予定だ。館内の視察も兼ねているらしい。その報告会に出席する役目を担ったのが、この陽子司書であった。当然、彼女の助手である国木田もその報告会に付き添う。
つまり、休館日とはいえ彼女らには重大な仕事が控えている。ホワイトデーだからいっしょにプレゼント選びのデートへ、なんて誘う暇はない。もちろん、今も報告会の準備の為、昼寝をしている場合でもない筈だ。
「で、進捗どうですか?」
「ぐわあああ!? 今いちばん聞きたくない言葉の矢を平気で急所狙って射ってきますねえええ!!!? うう、さすがは主力会派のMVP泥棒……」
「アンタがサボってるのが悪い。……とは言え、見た感じ、資料の作成は殆ど終わってるみたいだな。この散らばってるやつ、そうだろ?」
足元の書類たちをさっさと拾い始めた国木田を見て「あっ、うわ、ほんとだ、すごい散らかってる」寝てる間に雪崩になったのだろう、と司書も驚いて苦笑いを浮かべていた。
「事前研究の方も含め、坂口安吾先生の研究結果は先輩がぜーんぶ綺麗にまとめてくださっていて、おかげで早く終わりそうですよ」
後で資料のチェックお願いします、と力の抜けた顔でへらり笑ってみせる司書に、国木田も微笑んで言葉短かに了承した。少しは特務司書としての仕事に慣れてきたようで、助手の彼も安心したのだろう。
司書がソファーから立ち上がり、んーっと背伸びをしている間に、床に散った書類を集め終わった国木田は、次に机の上の整頓を始めた。片付けの途中、ふと、彼女が愛用しているノートパソコンの傍らが気になった。先月からずっと飾られている、花瓶代わりの細長い透明のコップ。国木田から司書へバレンタインに贈ったピンク色の薔薇が、一輪変わらず生けられているのだけれども、中の水が無い。
「なあ、はる。この花瓶、水が……」
助手は司書の愛称を呼んだ後に、はっと気付いた。いや、ちょっと待て。冷静に考えたら可笑しいだろう。
彼がこの愛らしい桜にも似た色合いの薔薇を彼女に贈ったのは、バレンタインデーだ。海外では男性から愛する女性に花を贈る風習の方が有名である、と聞いたが為に。そう、約1ヶ月前のことである。いくら大切に手入れしたとして、切り花の寿命は1週間持てば十分だろう。なのに、その薔薇は未だに、彼女へ贈った時の新鮮で美しい姿を保っていたのだ。水も無いのに。今日まで当たり前に大切に飾られていたから、少しの違和感もなかった。
国木田の困惑している様子に理由を察したのか、司書は彼の隣に並ぶと、フフフッなんて意味深に笑って見せた。その不思議と変化しない桃薔薇を手に取り、彼の鼻先へ花弁を近付けた。ちゃんと香りまで感じられる。
「種も仕掛けもございません。造花でも水抜きしたものでもない、しっかり生きた薔薇でございます。錬金術をちょちょいっと施しただけですよ、先生」
「……枯れないように加工した、ってことか?」
「はい。まあ、私はどうも生まれつき才能が無いので苦労しましたけどね。ビー玉ぐらいしかまともに錬金出来やしない私としては、こういう加工術は難しくて。ミスって棘無しにしちゃいましたよ」
せっかく棘まで美しい薔薇だったのに、たぶん1年持てば良い方ですね、先輩ならこんなの簡単にやっちゃうんだろうなあ。そう自嘲気味に笑う司書であったが、国木田は目を丸くして驚くばかりだ。
原理や方法が全く謎だが、それは追々取材させてもらうとして、錬金術師とはこんな魔法のような事までやってのけてしまうのか。言われてやっと、この薔薇に全く棘が失われていることに気が付いた。彼女が自嘲するような失敗作には、ちっとも思えなかった。
「あんた、すごいな」
棘を失った桃薔薇の茎に触れる彼の口から吐き出されたのは、心の底から感動した言葉だった。
へ? なんて間抜けな声が出る。錬金術というものに物心つく前から触れて"この程度出来ない方が可笑しい"と長年育てられてきた司書はあまり、誰かに褒められる、感心されるということに慣れていなかった。
「このぐらい、全然大したこと、」
「いや、大したことあるだろ。少なくとも俺には絶対出来るもんじゃないし、あんた仕事に関係なきゃ滅多に錬金術師らしいことやって見せてくれないからさ、独歩さんとしては嬉しいぜ」
桃薔薇の花弁や葉にも触れて、国木田は好奇心に青緑色の目をきらきら輝かせていた。何言ってるんですか、と今度は司書が困惑している。そんな彼女に、彼は穏やかな笑顔を向ける。
「普段より少し難しい術に挑戦してまで、俺が贈ったこの薔薇を、ずっと飾っておきたかったんだよな」
凄い、花の寿命を美しいまま長引かせるなんて、やっぱり今すぐ根掘り葉掘り取材したいくらいだ。何より自分の贈ったものを、そうまでして気に入ってくれて嬉しい。そう言って無邪気な子供のように感動冷めやらない彼の姿に、司書は涙腺が緩みそうになるのをぐっと堪える。風情が無いとか、自然は自然のままが良いとか。彼にはいつも通り呆れられるか、下手したら怒られるんじゃないかと思っていたぐらいなのに。
「……え、へへっ、どうですか先生! 私、すごい、でしょ?」
「ああ、すごいよ。驚いた」
桃薔薇を花瓶に生け直してから、国木田は笑顔のまま、わしゃわしゃと司書の頭を撫で回した。
「うんうん、普段からそうやって胸張って堂々としとけよ。あんたは大した錬金術師だ」
「はは、ありがとうございます。でも私、ほんと、錬金術師としては全然駄目で、無能の出来損ないで、」
「ほら、そのすぐ自分を無能とか馬鹿とか言って、変に卑下すんのやめといた方が良いぜ?」
「……どっぽさんも私のこと、バカバカ言うじゃないですか」
「それはアンタが本当にバカなこと仕出かした時だけだろ。けど、錬金術師としてのアンタは素直に尊敬する」
「ぅ、うあ〜! もっ、もうやめてください、やたらめったら褒められると泣きそうです〜!!」
よほど恥ずかしいのか、本当に泣きそうなのか、顔を両手で覆ってその場へ蹲ってしまう司書。しかし頭上からの「報告会もその調子で頑張れよ」との言葉には元気いっぱいな「はい!」が返ってきたので、この様子なら何も心配することは無さそうだと安心した。
「でも、そうか。やはりすぐに失ってしまうものより、長く形として残る物の方が良い、か……」
「どっぽさん? また何か気になるものでもありましたか?」
「ん、いやあ、何でもないぜー」
さて、残る問題は、ホワイトデーのお返しのみ。けれどそれも、彼の中で良い案を見つけられそうであった。