幸福の色を届ける日
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帝國図書館第弐特務司書仮名・国木田陽子
童顔で低身長な21歳
ビー玉を錬成する程度の錬金術師
前向きで明るく勢いのある性格
助手によくセクハラしては怒られる日々
何故か本名を頑なに隠している
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カレー会をご存知だろうか。
何も堅苦しい会ではない。ただカレー好き同士が集まって、どこそこの店のアレが美味かったとか、コレをかけると深みが出るとか、時には斬新なトッピングを考えてみたり。全く文学や芸術的なことは関係ない、ただカレーを語って楽しんで味わう、名前通りの会である。文豪食堂の献立表に合わせて、ライスカレーが夕飯で出される毎週木曜日に、ひっそりとそのカレー会の集会が行われているそうだ。
まあ、今のところ、会員は織田作之助と国木田独歩の二名だけなのだが。
「……で、どうしたよオダサク。今日は土曜日だけど」
そんな二名が木曜でもないのに、何故か館内の休憩所で集まっていた。ついそこの廊下で、司書室目指して歩いていた国木田を、織田が呼び止めて今に至る。
自販機近くのテーブル席を陣取って、織田はどこか緊張した様子でそわそわしており、逆に国木田の方は楽しげに万年筆と手帳を構えている。スクープの予感を察知したのか。
「いや、カレー会の事やなくて、ですね。先生にちょおっと、相談したいことがありまして」
「ほお、俺に? 恋愛相談か?」
冗談のつもりが、まさかその通りだったらしく、やっぱりわかります!? と織田に大層驚かれた。なるほどそういう話かと、国木田は静かに万年筆と手帳をしまう。さすがに友人の色恋沙汰をスクープする気はない。
「良いぜ。次の潜書の時間まで余裕もあるし、惚気話を聞くのも悪くないな」
「さっすが国木田先生ー! 相変わらずこういう時は頼りになりますわァ」
織田がこうして相談に来るのは初めてのことではないし、彼以外にも他の文豪や図書館職員たちから恋愛相談を受けることが多々あり、国木田はすっかり慣れてしまっていた。
国木田独歩という男は他人の惚気話を聞くのが好きという変わり者で、どんな話でも一切嫌そうな顔をせず、そうかそうかと微笑ましげに聞いてくれるからだろう。助言も的確だと好評らしい。
まずは「相談乗ってもらうお礼に先に飲み物奢らせてください」ということで、織田は話し出す前に横の自販機で缶コーヒーをふたつ買って、ひとつを国木田に渡した。「おっ、ありがとなー」と言いながらカチリ蓋を開ける。
「最近、司書ちゃんと晴れて恋人同士になったらしいじゃないか」
ブラックのホットコーヒーをひとくち頂いて、国木田の方から話を切り出した。嬉しそうに頷く相談相手は、もう幸せいっぱいという様子で、悩むことなど何も無さそうだが。
「いやはや、さすがは敏腕記者の独歩はん、お耳が早いですねえ」
「元、だけどな。あれだけ甘い雰囲気漂わせて、毎日会派筆頭の隣で見せつけられていたら。鈍くなきゃ誰でも気付くだろ」
彼らはカレー会や恋愛相談での繋がりだけでなく、第一会派の筆頭とその補佐を担っている、この図書館の主力でもあった。
「特に司書ちゃんがアンタと話してる時の横顔、ますます可愛くなってるもんだから、俺までどきっとするよ」
「おっと、浮気はあきまへんよ、先生。確かにうちの嫁はんが日を追うごとに可愛さ増してんのは認めますけど」
「残念、今生の独歩さんは一途でね。彼女の魅力はわかるが、間に合ってるよ。あの馬鹿は手がかかり過ぎて浮気する余裕も無い、ってのが本音だけどな」
「ケッケッケ、でしょうねえ。アレでは絶対浮気なんて出来ませんわ」
自分の恋人ではない、もうひとりの特務司書のことを思い浮かべ、織田は独特の笑い声を響かせる。
「ほんで、相談っちゅうんは、今度のホワイトデーのことなんですけど」
国木田先生はもうお返し考えてます? わしちょっと何をあげたらいいのやら、悩んでおりまして……。
缶コーヒーの封もまだ開けずに両手で握り締めて暖をとりながら、彼はにこにこと聞いた。が、目を丸くして驚いたような国木田の表情に、あれ? とその笑顔が引き攣る。
「先生、まさか、」
「……いや、知ってるから。ちゃんとバレンタインの前に調べていたんだぜ、そういうお返しイベントがあることは」
「でも忘れてはったんですね……」
独歩さんとしたことが、何という失態だろう。彼は悔しそうに唸りながら、すっかり忘れていた己の頼りない頭を抱えた。
バレンタインデーに女性からチョコレートを貰った男性が、お返しの意味を込めてプレゼントを贈る日。そんなホワイトデーまでの余裕は、もうあと数日しかない。
そもそも転生文豪の彼らには、どちらのイベントも生前流行っていなかった為、本来なら全く馴染みがないものだ。しかし、生まれ変わって現代にこうして生きているのだから、それに合った生き方をしたり、新しいものを何でも楽しみたいという思いがあった。
「定番の贈り物は、確か、キャンディーだったか?」
国木田はすぐに気を取り直し、先程しまった筈の手帳を出して、ぱらぱらと開いて見せる。過去に調べていた、という言葉は本当で、バレンタインデーとホワイトデーに関するメモがぎっしり書かれており、それが由来や流行り出した時期も含め何ページにも渡るものだったから、織田は酷く感心した。
「キャラメルやマカロンも、本命へのお返しとしてオススメらしい。何でも、お菓子によってそれぞれ意味が変わるとか……」
「まかろん」
「本命相手なら、アクセサリーなんかを贈っても良いかもしれないな。とは言え、あまり高価なものだと、司書ちゃんの場合は遠慮してしまいそうな……って、おーい、聞いてんのか」
「はっ! すんません、あんまりにも耳馴染みない名前を聞いたもんで」
どんなお菓子なんやろ、食べてみたいわあ、先生も詳しくは知らないんです? ほんならおっしょはんに聞いてみようかなー、なんてのんびり笑う織田に、国木田はやれやれ随分幸せ惚けしているなと苦笑した。その「おっしょはん」へ贈るプレゼントを考えているというのに。
「国木田先生も無難に、お菓子かアクセサリーを贈るおつもりで?」
「んー、そうだな、俺は……」
「僕は駅前のケーキ屋さんの、かわいいカップケーキを買っていこうかと考えているよ」
「へえ、何や藤村先生、女性が喜びそうなええチョイスしますね……って、うわァ!?」
机の下からぴょっこり現れた灰色の双葉頭に、織田は椅子から飛び退くほど大袈裟な驚きを見せた。
一方、彼をそこまで驚かせた張本人、島崎藤村は「わあ驚いた」と相変わらず変化の乏しい無表情でぼんやりしているのみ。本当に驚いているのか謎である。というか、いつからそこに居たのだ。机に両手と顎を乗せてしゃがみ込んでいる藤村の背後から、今度は「よお」と田山花袋も現れて「こんなところで何の話してんの?」という口ぶりから察するに、彼はついさっきここへ立ち寄ったのだろう。ホワイトデーの相談中だよ、と藤村が答えれば、なるほどね〜と意味深にニヤつき始める花袋。
国木田はそんな生前からの友人ふたりに、慣れた様子でやあやあと笑顔を見せている。織田はその様子に、ほんまに仲良いんやなあ、とまた妙な感心をしてしまった。
「そっかあ、オダサクも独歩も、司書ちゃんたちからそれぞれ本命チョコ貰っちゃってるもんなー! まったく羨ましいお悩みですこと」
「はいはい、心のこもってない嫌味は結構だ。で、花袋も既にお返しは考えてあんのか?」
「当然! 俺は行きつけの喫茶店で買った、ホワイトデーギフトセットってやつ。中身はクッキーの詰め合わせだよ。貰ったのは友チョコだし、このぐらいが丁度いいだろ」
もう買って準備しているのか、これにはさすがの国木田も驚いた。同時に、さっきまですっかり忘れていた自分を悔やんだ。なんとなく親友に負けた気分である。
「何でもホワイトデーのお返しとして贈るクッキーには"これからも良き友達で居よう"なんて意味があるらしいぜ。喫茶店のバイトちゃんに聞いたんだけど」
友達へのお返しにはうってつけだよなーと話す花袋に、織田と国木田は「へえ」と声を揃えた。そう言った深い意味を贈り物本体より重視する人も多い、本命にお返しする場合は多少なりとも気をつけた方が良さそうだ。
「そうだね、贈り物にこだわる必要は、ないんじゃないかな」
と言い出したのは、藤村である。
「ほら、ちょうど。ホワイトデーの日は休館日だよ」
彼が指差した先は、休憩所の壁に貼られたカレンダー。誰が書き込んだのか、3月14日の欄はでかでかと緑の花丸で囲まれており、ついでにその日は週に一度の休館日である事がメモされていた。
ああ、なるほど! そう言って声を弾ませたのは織田だった。
「ええこと思い付きましたわ、早速おっしょはんに14日の予定聞いてきます!」
織田は何やら大慌てで、結局ひとくちも口をつけなかった缶コーヒーを「先生おおきに! お礼にどうぞ」と藤村に手渡して、たったか廊下を駆けて行ってしまった。
長い三つ編みを揺らして去る後ろ姿を見送りながら、ははーんなるほどねー、と国木田も察して納得する。いまいち察しの悪い花袋だけが、不思議そうに首を傾げていた。
「そういうのもアリだな」
「でしょう?」
「いやいや、どういうこと? っていうか俺には何かお礼無いの?」