人誑しな助手と司書ちゃんの話
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帝國図書館第弐特務司書仮名・国木田陽子
童顔で低身長な21歳
ビー玉を錬成する程度の錬金術師
前向きで明るく勢いのある性格
助手によくセクハラしては怒られる日々
何故か本名を頑なに隠している
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君に名付ける
「司書、」
「ふわぁいッ!?」
「……あんた今寝てたな?」
「寝てましぇ、寝てませんですわよ!」
何だその変な口調は。桃色の髪を揺らして助手の国木田独歩は笑う。読み終わった本を静かに棚へ戻した。
完全に寝落ちていた司書は「へへへ」と苦笑いで頬を掻きながら、やはりその目を眠たそうに細めていた。先月、年明けと共に配属された、この帝國図書館二人目の特務司書である。
今日は実に天気が良い。それに加えて、司書の座る執務机は窓際で、背中にぽかぽかと冬の柔らかい日差しが当たるのだ。つい、うとうと日向ぼっこ気分になってしてしまうのも仕方がない……なんて、甘やかす訳にはいかない。
「居眠りしてる暇があったら手を動かせよ。また休日出勤なんて、さすがの独歩さんも付き合いきれないぞー」
「うう、わかってます、わかってるんですけどお……」
昨日も遅くまで仕事してたから眠くて眠くて、そうぐったり机に伏してしまった司書。元々仕事嫌いでサボり癖のある性格とはいえ、慣れない仕事ばかりで溜め込みがちになってしまうのも、異常に疲れてしまうのもわかる。しかし、新人だからと言って甘えられる環境下でもないし、明日は毎週の貴重な休館日である。助手にはそんな1日を、どうしても仕事で潰されたくない理由があった。
このまま本格的に居眠りしそうな司書を見兼ねて、国木田は深い溜息交じりに、執務机の方へと歩み寄った。行儀は悪いが、ぎしり、と音を立てて、机の端を椅子代わりに彼女の隣へ腰掛ける。真正面から窓越しのあたたかい日差しを浴びて、確かに今日の陽気は魔性のそれだ、なんて苦笑した。
ぺちぺち、机に伏せっぱなしの司書の頭を軽く叩けば、嫌々顔をこちらに向ける。心底眠たそうな目がじっとり彼を見上げた。
「おらー、寝るなー司書ー」
ぺちぺち、ぺちぺち、今度は頬を叩いてみるが、司書は眉間に少し皺を寄せるだけでギュッと目を閉じてしまう。
司書、おいこら、バカ司書、寝るなって、あっ何を幸せそうな顔して本格的に寝ようとしてんだ、おーい! 司書ー!! 国木田が懸命に呼び掛ける声も聞こえているのか、いないのか。目はスヤスヤ閉じられたままだ。
これはまずい、どうしたもんか。二度目の溜息をついて、ふと、何度も彼女を「司書」と呼ぶ自分に違和感を覚えた。これは彼女の名前でも何でもなく、単なる役職の呼び名であり、国木田は一度もこの特務司書の事を名前で呼んだことがなかった。──いや、そもそも知らないのだ。初対面でも教えてはくれなかったし、ひと月彼女の助手を務めた今も聞いた事はない。それに、司書と呼ばれる立場にいる人間は彼女一人ではない。もう一人、この司書の先輩にあたる、国定図書館専属錬金術師がいるのだ。その者もまた転生文豪たちに「司書」と呼ばれている。が、あちらはちゃんと初対面で皆に名を教えてくれている。
「なあ、あんた。そういや、今まで不思議と聞いた事無かったけどさ、名前なんて言うんだよ」
これでは不便だと思い、また、彼女の名前すら知らないことに不服だが寂しさも感じて、目覚まし代わりにでもなればと問い掛けた。
彼の手の心地良さに眠りかけていた司書は、ぱちり、重い瞼を上げた。けれど、その奥の黒い瞳に光が見えない。ぼんやりと彼の方も見ず、何の感情も浮かんでいなかった。
「……教えないとだめです?」
「だめだろ。何だ、まさか隠してたのか?」
「隠してたっていうか、別に、いいじゃないですか、名前なんて知らなくても。司書ー、とか。あんたー、って。いつも通り呼んでくれたら、それでいいっすよ」
「いや、名前ぐらい知ってないと絶対近い内に困るだろ。うちの図書館、特務司書が二人居るってのに」
「先輩の方の名前はわかってんですから、そっちを名前で呼んであげてくださいよー。私は司書でいいですー」
「自分の名前教えるだけで、何をそんな頑なに嫌がってんだ。もう無理やりにでも調べるぞ、島崎にも協力させて」
「げえっ、それは嫌だ。あの質問攻めにあうのはやです」
司書は未だに顔を伏せたままだが、ほんの少し目に光を宿し、不機嫌そうにむっすり口を尖らせる。
「私、嫌いなんすよ、自分の本名」
渋々、そう答えた。
「親の願望たっぷり込めて押し付けられた名前も、周りから期待と白の目で見られる苗字も、ぜんぶ、ぜんぶ。だって、そのせいで、誰も私の事は見てくれない。皆、私の名前しか見ないんだ」
書類に名前を書く時も、名字の印を押す時も、自分の本名に含まれる漢字を見る事さえ、嫌で嫌で仕方ない。せめて、人には呼ばれたくない。だから本名をなかなか他人に教える事はなく、適当なあだ名や役職で呼ばれる方が落ち着くのだと言う。
初めて、いつも喧しいくらいに賑やかで愛情表現の度が過ぎている彼女の、底知れぬ心の闇を国木田は垣間見た気がした。作家としての本能にも近い感情が、ぞわりと疼く。知りたい。まだ自分以外誰も知らないであろう、彼女の秘めたる暗い部分を。隠されると余計に、知りたくなる。暴きたくなる。
「あ。不便だーって言うなら、どっぽせんせいが私の新しい名前考えてくださいよ、かわいい愛称つけてください!」
どっぽさんに貰った名前なら、私なんでも嬉しいです。いや、あんまり斬新が過ぎる名前だと困りますけど……。そう言って、いつものようにへらへら笑い出す司書。
ハッ、と我に返って、ずっと彼女の頬に触れていた手を離した。良いネタになるのではないか、なんて、一瞬でも思ってしまった自分を殴りたくなる思いだった。だから、せめてもの罪滅ぼしとして。
「わかった。ちょっと考えさせてくれ」
「……えっ!? ほ、本当に考えてくれるんですか、私の名前!」
冗談のつもりだったのに!? 彼女は勢いよく体を起こして、眠気も吹き飛んだ目を見開いた。驚きと喜びの入り混じった、とても眩しい笑顔が輝いている。その表情につられて、彼の顔にも微笑が浮かぶ。
国木田は上着の内ポケットに手を突っ込むと、お気に入りの手帳と万年筆を取り出した。まだ真っ白なページを開いて、ふむ、黙って思考を巡らせ始める。意外にも彼の横顔は真剣で、司書の心はわくわくと期待に膨らみ、恋する乙女らしくどきどきと高鳴ってもしまう。
手帳に何か書き出しては、違うな、駄目だ、うーん、とぼそぼそ唸って手を止め、再び万年筆を動かしては、また止まる。それをしばらく繰り返していたが、ふいに、彼はぼんやりと窓の外を見上げた。
「今日は、いい天気だな」
急に名前と全く関係ない天気の話を振られ、へ? なんて間の抜けた声を出してしまった司書。「そう、ですね? ひなたぼっこが捗ります」といちおう言葉を返した。しかし、国木田は彼女の返答など聞いてはいないようだ。ぼーっと窓越しに晴れた空を見上げている。
そしてまた急に、ばっ、と彼の目は手帳へ戻り、その手は筆を走らせた。何かをさらさら書き綴ると、彼はそのページを1枚雑にべりりと破り剥がしてしまった。慌て驚く司書に、その小さな紙切れが差し出される。
「えっ……と?」
「あんたの名前。こういうのはどうだ」
受け取った紙切れには、走り書きの漢字が二文字。陽子、と書かれていた。
「……これ、どう読むんですか。ようこ? はるこ? 一般的には陽子ですかね」
「ん、あんたの気に入った読み方でいいんじゃないか」
司書は紙切れの二文字をじぃっと眺めた後。
「じゃあ、陽子がいいです」
季節も春が好きなので、へへへ、と照れ臭そうに嬉しそうに笑った。それを見た国木田の目元も自然に緩み、その表情はどこか安堵したようにも見えた。なんだかんだ真剣に考えたものだから、気に入って貰えた様子にほっとしたのか、それとも。
「でも、意外です」
「何が」
「割と普通だったんで」
「どういう意味だよ?」
「もっとこう、斬新な……きらりん☆ とか、らぶりい♡ みたいな、すんごいキラキラネームみたいなの来るんじゃないかと」
「何だそれは、人の名前なのか。あんたなあ、即席とは言え、この独歩さんに頭捻って考えさせておいて、それはないだろ」
「へへっ、すみません、冗談です。えへへ、ありがとうございます。嬉しい。ほんと、嬉しいです」
彼の手帳の一部だった紙切れに書かれた、彼女の新しい名前。
司書はうっとりとその黒い二文字を眺めて、幸せそうであった。ありがとうございますと何度も繰り返す彼女に、一言どういたしましてと素っ気なく返す彼もまた、同じ顔だ。
額縁──こんな小さなものはさすがに無いだろうから、写真立てにでも飾ろう、そうしようと彼女は心に決めた。
「ところで、どうしてこの名前を付けてくれたんですか?」
「理由? 深い意味なんて無いぜー。単純に、今日は天気がいいからな。太陽から拝借した」
「えー! それだけー!?」
「そんなもんだろ、ペンネームとかニックネームってのは。あんまり重たい理由付けられても困るんだろ?」
「んん……まあ、はい……。どっぽさんに名付けて貰った、ってのが、私にとっては最重要なので……」
彼は半分、嘘をついた。理由がそれだけの筈が無かった。今はただ純粋に喜んでくれているが、いずれ、彼がその名を付けた理由にも気付くだろう。果たして、その時に彼女は何を思い、自分にどんな顔を向けるのだろうか。
ふ、と国木田の表情が翳ったのを見て、司書は心配そうに彼の名を呼ぶ。
「どっぽさん?」
「……どうした、陽子」
「ぐぇっ! わ、わあー! な、な、なんか照れますねー!?」
ぼわっと湯気が吹き出るのではないかと思うぐらい顔を赤くして慌てる姿に、我ながらこいつにぴったりのいい名前を付けたな、と国木田は内心ほくそ笑むのであった。
「ちょっとは目え覚めたか?」
「ちょっとどころの騒ぎじゃねえですよありがとうございます。はああ、顔熱ッ、お茶飲も……」
「そうか、じゃあ明日のデートの為にも頑張ってくれよー。せっかくあんたと俺のスケジュール合わせてやったんだからな」
は? と声が出る前に、ゴホゴホッと飲んでいたお茶で噎せた。これにはさすがに「大丈夫か?」と国木田も眉をひそめて問い掛けるが、大丈夫な訳が無い。
「で、でえ、と……?」
「あんたがこの間言い出したんだろ、ご褒美に俺とデートがしたい、って」
「言ったけど、でも、」
いつも通りあっさり断られたつもりでした、と小さな声は泣きそうに震えていた。国木田は少し、これまで冷たく素っ気なく対応し過ぎたかもしれない、と普段の自分を反省した。
「最近のあんたはちゃんと真面目に仕事の方も頑張ってたからな。それとも、何か急な予定でも入ってたか? 俺が把握してる分では1日暇してるようだったから、丁度良いかと思ったんだけど」
「ひ、暇です! 超暇です!! というか何か予定入ってても全部すっぽかしてどっぽさんとデートします!! んああっ、もうっ、いつからそんな嬉しい計画立ててくれてたんですか!? どっぽさん好きっ、大好きですー!」
「だああ! 腰に抱き着くんじゃねえ!! 仕事しろ!!!!」
嬉しさのあまりギュウッと腰にまとわりついてきた司書の頭を、べしべしと容赦無く叩いて嫌がる国木田。先程一瞬反省したばかりだが、やはりこういう馬鹿な行動をしてくる司書に対して、優しく接するのはなかなか難しいようだ。それでも、彼女は幸せそうなままである。
いつもならそのまま嫌がられても諦めずにべったりスリスリしているところだが、司書は簡単にパッと彼の細腰から離れた。ようし! と声に出して気合を入れると、放置して休止状態になっていたノートパソコンをすぐさま起動する。眠気もすっかり吹き飛んでやる気も満ちた司書の様子に、国木田は仕方ないやつだなと呆れながらも、その口元をニヤけさせていた。
「よしよし、その調子で頑張れよ、はーるちゃん」
「あああッ頑張りますっ頑張りますからその呼び方やめてくださいいい!!!」
今度は司書の心底恥ずかしそうな悲鳴が響く。その後は無事、国木田の楽しそうな応援の甲斐あって(?)か、仕事は大いに捗った。……が、代わりに心臓高鳴り過ぎて寿命が縮んだ気がすると、司書はのちに仲の良い田山花袋へ語ったそうだ。
「さっ、後はこれをネコさんに提出して終わりー! 行きますよう、どっぽさん!」
「……おう、お疲れさん。あっ、こら、廊下は走るなよ! 転ぶぞ、はる!」
「ぎょわッ!!」
「言ったそばから何やってんだ……」
彼女が自分の新しい名前に慣れるまでは、まだまだ時間がかかりそうである。
2017.02.08公開
2018.04.03加筆修正