人誑しな助手と司書ちゃんの話
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帝國図書館第弐特務司書仮名・国木田陽子
童顔で低身長な21歳
ビー玉を錬成する程度の錬金術師
前向きで明るく勢いのある性格
助手によくセクハラしては怒られる日々
何故か本名を頑なに隠している
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恋に気がつく締切前
「どっぽせーんせー」
「何だ司書ー」
「せんせえと制服でえとしたいですう♡」
「無駄口叩いてないで手を動かせー」
「せんせええええ!!!!」
良いじゃないですか、デート! デートしてくださいよおおお!! そう馬鹿みたいに叫びながら、執務机の上にバンバン両手を叩きつけているのは一応、ここ帝国図書館で働く特務司書、国定図書館専属錬金術師──なんて大層な肩書きを付けられた女である。
そしてこの俺、国木田独歩は、その助手を任されている。司書は馬鹿そう、というか実際どうしようもない馬鹿なんだが、錬金術師としてはそれなりに案外出来るやつらしい。まあ確かに、俺みたいな過去の人間を、こうして現代に転生させるぐらいだからな。
「制服ってアレか? この間の潜書先で手に入れたやつ」
「それです、それ! どっぽさんも絶対ぜーったい似合うと思うんです、見たいー!! たまには白シャツも良いと思いますよお、先生ー!!」
「はあ……ま、確かに? 俺なら制服も斬新でお洒落に着こなせるけどさ、今はそれどころじゃないだろ。ほおら、締切まであと6時間〜」
「いやあああああ急に現実を突きつけないでくださいいいいいい!!!!!!」
深夜1時の近付く司書室に、うわあああ、と司書の悲しい絶叫が響く。うるさい。ご近所迷惑だろ。
先日、徳田秋声が見つけた不思議な本を司書の独断で調査する事となり、その潜書先で俺たちは血で血を洗う(?)入学試験を受けた。まあ、そこまでは良い、いつもと変わらず侵蝕者を本の世界から蹴散らしただけだ。
問題は、その司書の独断が政府との連絡役であるネコにバレて、至急、例の本の調査報告書を、数日早いが今月分の研究結果と両方合わせて、政府宛に提出するよう求められた事だ。期限は明日の朝、あ、いや、先程日付が代わってしまったから今日の朝7時か。
「うう……こんなの無理ですよー、間に合いませんー! 無茶だー! 横暴だー! このブラック図書館ー!!」
「あんたが毎日きっちり今日までの報告書をまとめていたら、こんな事になってないと思うぞー」
「そうなんですけどー!!」
俺も作家で、そうなる前は記者で編集者の経験がある。締切に追われる辛さも恐怖も嫌という程わかっているし、確かに今回のネコの対応は酷いが……この司書の場合、こうしてギリギリまで追い詰めないと何もやらないのが問題だ。
夏休みの宿題とか、最終日に慌ててやるタイプだったんだろうなあ、きっと。成人している癖にどうも子供っぽいから、制服姿でも宿題に追われるこいつの姿が、容易に想像出来る。あんたの方が制服似合うんじゃないのか、と言いそうになる口を慌てて閉じた。
「せめて、せめて癒しが欲しい……」
「具体的には?」
「どっぽさんの細腰を撫でたい」
こいつ……ほんと……オッサンかよ。サボり魔のオマケに、本当に女かと聞きたくなるようなセクハラ発言や行動を平気でやらかすから、助手の俺の頭痛が日に日に酷くなる。その内、脳みその血管どっか切れるんじゃないかと思う。
「真顔で何ふざけたこと言ってんだ、あんたは」
「ふざけてません、私は本気です」
「余計にたち悪いな!? ったく、馬鹿言ってないで、手を動かせって。本当に間に合わなくなっても独歩さんは知らないぜー」
「ううう、こういう時って、健気に頑張ってる女の子のことをよしよし励ましてくれるもんじゃないんですか!?『おつかれさま♡ 頭ぽんぽん♡』とかして甘やかしてくださいよ、夢小説みたいに! 夢小説みたいにー!!」
「なんだそれ。現代で流行ってるのか。ところで、その健気に頑張ってる女の子ってのはどこに居るんだ?」
「居るでしょう、今ここに!」
「おんなの、こ……?」
「こいつはひでえや!!!!」
どっぽさんがいじめるー、なんて嘆きながらも、ようやくその手はノートパソコンへと再び伸びて動き始めた。
やれやれ、こいつは本当誰かに尻叩かれないと何もやんないから、助手の独歩さんが苦労させられるわけですよ。
「はあ……じゃあ、癒しは良いんで、せめてこれやり遂げたら、なんかご褒美くださいよ、先生」
「えー……」
「うわあすっげえ嫌そうな顔」
「わかった、わかった。その代わり、きちんとその報告書、締切に間に合わせろよ。途中で寝落ちたりすんなよ。完璧にやり遂げられたら、良いぜ?」
「ほんとですか!!」
司書が突然立ち上がる程に喜んだから、思わず「な、内容にもよるけど」と少し怯んだ。独歩さんとしたことが、絶対してはいけない約束をしてしまったのかもしれない。何をやらせようと考えてるんだコイツは。嫌な予感しかしない。
これまでの色んなセクハラ行為が脳裏に蘇る。尻触らせろだの、添い寝しろだの、女装して見せろだの、思い出すだけで背筋が寒い。やっぱり断ろう、そう思い直した、が。
「じゃあデートしてください!」
──え? 拍子抜けしてしまった。
いや、さっきから言われてた事だけど、想像と随分かけ離れて可愛いおねだりだったから、なんか、何だ、調子狂うぞ。
「ほんとにそんだけか? 俺とデートするだけで良いの」
「はい! どっぽさんとデート出来るなんて人生で一番最ッ高のご褒美ですよ!! 制服じゃなくても良いですから。いつものどっぽさんと、普通にどこかお出掛けしたいなー」
前から気になってたお店があるのだ、と。本屋さんの様子も見て回りたいし、新しい靴も買いに行きたい、そんな事を嬉しそうに話し出す司書は、何というか、あまりにも、普通の可愛らしい"女の子"で。
俺は読みかけの本に栞を挟んで棚に戻し、ツカツカ、執務机の前へと歩み寄った。司書の頭へ手を伸ばしたら、何か期待の眼差しを向けられたのが非常に腹立ったので、べちんっ! と強めにデコピンしてやった。
「いったあああああ!!!?」
女の癖に酷く野太い悲鳴が上がる。つい、笑ってしまった。
「独歩さんとデートねえ。これのご褒美にしては高過ぎだなー。あんたがこれからもサボらず真面目に仕事してくれたら、考えてやるよ」
額の痛みで涙目になりながらも、ぽかんと驚いている司書に「ん、お茶無くなってるな、淹れてくる」そう言って空のカップを奪い、司書室を足早に出た。頬の熱さを感じてしまったからだ。
逃げる様に食堂へ向かうと、まだ飲み会真っ最中の酔っ払いたちが隅で騒いでいて、台所に俺の親友が居た。田山花袋だ。
「花袋? どうしたんだ、こんな時間に」
「いや、独歩の方こそ。ああ、お前は司書ちゃんの手伝いか。まだお仕事終わらない感じ?」
「手伝いというか、あのバカすぐサボるから見張りだよ、見張り」
喋りながら茶葉の缶を探す。お湯が沸くのを待ちつつ聞くと、花袋は先程まで島崎藤村を交えて森鴎外と語らっていたらしく、楽しくて嬉しくて気が付いたらこんな時間になっていた、ふと小腹が空いたので菓子でもつまみに来たそうだ。「本当なら独歩も一緒に話に混ざって欲しかったなあ」なんて言ってくれる親友に「また今度誘ってくれよ」と笑った。
「俺も本当ならそっちに混ざりたかったよ、全く、助手なんて任されてなかったらなあ」
「なんだよー、せっかく美少女と四六時中仲良くいっしょ♡ なのに、そっちは全然楽しくないっての?」
「……あのバカ司書が美少女……?」
「えっ、結構可愛くない!?」
「中身完全にオッサンだぞ。セクハラ仕掛けてくるし」
「ま、まあ、愛情表現は大袈裟っていうか行動派過ぎるというか、ちょーっと特殊な子だよな! でもオレとしては、自分の気持ちに正直で良いお嬢ちゃんだと思うけどー」
「まあ、悪い奴ではないさ。馬鹿なだけで。見てる方は面白いのかもしれないけどさ、こっちは厄介なのに好かれて毎日疲れっぱなしのへとへとだぞ。怒鳴り過ぎて喉枯れるか、頭の血管いつか切れるんじゃねえかなあ、俺」
溜息交じりに思いっきり日頃の不満であり本音を吐き出した。しかし、花袋は俺の愚痴を聞いても「うーん」と不思議そうに首を傾げるばかり。
「そう言う割には、いつも楽しそうだけどなー、お前」
「はあ? どこが……」
「まあ、でも、独歩がそんなに司書ちゃんの助手が大変って言うなら、いつでも俺が変わってやるけど?」
は? 何言ってんだ、いくら花袋でも彼奴の相手は無理だよ、即座に思った言葉は声に出なかった。代わりに。
「嫌だ」
そんな言葉が飛び出して。
隣の親友は一瞬面食らった顔をした後、それはそれはもう楽しそうに、ニヤニヤと笑うのだった。
「あ、そう? はははっ、やっぱり余計なお節介だったか〜!」
いやだ? 俺の方こそ一体何を言ってるんだ、嫌なわけがない、だって、本当にあのバカは女の癖にだらしないとこばっかりで、男の俺相手に腰撫でたり尻触ったりオッサンみたいなセクハラしてくるし、好きだ好きだ大好きだって毎日喧しくて鬱陶しい! そうだ、もう彼奴に付纏われるのは、嫌なんだ、なら、親友の好意に甘えて助手を代わって貰えば良いのに、俺はどうして。
何で、こんな遅くまで、彼奴を心配して付き合ってるんだ。見張りといった言葉通りの為だが、別に、彼奴から「一緒にいてほしい」と請われた訳じゃない。寧ろ、
『せんせえ、ごめんなさいぃ〜、まだ全然終わりそうもないです……どっぽさんは先に帰って休んでください』
いくら助手だからってこんな遅くまで付き合わせるのは申し訳ない、手伝って貰える事もないし無理に待っていなくても大丈夫だ、と。疲労でぐったりした苦笑を浮かべながら、俺を気遣ってくれたのに。
『良いって、気にすんな。あんたは誰かが見張ってないと、途中で挫けて寝落ちてぶっ倒れそうだからな、もう少しだけ独歩さんが付き合ってやんよ』
そう言ったのは、他でもない、俺じゃないか。
「……花袋、悪い、助手は譲れない。けど、これだけ、司書のとこ持って行ってくれないか。頼む」
「え? 良いけど……お、おい! 独歩、大丈夫か?」
ずるずる、とその場へしゃがみ込んでしまった。両手で熱くなる顔を押さえ、あー、うー、なんて唸ることしか出来ず、今の俺もう格好悪すぎる。しかし、我が親友は俺の心情を察してくれたようで、呆れたように「早く戻ってやれよー」と俺の肩をぽんぽん叩き、淹れたての茶を菓子と一緒に盆に乗せて持って行ってくれた。
それでも俺はまだ立ち上がる事が出来ず、一人残された台所の奥で、はああ、深い深い溜息を吐き出すしかなかった。
ずっと興味の無いふりを続けていたのに。認めたくなくて、もう二度と女なんて愛したくなくて、だからこそ、素っ気なく突き放すように対応していたのに。
駄目だ。
気付いてしまった。
「よりによって、あのバカ司書かよ」
あー、最悪だ。
2017.02.06公開
2018.04.03加筆修正