彼岸花くんと籾さんの話
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お花畑で愛を知る
「……今日は結構眠れたな」
朝、眩しい朝日にスマホロトムのアラームが鳴る前に目を覚ます。今日は比較的よく眠れた方だ、4時間か。
モンスターボールから勝手に出ていたアブソルも、自分の傍でうーんと背を伸ばして起き上がる。
ベッドから転がるように起き上がって、洗面所へと向かった。洗顔と歯磨きを済ませて、今度はキッチンへ。
お湯ですぐ溶けるインスタントコーヒー、それとチョコ味のブロック食品が、自分の毎日の朝食だ。
アブソルが赤い瞳をじっとりこちらに向ける。
「……なんだよ」
アブソルは呆れたように鼻を鳴らして、ぷいっとそっぽを向いた。不健康極まりないって言いたいのか? わかってるよ、そんなこと。でも興味無いんだよな、食事というものに。
ガリガリとブロック食品を齧り、安いコーヒーでそれを流し込む。
そんなことよりも、だ。
今日は自分にとって特別な日。
先日ハクタイの森で出会った美しい
女性とふたりきりでピクニックなんて初めての経験だ、恥ずかしい事がないように身形だけでもキチッとしておかなきゃ。
アイロンをばっちりかけた白いYシャツに、黒のネクタイを合わせて、伸び過ぎた髪の毛は三つ編みにしてまとめておく。清潔感は大事だからな。モミさんの三つ編みが素敵だったから、自分も真似てみたけど、どうだろう……?
「──よし、行くぞアブソル」
相棒は待ちくたびれたと言わんばかりに一声鳴いて、モンスターボールの中へ戻っていった。
準備を整えて向かった先は、再びソノオタウン。鮮やかな花香る町。この間はハクタイの森へ行くためにさっさと通り過ぎてしまったが、今日はここでゆっくりする予定だ。
ポケモンセンターから北へ向かえば、木の実や花の種などが買えるフラワーショップが見えてくる。そこに、待ち合わせ相手の美しい新緑がふわりと見えた。
「あっ、モミさん!」
自分は思わず嬉しくなって、駆け寄りながら声を掛ける。待ち合わせの予定時間よりも早く来たつもりだが、相手の方が自分よりも早かったようだ。
こちらに気が付いた彼女は、ぱあっと嬉しそうな笑顔を咲かせて、手を振ってくれた。もう片手には大きなピンク色の風呂敷包みを抱えている。
「ヒガンさん、こんにちは」
「こ、こんにちは……お早いっすね、待たせてしまいましたか?」
「いいえ、あたしもいま来たところですわ。ヒガンさんもお早いですね」
「えっと、楽しみに、してたんで、へへっ」
緊張して変な笑いが出て来る。他人と会話する事すら慣れてない自分は、つい何でも笑って誤魔化そうとしてしまう。だけどモミさんはそんな自分に気付いているのか、いないのか、ニコニコと笑い返してくれる。
「あたしもとっても楽しみにしていました。さっ、行きましょう! あたし、ここの花畑の景色が大好きなんです」
「あっ、待って、荷物、持ちますよ。重いでしょう」
彼女の手から受け取った風呂敷包みは、やはりずっしりと重かった。こんな大荷物、どうしたんだろう? あ、ピクニックだからお弁当とか? 密かに期待が高まる。
「わ、ヒガンさん、ありがとうございます! やっぱり、頼もしくて素敵なひとね」
彼女の言葉に頬を熱くしながら、ルンルンと先を急ぐ彼女の後を追って、ソノオタウンの更に北へ歩みを進める。
「そういえば、ヒガンさんの三つ編み、可愛いですね」
「えっ!?」
歩きながらこちらを振り返った彼女に、どきんと心臓が跳ね上がる。
「下ろしている姿も素敵だったけれど、なんだかお揃いのようで嬉しいですわ、ふふ」
ま、まさか、気付いてくれると思わなかった。嬉しくて、また変な笑顔になってしまう。
「あ、ありがとう、ございます。モミさんの、三つ編みが素敵で……真似て、みました」
「まあ、そうなんですか? うふふ、じゃあ、ほんとうにお揃いですね」
ふんわりとたおやかな三つ編みを揺らす彼女に、胸がドキドキと高鳴って仕方無かった。へへ、お揃いかあ。面倒で放置してたけど、髪伸ばしといて良かったかも。
そうこう話している内に、いつの間にかソノオの花畑まで辿り着いていた。一面、見渡す限りの美しい花々が舞って、さすがの自分も見惚れて溜め息が溢れる。「綺麗ですね」とこちらを見て微笑みかけるモミさんが、その光景と相まって特別美しく見えた。言葉に詰まる。頷くしかなかった。不思議だ、この人の周りだけキラキラ輝いて見える、これが恋なのだろうか?
あまいミツを売っているおじさんにご挨拶して、山吹色の木が生えている民家を通り過ぎ、人の気配がない北の奥の方へと向かう。おあつらえ向きに白いベンチが目についたので、そこで一息つくことにした。ベンチの真ん中に荷物を置いて、それを挟むように二人で腰掛けた。
モミさんが「せっかくですから、ポケモンたちにもくつろいでもらいましょう」と言うので、手持ちをボールから繰り出す。アブソル、クロバット、キノガッサ、ビーダルが並び、皆それぞれ心地良さそうに体をのびのびさせていた。モミさんはそれを見て瞳を輝かせる。
「まあ、皆さんよく育て上げられていますね! かっこいいですわ」
「ぇあ、ありがとうございます」
「やっぱり、ヒガンさんのポケモンたちは幸せそうです。愛情を込められているんですね」
「そ、そうすか、ね……? へへっ」
照れ臭くて変な笑いを浮かべてしまう。自分の手持ちたちは何故かニヤニヤとこちらを見つめていた。
次はモミさんがボールを放り投げる。ハピナス、フワライド、ハリテヤマ、ソーナンスが並び、既にボールから出ていた自分のポケモンたちに向かって、淑やかに頭を下げた。
「モミさんのポケモンたちも、よく育てられていて……美しい、すね。それに、みんなニコニコしてる」
「うふふ、ありがとうございます。あともう1匹、ホエルオーが居るんですけど、水のないところでは出せないので」
「そっか、残念。また今度、見せてください」
「ええ、ぜひ!」
嬉しそうに笑い返してくれるモミさん。また今度、会ってくれる機会があるのかと思うと、こちらも嬉しくてまたニヤけた。
それから「ポケモンたちとの出会い」「普段はどんな仕事をしているのか」等を話しながら、花畑でくつろいだり走り回ったりするポケモンたちを眺めていた。
腕時計の針がてっぺんを指した頃、モミさんが「あっ」と声をあげる。
「もうお昼の時間ですね。お弁当を作ってきたので、良かったら頂いてください」
おおっ、やっぱりこの風呂敷包みの中身はお弁当だったのか。子供のようにワクワクしながら、彼女の細い手が包みを解く様を見守る。現れたのは三段の大きな重箱。一番上の蓋を開ければ、中にはこれでもかと言うほど、美味しそうなおかずがぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「コロッケに、卵焼き、ハンバーグ、う、うまそう……!」
「二段目にも木の実を使ったおかずが揃ってますし、三段目には手まり寿司を詰めてありますよ」
「モミさんって、すごくお料理上手、なんすね」
「お料理、楽しくて好きなんです。喜んでもらえてよかった」
ごくり、と喉が鳴る。普段、食事はテキトーに済ませてしまいがちな自分、こうも丁寧な手料理を見たのは久しぶりだった。
ポケモンたちが羨ましそうにこちらを見ていたのに気付いて、慌てて「お前たちにはちゃんとポケモンフーズを用意してるから」と伝えれば、安心した様子であった。モミさんが「ポフィンもありますよ」と付け加えた途端、皆きゃっきゃと盛り上がる。
「じゃあ、いただきます……!」
ポケモンたちにもフーズとポフィンを配り終えて、モミさんから受け取った割り箸を片手に、パチンと手を合わせる。自分は早速、ぷるぷるの卵焼きに箸先を伸ばした。大きく口を開けて、ひとくちに頬張る。
「──うまっ」
口いっぱいに幸福が広がった。あまくて、やさしくて、ふわふわ。まるで彼女みたいな、柔らかで微かな砂糖醤油味。モミさんは「ハピナスがくれた卵で作ったんですよ」と教えてくれた。彼女と相棒の愛情を感じる逸品だ。
「はああ、こんな美味しい卵焼きは初めてっす、モミさん、すごいっす、天才」
「あらあら、褒めすぎですよ」
「いや、ほんとうに!」
今度は重箱の三段目に詰め込まれていた、宝石のように鮮やかな手まり寿司をひとつ頬張る。これもまた美味で、とうもろこしと枝豆の混ぜご飯が、ぷちぷちと口の中で弾けた。
「んんっ、うまい……しあわせだ……」
「もう、ヒガンさんったら」
彼女は少し恥ずかしそうに微笑んでいた。自分はずっとニヤけた顔をしていた。しかし、自分の胃袋に少々の不安がある。
「……すごくおいしくて、最高なんすけど、すみません。自分、こんなにたくさんは食べられないかもしれません」
「大丈夫ですよ。残った分はそのまま持ち帰ってください」
「えっ、良いんすか?」
「はい、先日のお礼ですから! お弁当箱は、また今度、返して頂けたら」
また今度。先程は自分の放った言葉が、彼女から紡がれると、何故こんなにも嬉しいのだろう。
「次も、自分と会ってくれるんすか」
「はい。あたしのホエルオーにも会ってほしいですもの」
ふふ、と悪戯好きの子供みたいに微笑む彼女。可愛くて、いとおしくて、たまらない気持ちになった。ああ、恋とはこんなにも輝かしいものか!
きっと、幸せは彼女のような美しい姿をしているんだ。そんな馬鹿なことを考えた。
ポフィンをお上品に食べていたアブソルが、赤い瞳をこちらに向ける。
「……なんだよ」
ふんっと鼻を鳴らした相棒は、なんだか嬉しそうだった。
2026.09.01公開
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