彼岸花くんと籾さんの話
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旅は道連れ、恋は必然
(お前とバトルしてもつまんねー)
(戦っても楽しくないんだよ、強いから)
(もう友達やめようぜ、じゃあな)
待ってよ。じゃあ僕はどうしたら良かったの?
強いってそんなに悪いこと?
僕は楽しいと思ってたのに、ねえ。
行かないで。僕をひとりにしないでよ!
「うわああ!」
自分の悲鳴でバッと布団から飛び起きる。はあ、はあ、と荒れる呼吸。冷や汗。
ベッド脇の窓に目を向ければ、外は鬱陶しいくらいの青空に朝日が爛々と輝いていた。
「また、昔の夢か……」
幼い頃の記憶。トラウマ。久しぶりに眠れたと思ったらコレだ。目の下のクマをなぞる。
モンスターボールから勝手に出てきた、相棒のアブソルが心配そうに自分の肩に擦り寄る。返事の代わりに、よしよしと頭を撫でてやった。大丈夫、って言えたらよかったのに。
自分は他人と関わるのが苦手だ。昔っからうまく行かない。子供の頃からポケモンバトルは強い方だった。でも、それが良くなかったらしい。強くなればなるほど、成長するほどに、周りからはひとが居なくなった。何が悪いのか、自分には未だにわからない。だから、他人と関わりたくなかった。
親元から独り立ちして、仕事にも慣れてきたこの頃だが、不眠症はずっと治らない。今日も2時間程度しか眠れなかった。重たい瞼を擦り、ベッドから降りる。今日はちょっとした出張の予定がある、頑張ろう。
朝の支度を済ませた後、クロバットをモンスターボールから出して、ソノオタウンまで飛んだ。
自分は今ナナカマド博士の元で働かせてもらっており、長年のバトルの腕を活かして、よくポケモンの生態調査に出る。ポケモンとの関わりは多いが、人間との関わりは少なくて、意外と快適な仕事だ。
ソノオタウンを東に出て、発電所を横目に北へと向かう。辿り着いた先はハクタイの森。今日はここで生態調査を行う予定だ。確か、ケムッソとその進化系を主に調べてほしい、という話だったな。
アブソルをモンスターボールから出して、いざハクタイの森へ、深い木々のトンネルを抜けたところであった。
自分はその日、運命の出会いをした。
「あ、あのっ……!」
森の如く爽やかな緑が目に飛び込む。ふわりと大きな三つ編みが揺れて、新緑の色を宿した瞳は、今にも泣き出しそうに潤んでいた。あまりにも、美しい
「はじめまして、あたしの名前はモミ。あなたは……?」
「えっ、え!?」
こんな綺麗なひとに話しかけられた事なんて無くて、自分は大袈裟に動揺してしまった。彼女の傍に居るハピナスが、警戒した目でこちらを見つめている。と、とにかく、言葉を返さなければ!
「っと、自分は、ヒガンと言います……」
かなり語尾が小さくなってしまったけど、ちゃんと聞こえただろうか。
その美しいひと──モミさんは、こちらの名前を聞いた途端、ぱあっと表情を明るくした。隣のハピナスも人懐っこい笑みを浮かべる。
「ヒガンさんと言うのね、素敵なお名前! あのですね、ヒガンさんにお願いがあります」
彼女は自分の胸元で両手を組んで、言葉を続けた。
「この森を抜けたいけれど、あたしひとりじゃ心細いのです。ギンガ団とか言う怪しいひとが、未だに彷徨いていると聞いたし……旅は道連れというでしょう? どうか、この森を一緒に抜けてくれませんか、お願いします!」
モミさんはどうしてもこの森が怖いのだと言う、それでもここを抜けてハクタイシティに向かいたいんだとか。確かに、ギンガ団の噂は壊滅した後も時折聞くけれど、でも、ええっと。
「自分なんかで、良いんすか……」
「もちろん! あなたのアブソル、あなたのことを心から信頼してるって、一目見ただけでわかります。ポケモンにとっても優しいひとなんでしょうね、素敵ですわ、うふふ」
「そんな、こと……」
「ね? どうかお願いします!」
ここまで必死な彼女を前に、アッサリ断れるほど、他人に対して無感情にはなれなかった。
「……っす、わかりました。自分で、良ければ」
「ありがとう、ヒガンさん!」
了承した途端、嬉しそうな笑顔で自分の右手を両手で握ってきた彼女に対して、思わず「ヒェッ」と変な声が出る。心臓が口からまろび出るかと思った。
「あ、あの、手……」
「あらっ、ごめんなさい! あたしったら、つい」
えへへ、と照れくさそうに笑って両手を引っ込める彼女が、かわいくて、ドキドキして、こんな感情を他人に抱いたのは初めてだ。頬が、体が、熱い。
「……それじゃあ、進みましょうか」
自分は冷静を装い、アブソルと共に彼女の前を歩き出した。彼女が追い付けるようにゆっくり、チラチラと背後を確認しながら、草むらを踏み締める。
木々が空を覆い、昼間でも薄暗く、鬱蒼としたハクタイの森。確かに怖がりの女性ひとりでは通り抜けるのが難しいかもしれない。
考え事をしながら進んでいたせいだろうか、草むらを歩いている途中、何かをむにゅりと踏んづけた。思わず「うわっ!?」と叫んで後退る。それは野生のケムッソのお尻であった。
「わあ! ご、ごめんよ、ケムッソ、大丈夫……!?」
「ケムムムッ、ムゥーーー!!」
ケムッソは相当頭に来たのか、縦長で大きな瞳を潤ませて、何かを呼ぶように叫んだ。
その瞬間! すぐ近くの茂みが揺れる!
野生のアゲハントとドクケイルが飛び出してきた!!
「なっ、嘘だろ……!?」
「野生のポケモンが2匹同時で飛び出すなんて!」
自分とアブソルは咄嗟にモミさんを庇うように前へ出て、戦闘体制に入る。
「すみません、自分の不注意です! モミさんは下がって──」
「あたしも一緒に戦います! ハピナスっ」
え、えぇ!? 彼女は自分の隣に並ぶと、ハピナスを繰り出した。ど、どうしよう、誰かと共闘なんて、何年振りだ……!? うまくやれる自信、ない!
「あたしのポケモン、回復は得意なんです! ヒガンさんとアブソルは自由に動いてください、サポートします!」
いや、でも、とかもだもだしてられない、やらなければ!
「ッ──はい! 行きます!! アブソルッ」
相棒は勇ましくひと鳴きすると、ハピナスと共に前へ飛び出した。
「アブソル、アゲハントにつじぎり!」
特性きょううんに加えて、急所率が上がるつじぎりなら一撃で倒せるだろう。そう思ったが、誤算だった。どうやらそれなりにレベルの高い個体のようで、アブソルの一撃を耐え切ると、むしのさざめきを放った。まずい、悪タイプのアブソルには効果抜群だ! その時である。
「任せてくださいっ、ハピナス、アブソルにいやしのはどう!」
ハピナスの放つ優しいオーラに包まれると、アブソルの体力は全回復した。助かった。
「あ、ありがとうございます、モミさん!ハピナス!」
「どういたしまして、ヒガンさんとアブソルは体力を気にせず戦ってください!」
「はい! アブソル、今度はドクケイルのきゅうけつが来るぞ! ふいうちで迎え撃て!」
自分とアブソルが攻撃して、技を食らえばすぐにモミさんとハピナスが回復してくれる。我ながら素晴らしいコンビネーションに惚れ惚れした。ああ、楽しい! こんなに楽しいのは久しぶりだ!
アゲハントとドクケイルの体力を瀕死まで追い込むと、2匹はケムッソを抱えて一目散に逃げて行った。まあ捕獲は目的じゃなかったし、脅かしてしまった自分が悪いし、自分は去っていく3匹に申し訳なく頭を下げた。
「ふう……なんとか、追い払えましたね」
「はあ、ドキドキした! うっかりアクシデントとは言え、正直とっても楽しかったですわ♪」
「た、たのしかった、すか」
「ええ! ヒガンさんと一緒に戦うのってワクワクします。お互いに何がしたいのか分かり合えて、初めてのバトルなのに楽しかった! あたしたち、相性良いのかもしれませんわね、ふふっ」
弾むように笑う彼女を見ていたら、なんだか、泣き出しそうになってしまった。ぐしぐしと目元を服の袖で擦って誤魔化す。こんな優しい人の前で泣いたら心配をかけてしまう。
一緒に戦ってて楽しい、だって。そんなこと、初めて言われた。昔からつまらない奴だと言われ続けてきたのに、このひとは自分を受け入れてくれて、真っ直ぐに見つめてくれる。
「ありがとう、ございます。──自分も、楽しかったっす」
「ほんとう? 良かった! これなら安心して森を抜けられそうですね」
ハッとする、そうだ、最初の目的はそれだった。
自分がアブソルの手当てをしようとすると、モミさんが「回復は私に任せてください!」そう言って慣れた手つきでキズぐすりを扱い、アブソルを癒してくれた。普通は怖がられるアブソルにも、こんなに優しく接してくれるなんて……このひとは、どこまで親切な人なんだろう。
気を取り直して、自分たちはハクタイシティ方面へと向かう。時折2匹同時に飛び出すポケモンを相手にしながら、回復しながら、彼女の他愛もない話を聞きながら、歩を進める。自分は他人と話すのが苦手で聞いてる方が楽、って言うのもあるけど、モミさんがたくさん「最近嬉しかったこと」「お気に入りのカフェについて」「バトルタワーという施設でバトルを楽しんでいること」等お話してくれるので、聞いててとても楽しかった。
モミさんが「あっ出口!」と足を止める。なんやかんやしている内に、もうハクタイシティ方面の出入り口へと辿り着いてしまっていた。
「よかった……ここまで来れたんだ。あたしひとりだったら絶対に無理でした! ありがとう、ヒガンさん」
「いえ、こちらこそ、楽しい時間でした。ありがとうございます」
彼女とは、これでお別れか。
……嫌だ、いやだ、な。
せっかく、こんな優しい
でも、どうしたら。彼女を引き止めるわけにはいかない、けど、何か、このままサヨウナラで終わりたくない。
「ねえ、ヒガンさん」
「は! はい!?」
考え事に夢中になっていたから、彼女に呼ばれて驚いてしまった。な、なんだろう。
モミさんはほんのり頬を染めて、上目遣いにこちらを見つめた。うわ、かわいい。
「良かったら、連絡先、交換しませんか」
──へ? マジで??
「お仕事中にも関わらず、ここまで送ってもらったお礼がしたいですし……何より、ここでさよならするのは勿体無いっていうか、寂しいなって思ったんです」
彼女も、自分と同じことを考えてくれていた?
「……ダメ、ですか?」
不安そうな顔をする彼女に、自分はぶんぶんと首を横に振って否定した。慌ててスマホロトムを取り出す。熱い顔のまま、精一杯の笑顔を浮かべる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
これが自分とモミさんの出会い、そして──恋の始まりだった。
2026.08.27公開
