撫子ちゃんと烏葉さんの話
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雨の日とオムライス
この日は朝から天気がぐずついていて、曇った空模様は今にも泣き出しそうであった。
そうしたら案の定、夕暮れ時に雨が降り出してきたではないか。ほんの少しお夕飯の材料を買いに行くだけだから大丈夫、と傘を置いてきた自分を恨む。
すっかり常連客になったスーパーの軒先で、買ったばかりの荷物がパンパンに詰まった手提げ袋を二つぶら下げて、空を見上げる私は途方に暮れていた。ああ、こんな時にはサッと傘を貸してくれる、あの人が居たら良いのに。
「そこの可愛らしいお嬢さん、お困りのようで」
聞き慣れたバリトンにハッとする。
空からすぐ目線を下げれば、鋭い黄色の瞳とぱっちり目が合った。
「あっ──カラスバさん!」
「ナデシコちゃん、こんばんは。今日も奇遇やね」
こんな雨の日でもピシッとした黒スーツ姿のよく似合う、サビ組のトップであるカラスバさんがそこに居るではないか。まさか、こんなタイミング良く現れるなんて、さすがに驚いた。
真っ黒で大きな傘を差して、にっこりとこちらに手を差し出すカラスバさん。
「荷物重いやろ? 半分貸して、ホテルまで送ってくわ」
「まあ、良いんですか、ありがとうございます!」
私は喜んで荷物の半分を差し出し、彼の傘の中へぴょんと飛び込んだ。
「ふふ、相合傘なんて照れちゃいますね。ちょうど貴方のことを考えていたから、迎えに来てくれて嬉しいです。カラスバさんって、王子様みたい」
「そないなこと言われたら、こっちも照れるわ……って、オレに王子様はキャラちゃうやろ」
「素敵な王子様ですよ、私にとっては」
カラスバさんはほんのり頬を赤く染めて、おもろい子やわ、とひとりごちていた。
それから他愛もない会話を弾ませて、ホテルZへ向かう。雨は相変わらず降り続けている。相合傘の中は楽しくて、ポケモンやエムゼット団の子達の話をして、ふわふわと夢の中みたい。
ホテルZの入り口まで辿り着くと、カラスバさんは手をひらひらと振った。
「無事に着いて良かったわ、ほんならオレはここで」
「えっ! 帰っちゃうんですか?」
「なんや、引き止めてくれるん。嬉しいなあ」
「カラスバさんさえ良ければ、お夕飯、食べて行きませんか? 荷物持ちと相合傘のお礼に」
「ええの? オレとしては願ったり叶ったりやけど」
「今日はエムゼット団の皆も外出してて、ひとりでお夕飯食べるのは寂しいなあと思ってたんです」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
どうぞどうぞ、と扉を開けて中へ案内する。カラスバさんは嬉しそうな顔で、お邪魔します、と扉を潜り抜ける。
ホテルZのエントランスには、いつの間にか住み着いたゴクリンと、私の手持ちであるペルシアンが待ち構えていた。2匹とも元気よく鳴いて、おかえりをしてくれる。
「ゴクリン、ペルシアン、ただいま!」
「ごきゅっ」
「みゃ〜お」
カラスバさんは珍しいものを見つけたと言わんばかりに目を輝かせて、ペルシアンへと歩み寄った。
「おぉ、ペルシアンや、なんや懐かしいなあ。昔オレがお世話になったひとも、ペルシアン連れててなあ」
「まあ、そうなんですか? うちの子は人懐っこいので、たくさん撫でてあげてください」
「よ〜しよしよし、ええ子やねえ」
「みゃう、みゃーう」
カラスバさんの大きな両手でわしゃわしゃ撫でられて、ペルシアンは心地良さそうに目を細めながら喉をゴロゴロと鳴らしていた。その微笑ましい光景に、自然と口角が緩む。やっぱり、ポケモンに優しいひとなんだな、カラスバさんって。素敵。
「それじゃあ、カラスバさんはくつろいで待っててください。お夕飯、パッと作っちゃいますからね」
「あっ、おおきに。ペルシアン、ちょっと遊ぼか」
いつもならエムゼット団の子達がくつろぐソファーの方へ向かったカラスバさんとペルシアン、私は買い込んだ食材と共にキッチンへ向かった。さあ、腕によりをかけちゃいますよー!
それから数十分後。ザアザア降りだった雨は少し落ち着いて、日も落ちて外が真っ暗になった頃。
カラスバさんをエムゼット団の会議室(と言う名のダイニング)へ案内して、本日のフルコースを大きなテーブルの上にズラリと並べた。彼はパアッと鋭い瞳を大きく輝かせて「おお!」そう声を上げる。
「粒たっぷりコーンスープに、生ハムとヒメリのサラダ、そして、本日のメインは──」
コトン、とカラスバさんの目の前に大皿を置いた。
「ピカチュウオムライスでーす♡」
チキンライスの上にまあるく薄焼きにした卵を乗せて、そこに海苔で瞳を、ケチャップで頬を描いた、ピカチュウの顔そっくりのオムライス。カラスバさんは「ふはっ」と声をあげて笑った。
「ははっ、めちゃくちゃかわええなあ!」
「でしょう? 私の得意料理なんです、エムゼット団の子達も喜んでくれるんですよ」
「こんなん、食べるの勿体無いわあ」
カラスバさんはそう言いながらも、ニコニコしてスプーンを構える。
「いっただきまーす!」
「はい、どうぞ召し上がれ」
スプーンでピカチュウの頬から大盛りのオムライスを掬って、大きなお口を開けて、思いっきり頬張るカラスバさん。もぐもぐと幸せそうな顔で咀嚼して、ごくんと飲み込んだ。
「……美味い! めっちゃ美味いで、ナデシコちゃん!」
「ほんとうですか? よかった、お口に合って」
「中のチキンライスがパラパラで極上やし、ベーコン入ってるのが食べ応えあるし、卵はふわっふわ、最高やわ」
「もう、褒め過ぎじゃありませんか?」
「そないなことない! オレ、こんな美味いオムライス食ったの初めてやで」
カラスバさんはそう言うと、ヤンチャな少年の様にスプーンをガツガツ動かして、みるみる内にオムライスを平らげていく。時折スープやサラダにも手を伸ばして、その度に幸せそうに笑うのだ。大人の男性にこんな事を思うのは間違えているかもしれないが、その姿があまりにも可愛くて、私は自分の食事も忘れて彼に見惚れていた。
ふと、彼の手が止まる。
「──ああ、オレ小さい頃、こういうの憧れやったわ」
「あこがれ?」
「うん。昔のオレは今よりもっと小さくて弱くて、親もおらんし、毎日の食事に困るほど金も無かった」
彼から告げられた突然の過去に、私は何と言ったら良いか分からず、言葉に詰まった。
「だから、正直、羨ましかった。普通に親がおって、こんな風に手作りの夕飯を振る舞ってもらえて、何の不安も遠慮もなく、思いっきり食事出来ることが、羨ましくて……どうしようもなかった」
「カラスバさん、」
「せやから、ナデシコちゃんには心から感謝しとる。小さい頃のオレの憧れを叶えてくれて、ありがとう。どんな高級料理よりも、ナデシコちゃんが作ってくれたオムライスがいちばん美味いわ」
おおきに、そう言って彼はオムライスの最後の一口を頬張った。その時、口の端にケチャップが付いていることに気付く。向かいに腰掛けていた私は、テーブルに身を乗り出して、そっと彼の口元に手を伸ばした。
「おくち、汚れてますよ」
「おぉ、すまん……って、ナデシコちゃん!?」
彼の口元に付いていたケチャップを指先で拭って、それをそのまま自分の口元へ運び、ぺろりと舐め取った。一気に頬を赤くするカラスバさんが、またどうしようもなく可愛くて、私はふふっと悪戯っ子の気持ちで笑う。
「まったく、とんだ小悪魔ちゃんやで。ひとがええ話しとる時に〜」
「うふふ、ごめんなさい。カラスバさんがなんだかとっても可愛く見えてしまって」
「こんな話したの、ナデシコちゃんやからやで」
「嬉しいです、貴方の事をもっと知れて」
私は彼の平らげた大皿を手に取って、席を立つ。
「私、貴方の為なら、どんな料理だって作ってあげますから。どうか、遠慮しないでくださいね。おかわり、入りますか?」
「ええの? やった、おかわり欲しい!」
「はあい、今度は大盛りにしておきますね♡」
小さい頃の貴方の憧れ、私が全部ぜーんぶ叶えてあげますから、ね。
気が付けば、外の雨はすっかり止んでいた。
2026.08.12公開
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