鬼灯ちゃんと玉葱くんの話
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うららか草原の天気は晴れ。雲ひとつない気持ちの良い空模様となっている。
野生のホルビーが草むらでお昼寝していたり、バタフリーの大群がひらひらと空を舞っていたり、穏やかで平和な雰囲気だ。
今日はまさしく、キャンプ日和と言えるだろう。
「ふん、ふん、ふーん♪」
鼻歌をうたいながらカレー作りの準備に取り掛かっている少女は、ボクのお友達のホズキさん。とってもご機嫌。テントを組む時もずっとご機嫌で、終始ニコニコしていた。
彼女の挑んでいたジムチャレンジは、チャンピオンカップまでは超えたものの、最後に惨敗という結果で終わってしまった。ガラルリーグチャンピオン、ダンデはあまりにも強過ぎた。キョダイマックスしたリザードンを前にして、手も足も出ずに負けてしまった彼女は、悔し涙を見せたほどである。けれど、チャンピオンカップ優勝という結果はお見事と言えるだろう。
ジムチャレンジもチャンピオンカップも終わりを迎えて、ガラル地方はオフシーズンに入った。ジムリーダーのボクも長期休みを貰うことになった。
彼女は約束していた通り(負けてしまったけど)チャンピオンカップを終えたから、いっしょにカレーを食べようと、ボクをキャンプに誘ってくれたのだ。
リュックの中からたくさんの木の実を取り出して、今日のカレーにはどれを使おうか、と悩んでいる彼女に、そっと近寄る。
「あ、あの、ホズキさん……」
「ん、どうしたの、オニオン?」
「ボクにも、なにか、手伝えることは、ありますか」
「えっ、いいよいいよ。今日はわたしがオニオンにご馳走振る舞うんだから! ポケモンたちとゆっくりしてて」
「でも……その、いっしょに作った方が、ボクとしては、楽しい、かなって」
「あはっ、それもそうだね! じゃあオニオンも手伝ってよ、どの木の実を使うか迷ってるんだー」
テーブルの上にずらりと並んだ、たくさんの木の実。チイラの実に、カムラの実、タラプの実、どれも珍しいものばかりだ。ヨロイ島で見つけて来たんだ、と彼女は語る。
「ボク、からくちはちょっぴり苦手、です……」
「わたしも! あまくちが美味しいよね! じゃあ木の実はあまいものを使おっか」
彼女のリュックは四次元にでもなっているのか、更に木の実が出て来た。モモンの実に、マゴの実、ロゼルの実。どれもあまくちにぴったりの木の実だ。
「よーし、じゃあオニオンは野菜を切ってくれる? 木の実はわたしがやるね」
「は、はいっ、わかりました……!」
料理をすることはあまり慣れていないけど、じゃがいもやにんじんなどを切るぐらいは出来るはず。そばに居たゲンガーから凄く心配そうな眼差しを向けられたが、だ、大丈夫だよ。もう。
「みみっきゅ!」
「わっ、どうしたの、ミミッキュ」
「みきゅ、みきゅ」
「じゃがいもが、大きい、って?」
切った具材の大きさに相棒から文句を言われてしまったが、ホズキさんは相変わらず楽しそうに笑っている。具材がゴロゴロ入ってる方が美味しいよね、とフォローもしてくれた。
それからカレー作りは順調に進んで、お鍋の中でカレールーを溶かした後は、コトコト煮込むだけの段階に入った。十数人分はありそうな大鍋をホズキさんが器用にぐるぐると回している。
「よーし、出来上がってきた! 最後はまごころを込めて完成だよ、ほら、オニオンもいっしょに」
「えっ、えっ?」
ぐつぐつと良い匂いを漂わせている大鍋に、彼女は「えーいっ」と掛け声をあげながら、両手をハート型に組んでウインクしていた。ボクも見よう見まねで彼女を真似してみる。途端、カレー鍋が一瞬キラキラと輝いたような……気がした。これも料理には大事な行程、なのだろうか。ちょっぴり恥ずかしい。とにもかくにも、カレーが完成した。
ほかほか炊き立てのサフランライスをお皿に半分盛って、熱々出来立てのカレーをお皿のもう半分にごろごろ注ぐ。スパイシーな香りにお腹の虫がぐうと鳴る。
「ふわあ、美味しそう……!」
「これだけじゃないよ、最後にトッピング!」
ホズキさんが取り出したのはモーモーチーズ。それを豪快な三角形に切ると、ボクのよそったカレーの上へどーんと置いてくれた。熱いカレーライスの上で、白いチーズがとろとろ溶けていって、ああ、美味しそう。ごくんとヨダレを飲み込んだ。
彼女とポケモンたちの分もカレーライスをよそって、テーブルの上に並べる。席について、皆で「いただきます!」と手を合わせた。
さあ、まずはカレーライスだけでひとくち。
「ん、んん〜! おいしい!」
ボクは珍しく大きな声を出してしまった。そのぐらい感動的なお味だったのだ。愛情たっぷりこもった甘口のカレーに、エキゾチックな香りのサフランライスがバッチリ合っている。これはまさしくリザードン級だ。
今度はチーズを混ぜて食べてみる。もぐもぐ。とろける濃厚なモーモーチーズが、甘口のカレーを更に引き立てて、絶品だった。がつがつと食べ進める手が止まらない。
「ふふ、オニオンったら、あんまり急いで食べたら喉詰まっちゃうよ?」
「ん〜っ、ごめんなさい、すごく、美味しくて……」
「みみきゅ!」
ミミッキュやゲンガーたちも大喜びでがっついていた。ホズキさんのポケモンたちは毎日のようにこんな美味しいものを食べてるのか、そう考えると羨ましい。
パクパク食べ進めていたら、あっという間に一皿食べ終わってしまった。
「おかわりする?」
「えっ、いいんですか……」
「もちろん、まだたくさん残ってるから」
「じゃあ、半分の量で、お願いしますっ」
今度はトッピング無しでお願いした。ホズキさんがボクのお皿を取って、半量のお米とカレーをよそってくれる。その姿はなんだか──そう、いつかテレビドラマで観た、優しくて清楚なお嫁さんみたいだと思った。何故かどきどき心臓が高鳴る。
「はい、どうぞ!」
「あっ、ありがとう、ございます」
おかわりを受け取って、また大きなひとくちを頬張った。お口の中がとろけそうで、ほんとうに仮面が落っこちてしまいそうだと思う。
その日のお夕飯は、今までに無いくらいお腹がパンパンになるまでカレーを食べてしまうのだった。
***
その日の夜。せっかく天気が良いので、テントの中より、外に寝袋を敷いて空を見ながら寝よう! というホズキさんの提案により、外で眠ることになった。ポケモンたちはボールの中でお休み。野宿なんて初めてだから、ワクワクする。
寝袋の中でパッと空を見上げれば、満天の星がキラキラ輝いていた。星が満ち溢れてこぼれ落ちてきそうだ。
「きれい、ですね」
空を眺めたまま、呟く。隣でホズキさんも「うん、とっても」と返事をくれる。
なんとなく視線を感じて隣を見れば、ぱちり、真っ赤な瞳と目が合った。
「オニオン、眠る時は仮面を外すんだね」
「あっ、はい……さすがに、邪魔で寝られないので。それに……」
「それに?」
「……ホズキさんの前でなら、構わないかと、思って」
ずっと着けていた仮面はリュックの中にしまった。彼女の前なら、ボクは僕のまま自由で居られる。だから、必要無いと思ったのだ。
彼女は「ふふっ」と音符が弾むように笑う。
「なんか、オニオンの特別になれた気がして嬉しい」
「特別、ですか?」
「うん。親友になれた、そんな気がする」
「親友……」
彼女のくれた言葉を繰り返しながら、噛み締める。嬉しくて頬がニヤけてしまう。彼女も、嬉しそうに笑ってくれていた。
「オニオンってかわいい顔してるね」
「そ、そうですか……?」
「バトルの時はあんなにカッコいいのに、ふふ」
「ホズキさんったら、からかわないで、ください」
恥ずかしくてボクはふいっと彼女から目線を外した。仰向けになって、また空を見上げる。頬が熱くて堪らない。
「からかってないから、拗ねないでよ」
「それもそれで、タチが悪い、です……もう」
星が満ち溢れた夜空を見ていると、少しずつ熱い頬が落ち着いてくる。
この真っ暗闇の中、月と星のわずかな明かりだけの空間、彼女と他愛もない話をしていると、まるで世界にふたりっきりのような気がしてしまう。そんなことは有り得ないのだけど、でも、ボクはそれを心地良く感じていた。
夜空をずっと眺めていたら、ほんの一瞬、遠くの方でキラリとひとつの星が光って通り過ぎた。
「あっ、流れ星」
ボクの言葉に「えっ、どこどこ!?」と見えていなかったホズキさんが慌て出す。彼女の方を向くと「3回お願いごとしなくちゃ!」そう言って両手を顔の前で組んで、お願い事を叫んだ。
「ジムリーダーになりたい、ジムリーダーになりたい! ジムリーダーになりたい!!」
元気いっぱいのお願いに、ボクは思わずフッと吹き出して笑ってしまった。彼女はいつだって自分の夢に真っ直ぐだ。
「オニオンもなにかお願い事しないの?」
ボクは驚いて目を見開く。ちゃんと、考えた事がなかった。ボクのお願い事、夢、目標。ゴーストタイプと強く心を通わせられることから、まだ未熟ながらにジムリーダーを任されて、その役割を果たすことに毎日必死で、夢中だったから。
「……ボク、ゴーストポケモンが、好きです」
「うん、知ってるよ」
「ボクは昔から、ひとには見えないものが見えて、不気味がられることも、多いです。でも、ゴーストポケモンたちは、ずっと、ボクのそばに、居てくれました。そんな優しいゴーストポケモンも、ひとによっては気味が悪いと言われたり、怖がられることが、あります」
「オニオン……」
ボクの願い──それは。
「ゴーストポケモンが、頼りになる……友達なんだって、わかってもらえたら、うれしい」
大好きなゴーストポケモンの良さを、多くのひとに知って欲しい。だから、ジムリーダーを続けていくことがその目標に繋がるだろう。
ボクの夢、誰かに話したのは初めてだ。ホズキさんには、何故かなんでも話せてしまう。やっぱり、親友……ってこと、なのかな。えへへ。
「素敵な目標だね。応援するよ、オニオン」
「ありがとう、ございます」
ホズキさんはこちらに手を伸ばす。ボクも意を汲み取って手を伸ばす。ぎゅっと強く、手を握り合った。
「お互い夢を叶えるために頑張ろうね」
「はいっ、がんばりましょう……!」
約束の握手を交わす。この手をいつまでも離したくないと思った。
「ねえ、オニオン」
「はい、なんでしょう」
「わたしと、旅をしない?」
旅──?
「わたし、今回のガラル地方を旅してみて考えたの。たくさんのジムを回って、たくさんの人々やポケモンと出会って、すごく楽しかったし、とても成長出来たと思う。それなら、もっと色んな世界を見てみたい」
ホズキさんは体ごとこちらを向くと、ボクの手を両手で包み込むように握った。
「ホウエン地方のコンテストに参加してみたいし、イッシュ地方のミュージカルも見てみたい。いちばん強くて凄いジムリーダーを目指すなら、世界を見て回るのって大事だと思うんだ!」
「その旅に、ボクもいっしょに行って、良いんですか……?」
「もちろん! ううん、むしろオニオンといっしょだから行きたいんだ! オニオンが居るなら、どこだって楽しくなるに決まってるもん。キミといっしょに、新しい世界が見たいんだ」
「嬉しい、です……!」
ボクもカントー地方へ初めての旅をしてから、他の地方も旅してみたいという欲求が生まれていた。ボクにとっても、悪い話じゃない。旅を通して色んなゴーストポケモンに出会える筈だから。
ガラル地方のオフシーズンにしか長期休暇を取れないけど、彼女がそれに合わせてくれると言うなら、ここはお言葉に甘えてしまおう。
「じゃあ、約束! いっしょに旅をしよう」
「はい! いっしょに、世界を見ましょう」
彼女とふたりなら、きっとどこだって楽しいに決まってる。素敵な約束が増えて、ボクは嬉しくて堪らなかった。
「えへへ、良かった……オニオンに、はやく、この話をしようって、悩んでて……」
「ホズキさん?」
「いつ言おうかな、断られないかなって……心配、だった、から…………ぐぅ」
彼女はボクの手を握ったまま、むにゃむにゃ半分寝言のようなことを呟きながら、カクンと寝落ちてしまった。
「むにゃ……オニオン……ずっと、ともだち……ずっと、いっしょに、いてね……うふふ…………」
なんて可愛い寝言だろうか。ボクは心臓がきゅんと跳ねる音を聞いた。
ああ、ボクはこの感情がわかってしまったかもしれない。彼女の可愛らしい赤ちゃんみたいな寝顔を見ながら、自分の胸元をギュッと押さえた。
これから先も、ずっと、いっしょ。
約束ですよ。ホズキさん。
2025.05.19公開