審神者と仄々生活
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「大きいけれど小狐丸。いや、冗談ではなく。まして偽物でもありません。私が小! 大きいけれど」
現在発見されている刀剣、合わせて四十四振り。とある日の鍛刀任務で私はついに、その最後の一振りである小狐丸を呼び降ろすことが出来た。
その名に似合わぬ大柄の男性、まるで本当に狐耳のように跳ねた頭頂と狐の尻尾のように長い白髪──彼もまた他の刀剣達に並ぶ美男で、確かに狐の神様を人に模したらこんな姿になるのかもしれない、と思った。しかし、そんな姿に反して人懐っこそうな笑みを浮かべる三条派の太刀。
「私を呼んだのは、女性のぬしさまでございましたか。道理で、鈴を転がすような美しい声だと……」
「ははは、久しいな小狐丸 」
懐かしそうに目を細めて笑う三日月に、小狐丸は「おお!」と喜びの声を上げた。
同じ三条派の刀剣だから何かご利益があるんじゃないかと、小狐丸の鍛刀に挑戦する際は三日月さんに近侍をお願いしていたのだ。
「ぬしさまの隣に並ぶのは、もしや三日月宗近か? 私より先にこの者を呼び降ろしているとは、ぬしさまは大変お力を持った審神者様とお見受けする」
「うむ、俺は随分前にここへ呼び降ろされてな、お前が最後の一振りだ」
「これはこれは、随分とぬしさまや三条の皆を待たせてしまったご様子。この小狐、振るって下されば必ずやこの遅れを取り戻し、ぬしさまのお力になりましょう」
なんと頼もしいお言葉か。丁寧に頭を下げるその付喪神に、とんでもないとこちらこそ深々頭を下げた。
「これからよろしくお願いしますね、小狐丸。さて、あなたの渾名は何と呼びましょうか……?」
「あ、渾名? ぬしさまは刀剣に個人の名をつけているのですか」
「いや、そんな深い意味のものではない。この主は面白い人の子でな、俺たちを妙な愛称で呼ぶ。にっくねーむ、という奴だなあ、ははは」
「うーん……やはり無難に小狐ちゃん、いえ、こんちゃんと呼ぶのも捨てがたいですね」
「こんちゃん……」
その日は政府から渡された刀帳を埋めたお祝い、そして小狐ちゃんの歓迎会に、夜遅くまで賑やかな一日を過ごした。
これからは、もう少しのんびり過ごそう。刀剣男士達は毎日遠征に出陣に内番と頑張ってくれているから、ゆっくり春休みでも与えようか。
既に出陣出来る記憶の全てを制覇しているし、今後しばらくは特定の刀剣を探して戦場の周回する必要も無く、各記憶に残った遡行軍の残党を政府から任務を言い渡されれば討伐する程度……しばらくは日々最低限の任務をこなすだけにして、刀剣男士達にも休息をあげたい。
休みの間は刀剣達一人一人を見てあげられるだろうか。また皆でお花見をしたり、町へお出掛けしたり、ああ、そうだ、もっと本丸にも皆が楽しめるような娯楽を増やそう。図書室が欲しいという要望があったっけ。テレビもあと一台か二台増やして、ゲーム機なんかを設置しても良いかもしれない──。
……なんて、私の素敵な春休み計画は、すぐに音を立てて崩れ去る事となる。
小狐丸を迎えて数日が経った頃、お屋敷の改築作業でばたばた忙しくしている私の元へ、それは突然現れた。
「主君! 時の政府から、主君に新たな任務を知らせに来た、というものがいらっしゃいました」
増築予定の図書室について、自称文系の雅な打刀である歌仙兼定と相談中の本丸へ、慌てた様子でやってきた前田くん。彼の両腕には、出来ればもう二度と顔を合わせたくないと思っていた、あの胡散臭い黄色の管狐が抱かれていた。
「──こんのすけ、何用ですか」
自分でも表情が険しくなっているだろう事がわかる。声もいつもより低くなってしまって、前田くんがビクリと肩を震わせた。
また不要な刀剣を刀解しろだのと、ふざけた任務を言い渡しに来たのか。あからさまな警戒心を剥き出しにする私に、管狐はお面の様な表情を崩さず足元へ降り立った。
「相模国の審神者様に新たな任務です。詳細はこちらの封書をご覧下さい」
そう言って床に簡素な茶封筒を置いたこんのすけ。更に淡々とした口調で管狐は言葉を続ける。
「検非違使を打ち破れ。以上です」
それを最後に、こんのすけは煙のように姿を消した。
たったそれだけの通達、だが拒否権の無い命令である事は理解する。
しんと静まり返った本丸。私は足元の封筒を拾い上げ、黙って中身を確認した。どうやらのんびりと休息している時間はないようだ。
「歌仙兼定、前田藤四郎。四十二振り全ての刀剣男士を大広間へ集めなさい。」
……緊急の会議を行います。
緊急会議と聞いて刀剣男士達が集まった大広間。朝と夕の食事以外で全刀剣がここに集まるのは珍しいことだ。皆、突然の事にそれぞれ緊張や戸惑いの表情でこちらを見つめている。
四十四振り全員居る事を目で確認してから、私はなるべく落ち着いた口調で今回の緊張会議に至った理由から話す事にした。
以前、時の政府から収集を受けた会議でも既に目撃報告や警戒するよう呼びかけされていた、第三の敵対勢力が、ついに本格的に動き出したらしい。
「遡行軍とは異なる第三勢力、検非違使が現れました。時の政府からも討伐任務が出ています」
突然の話にざわつく刀剣達。その中で、一番後ろで兄弟達と話を聞いていた鯰尾藤四郎が「はいはーい!」と元気良く手を挙げた。
「主さん! そのけんび、けび……芋けんぴとかいう奴等は、一体何なんですか? 歴史修正主義者みたいな、歴史を壊しちゃう悪い奴らなんです?」
「ずおちゃん、芋けんぴじゃなくて検非違使です。けびいし。……実は、まだ詳しく分かっていないのです」
時の政府からも、検非違使についての詳細は伝えられていない。政府側も分かっていないのか、何か疚しい事があるから私たち審神者に伝えないのか、それすら不明である。
ただ、戦場で出会せば歴史修正主義者も刀剣男士も関係無く襲い掛かってくる、危険で強大な力を持った存在とだけ聞かされている。
「また、検非違使は新たに発見された刀剣男士……虎徹の二振りを、捕らえているそうなのです」
「そ、それは本当なのか、主!?」
ああ、やはり。虎徹の名を聞いて驚きに膝を上げたのは、その黄金に輝く姿が特徴的な打刀の刀剣男士、蜂須賀虎徹。検非違使が捕らえているらしい刀剣は彼の兄弟刀だ。
明らかな動揺を見せる彼へ、私は静かに頷き返す。蜂須賀は暫し次の言葉に悩んだ後、まるで自分を抑えるように胸の中心に拳を当てて、その場へ座り直した。
「けれど、主……得体も知れない、目的すらわかっていない相手との戦闘だなんて、危険過ぎはしないだろうか……?」
「ふむ──検非違使、か」
刀剣達の不安を代弁した蜂須賀の言葉に、口を挟んだのは三日月であった。
「平安時代に、京都での犯罪や風俗などを取り締まっていた組織の名だ。現代で言う警察、と同じ様な組織だが……時の政府が第三勢力をわざわざその名で呼ぶのに、いったいどんな意味があるのだろうな」
「けびいし……」
今剣が昔々を思い出すように何もない空を見つめて、呟いた。彼を膝に乗せた薙刀、岩融もぐっと眉間に皺を寄せて目を閉じている。
「たしか、よしつねこうが……むかし、そうよばれていたような……」
源義経の守り刀であった今剣と、その義経に最後の時まで仕えた弁慶の薙刀である岩融。第三勢力として現れた検非違使が、彼らの前の主に関係のある者達なのか、それもわからないがその呼び名だけでも彼らを悩ませ苦しませるには十分だった。
ぐぅ、と胸の奥が締め付けられる。喉から黒く澱んだ泥を吐き出してしまいそうな、酷い罪悪感に苛まれた。私は痛む胸に表情を歪めて両の手を強く握り締める。私はまた、刀剣達を苦しませてしまうのか。私は……。
「我らの主よ!」
岩融のいつもより更に強く張った声に、驚いて顔を向けた。岩融はカッと目を見開いて私を見据えている。その目が合うと、ギザギザに尖った歯をニンマリ見せて笑った。
「主はどうしたい! その検非違使とやらに立ち向かうのか?! それとも尻尾を巻いて逃げるのか?!」
「わ、私はッ」
「恐れるな! 主は胸を張って俺たちを信じ、命を下せば良い!!」
時の政府から、新たな敵対勢力の話を聞いてから、ずっと悩んでいた。
歴史を守る為に歴史修正主義者と戦っていた筈なのに、第三勢力の検非違使からまるで犯罪者のように狙われ始めたと知って、私にはそれが、今まで正しいと信じて行ってきた事を全て否定されたように思えた。
私がこれまで刀剣男士達を使役して戦わせてきた事は、いったい何だったのかと。彼らに苦しみや痛みを背負わせてまで戦わせる事に意味はあるのか、このまま時の政府を信じ続けても良いのか──その答えは、未だに私の中で揺らぎ続けているままだ。でも、ひとつだけ確かな想いがある。
「私はッ、虎徹の二振りを手に入れたいのです!」
審神者の使命を果たす為、とか。囚われの二振りを助け出したい、とか。そんな格好のついた理由なんて無い。私は彼らに会いたい、蜂須賀ちゃんに会わせてあげたい、それだけの理由だ。
検非違使が何の味方で何の目的を持って襲い来るのかはわからないが、こちらの敵である事実は確かであり、今後も遡行軍と戦い続けるのであれば検非違使との戦いも避けられないのだろう。
それならば、私は検非違使と戦って勝利して、虎徹の二振りを手に入れたい。
「はっはっは!」
珍しく、三日月さんが高らかに大きな声を上げて笑った。
「助け出したいと格好付ければ良いものを、その手に入れたいと正直に答える辺り、全く……俺たちの主らしいなあ」
「うむ、それで良い、主よ。刀集めならこの俺に任せておけ!」
岩融はドンッと力強く自身の胸を叩いた。大広間中の不安に澱んでいた空気が、一瞬で変わる。そういう事なら仕方無い、今まで通り主の為に戦うまでだ、と。新たな戦いへの気合いで満ちている。
「さあ、主。俺たちに指示を」
三日月さんはその目に宿る月をふっと細めて言った。
以前、彼はこう言っていたっけ。主に刀剣として振るって貰えるのは嬉しい、と。
「──はい!」
彼らはどんなに苦しみ悩んでも、今の主である私を信じて戦ってくれるのだから、私も彼らを信じて送り出すべきだ。今は、時の政府に従うしかないのだから、……戦おう。
「第一部隊の隊長は、三日月宗近に任せます。皆の事、よろしく頼みますよ」
「隊長か、あいわかった」
彼らを送り出すは、武家の記憶。
向かうは、阿津賀志山。
ここで遡行軍と戦う検非違使を目撃した、との政府から報告があった。
私は本丸で、いつものように映し鏡越しに第一部隊の様子を見守る。近侍の加州清光と大和守安定には、いざという時の為、私の傍らに着いてもらっている。
政府によれば、検非違使は過去に干渉する者を絶対に許さず、同じ時代と場所に留まり過ぎると目を付けられて襲い掛かってくる、らしいが……。
映鏡越しに見る戦場は、対して普段と変わりないようだ。隊長を任せた三日月さんからも、特にこれと言って報告できるものは無いと言う。
しかし、突然。
『…不穏な気配を感じます。主、確認をお願いします』
左文字派の長男である太刀、江雪左文字がそう呟いて部隊の足を止めた。私は彼の言葉に応じて、彼らが進む先へと偵察用の紙製式神を飛ばす。映鏡越しに見えたのは時間遡行軍の姿、だが──。
「これは……いったい!?」
どういう事かと思わず言葉を失った。そこに見えた時間遡行軍たちは、既に何者かによって倒されていたのだ。まさか、と思う前に、そこでの映像は断ち切られてしまう。式神をやられたか。
「ッ、索敵失敗です。しかし、遡行軍以外の敵の存在を確認しました」
『検非違使、ですか……』
「恐らくは。方陣で守りを固めなさい!」
こちらが陣形を整えたその瞬間、彼らの眼前に現れたるは異形の軍勢。しかしそれは遡行軍とは明らかに姿も雰囲気も違っていた。物言わぬ双眸が、静かに刀剣男士たちを捉える。この者たちが「検非違使」であると、直感がそう告げた。
──歴史の異物よ、双方ともに滅びてしまえ。
その者たちの物言わぬ顔、その手に持った槍を構える姿に、そんな声明を読み取らざるを得ない。
彼らに刀剣男士と歴史修正主義者、どちらが正義か悪かなど関係無いのだ。歴史に干渉する者は消し去る。
彼らの殺意に満ちた眼光が、決して誰の味方でもない事を示していた。
『さて、給料分は仕事をするか』
間違いなく敵対勢力と認識し、三日月がその刀を構える。その後ろから、馬に跨った岩融が飛び出し、薙刀を大きく振り被った。
『さあ! 俺を楽しませろ!!』
しかし、その大きな一振りは検非違使の誰にも通らず、奴らの刀装に防がれる。遡行軍が相手なら、先程のたった一振りで勝負を決めてしまうほどの威力を防ぐとは。何と堅固な守りか。
これにはさすがの岩融も驚いているが、何故か楽しそうにニヤリと笑っている。全く、見守っているこちらは気が気でないと言うのに。
「な、薙刀の一撃がちっとも効いてないなんて、敵の刀装、固すぎじゃないの……!?」
「宗三左文字の攻撃も、全然効いてないよ……! うちで一番練度の高い打刀なのに」
共に第一部隊を見守っていた清光と安定も、予想以上の相手の強固さに驚いて落ち着かないようだ。
しかも、検非違使の恐ろしさは、その守りだけではない。槍の一撃が、前に出過ぎた岩融へ襲い掛かる。それは彼を守るはずの刀装すら貫き、岩融の右腹部を貫いた。
「岩融ッ!?」
思わず大声を上げてしまったが、中傷を負った岩融はそれでもニンマリ笑顔を絶やさず、そのままガッと大きな片手で敵の槍を捕らえた。
彼の手から逃げられぬ敵槍に、江雪さんの一撃が走る。真っ二つに斬られ息絶えたそれを、岩融はゴミでも捨てるように放り投げた。
『はっはっは! いいぞいいぞ、もっと俺を楽しませろォ!!』
自身の出血と敵の返り血で全身血塗れだと言うのに、あまりにも楽しそうな彼を、私は恐ろしいなんて思えず、寧ろ遊園地ではしゃぎ回る子供のように見えてしまった。
『もう、岩融は下がってて! 後は俺たちが斬っちゃうから!! いくよお、石切丸!』
『ああッ……! 味方がやられて大人しくしている程、私も温厚じゃないんでね!!』
『とうっ!』
『厄落としだ!』
うちで一番の練度を誇る蛍丸と、同じ大太刀の石切丸の大きな一振りには、検非違使の軍勢も一気に斬り飛ばされた。太刀と大太刀の攻撃なら通り易いのだろうか。
残りの検非違使たちも、隊長の三日月さん、江雪さんの手によって、既に殲滅されている。
『主、こちらはなんとか勝利したが、岩融が中傷、宗三左文字も軽傷を負っている。新たな刀剣も見当たらんな……』
「まずは未知の敵相手に勝利出来たことを祝いましょう、三日月さん。これで、敵の力量と特性がよくわかりました。怪我をした二人の手入れや部隊編成を見直します、すぐに帰還して下さい」
『主!? 俺の怪我なら心配いらん。この程度、蚊に刺されたのと同じようなものだ。それより、まだ検非違使の気配を感じる! もっと先へ出陣を──』
「今すぐ、帰還なさい」
中傷進軍は許しません。
私の怒りのこもった冷たい声に、敵の攻撃も自身への負傷も恐れない岩融が、その時ばかりはグッと眉間に皺を寄せて顔を青冷めさせていた。
……そんなに、恐ろしかったでしょうか?
検非違使との初戦闘を終えた第一部隊を出迎え、私は岩融さんを無理やり引っ張って手入れ部屋に押し込んだ。
宗三ちゃんの手当ては、兄の江雪さんと弟のお小夜ちゃんにお願いした。式神を何枚か付けておいたし、軽傷だから、そう直るのに時間はかからないだろう。が、後でちゃんと様子を見に行こう。
問題は、中傷を負ってしまった岩融の方だ。
「全く、俺たちの主は心配性が過ぎるのではないかな。まだ戦えたと言うのに……」
「慢心は行けませんよ、岩融。相手は未だ情報も少なく謎の多い敵なのですから、気を付けて当然です。あなたのそう言った慢心が、このような怪我に繋がったのでしょう」
壁に凭れ掛かって胡座をかいている彼から、その大きな薙刀を受け取った。こんなに傷だらけでは随分時間が掛かってしまいそうだ、手伝い札を使おう。
「……本当に、心配性な主だな」
手入れをされる事は彼ら刀剣男士にとっては気持ちの良いものだそうで、岩融さんも打ち粉をポンポンしている間は、心地好さそうに目を細めて微笑んでいた。
「私にはどうしても、あなたたち刀剣男士を……ただの道具とは、割り切れないんです。私にとって、あなたたちは大事な、大切な一人一人だから……心配性にも、なってしまうんですよ」
彼のあまりにも人間染みた表情を見て、私はつい、ぽろぽろと言葉を零してしまった。
岩融さんの大きな手がぐぉっとこちらに伸びてきて、何かと思えばぐしゃぐしゃと頭を撫でまわされた。お、おわ、脳が揺れる。
「ああ、知っているとも。そんな主だからこそ、俺たちを使って欲しい、戦わせて欲しいのだ。主のためにな」
……だが、と岩融さんは言葉を区切り、少しだけ悲しそうな顔をした。
「この有様では、俺が検非違使との戦で使われる事は、難しいか」
寂しそうな声に、今度は私が片手を伸ばし──ただけでは足りなかったので、膝立ちして、岩融さんの頭をよしよしと撫でた。
「残念ながら、あなたにはもっと活躍してもらいますよ。まだ練度の不安な他の刀剣たちの引率や、薙刀の必要な遠征任務だってありますし、今の内にゆっくり休んでおいてください。これから忙しくなりますよ?」
ふふっと笑ってみせれば、岩融さんもいつものように大きな声で笑い出して。
「がはははは! 小さいのになかなか口の達者な主だ!! 良かろう、思う存分、俺を振るってくれ」
「はい、勿論です」
私はあなたのお言葉で、自分の気持ちに踏ん切りをつける事が出来たのだから、きっとこれからもたくさんお世話になってしまうことだろう。
でも、それで良いのですよね?
皆が私を信じて着いてきてくれるように、私も彼らを信じて頼っても……良いのかな。
もしかしたら間違った道を歩んでいるのかもしれないのに、彼らに酷なことを強いているというのに、私は……それでも、彼らを求めて良いのだろうか。
私、なんかが……。
「あるじさまー! いわとおしー!」
すっかり傷の癒えた岩融と手入れ部屋を出ると、今剣ちゃんが明るい声を上げて、こちらに駆け寄ってきた。どうやら三日月さんと一緒に縁側に座って、手入れが終わるのを待っていたらしい。
岩融に一番に抱きつくかと思いきや、今剣ちゃんは予想外にも私にぴょんっと飛びついて来た。彼に突然飛びつかれるのにはもう慣れたもので、すぐに両手を広げて受け止める。
「つるぎちゃん? お岩ちゃんじゃなくて私に抱きついて良かったのですか?」
「いわとおしはもうげんきいっぱいだから、だいじょうぶです!」
「うむ! 主にしっかり手入れをしてもらったからなあ!」
「ほらねー! でも、あるじさまは、なんだかげんきないです」
「え……?」
「だから、ぼくのげんきをわけてあげようとおもって! ぎゅー!!」
そう言って、ますます私に抱きつく力を強める今剣。すりすりと頬擦りまでしてくれている。ああ、なんて、可愛らしくて優しい子なのだろう、こんな私を気遣って……。
おまけに見えない後ろから、岩融さんにポンポンと頭を撫でられてしまっては、泣いてしまいそうになる。
「あぁ……ありがとうございます、つるぎちゃん。もうすっかり、元気になりましたよ」
「えへへ、よかったあ!」
こんな私でも、あなたたちにちゃんと主として慕われて、……たくさん愛してもらえているのですね。
「ぼくたち、あるじさまのことだいすきですよ」
「……はい、私も皆が大好きです」
「ほら、おんなじです! だから、あんしんしてください、あるじさま。だいじょうぶですよ」
「……は、い」
心の奥底で、私は皆を信頼しきれてなかったんだ。私を慕ってくれるのは、所詮使う人間と使われる刀剣の関係性だからだと、諦めていたのか。嫌な戦いを強いて、苦しい思いをさせて、そんな審神者はいつか誰かに斬られても仕方ないって、裏切られる覚悟すら持っていた。
だって、こんな姿も醜い私を、愛してくれるものなんて誰も居ないって……ずっと思い込んでいたから。でも、あなた達は私が名前や顔を明かさなくたって、ずっと愛してくれてたんですね。
私は結局、今剣を抱っこしたまま、岩融に頭を撫でられながら、しばらく涙を止めることが出来なかったのでした。
「なきむしなあるじさま、ぼくもなでなでしてあげますね」
「ふふ……ありがとう……」
泣き虫でも良いんだ、今はこうして、慰めてくれる誰かが居るのだから。
ああ、私は本当に、幸せな審神者だ。
2025.02.25公開