審神者と仄々生活
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うちの本丸も、随分賑やかになったものだ。気が付けば刀剣男士の数も三十五振りを越え、手入れ部屋も刀剣達の寝室となる部屋も増やした。また、大太刀が二振りも加わり、第一部隊は今日も戦場で大活躍している。
織豊の記憶を突破してからは、私の仕事も落ち着き──いや、ただ熟すのに慣れてきただけかもしれないが──最近はどうにか刀剣達と多く触れ合える時間や会話を増やして、仲良くなれないかと模索中だ。中には、あまり他の刀剣等と関わろうとしない、私にも距離を置いて接する刀剣男士も居るからなあ。……大倶利伽羅とか、ね。
しかし、いまいち良い案が思い付かないのだ。皆で楽しめそうな、この本丸でも出来る、催し物を企画したいところだが……。
縁側で畑当番中の短刀達を眺めながら、うーんと頭を捻る。付喪神が楽しいと思う事って、何だろうか。人と変わらぬ基準で考えていいのかな。
「主よ、何か悩み事か?」
頭上から降ってきた声に、私はハッと顔を天井に向けた。が、目に飛び込んできたのは、真ん丸の青に三日月の黄色い打ち除けが浮かぶ瞳で。思わず、ひょえッなんて変な声を上げてしまった。
「み、みかづきさん……!」
「はっはっは、驚いたか?」
「もう、お鶴ちゃんみたいなこと言わないでくださいよ。凄く心臓に悪いです」
彼の目は美し過ぎて、あまり近くで見つめていると、瞳の奥の三日月に吸い込まれてしまいそうだ。
私はすぐに顔をお庭の方へ戻す。背後ではまたはっはっはと楽しげな笑い声。
「……して、悩み事なら、この爺が話相手くらいにはなってやれるぞ。」
三日月さんはそう言いながら、ぽすんと私の隣へ腰掛けた。ぼんやりしている私を心配して、声を掛けてくれたのか。
このお方なら、うちの本丸の古株でもあるし、頼れるお爺様だから、良い案をいただけるかもしれない。
「悩み事、なんて言うほど大袈裟な話ではないのですが……」
「構わんさ。今日は非番で、朝から暇を持て余しておった。この爺に何でも聞いて話すと良いぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
私は刀剣達と仲良くなりたいし、刀剣同士も仲良くなってほしい、この本丸にいる間だけでも彼らには幸せな時を過ごしてもらいたい。その為に、彼ら全員と一緒に楽しめる、催し物を何か企画したいのだと話した。
「そこで、三日月さんにお聞きしたいのですが」
刀剣男士にとって、楽しい事、とはなんでしょうか?
「……ふむ、これはまた、難しい相談だな」
「相談、というより、質問になってしまいましたね」
「それは気にする事ではない。ただ、その問の答えは、刀剣それぞれ変わってくるであろうなあ……。
同田貫正国のように戦う事を楽しむものも居れば、加州清光のように着飾る事を楽しむものも居る。刀剣として使われる事を喜ぶ場合だな。もちろん俺自身も、主に使ってもらえる事は嬉しいぞ。主は我ら刀剣を、本当に大事に扱ってくれるからな」
「そんな、当然の事ですよ」
「うむ、俺たちは主にとっての、その当たり前がとても嬉しい。しかし、それが誰しもの当たり前とは限らない」
「……と、言いますと?」
「主は人の子で、俺たちは刀の物だ。こうして人の姿を与えられてから、人間の当たり前にする行動、其れ等ひとつひとつが楽しい。この指先で花を愛で、この口で命を食し、この足で土を踏み、この心臓は音を鳴らして血を巡らせ……こうして、自身の主と他愛の無い会話をする」
これ以上に楽しく、胸踊る経験を俺はした事がない。そう話す三日月さんはその言葉通り、嬉々とした微笑を浮かべていた。
「まあ、つまり、主がしてくれる事であれば、俺たちは何だって嬉しい、そういう事だな。ははは」
「うぅ、その、何でも大丈夫、って答えが地味にいちばん困ったりするんですよ、三日月さん」
「はっはっは、夕餉の献立と同じだなあ。」
夕餉……確かにそれも何でもいいって答えられると困りますけど……。
でも、そうか、三日月さんの話を聞く限りでは、私が心配する必要なんて無いくらい、刀剣達はここでの生活を満喫しているのだろうか。
確かに私の見た限りでも、刀剣達は生き物との触れ合いや、日々の食事を喜んでくれている。
「俺としては、こうしてのんびりと、縁側で花見でもしながらお茶を啜っているだけで、十分幸せを感じられるのだがなあ」
「ふふ、私も、今のように穏やかな時間は好きですね。特に、短刀達の楽しそうな姿を眺めている時なんか、本当幸せな気持ちで胸がいっぱいに……ん……?」
──お花見。
「そ、それだーッ!」
私はポンと頭に降ってきた名案に、思わず勢いよく立ち上がって叫び声を上げてしまった。恥ずかしい。
「おお? 突然どうした主、良い案が閃いたか」
「はい、三日月さんのおかげですよ。私ちょっと出掛けてきますね!」
もうすぐ練度上げに向かわせた第二部隊が帰ってくる頃だけど、思い立ったが吉日、とは私の座右の銘だ。
三日月さんに第二部隊の出迎えを頼み、私は一度私室と化した本丸に戻った。小判が溜まりすぎてぱつぱつに膨らんだ財布を片手に、早速出掛けようとした、その時。目の前に現れたるは対照的な二人の美少年。
「わあ! な、鯰尾ちゃんと骨喰ちゃん?」
藤四郎兄弟の二振りで、脇差のお兄さん達である、鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎。
一つに結った長い黒髪とあほ毛の特徴的な方が鯰尾、白銀のおかっぱ髪がよく似合う無表情な方が骨喰で、二人とも双子のようにそっくりな綺麗な顔立ちをしている。
鍛刀で揃って現れた二人を初めて見た時、一瞬女の子かと思ってしまったくらいの、美少年達だ。
「わ、わっ、どうしたんですか主さん。そんなに慌てて」
今日は彼らに馬当番を任せていたから、きっと揃って完了報告に来たのだろう。
不思議そうに目を丸くする鯰尾の隣で、骨喰が分かったぞと口を開いた。
「厠か」
「違いますよ」
骨喰は無表情に冷静な声で淡々と何を言うんですか……。
「これから、町へお買い物に行くんです。丁度お供してくれる刀剣を探していたところなので、良かったら一緒に行きませんか?」
「良いんですか?! 行きます、もちろん行きますって! な、骨喰」
「兄弟が行くなら、俺も行こう」
「ふふ、ありがとうございます!」
そういうわけで、私は鯰尾ちゃんと骨喰ちゃんをお供に、善は急げと町へ繰り出したのでした。
***
「へぇ~、お屋敷の外って、こんな賑やかな町があったんですねえ」
「人も刀も、たくさん居る」
初めて町へ出て来た鯰尾と骨喰は、きらきらと無邪気に目を輝かせてあちこちを見回っている。
ここは時の政府が管理している、どの時代や場所にも実在はしない町。江戸の記憶とそっくりの町並みを再現した、審神者達の為に用意された町だ。
絵馬やお守り等を扱う雑貨屋さんに、本丸の増築をしてくれる大工屋さんもあれば、資源やお札を売る万屋さんもあり、美味しいお団子が評判の甘味処もあって……。
歴史修復の為に戦う各国の審神者が挙ってこの町を利用する為、今日も今日とて町は大勢の主と刀の姿で賑わっている。
そんな中、私は二人を引き連れて、「景趣取り扱い」という幟旗だけを掲げたこじんまりとしたお店に向かった。
店には黒い妖狐が一匹、赤い布を敷いた台の上にちょこんとお座りしている。その妖狐の足元に、商品であろう玉手箱が二つ、それぞれに小判三万と値札が付いていた。それら以外の商品は無い。
「……主さん、こんな怪しいお店で何を買うって言うんですか。ナニですか?」
ナニって何ですか鯰尾。不安気な小声で耳打ちしてくる鯰尾ちゃんに、店の前に掲げられた幟旗を指差す。そこには"景趣取り扱い"と書かれている。
「景趣を買うんですよ、ここはそういうお店ですから」
「景趣……? 景色を、買う……??」
ますます訳が分からないと言った顔で首を傾げる鯰尾ちゃん。骨喰ちゃんも相変わらずの無表情だが、兄弟の真似をして首を傾げている。全く可愛い子達だ。
私は値札に"春の庭"と名のついた玉手箱を手に取り、代わりに三万きっちり揃えた小判を置いた。黒の妖狐は小判の枚数を数え終わると、深々頭を下げる。お買い上げありがとうございました、と。
随分軽くなったお財布と玉手箱を持って、景趣のお店を出る。向かいに、短刀の刀剣男士達で賑わう駄菓子屋さんを見つけた。
これは丁度良い、お花見のお供はこのお店で調達しよう。
「主、なんだこの店は」
鯰尾が「面白そうなものがたくさん!」とはしゃぐ隣で、珍しく大きな目を更に大きくして驚いている様子の骨喰。
「駄菓子屋さんですよ、安価で買いやすいお菓子やおもちゃを扱ってるんです。……骨喰ちゃん達の時代だと、飴売り屋さんだったもの、でしょうか」
「俺たちには記憶がない」
「あ……そ、そうでしたね……」
「まあまあ、過去なんてどうでもいいじゃないですか! それより主さん、これはなんですか?!」
興味津々に鯰尾ちゃんが手に取ったのは、ストロー状の笛に吹き戻しがついたおもちゃ。可愛らしくニコちゃんマークまで付いている。縁日なんかでもよく見かけるやつだ。
「それは、ええっと、巻き取り笛ですね。」
思いっきり商品棚の名前を確認して説明する。吹いて遊ぶんですよ、と伝えれば、鯰尾はすぐ笛に口を付けた。あっ。ピュー! とけたたましい音と共に吹き戻しがみょーんっと勢いよく伸びて、その様が物珍しく面白かったようで、楽しそうに笑い出す鯰尾ちゃん。
「あははッ、なんだか楽しくなってきますね~!」
「兄弟、俺もやりたい」
「もう、ずおちゃんったら、まだ購入してない商品で遊んではいけませんよ。仕方ないからそれは買いますね。買い物についてきてくれたご褒美、という事にしましょう」
「へへ、ありがとうございます、主さん! 兄弟たちに自慢してやろうっと。骨喰も何か買ってもらったら?」
「……俺は」
「良いですよ、一人ひとつのご褒美にしましょうね」
「じゃあ……これがいい」
そう言って骨喰ちゃんが手に取ったのは、半透明な小鳥の形をした笛のおもちゃ。中に水を入れて吹くと、ぴろぴろと鳥の鳴き声のような音が出るのだ。その可愛らしい選択に、思わず微笑んでしまう。
「ふふ、では、本丸に帰ったら遊び方を教えてあげますね」
「主、感謝する」
「いえいえ、その代わり、荷物持ち頑張ってくださいね?」
任せてくださいよと胸を張る鯰尾に、問題無いと頷く骨喰。少女のように美しい彼らもやっぱり刀剣男士だ、頼り甲斐があるなあ。
その後、たくさんの種類のお菓子と飲み物を両手いっぱいに購入して、すっかり小判を使い果たして駄菓子屋さんを後にする。
しかし、本丸への帰り道を急ぐ、その途中で。
「あるじふぁん、ほのうめえぼう? ってやつ、ほんふぉにうまいへふね~」
「あっ、鯰尾ちゃん! 皆で食べるお菓子を先に食べちゃだめですよ~!?」
「兄弟、ひとつくれ」
「はい、ちーず味だって」
「骨喰ちゃん!?」
「主も食べればいい」
「え? えぇー……でも……」
「はい、主さんにもちーず味! これで三人とも、つまみぐいの共犯ですね」
にっこりと悪戯好きな子供のような笑顔を浮かべる鯰尾を前にして、私が断れるはずも無く、結局、うめえ棒つまみぐいの共犯になってしまうのでした。もぐもぐ、おいしい。
***
ただいま、とお屋敷の玄関を上がった瞬間、目の前に飛び込んできた赤いマフラー。両手に大量の駄菓子を抱えたまま、ぎゅうううと抱き締められた。誰に、なんて考えずともすぐ分かる。加州清光だ。
「あるじー! 俺たちが居ない間にどこ行ってたの、もおー!!」
「きよみつちゃん、くるしい、くるしいです……」
帰ってきたら主がいなくてびっくりしたんだからね!? と怒り半分心配半分の泣き顔で叫ぶ清光ちゃん。
やっぱりお買い物中に第二部隊が帰還してしまったか。しかし、隊長がこの様子なら、誰も怪我なく無事に任務を終えたのだろう。良かった。
鯰尾と骨喰を連れて町へ出ていたことを伝えると、清光はようやく体を離してくれた。はぁ、不意打ちでドキドキしちゃいましたよ、もう。
すると廊下の向こうから、清光の叫び声で慌てて駆けつけてきたらしい大和守安定が、おかえりなさーい、と優しい笑顔で出迎えに来てくれた。いつもは私が皆を出迎える立場だから、なんだか、新鮮で嬉しい気持ちになりますね。
「何ニヤニヤしてるの、主」
あいてっ。……大和ちゃんにデコピンされてしまった。優しい笑顔を一変、むっと眉間に皺を寄せた怒った顔で。
「せめて僕たちには一言声を掛けてから出掛けてよね。何のためにある式神と映し鏡なの?」
「う……ご、ごめんなさい……」
ま、まさか、大和ちゃんにまで叱られるなんて思ってもみなかった。彼にも心配をさせてしまったみたいだ。
意外な反応に嬉しくなってまた頬を緩ませていたら、怒られてるのにニヤニヤするなと、二度目のデコピンを食らってしまった。
「いたいです、やすさだちゃん……」
「! ……ま、まあ、次からは気を付けてね」
はい、と弱々しく返事をして顔を上げたら、大和ちゃんは何故か顔を赤く染めてそっぽを向いていた。嬉しそうにニヤける顔を必死に堪えている。一体どうしたと言うのか。
(あー……主さんに刀工の名で呼ばれて、嬉しかったんだな、大和守さん……)
鯰尾ちゃんが隣で何か察した顔をしているが、私には訳が分からない。
「ところで、主、そんなに何を買い込んだの?」
清光ちゃんに荷物のことを聞かれ、私はハッと今日の計画の事を思い出した。こんなところで立ち話を続けていては日が暮れてしまう。
「お花見用のお菓子と飲み物ですよ。これ、皆でつまめるようにお皿に分けておいてください、あと刀剣全員分のコップの用意も」
「お、お花見……?」
「私はお庭で準備をしてきますので!」
「えぇ?! あ、ちょ、ちょっと待ってよ主ー!」
駄菓子屋さんでの荷物を全て清光ちゃんに任せて、私は廊下を早歩きでお庭に通じる縁側へ向かった。
手には、景趣のお店で購入した「春の庭」の玉手箱を持っている。
縁側には出掛ける前と同じ様に、三日月さんが腰掛けていた。
「おお、帰ったか、主。……しかし、これはまた、不思議な箱を持っておるな?」
「ふふ、きっと驚きますよ!」
「それはそれは、楽しみだなあ」
はははと笑う三日月さんの隣から縁側を降りて、私は裸足なのも気にせずタッタッとお庭へ駆け出す。池の前で足を止めて、玉手箱の蓋を開ける。
ふわり、と春の色をした風が玉手箱から吹き出して、それは突然ぶわりと大きな風を舞い上がらせると、あっという間にお屋敷中へ行き渡った。少し間を空けて、辺りにみるみる変化が訪れた。足下には元気良く黄色の花が顔を出し、周囲の木々はその葉を桜色の花に変えて、空からはぽかぽかと暖かい陽射しが降り注ぐ──。
この玉手箱は、本丸の景色を様々な季節や風景に変える不思議な箱。お屋敷中を一瞬で、春の季節へと変えてしまったのである。
「こりゃあ、驚いた」
背後からの声にハッと振り返れば、桜色の景色に映える真っ白な姿の刀剣が一振り立っていた。内番で任せた庭掃除用の竹箒を片手に、金の瞳をキラキラ輝かせてこの景色に夢中になっている。
「お鶴ちゃん! うふふ、どうだ、驚いたでしょう?」
「ああ、内番の終了報告に来たら、こんな事になってるんだ。そりゃあ驚くさ! って、なんだ今のは、俺の真似かあ主?」
私の似てない物真似にけらけらと笑い出す彼は、鶴丸国永。平安時代に打たれた刀で色んな主を転々と渡り長く生きたからなのか、退屈な時を嫌い常に面白い驚きを求めている。
「今の主には驚かされてばかりだが、まさか季節まで操れるとはなあ」
「いえ、これは私の力ではなく、単に時の政府が発明したこの玉手箱が凄いだけなんですよ」
「……とんでもない玉手箱だな?」
中身が空っぽになった玉手箱を手に取り、興味深そうに観察し始める鶴丸さん。その隣に、すっと三日月さんが現れた。
「ふむ、その名の通り、すっかり"春の庭"だな。美しい光景だ」
桜はいいなあ、とのんびり呟く三日月さん。いやあ、桜を背景に、お二人を眺めるこちらも圧巻ですよ、お美しい。
ふと畑の方へ目を向ければ、畑仕事中の短刀達も桜を眺めてはしゃいでいる様が見えた。早速、皆に喜んでもらえたようで、本当に良かった。
「お二人とも、これだけじゃあ、無いですよ。皆でお花見を楽しめるように、お菓子と飲み物をたーくさん買ってきましたから。きっと驚く物ばかりですよ?」
「ほう、主はまだまだ俺たちを驚かせてくれるのか!」
「ははは、楽しい主だなあ」
私は鶴丸さんと三日月さんの手を引いて、お花見準備が着々と進んでいる縁側へ走り出すのだった。
「あるじー! お菓子も飲み物も準備出来たよー!」
「はーいっ」
さあ、皆でお花見しましょう!
***
その日の夜。
「……ふう、今日も一日、楽しかったですねえ」
私は三日月の夜空と桜の美しい景趣を眺めながら、日本酒の並々と注がれたお猪口片手に一息ついていた。
近侍の加州清光、大和守安定と一緒に。せっかくだから寝る前に夜桜でも楽しもうと、二人を誘ってこうして縁側に出て来たのだ。
「ほんっとお花見楽しかったよねー、主が買ってきてくれたお菓子どれも美味しかったし! 俺、串かすてら? ってやつ気に入っちゃったもん」
「うん、僕も同感。らむね? だっけ、あの変な形の瓶に入った飲み物、しゅわしゅわしてて美味しかったなあ。」
「あー、あの鶴丸さんが振り回して爆発させてたやつかぁ……。瓶の蓋がすごい勢いで飛んで行ったの、大倶利伽羅の頭に直撃してさ、皆大爆笑だったよね」
「おかげで鶴丸さんは大倶利伽羅に中傷まで追い込まれてたけど。まあ、馴れ合うつもりはない……とか言いながら、大倶利伽羅もうめえ棒を頬張ってお花見楽しんでたみたいだし、良かったよね」
「安定、なに今の。大倶利伽羅の物真似? 似てなさすぎでしょ」
「う、うるさいなあ……じゃあ、お前真似してみろよ」
「……俺は馴れ合うつもりはない。だから、その、おからちゃんとか変な渾名で呼ぶなッ……!」
「ぶっは! 似てなさ過ぎて逆に面白いよ清光」
私を挟んでわいわいと話す二人は楽しそうで、その会話を聞いているだけで和んでしまう。思わず声を上げて笑っていたら、笑うなと二人に揃って怒られてしまった。ふふ。
「あら、清光ちゃんも大和ちゃんも顔が赤いですよ。少し酔ってしまいましたか、お酒は苦手でした?」
「うーん、確かにちょっと顔が熱いかもしれない…」
私の右隣で、ぺちぺちと自分の頬に触れて暑さを確認する大和守。こうして刀剣男士とお酒を楽しむなんて初めてだから、少し心配だ。
「でも、苦手じゃないよ。主と一緒に飲めるなんて嬉しいから、まだまだ大丈夫」
大和ちゃんはそう言ってふにゃり微笑むと、お猪口に二杯目のお酒を注いで口を付ける。あ、この子お酒弱いな、とそのとろけた目で察した。悪酔いさせないように程々で切り上げないと……。
そう思って日本酒の小瓶をそっと私の手元へ確保しようとした、その時。左腕がぐんっと強く引かれて、驚いて左隣を見たら、清光ちゃんがべったりと私の腕に抱き着いていた。
「へへへ~、俺はもう酔っちゃったかもしれないよお、あるじぃ~」
いや、あなたは酔っ払ったフリでしょうそれ……確かに顔赤いけど……。と、私が突っ込む間も無く、右腕にも同じぐらいの重みがのし掛かる。
「わ、わっ、大和ちゃん?」
右隣を見れば、今度は大和守が私の腕に抱き着き、先程よりも火照った顔でむすーっと不機嫌そうに頬を膨らませていた。
私はもう二人に両腕を拘束されて何も出来ない。お酒飲みたい。
「──清光ばっかり、主に愛されててずるい。」
……へ?
「僕だって、もっと主に可愛がってもらいたいし愛されたいのに」
えっ……彼は一体、何を言って。
「そりゃあ前の主だった沖田くんを今でも大切に思ってるよ、でも僕は今の主だって大切に思ってるのに。僕も、安定って、主に呼んでもらいたいのに」
初期刀だからってずるいよ。
今にも泣きそうな声でぽつりぽつりと吐露した彼に、私は何と言葉を返していいかわからなかった。
だって、私には、彼がどうして私の近侍を清光と一緒に買って出てくれるのか、今まで理由がわからなかったから。てっきり、清光と仲が良いからだとばかり、思っていた。それもあるかもしれないけど、私は勘違いしていたのか。
大和守安定は、前の主である沖田総司を、病で息絶える最後の時まで見守った刀剣だ。男士となったその姿も前の主をそっくり生き写したかのような姿で、前の主を大切に思っているのがわかったから、だから──私なんかが主ぶって、あまり気安く接しない方が良いのだろうと、思い込んでいた。
よく考えても、いや、考えなくてもこれは私に非がある。仲良くなりたいと言っている私の方が、刀剣男士相手に壁を作っていたなんて。
そもそも彼が本当に私を主として慕ってくれていなければ、歴史修正主義者達と命を懸けて戦ってくれる筈がないのに。もしも彼が私なんかより前の主を選んでいたら、今こうして一緒にお酒を楽しんでなんて居ない筈だ。
「鈍感な主でごめんなさい、……安定ちゃん」
両手が塞がって頭を撫でてあげられない代わりに、こつん、と肩にのし掛かる彼の頭に自分の頭を寄せた。
「私はちゃんと、あなたの事も愛していますよ」
「……うん、わかってる、ありがとう主」
お礼を言うのは、私の方なのになあ。顔は見えないけど安定の声が穏やかに聞こえたから、きっともう泣きそうな顔はしていないだろう。
「ふふ、お酒をもっとも安全な自白剤とは、よく言ったものですね」
「安定は普段が素直じゃないからねえ。普段からもっと遠慮なんてしないで可愛がって貰えばいいのに」
「うるさいよ、僕はお前みたいに脳内お花畑じゃないから難しいの」
「それ俺のこと遠回しにバカって言ってるだろ」
どうやら刀剣達と親睦を深めるために計画したお花見は、大成功だったようですね。
そろそろ腕も痛いし、この状況は心臓にも悪いのだが、二人が満足するまではこのままで居よう。
ああ、安定ちゃんにもお守りを用意しなくてはいけませんね。特別な意味を込めた、お守りを。
翌日、清光と同じ橙のお守りを渡された安定がどんな反応を返してくれたのかは、また別のお話で語りましょう。
2025.02.21公開