審神者と仄々生活
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天下五剣を呼び降ろした事もあってか、うちの本丸もようやく、次の戦場、江戸の記憶への出陣許可が下りた。
早速、三日月さんを隊長に、第一部隊を鳥羽へ向かわせたのだが──。
『主ッ、大変だ!』
「え!? ど、どうしたんですか、清光ちゃん!」
先程まで順調に進んでいた筈の戦場から、映鏡越しに副隊長を任せた清光ちゃんの焦った声とその表情が映し出されて、驚いた。
『ごめん、今すぐ本丸へ戻るから、手入れ部屋を空けておいて!』
一体何があったと言うのか。その状況を聞き出す前に、映鏡はプツンと電源を落としたテレビのように普通の姿身へ戻ってしまった。あまりに一瞬過ぎて状況が分からなかったが、まさか、誰か重傷を負ってしまったのだろうか……?!
共に隣で映鏡を見守っていた前田藤四郎に、私は手入れ部屋で待機していることを伝え、本丸を出た。何があったかわからないが、きっと緊急事態には違いない。ここは清光の言う通りにしておいた方が良いだろう。
第一部隊は本当にすぐ帰還した。私の預けている紙製の式神を使えば、どこからでもあっという間にこのお屋敷へ帰還出来る。
部屋の奥で正座をして待っていると、清光ちゃんと、その隣にもう一人、第一部隊の隊員を任せた打刀が手入れ部屋に入ってきた。二人とも随分慌てた様子だ。
「主……!」
私を呼んですぐ目の前へ跪いた打刀は、宗三左文字。鳥の羽根を思わせる桜色の髪に、青と緑のオッドアイが美しい刀剣男士。昨日鍛刀されたばかりだ。
過去に持ち主を転々としたり、その身に刻印を刻まれたり、火災にあったりと不幸が重なり、また、あまり戦場にも出されず飾り物扱いされてきたせいで、少しばかり否定的な後ろ向きの性格になってしまっている。
だが、今の彼は、昨日までの溜息が溢れそうな憂鬱の表情をどこへやったのか。頬を敵の返り血で濡らし、切羽詰まった人間の顔をしている。
「いったいどうしたと言うのですか。見たところ、清光ちゃんも宗三ちゃんも、どこも怪我はしていない様子ですが……」
「いや、俺たち含め、第一部隊は皆誰も怪我を負ってはいないよ」
清光の言葉にますます何事かと困る私の掌に、宗三の手から、ひとつ見覚えの無い短刀を握らされた。
「この刀剣を、この子を、手入れしてやってはくれませんか……!」
何故、宗三がそこまで必死な顔をするのか、理由はわからない。しかし確かに、その短刀は今にも折れてしまいそうなほどに、ぼろぼろだった。
思わず、ひどい、と言葉を零してしまう私に、清光が説明してくれた。
この短刀は戦場で拾ったものだと。敵を倒した後、誰も居なくなった戦場にポツンと落ちていたらしい。
──これは、敵が落としたものなのか、それとも、元々は敵だった刀剣なのか。考えてもわからないが、刀剣男士が戦場でも手に入る、という話は聞いたことがある。
また宗三曰く、この短刀はもしかしたら左文字派の兄弟刀かもしれないそうだ。ああ、だから、そこまで表情を歪める程、心配していたのですね。
「わかりました、すぐに手入れしましょう」
宗三の表情がふっと安堵に緩む。私達を見下ろす清光の表情は厳しいままだったが、私は黙々と短刀の手入れを始めた。
ぽんぽん、きゅっきゅ。
まだ練度の低い刀剣なのだろう。手入れは10分もかからずに終わった。
先程までのぼろぼろだった姿から、あっという間に、鍛刀したてのような美しさとなった刀剣。
「あるじ、その子を呼び降ろすつもりなの?」
清光ちゃんの不安げな声に、私は静かに頷いて、微笑んで見せた。
彼の不安もわかる。敵が落とした可能性、元々敵だったものかもしれない危険性、それは確かにあるけれど、こうしてうちの本丸へ来てくれたのだ。これも一つの縁。どんな子が降りてきたとしても、大切に扱うから大丈夫ですよ。
彼にその考えは伝わっただろうか。清光は「主が決めた事なら仕方無い」と苦笑いを浮かべるだけで、それ以上何も言わなかった。
私はいつものように、目を伏せて両手に掲げた刀剣へと呼び掛ける。両の手の重みはすぐに消えた。静かに目を開ける。
「僕は小夜左文字。あなたは、誰かに復讐を望むのか……?」
大きな笠を背負った少年は、鋭く尖った青い目で私を見据えていた。
「復讐、ですか」
小夜左文字はコクリと頷く。その為に自分を呼び降ろしたのだろう、そう言いたげな表情で。
私はゆっくりと、首を横に振った。真っ直ぐな少年の目に、静かな笑みを見せる。
「……私には、復讐したい相手なんて、いませんよ」
もう、いないんですよ。
***
予定外に早い第一部隊の帰還となってしまったが、まあ焦っても仕方ない。思わぬ戦利品もあったことだから、今日この後は皆ゆっくり休んで欲しいと伝え、一旦解散とした。
私も、清光ちゃんと一緒に縁側で、お茶を片手にひと休み。今日中にまとめなければいけない書類がいくつかあるけれど、息抜きは大事であるし、少しくらい、ね。
「……あの二人、放っておいて大丈夫なの?」
清光ちゃんはおやつの栗饅頭片手に、心配そうな苦笑いでお庭の方を見つめている。
彼の目線の先では、宗三左文字と、呼び降ろしたばかりの小夜左文字が、お互い黙り込んだまま見つめ合っていた。じーっと、ずーっと。かれこれ五分くらい。
宗三の方は何か会話できないものかとそわそわ目線を泳がせているが、小夜の方は本当に微動だにせず彼を見つめ続けている。目付きの鋭い無表情で。
「藤四郎の兄弟ちゃん達みたいに、すぐ仲良くなるのは難しいのでしょうか」
「どうだろうね、宗三の方は小夜のことを随分気にかけてるみたいだけどさ」
小夜はどうも警戒心の強い刀で、審神者である私にもそう簡単に信用を向けてくれそうにない。兄弟刀だからとは言え、宗三に懐く望みは薄いのだろうか。
仲良くなってほしいという願いも込めて、宗三に小夜のお世話役を頼んだのだけど、まさかの人選ミス……? なんて、不安を抱きつつ彼らを見守っていると、何と小夜の方から動きがあった。
「あの、」
恐る恐る、と言った様子で、宗三に声を掛ける小夜。宗三の表情が一瞬で明るくなった。
「僕を助けてくれて、ありがとう」
その言葉と耳を赤くして俯く小夜の照れた表情に、思わず見守っている私がキュンとしてしまった。なんと可愛らしい。
あ、宗三ちゃん、すごい嬉しそう。宗三のあんな必死にニヤけ顔を堪えようとしてる姿、初めて見た。しかも微かに震えてる。
「ぼ、僕にお礼なんて……その言葉は主に伝えてあげてください。貴方を手入れしてくれたのは、あの人ですから」
「うん……。でも、嬉しかったんだ。僕を必死に助けようとしてくれた事や、兄弟刀だと言ってくれた事」
「ッ……!」
あああ宗三ちゃんがすごい堪えてる、照れてもじもじしてる小夜ちゃんを今すぐ抱き締めたい衝動に、必死の形相で堪えてる!
「お礼だけは、ちゃんと言っておきたかった」
「小夜……」
宗三ちゃんは、随分良い弟に恵まれているのですね。
小夜左文字は復讐に取り憑かれ、人を疑って掛かる性格で、誰も信用しない不幸の刀……なんて、サニーペディアに書かれていたけど、そんな事はない。兄想いの良い子だ。
宗三の手がそっと小夜へ伸びて、弟の頭をゆっくり不安そうな手付きで撫でた。驚きに目を丸くする小夜へ、宗三はとても優しい兄の顔をしている。
「さ、お屋敷を案内しますよ。他の刀剣達にもご挨拶しませんとね」
「……うん」
宗三がゆったりと歩き出せば、小夜もその後を黙って着いて行った。
まだお互い人の姿に慣れていないし、兄弟刀との接し方にこれからも悩むと思うけれど、あの様子なら仲良くやって行けそうで安心した。
もう声も聞こえない程遠くで、左文字二人が、同じく先日降ろされたばかりの愛染国俊と秋田藤四郎に話し掛けられているのが見える。
宗三がそばに居れば、警戒心の強い小夜も大丈夫だろう。あまり他の刀剣と関わらないよう一歩引いた態度を取っていた宗三も、小夜のおかげで変わってくれそうだ。
「兄弟の繋がりというは、良いものですね。早く藤四郎の兄弟ちゃん達も揃えてあげたいな」
「ん、そうね」
「清光ちゃんも、早く新撰組の刀剣さん達にお会いしたいですか?」
「えぇ? 俺? ……まあ、そのうち会えたらいいなあ、とは思うけど」
やっぱり、過去に関わりがあった刀剣や兄弟刀剣に、会いたいと思う気持ちは自然なものなんだ。
「よし、今日の鍛刀任務も頑張りましょう!」
「んぐっ、もう休憩終わり?」
私が突然すくっと立ち上がったのを見て、清光ちゃんは慌てて栗饅頭を平らげた。ゆっくり味わって良かったのに、つい焦らせてしまいましたね。
「任務なら俺も手伝うよ。練度の高い刀剣が鍛刀を手伝うと、良い刀剣が来るって噂、あるんでしょ」
「はい、今日もよろしくお願いします」
思い立ったが吉日、善は急げだ。
清光ちゃんを連れてわくわくと胸躍らせながら鍛刀場へ向かい、いつもより奮発した資源と依頼札を刀匠さんに預けた。
今日はどんな子に会えるだろうか。
「大和守安定。扱いにくいけど、いい剣のつもり」
……え?
扱いにくいけどいい剣、以前にも聞いたことがあるような台詞だ。扱いづらいけど性能はいい感じ──。
私の隣に立つ加州清光とは、まるで対照的な青い姿に大きな青い瞳、でも同じくらい美しい刀剣だった。
慌ててサニーペディアで調べて見ると、大和守安定はかの有名な新撰組の沖田総司、その愛刀の一つだったらしい。そして加州清光も、彼と同じく沖田総司が使用していたと言われている。
「……俺の主って、ほんと、色んな意味ですごいよね」
自分でも、びっくりです。
***
また新たに、大和守安定という打刀の仲間が増えて、清光ちゃんも早速嬉しそう──という風には上手くいかなかった。
「えっ、と……久しぶりだね、清光」
「……ん、久しぶり」
二人とも最初はよそよそしくて、なんだかお互いに遠慮をしているような雰囲気だった。
でも、それは本当に最初だけ。
数日が経って他の刀剣も続々増えた頃、いつも私のお手伝いをしてくれる清光ちゃんのお隣に、ふと気が付けば大和ちゃんも増えていた。
「主、お茶を淹れてきたんだ。そろそろ休憩にしない?」
「長谷部からお茶菓子も貰ってきたよ! 今日は三色団子だって、主もお団子好きでしょ」
「それはお前が食べたかっただけだろ、清光」
「安定こそ、主の前で良い子ぶり過ぎじゃないの」
まあ、毎日こんな感じで、周りから仲良しだねと言われると「そんなんじゃない!」と顔を真っ赤にして否定するような、言わば、喧嘩友達な良い関係を築けているようだ。
良かった。仲の良さそうに今を楽しんでいる刀剣達を見ていると、私は酷く安心する。
私のこの手で呼び降ろしてしまった以上、彼らの過ごす日々が心配で仕方無いし、この本丸に居る内は幸せに過ごしてほしいと思うから。
未来を変えさせないため、審神者の使命だからとはいえ、責任を、感じているのかな。
しかし、刀剣男士の人数が増えれば、新しい出陣や遠征先も増えて、更にその分仕事も増えるもので。最近は、夜遅くまで書類作業に追われることも多くなった。
今日も今日とて、本丸に一人、深夜の暗闇の中に小さな蝋燭だけを灯して、机に向かっている。
流石にこんな時間まで近侍を酷使させたくはないから、皆にはすぐ終わると言って夜は先に休むよう伝えてある。けど、まだ全然終わりそうにない。
ああ、眠い。でも、せめてこの書類だけは書き終わらなければ。うちに来てくれた大勢の彼らの為に、早く手入れ部屋を増やしたいから、ね。
「……ふわぁ、んん」
思わず欠伸が溢れる。後は誤字脱字や記入漏れが無いか確認して、寝よう。明日も平日、審神者の朝は早いのだ。
書き終わった書類につらつらと目を通していると、トントン、控え目に襖を叩く音が聞こえた。驚いて顔を上げる。
「あの、主……」
とてもか細い、震えた小さな声。私は音を立てず襖に近付き、開けた。
襖の向こうに居たのは、小夜左文字だった。その寝衣姿から、兄の宗三と寝ている筈の私室を抜け出して来たのだろう、と察する。
「どうしたのですか、お小夜ちゃん。眠れませんか?」
廊下にもじもじと立ち尽くしてずっと俯いたままだった小夜は、小さくコクリと頷いた。眠さと疲れにぐったりしていた私の表情が、ふっと愛おしさに緩む。
刀剣男士が、特に短刀の子らが、夜に眠れないのだと言って私の元へやって来るのは珍しい事ではない。彼らは突然、人の姿を与えられたのだ、人の生活行動に慣れていなくて当然。睡眠という行動に、最初は怖いという刀剣も居た。
私は小夜を部屋の中へ招き、自分の膝の上へ座るよう促した。小夜はおろおろと戸惑いつつ、恐る恐る、私の膝の上へ背中を向けて収まる。
眠れるまでそばに居ますよ。そう言葉を添えて、細く小柄な体を抱き締め、よしよしと頭を撫でてやる。だんだんと安心してきたのか、初めは強張っていた小夜の身体にゆっくり力が抜けて、少し軽過ぎにも思える体重が私の身体に沈む。
「ふふ、なんだか嬉しいです」
「……うれしい?」
「はい。てっきり、お小夜にはあまり信頼されていないのではないかと、私自身、不安に思っていたものですから」
こうして眠れない夜に、私を頼ってきてくれて嬉しいんです。そう続けて、彼の頭にそっと頬を寄せた。
「……あなたは、僕を助けてくれた、から、……信頼してる」
その言葉を聞けて、安心した。私は主として、ちゃんとこの子にも認められているのだな、と。
彼の小さな手が、ぎゅうっと私の巫女装束の袖を掴んだ。震えている。
「夢に見るんだ……僕が敵討ちを為すまでの間、僕に殺された人々の、恨みの声を」
小夜は眠りにつく度、その夢に魘されるのだという。だから、眠るのが怖い、と。
小夜左文字は復讐に囚われた刀剣男士。復讐相手の山賊に奪われていた過去、その間に殺めてしまった人々の声が、彼を呪うのか。悪いのは刀ではなく、その持ち主であろうに。
これも人の姿を模した事で、悪夢に現れて、苦しい思いをしていたのか。……ああ、私が、そうさせているのだ。
「小夜……」
私は、あなた達を苦しませたかった訳では決して無い。でも、現にこうして苦しませてしまっている。
「お小夜ちゃん……」
「……主、どうして、そんな悲しそうな声で僕を呼ぶの」
こちらを振り返った不安げに揺れる青い目に、私は何とも言葉を返せなかった。安易に謝ってしまえば、これまで自分がしてきたことを、彼らの今の存在を否定するようなものだ。後悔を、してはいけない。
「では、今夜は私と一緒に寝ましょうか」
精一杯の微笑みでそう提案した。きょとん、と目を丸くして呆気に取られている小夜。
「あなたが悪夢に魘され苦しんでいるのなら、私が助け出しましょう。夢の中で、今のようにぎゅーってしましょうね」
「……僕の主は、変なことを言うね。他者の夢の中に入ろうだなんて」
「ふふ、よく言われますよ」
彼らに変な主だと言われる事には、もう慣れた。きっとそれは、彼らなりの褒め言葉でもあるから。
謝る事を出来ない代わりに、せめて夢の中だけでも、あなたを助けることが出来ればと、願いましょう。
***
翌朝、朝の日差し特有の眩しい光がふっと顔に差し込んできて、ぼんやりゆっくり目を覚ました。誰かが襖を開けたのかな……まだ眠い、二度寝したい、あと三十分……。
もぞ、と布団の中で光から逃れるべく身動ぎすれば、腕が重みに引っ張られ、そういえば昨夜は彼と一緒に眠りについたのだと、小夜左文字の存在を思い出す。私の腕にぎゅうっとしがみついた子供らしい無邪気な寝顔に、思わず笑みが溢れた。
「おーい、二度寝すんなよ大将」
低い男性の声に、その後ぽんぽんと頭を撫でられる感覚。はっと顔をあげれば、朝日に混ざってしまいそうなくらい真っ白な少年の顔と紫の瞳が、目の前にあった。
「ひゃ! あ、あぁ……やげん、とうしろ……」
「おう、やっと頭が冴えてきたか?」
あまりに顔が近くて変な声を上げてしまったが、目の前の少年はその儚げな見た目に似合わず、頼り甲斐のあるお兄さんの顔でニッと歯を見せて笑った。
薬研藤四郎。彼も粟田口派の短刀で、涼しげな表情と冷静沈着そうな初見の姿からは想像がつかないほど、男らしい性格の兄貴肌なのだ。今は白衣姿の彼も、戦場では他の藤四郎兄弟達と揃いの制服で、勇ましく戦場を駆ける。
「おはようございます」とまだ上手く呂律の回らないまま挨拶をすれば、薬研は「おそようさん、大将」と苦笑いを浮かべてやっと顔の距離を離してくれた。
「え……い、今、何時ですか……?」
「もう七時を半程過ぎてるぜ。兄弟達が、主が全然起きてこないし小夜も見当たらない、って心配してたんでな。俺っちがこうして様子を見に来たって訳だ」
「しちじはん!?」
そんな! 五時前には起きて早めに朝食の支度をしようと思ったのに、なんという大寝坊!?
私が大慌てで布団から飛び起きたせいで、小夜も目を覚ましてしまった。思わず混乱して「ごめんなさい!」と叫ぶ私に、小夜は寝惚け眼で不思議そうに首を傾げ、薬研は面白そうにくつくつと喉を鳴らして笑っている。
「そう慌てんなよ大将、朝食の支度ならとっくに済んでる。後はあんたと小夜が食卓へ来て、今日一日の予定を指示くれりゃあ良いだけだ」
「え、あ……誰が代わりに支度を……?」
「ああ。俺達、藤四郎含めて短刀達でな、おにぎりを拵えてみた」
前田が丁寧に教えてくれたのだと、薬研は自慢げに話してくれた。これは主君が初めて僕らに作ってくれたものなのですよ、と。また、新入りの乱藤四郎や五虎退も、おかずの卵焼き作りなど頑張ってくれたそうだ。
「短刀の、みんなで?」
「長谷部や加州達が、ずーっと心配そうに様子を伺ってはいたがな」
ああ、もう、想像しただけで可愛らしい、私も見守りたかった。やはりもっと早くに起きられなかった自身を恨みつつ、彼らの好意が私の胸の奥をきゅんと震わせた。
「大将、最近夜遅くまで忙しくしてんだろう? 刀剣も数が増えて、人の身体で出来ることも増えた、俺たちにも出来ることはどんどん頼ってくれ。あんたが毎日俺たちの為に頑張ってくれてることなんてわかってるからな、朝ぐらいはゆっくり寝ててほしいのさ」
「や、薬研ちゃんッ……! うう、ありがとうございます」
「そういうわけだから、早く着替えてきてくれよ、大将。……その格好は、ちぃっと俺たちには目に毒だからなあ」
ほんの少しだけ白い肌を朱に染めながら、薬研ちゃんはまたぽんぽん私の頭を撫でた後、部屋を出て行った。
はて? どういう意味? と不思議に思いつつ、自分の今の格好を見てハッとする。寝衣が思いっきり着崩れて、胸元と太ももを堂々と露出していた。慌てて寝衣を整える。
ああ、もう、なんとだらしない審神者なのか。私は寝相が悪いわけではないのだが、朝気がつくと寝衣が乱れに乱れているから、清光ちゃんにもよく真っ赤な顔で叱られる。でも、女性の肌を見て頬を赤らめるなんて、薬研ちゃんも可愛いところあるなあ。
私は、ふぅ、と一息ついてから、お隣でまだぼんやりしているお小夜ちゃんに目を向ける。
「さ、早く着替えて広間へ行きましょう。皆が待ってますよ」
「うん……」
私室で着替えてくると言って、もそもそ立ち上がる小夜。寝起きの欠伸を溢しつつ伸びをするその背中に「昨夜はよく眠れましたか?」そう聞いてみた。
「……ん」
小夜はこちらを振り返り、心からの笑みを浮かべて返答した。彼の笑顔を初めて見た私は少し驚き、つられるように笑う。
「夢を、見た気がする。内容は覚えていないのだけど、……幸せな夢だった気がするよ」
「ふふ、それは良かった」
「きっと、あなたが夢の中でも僕を助けてくれたんだね」
とても穏やかな声色だった。
ありがとう、と小さくお礼を残して、小夜はその場から逃げ出すように出て行ってしまった。ちょっと恥ずかしかったのね。
さあ、今日も一日頑張りましょう。
「おはようございます、皆さん」
「おっはよー、主!」
こんな審神者でも、あなた達を幸せに出来ていることを信じて。
……えっ、私?
私はもちろん、幸せですよ。
2025.02.15公開