審神者と仄々生活
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審神者になってから早数日。
加州ちゃんや前田ちゃんの頑張りのおかげで、遠征や戦場で少しずつ資源が集まり、続々と仲間も増えて、ようやく六人一部隊が組める程となった。
維新の記憶での戦果も上々、まだ練度の低さゆえに怪我をして帰ってくることもあるが、万全な準備のおかげで重傷を負うことは無いし、敗北も初陣以来経験していない。
そろそろ、新しい時代への出陣を政府から認めてもらえる頃だろうか。
「主、失礼します」
おや、この落ち着いた声は。
「へし切ちゃ、「長谷部とお呼び下さい」……長谷部ちゃん」
私の仕事場と化した本丸へ、足音ひとつ立てず入って来たのは、カソック姿の精悍な顔立ちの男性。名をへし切長谷部。彼も打刀の刀剣男士であり、三振り目として私の元へ降りてきてくれた子だ。
織田信長にまつわる名刀だが、その個性的な名を彼はあまり好きではないようで。へし切、ではなく、長谷部と呼んでほしいと言う。前主である信長が、茶坊主の失敗を許せずに、隠れた棚ごと圧し斬った記念の命名だそうだ。……私はとても立派な名だと思うのですが、ね。
ふと、その両手に急須と湯飲みを乗せたお盆を持っているのに気が付いて、私は思わず自身の頬が緩むのを感じながら、握っていた筆を置いて身体ごと彼の方を向いた。
「お茶を淹れてまいりました。少し休憩してはいかがでしょう、主」
「ふふ、ありがとうございます、長谷部。あなたは本当に、よく気の利く子ですね」
「お褒めの言葉、恐れ入ります」
「あなたも内番を終えたばかりで、疲れているでしょう。良かったら一緒に休憩しましょ?」
「いえ、そんな、俺はまだ……」
「……あら? てっきり湯飲みを二つ用意しているから、長谷部ちゃんもその気だと思ったのだけど」
ハッと驚いたように目を見開く長谷部。もしかして無意識に用意してしまったのか、図星だったのか。どちらにせよ、可愛い子ですね。
私も座布団を二人分用意して、本丸の縁側にそっと並べる。長谷部ちゃんはしばらく迷ったように目を泳がせ悩んでいたが、私が先に腰掛けてポンポンと座布団を叩き隣へ座るよう促せば、彼は観念したように私の隣の座布団に落ち着いた。
「うん、やっぱり休憩する時は、誰かが一緒に居てくれると落ち着きますね」
「……そういうものでしょうか?」
「そういうものです」
ふぅ、長谷部ちゃんが淹れてくれるお茶は美味しい。今度、緑茶以外にも色々種類を増やしてみようかしら。ついでに良いお茶菓子もあれば、短刀の子達が喜んでくれそうだ。
長谷部ちゃんの反応が気になってちらり隣を覗き見ると、彼はきっちり姿勢良く正座しているのに、お茶を持ったり置いたりなんだかそわそわ落ち着かない様子で、面白い。
「長谷部ちゃんは、あまり心が休まらないみたいですね?」
「いや! そんなことはッ、ありません!!」
主と共に一服出来るなどこれ程までに嬉しい事はありません! なんて大袈裟に声を張り上げる長谷部。焦っているのか照れているのかわからないが、顔も真っ赤だ。
「……ただ、その、あまりこういう雰囲気と言いますか、休息というものに慣れていなくて」
なるほど、彼は、ひと休みするという人間の行為にまだ慣れないのか。道具として使われる事に喜びを感じる、刀剣だった時の癖か。
「しかし、この身体を持つようになってからは、人間の疲労というものの、不便さと辛さを体感しております」
「そうですね。疲労が蓄積すると、本来の力を発揮できないどころか、普段の何倍も動きが鈍ります」
「それ故、休息の大切さもわかっている、つもりではあります」
「……本当にわかってますか、長谷部。あなた、赤疲労でも無理に出陣しようとするし、中傷進軍は駄目だと言っているのに進もうとするでしょう」
「そ、それは! ……申し訳ありません、以後気を付けます」
自身の胸元に手を当て、はぁ、と息を吐いて深呼吸する長谷部。ちゃんと反省している様子。
そして厳しい顔をしているだろう私の方へ顔を向けると、柔らかに微笑を浮かべた。
「主のお側に居られるこの時間は、俺にとって、大変心の休まる時間ですよ」
彼の背後にふわりふわりと桜の花が散る様が見えて、私もつられるように微笑んでしまった。
「ふふ、嬉しい事を言ってくれますね。じゃあ、もう少し体を楽にしても良いんですよ」
「しかし、主へのご無礼に……」
「なりません。正座なんてやめて、ほら、胡座をかいても良いですから、もっと背筋も楽にして」
長谷部ちゃんは私に恐縮し過ぎなのだ。彼の綺麗すぎる姿勢を、緩々楽な体制に変えてあげるべく、慌てる彼の声や手を無視して思考錯誤していると……。
お屋敷の玄関の方から、ガラガラと戸の開けられる音と、数名の足音がバタバタと聞こえてきた。
「第二部隊、遠征より帰還したよ。」
色っぽいのに玄関からは随分離れている本丸までよく通る声に、長谷部ちゃんの顔が一瞬凶悪なものに変わった気がした。
「チッ……」
え、今、長谷部ちゃん舌打ちした?
「遠征の連中が、帰ってきましたね」
「え、ええ……お出迎えに行きましょう、長谷部」
「主命とあらば」
あの一瞬の悪い顔と舌打ちは何だったのかと思うほど、いつも通りの真面目な返事と笑顔だった。
長谷部ちゃんは面白いなあ……。
(もう少し、主のお側を独占していたかった、なあ)
「ただいま、お土産だよ。」
にこりと笑って、いつぞや立ち寄った甘味処の物らしい箱を差し出す、鈍緑色の髪を緩く一つに結った男性。私は喜んで、お土産を受け取った。
長い前髪で片目を覆い隠し、白装束をマントのように羽織る彼は、にっかり青江。彼も刀剣男士の、脇差に分類される。
へし切長谷部にも劣らない個性的な名の由来は、にっかりと笑う女の幽霊を斬った事……らしいが、実は石灯籠を真っ二つにしていたそうだ。へし切もにっかりも、とんでもない斬れ味をしている。
「ありがとうございます、にかちゃん。ここの栗饅頭美味しいんですよね~、丁度お茶菓子が欲しいなと考えてたんです」
「おや、休憩中だったのかい?」
「ええ。これまた丁度、遠征部隊が帰ってきてくれて良かった。皆でお茶にしましょう。そろそろ畑当番の子達もひと段落つく頃でしょうし……」
隣に並ぶ長谷部ちゃんに、人数分のお茶を淹れ直して欲しいと頼めば、彼は「主命とあらば!」と嬉しそうに頷いた。栗饅頭の箱を受け取ると、一目散に台所へ向かっていった。さすが機動の鬼、速いです。
また、そんな長谷部ちゃんの後を、遠征から帰ってきたばかりの前田ちゃんが「僕もお手伝いしてきます」と追いかけていった。前田ちゃんは今日も良い子だ。
「ふふふ、長谷部くんも前田くんも元気だねえ……僕は少し一休みしたいところだけど、彼等は働き者だな」
「にかちゃんも十分働き者ですよ。あらためて、遠征お疲れ様でした」
「……君も、ね」
遠征隊長をしっかり勤めてくれた誉に彼の頭を撫でようとしたら、そっとその手を払われ、逆にこちらがポンポンと頭を撫でられてしまった。あらら、なんだか照れ臭い。
「あー! あおえさんばっかり、ずるいですよ。ぼくもあるじさまにほめられたいです!」
青江の背後からひょっこり顔を出したのは、淡灰の髪を揺らす紅い目をした男の子。名を今剣、前田ちゃんと同じ短刀の刀剣男士だ。
今剣はかの有名な源義経の守り刀であり、……本当の最後まで、主を守り通した立派な刀剣だ。元は大太刀だった、という話も聞くが実際は不明。
しかし、人の姿となった彼はとても明るく無邪気で、今もぴょんっと元気に跳ねて私の胸へ飛び込んで来た。
「わあ! もう、突然びっくりするでしょう? 今剣ったら」
「あるじさまが、ぼくをほったらかしにするから、いけないんです。ぼくも、えんせい、がんばりました!」
「ふふ、そのようですね。ありがとう、つるぎちゃん。お疲れ様でした」
しっかりと抱っこし直して、よしよし頭を撫でてやれば、今剣は満足そうに笑った。
「おやおや、今剣くんも元気だねえ」
「とうぜんです! ぼくはみてのとおり、てんぐですから」
むぎゅっと力一杯抱き着かれるのは少し苦しいが、この小さな天狗さんが可愛すぎて、満更でもない。
やれやれと呆れたような笑みを浮かべていた青江だが、あっと何か思い出したように声を上げた。
「ああ、そうそう、持ち帰った資源はちゃんと倉庫に運んで置いたからね。あれだけの数なら、もう例の鍛刀をしてみても良い頃じゃないかな?」
もうそんなに資源が貯まったのか。彼の提案にどうしようかと悩んでいると、今剣が首を傾げて疑問を唱える。
「あるじさま、あたらしいなかまをふやすんですか?」
「はい。今後の事も考えて、新たに戦力となってくれる刀剣を鍛刀したいんです。ひとつ、試したいものもありますから」
試したいものってなんですか? と今剣が更に聞くので、私はまだ内緒ですよと微笑んでおいた。
「では、私はこのままつるぎちゃんと一緒に、畑当番の子達を呼んできますね」
「それなら僕が、……いや、君が行った方が彼らも喜ぶね」
僕も長谷部くん達を手伝ってくるよ、とにかちゃんはニコリ笑って静かに廊下の奥へ去って行った。
そういえば、青江は妖艶な雰囲気漂わせる笑みをよく浮かべるけど、彼の「にっかり」笑った顔をまだ見た事がないなあ。いつか、心から楽しそうに笑う彼を見てみたい、と思う。
「さあ、ばびゅーん! と、おにわにむかいましょーあるじさま!」
「あ、はい、ばびゅーんと行きましょう!」
ぴょんっと私の両腕から降りた今剣は、先程脱ぎ飛ばした下駄をまた履き直して、玄関の外側へカランコロンと駆け出した。速い! さすが天狗さん!?
私も慌てて草履を出して、小さな天狗さんの後を必死に追い駆けるのでした。
審神者が刀剣男士達と暮らすこのお屋敷には、とても広~いお庭がある。立派な畑が一面広がるその光景は、もうお庭と呼んでいいのかわからない程だ。
刀剣男士には内番と命じて、このお庭の畑仕事や、離れにある馬小屋で馬当番、時に刀剣同士の手合わせをお願いしている。
今日の畑当番は加州ちゃんと、もう一人、打刀の刀剣男士に頼んだのだが……。
「えぇっと、二人共、どうして全身土色に染まっているんでしょうか」
確かに土で汚れる仕事とはいえ、そんな、頭から足の先まで泥塗れになるものだろうか。可愛いお洒落と自身の手入れを欠かさない、あの加州ちゃんまでが、泥だらけなんて。
「どろんこあそびですか? ぼくもあそびたいです!」
畑のど真ん中にへたり込む二人に、つるぎちゃんがわーっと駆け寄ろうとしたので、慌ててその小柄な体を抱き上げて止めた。
「あ、あるじ~……ちょっと聞いてよ、コイツがさあ……!」
加州ちゃんが顔の泥を拭いながら指差すのは、こちらも同じく全身土色に染まった謎の大きなかたまり…ではなく、土色の布を被ったジャージ姿の青年だった。
「……はは、主か……俺にはお似合いの格好だろう、泥にまみれていれば、山姥切と比べることなんて出来ない……」
自らを虐げる様な事を言う、この暗い青年の名は山姥切国広。加州ちゃんと同じ打刀なのだが、どうにも、随分と、色々こじらせてしまっているようで……。
しかし、彼の素顔は青い目に金の髪を持った大変美しい顔立ちをしているし、刀剣としての実力も申し分無い。ただ、彼は自分が霊剣『山姥切』を模して造られた、写しの刀であることに酷くコンプレックスを抱いている。故に、今もボロボロに破れて土にも塗れてしまった布を大事に身に纏い、敢えてみすぼらしい格好を望むのだ。
「ああぁ、むっかつくー! お前、まだそんなこと言うのかよ!!」
どうやら加州ちゃんは、そんな拗らせた彼が気に食わないらしい。
加州は怒り顔のまま立ち上がると、山姥切国広の被るその布を掴み、無理やりに引き剥がした。
「なっ! 何をする、返せ……!」
「ふん、やっぱり綺麗な顔してるじゃん。何をうじうじと写しだ何だっていじけてるワケ? そんなに綺麗で使える刀なら、いくらでも主に愛してもらえるのに!」
「俺を愛する主だと、そんなやつ居るわけ無いだろう……! どうせあんたの慕う主だって、写しにはすぐ興味が無くなる。もっと優秀な刀が現れれば、使われなくなるだろうさ」
「〜〜~ッ! 俺の主を、馬鹿にすんなって何度も何度も言ってるだろ!?」
加州の怒声に激しさが増し、布を投げ捨てると、山姥切の服の襟を乱暴に掴み上げた。
「……確かに、これから大太刀とか薙刀とか、もっと強くて扱いやすい刀剣が来たら、扱いにくい打刀の俺はあまり、使われなくなってしまうかもしれない」
加州ちゃん……そんな……。
「でも、あるじは俺をずっと大事にしてくれるって、約束してくれた。俺たちを見捨てるなんてことは、絶対にしないって信じてる。戦に出して貰えなくなっても、こうして人の身体を与えて貰ったんだ。主にしてあげられることは、たくさん、戦以外にもある筈なんだ……」
「……人間みたいな事を言うんだな、加州清光」
「うるさいよ。お前だって、人間みたいにうじうじめそめそしちゃってさ、恥ずかしくて見てらんないんだよ」
ああ、なんとなく、二人して泥塗れになった原因が分かってきた。あんな調子で言い合いを続けている内に取っ組み合いにでもなって、今に至るのだろう。
「……加州ちゃん、まんばちゃん、喧嘩はもう落ち着きました?」
加州は私の声にハッと我に返ったのか、慌てて山姥切から手を離し、みるみる真っ赤に染まる顔を両の手で覆い隠してしまった。
「うっ、わああぁぁ……そういえば主居たよね、来てたね、今の全部聞いてた? ああ、もうやだ、恥ずかしいから忘れてー!」
「あんた、俺より恥ずかしいな」
「お前ほんとうるさいよ!?」
これは恐らく、喧嘩するほど仲が良い、というものだ。私は腕に抱いていた今剣と顔を合わせて、思わず揃って声を上げる程笑ってしまった。
「やっぱり、ふたりはどろんこあそびしてたんですね!」
「ふふ、みたいですね」
私はそっとしゃがみ込み、足元に投げ捨てられていた山姥切の泥塗れな布を拾い上げ、また立ち上がった。
「畑当番はひと段落しているのでしょう? 遠征に出ていた子達が、お土産を買ってきてくれたんです。皆で休憩にしましょう」
「え……あ、うん。お土産ってなに? お茶菓子だと俺嬉しいんだけど」
「この間立ち寄った甘味処の、栗饅頭でしたよ。加州ちゃんとまんばちゃんは、まずその泥を風呂場で綺麗に落としてから来てくださいね」
「うぐっ、はあ~い……ちゃんと俺の分残しておいてよ、あるじ~……」
あの栗饅頭、加州ちゃん気に入ってたから早く食べたかったのね。まだ赤い顔のままでばたばた駆けていく加州の後ろ姿は、なんだか可愛く思えた。
まんばちゃんはそれを見送った後、ようやく立ち上がる。私の目の前までやって来て、泥塗れの布に手を伸ばそうとするが、私がひょいと後ずさって遠ざける。
「……返してくれ」
「お断りします」
私はにっかりと笑ってあげた。
「怒って、いるのか」
眉間に皺を寄せて、バツの悪そうに目線を反らす山姥切。自分のつい口走ってしまった言葉を、少しでも後悔しているのだろうか。
無理やり作った笑顔を緩めて、落ち着いた声で「違いますよ」と答えれば、まんばちゃんの少し光を取り戻した目がこちらを向いた。
「私は怒ってません。きっと加州ちゃんが私の言いたいことを十分に言ってくれたのでしょうし、あなたも反省しているようですから」
「……じゃあ、」
「でも、これは返してあげませんよ」
その言葉に一瞬で悲しそうな顔をするまんばちゃんに、やはりこの子も可愛くて根はどうしようもなく良い子なんだと、確信した。
「これは綺麗に洗って、後日返してあげますから。それまでは布無しで過ごしなさい」
「あんた、やっぱり怒ってるだろう……」
「あらあら、せっかく綺麗な姿をしているんですから、わざわざ隠す必要なんてないでしょう? ねえ、つるぎちゃん。」
「ねえー、あるじさま!」
今剣と顔を見合わせ、にこにこと悪戯好きの子供の気分で笑った。……と、おふざけはこれくらいにして、申し訳無さそうに表情を歪める切国の顔を見上げ直す。
「うん、やっぱり山姥切国広は綺麗ですよ。泥だらけでも、ね」
「綺麗とか、言うな」
「これから何度でも、言ってあげますよ」
山姥切の顔が、泥だらけでもわかるくらい赤く染まっていくのがわかった。
「さ、まんばちゃんも泥と汗を流してらっしゃい。ちゃんと栗饅頭は残しておいてあげますから」
こちらに背を向け、渋々、と言った様子でお屋敷に向かっていく山姥切。私はその後ろ姿に、声を張った。
「あぁ、それと。私は、私の元へ降りてきてくれた貴方たちを、誰一人として手放す気はありませんから。恨むなら、思う存分、私を恨みなさい」
それでも、私は貴方たちを手放しませんが、ね。
山姥切はぴたりと足を止め、私達に背を向けたまま。
「……あんたは可笑しな主だ」
俺達刀剣を一振りではなく、一人と呼ぶなんて。そう呟いて、彼はまた歩き出していくのでした。
「ぼくは、おかしなあるじさまのこと、すきですよ?」
「ふふ、ありがとう、つるぎちゃん」
***
美味しいお茶と栗饅頭で休息を楽しんだ後は、本日の鍛刀任務に勤しもうと思います。
「んああ重い~ッ! これじゃせっかくお風呂で綺麗にしたのに、また汗だくになるじゃんかあ~」
「うるさいな、あんたは少しくらい黙って働けないのか」
「はあ!? 元はと言えば、天気悪い時の生乾きの靴下みたいに、うじうじめそめそしてるお前が悪いんでしょー! 俺は言わばとばっちりだよ!?」
「畑当番中にいきなり喧嘩を売ってきたのはあんただろう。俺は、靴下なんかじゃない……!」
──と、言うわけで、畑当番を疎かに泥んこ遊び(喧嘩)していた加州清光と山姥切国広に、罰として、鍛刀で使う資源運びをお願いしたのだが。
「二人とも、あんまり喧嘩ばかりしていると、長谷部ちゃんに圧し切られますよ」
俺も主の手助けになりましょう!と自ら資源運び役に立候補したへし切長谷部が、それはもう般若のような恐ろしい顔で二人を睨んでいる……。
「怠慢は許さんぞ」
「はあ~い、ごめんなさい黙って運びま~す」
「……わかっている」
長谷部は日々の任務に関わる事となると、その言動がまるで厳しい鬼上司のように変わる。普段は少し真面目が過ぎるだけで、穏やかな良い子なんですけどね。
仕事に一生懸命な長谷部ちゃんを怒らせると、怖い上に今夜の夕飯のおかずを減らされる可能性があるからか、二人はむっとした表情で黙り込んだ。
普段の鍛刀はこんなに人手を必要としないのだが、今日の鍛刀は普段より特別なのだ。
「……ッ、はあ~! 主ぃ、これで全部運び終わったんじゃないの?」
「はい、数に間違えはありませんね。三人とも、ありがとうございました」
さて、三人係りで五回も往復して運んでもらった資源の数は、木炭・玉鋼・冷却材・研石その四種類全て999個。そう、私はAll999レシピに挑むのです。
更にそれだけではありません。この、審神者となった初日に政府から渡された、絵馬。立派な富士の山と妖亀が描かれたこれを、依頼札と一緒に刀匠さんへ手渡した。
「主、その絵馬は一体……?」
怪訝そうに眉間の皺を寄せる長谷部ちゃんに、ああ、これはですね、と説明する。
「鍛刀や刀装作りの際にお供えすると、良いモノを入手出来る確率を上げてくれる……らしいですよ」
富士の絵馬はその最上級、らしい。あくまで気休め程度のものだと、思った方がいいだろう。頼り過ぎると痛い目を見そうだ。
長谷部ちゃんは成る程と頷き、これだけの資源と絵馬を使えば否が応でも凄い刀が来るはずだ、と納得した。
「刀匠さん、出来上がるまでどのくらい掛かりますか?」
新しい刀剣が出来るまでの間に夕飯の支度をしたいから、完成時間を聞いておこう。小さな刀匠さんは何故だか慌てた様子で立て札を掲げた。
4時間、と書かれた立て札を。
「!!!?」
見た事も聞いた事もないその時間に、思わず目の前が眩んだ。
「ちょっ、主、大丈夫!?」
足腰にすら力が無くなってふらついたところを、加州ちゃんに受け止められた。
「あらら……ごめんなさい、少し、いえ、とても驚いてしまって………」
「俺もびっくりしてるけど、よ、4時間って……今まで長くても2時間半だったじゃん……?」
「何ですかこれ、刀匠さん4時間って本当に言ってるんですか?」
刀匠さんは必死な顔で何度も頷いた。どうやら本当に4時間掛かるらしい。これは、これは……。
「手伝い札、お願いします」
使う以外の選択肢が無かった。手伝い札を受け取った刀匠さんは、待ってましたと言わんばかりの眩しい笑顔を見せて、早急な鍛刀に取り掛かった。
一体どんな刀剣が出来上がってしまうというのか。期待にそわそわとする暇も無く、それは完成した。
完成した刀剣は太刀だった。
優美な赤鞘に、金の柄糸巻、華やかなのに気品溢れるその刀から、刀剣には詳しくない私でも解る、これは
恐る恐る、その刀剣を持ち上げ、付喪神に語りかけた。どうか、私にお力を。両の手の重さが消え、目を開けた途端、一番に目に飛び込んできたのは眩し過ぎるほどの輝きだった。こ、これがレア刀剣の輝き……!?
「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしく頼む。」
青い着物の美男は、そう名乗った。
「みかづき、むねちか……?」
「まあ、天下五剣にして、一番美しいとも言うな。十一世紀末に生まれた。……ようするにまぁ、じじいさ」
「てんかごけん」
ははは、とまるで平安貴族のような優雅さで笑うその刀剣男士は、確かに美しい容姿をしている。
自称するほどのおじいさんには決して見えないが、刀剣として生まれた時を考えると、最も古い刀の一振りなのか。
てんかごけん、天下五剣ってなんだろうか。残念ながら私は審神者に選ばれたとはいえ、刀剣に詳しい訳では無い。こういう時はすぐにサニーペディアを頼る。
天下五剣とは、室町時代に「刀剣の最高傑作、日本を象徴する五振り」として世の人々に評判となって知れ渡った五つの太刀の通称である。三日月宗近はその中でも最も美しい刀と評されている(サニーペディア参照)
……なるほど。
「かしゅちゃん」
「主、混乱し過ぎて今剣みたいな話し方になってるよ、落ち着いて」
「わたしてんかごけんをよびおろしてしまいました」
「うん……俺の主がすごい霊力の持ち主だってことは、今改めてよ~くわかった……」
「…………きゅぅ」
私はそんな変な声を最後に、背中から豪快にバターンッと倒れたという。
無論、天下五剣を呼び出した代償等ではなく、単なる、驚き過ぎで。
「えええちょっとあるじ!?」
「はっはっは! これはなんとも、面白い主に呼び出されたようだなあ、俺は」
「呑気に笑ってる場合かーッ!」
うちの本丸に、天下五剣の一振りという凄過ぎる刀剣が来ました。
絵馬の力、恐るべし、です。
***
私が気絶した後のことを、ようやく目覚めた夕飯前に加州ちゃんから聞いたが、なかなかの大騒動となったらしい。
気絶した私を見た長谷部は、この世の終わりみたいな顔で「死なないで下さい主!俺を置いて逝かないでー!!」と頻りに叫んでいたそうだ。待って私死んでないです長谷部ちゃん。
一緒に鍛刀を見守っていた山姥切なんて、天下五剣の三日月宗近を前に「こんな凄い刀を呼び出すなんて……やはり俺はもう用済みになるのか……」と鍛刀場の隅にいじけて動かなくなってしまったとか。
そんな二人を鍛刀場から引っ張り出すのは、私を本丸へ運び出すより骨が折れた、と加州がげっそりした顔で言っていた。
本丸で私の介抱を済ませた加州は、三日月宗近にお屋敷を案内しようとしたそうだが、これが驚いた事に今剣が三日月と古い知り合いだったのだ。聞けば、同じ三条派の刀だと言う。そんな訳で、三日月の世話は今剣に任せた、と。皆への紹介も済ませてくれたそうだ。
結局、準備するはずだった夕飯も長谷部や青江に任せきりになってしまったし、私は随分皆に迷惑をかけてしまった。驚き過ぎて気絶するなんて、審神者の癖に情けない。
夕飯中、三日月宗近に改めて挨拶と初対面で無礼な反応をしてしまった事を謝ったが、彼は「気にすることじゃないさ」と笑い飛ばしてくれた。はははと、穏やかな笑い声で。
三日月宗近という神様は随分なマイペースらしく、天下五剣という称号にも自惚れず、細かい事を気にしない大らかな性格をしているようだ。また、今剣だけでなく前田にも甲斐甲斐しく世話をされる姿は、確かに、孫に慕われる良きお爺ちゃんのように見える。
夕飯後、私は刀剣達が就寝前のお風呂に入っている間に、政府へ送る報告書をまとめながら今日一日をぼんやり振り返っていた。
こうして人数が増えていくと、その分忙しくもなるし喧嘩だって起こることもあるけれど、やっぱり楽しいな。これからまたこんな風に日々を過ごし、たくさん仲間が──家族が増えていくのかと思うと、明日一日が楽しみになってくる。
「主、入るよー」
こちらがどうぞと返す前に本丸の襖が開けられて、お風呂上がりでほかほかと湯気を靡かせる加州ちゃんが入ってきた。
「あら、また髪を乾かさずに来たんですか? 風邪ひいちゃいますよ」
「俺は刀剣だから大丈夫だって。それに、また主が髪を乾かしてくれるでしょう?」
へへへ、なんて照れた顔で笑いながら襖を後手に閉める彼を、仕方ない子ですねと笑い返してしまう私は、どうしても加州ちゃんに対しては甘くなってしまうのだ。
「だってさ、このどら……どらやき? どらなんとかってやつ、まだ使い慣れないんだもん」
私の隣にストンと座って、お風呂場から持ってきたらしいドライヤーをこちらに手渡す。
語尾に「~もん」を付けて可愛いと許される男性なんて、加州ちゃんくらいじゃなかろうか。しかし、今日は近侍の彼に随分迷惑をかけてしまったし、これは謝罪の代わりだという事にしておこう。
私はドライヤーとタオル片手に、加州ちゃんの後ろに膝立ちして、かちりスイッチを押した。ぶおおと強風が彼の濡れた黒髪を靡かせる。
「ん~きもちい~」
ご満足いただけて何より。後ろからなので彼の表情は見えないが、きっと嬉しそうなふにゃふにゃの顔で笑っているに違いない。
彼の髪を乾かし終わった後、私はその黒髪に櫛を通してやりながら話した。
「加州ちゃん、机の上にお守りがいくつかあるでしょう? それをひとつ取って貰えますか。」
「んん、どっちの色のやつ? 桃色と橙色のあるけど」
「橙の方です」
「……はい、取ったよ」
ありがとうございますとそれを受け取り、お守りの中に忍ばせておいた紫の紐をしゅるりと伸ばして、背を向けたままの加州ちゃんの首に紐ごと手を回す。可愛らしくなるかと思って、後ろできゅっとリボン結びをしておいた。
「わ、わっ……え? なに、これ……俺にくれるってこと?」
慌てたようにこちらを振り返った加州。しっかりと彼の首元に揺れるお守りを見て、私は何だか安堵して微笑んだ。
「はい、加州ちゃんに私から贈り物です。このお守りを、肌身離さず装備していてくださいね。特に戦場へ出向く時は、必ず」
今のような首飾りではきっと邪魔になるだろうから、せめて、戦闘時にも身に纏う黒装束にでも付けておいてほしい。
いざという時に、万が一破壊されるほどの攻撃を受けてしまった時に、このお守りが刀剣男士であるあなたを守ってくれる。勿論、そんな酷い目には絶対会わせたりしないと誓うけれど。
加州は改めてお守りに触れて、その橙をじっと見つめている。赤い目にじわじわと光が溜まっていくのが見えた。
「ねえ、主、これは、俺が主にとっての特別だから贈られるものだと、勘違いしても良いのかな?」
「……あまり、こう言った、感情だけでの優劣を刀剣達に決めたくはないのですが」
私があなたを大事に思っているのだという、特別な証明になれば十分。
「どんなに美しい刀や強い刀がこの本丸に来たとしても、……私の初めての刀剣はあなただけなんです、加州清光」
昼間のお言葉、とても嬉しかったですよ。
最後にそう付け加えれば、加州は耳まで染まるほどに顔を赤面させて。
「あっ、あれは忘れてって言ったのに!」
「ふふ。何のことでしょうか」
「う~ッ、変なとこで惚けないでよ! もう!」
座ったまま、ぎゅうっと抱き着いてきた加州の背中を、私は黙って撫でるだけにした。私の胸元に顔を埋めて、声を抑えて泣いているのには気付いていたけど。
きっとこれから、たくさんの刀がここに集まることでしょう。
戦場によっては部隊も臨機応変に、変えなくてはならないだろう。無事に勝つ為には仕方ない事なのだ。
私は審神者だから、たった一人の刀剣男士だけを特別扱いすることは望まれない。皆、平等に霊力を注ぐべきだし、どの子も大切にしたい。
でも、私の意思で選んだ一振りは。
大事な初期刀は。
ずっと、ずうっと、彼だけなんだ。
「これからも私を助けてくださいね、清光ちゃん」
もう、返事が出来ないほど泣いてしまって。うん、うん、と唸るような泣き声だけが聞こえる。でもより一層強く抱き着いてくるその腕が、言葉なんかより痛いほど彼の気持ちを伝えてくれている。
あの昼間の言葉は、山姥切に言ったんじゃない。自分自身に、言い聞かせていた言葉なんでしょう。大丈夫、大丈夫ですよ。
あなたは私が選んだ唯一の、刀剣男士なんですから。
「頼りにしていますよ」
「……う、んッ……ありがとう、主なんて大好きだ、ばか……ぐすっ」
「ふふ、私の初期刀は随分泣き虫さんですね」
私も、……言いかけて、この先を言ってはいけないと、私は静かに口をつぐむのでした。
2025.02.08公開