審神者と仄々生活
名前変更
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「あー……川の下の子です。加州清光。扱いづらいけど、性能はいい感じ、ってね。」
桜吹雪を纏いながら現れた青年は、深みのある赤い瞳を細めて微笑んだ。
「加州、清光……」
私は聞かされたままに、名前を復唱した。
私が初めて呼び出した刀剣男士。本当に刀をそのまま人にした姿だ、なんという美青年。黒の洋服に赤い襟巻きが良く似合う。指先も爪紅で赤く染めていて、かなりのお洒落好きのようだ。
正式に審神者として招集を受けた時、政府から「この五振りの中から好きな刀を一振り選べ」と差し出された中で、艶やかな深赤の鞘と黒が映える美しい装飾に見惚れ、私は彼を──加州清光を選んだ。
「えーっと、あなたが、俺のあるじさま? だよね?」
こちらがずっと無言で見つめていたせいか、そう話し掛けてきた美青年は少し戸惑った表情だ。
「あっ、ごめんなさい、つい嬉しくて感動してしまって」
どんなに美しい青年の、人間の姿を模しているとはいえ、目の前にいらっしゃるのは付喪神。神様だ。失礼があってはいけない。
私は慌てて頭を下げるも、その行動はますます彼を戸惑わせてしまったようで。
「ちょっと、そんな畏まらないでよ、俺の主なんでしょ」
「ですが……」
「もっと気楽にしてよ。そんなお堅い対応じゃ、こっちの方が窮屈だって。ね、あるじさま」
笑って笑って~。そう言いながら、彼は自分の口の両端に両手の指先を当てて、ニッコリと笑顔のお手本を見せてくれた。相手は神様だというのに、その行動があまりにも可愛らしくて、私もつられて笑ってしまう。
「ふふっ、そうですね、少し緊張し過ぎていたのかもしれません。ありがとうございます、加州清光」
「んー、主は女の子なんだから、笑ってる方が素敵だよ。顔見えないけどさ」
「あ、これは……」
訳あって、私は自身の顔を垂れ布で隠している。人様から見られぬように。誰の目にも触れぬように。
「……訳アリはお互い様だし、気にしなくていーよ」
私が初めて呼び出した神様は、とても優しく気遣いも出来て、──酷く、人間らしい神様のようだ。
「加州清光は優しいのですね、あなたを最初に選んで良かった」
「ありがと。俺も選んでもらえて、嬉しい、かな。女性の主なんて、初めてだけど……」
褒められて照れ臭いのか、彼は目線を泳がせながらも言葉を続ける。
「可愛くしているから、大事にしてね」
言葉の終わりに目が合って、私は照れた顔の神様にニッコリと笑い返した。
「ずっと大事にしますよ。これからよろしくお願いしますね、加州」
加州清光、私の初めての一振り。
「おー、意外と頼れそうなあるじさま。俺、扱いにくいけど、大丈夫~?」
「心配ありません、あなたは良い子だから大丈夫ですよ」
「へへっ、よろしくね、あるじ」
***
ずっとずっと大事にしよう。
そう約束した、すぐ後だ。
案内役のこんのすけという妖狐にまずは出陣だと言われるがまま、いきなり準備もせず危険ではないだろうかと不安を抱きつつも、加州清光を一人初陣に向かわせたのだが。
──案の定、敵の返り討ちにあった。
「加州ッ、加州!?」
私は屋敷の本丸から、大きな姿鏡を映し鏡に変えて、彼の戦いの全てを見ていた。敵は二体、相手が短刀とはいえ、何の装備も味方も居ない状況で、一人きりの彼が次々に斬り刻まれる様を、私は見ていた……。
最後は真剣必殺の一撃で、敵を一体斬り倒したものの、戦果は敗北。しかし戦果など、今はどうでもいい。
「加州!」
命辛々帰ってきた彼は、あんなにも綺麗だった姿を血と傷だらけの姿に変えて、弱々しくも笑っていた。なんて悲しい笑顔。
「あるじ……ごめんね、初めての出陣なのに、負けちゃって……」
「あなたが謝る事ではありませんッ、やはり何の用意もなく出陣なんて……! 私は、私は無意味にあなたを危険に晒してしまった……!」
私は自分への不甲斐なさや敵に沸き起こる怒り等、複雑に混ざり合って沸騰するこの感情をどこにぶつけて良いのやら解らず、足元の黄色い妖狐を強く睨み付けた。
「どうしていきなり出陣など……! 加州清光の手入れをします、部屋を案内なさい!!」
しかし、妖狐は呑気にも「まあまあ落ち着いて」なんて私を宥めようとする。これは言わば新米審神者のための練習、一通りの手順を説明するために必要な過程なのですよ、と。ふざけるなと怒鳴りたかったが、今は手入れが先だ。
妖狐に案内させて、まずはすぐに手入れ部屋へ向かった。打ち粉や油、薬に包帯も、全てこの部屋に揃っている。また、手伝い札という特殊な木札を使えば、審神者の霊力で一瞬にして刀剣の手入れが出来るのだ。
どうぞこれをお使いになって、と手伝い札をくわえた妖狐から、私は半ば奪うように札を受け取り、腹立たしい妖狐を追い出して手入れ部屋を閉めた。バチンと力いっぱいに。
「あ、あるじ……怒ってる?」
「当然です!」
相手は傷だらけでへたり込む加州だと言うのに、思わず声を張り上げてしまった。途端、今にも泣き出しそうに俯く加州。
「ごめんね、俺が弱いから……」
先程の、笑ってと私を励ましてくれた神様はどこへ行ってしまったのか。今の彼は、自身の刀を強く抱き締めて震える、捨てられた子犬のようだ。
「……こんなにボロボロじゃあ、愛されっこないよな……」
耳を澄ませていなければ聞こえない程の、小さな呟きだった。
「加州清光、違うのですよ」
私は彼の目の前へしゃがみ込み、俯いたその綺麗な顔にそっと手を伸ばした。傷付いた頬に触れれば、ようやく顔を上げてくれて。赤い瞳からは、涙の線が一筋流れていた。
「あなたに怒っているのではありません。私自身や、あの胡散臭い狐に怒っているだけです」
「あるじは、悪くなんてないよ……?」
「いいえ、私が悪いのです。いきなり出陣だなんて、止めるべきだった。あなた達が命を懸ける戦場へ、何の準備も無く送り出すなんて、やはり可笑しかったのです。ごめんなさい、私はあなたの主なのに、大事にすると約束したのに……」
罪悪感で項垂れる私の手に、大きな男性の手が重なった。加州の手。ああ、綺麗に磨かれていた爪先も、赤が剥がれて……。なのに、今の加州は数刻前と同じ優しげな、いや、何故か満足気な笑みを浮かべていた。
「あるじは、俺を大事にしてくれるんだね。愛して、くれるんだ」
そんな言葉に、私は何を言ってるのかと不思議に目を丸くした。
「あなたは私の刀剣です、当たり前ではありませんか。すぐに元の綺麗な姿に戻しますからね」
「ん……ふふふ、当たり前、か」
「はい、当たり前です」
声を上げて笑うような事でしょうか? 神様というのはよくわかりませんが、とても嬉しそう。
その後、すぐに手伝い札を使ったお陰で、加州の傷も刀も綺麗さっぱり元通りに手入れを終える事が出来た。
「もう痛むところはありませんか?」
「うん、ばっちり。どっこも痛くないよー、審神者の霊力ってすごいね?」
「よかった……」
「あぁー、でも、爪は後で塗り直さなくちゃなあ……」
彼の体や刀を元通りに出来ても、その身に纏った衣服や爪の装飾までは直せない。申し訳無さにまた胸を痛くしていると、爪を眺めていたはずの加州が、何故か満面の笑みでこちらを向いた。
「ね、後で爪も綺麗にしてよ」
「え……?」
こんな綺麗な手を、私なんぞが?
「俺のこと大事にしてくれるんでしょ。俺、もっと強くなれるように、頑張るから」
たくさん可愛がってね。
照れ臭そうなふやけた笑みを浮かべる加州の言葉に、私はその綺麗な手を取って笑い返すのでした。
「はい。一緒に頑張りましょうね、加州ちゃん」
「……あの、加州ちゃん呼びは、さすがに恥ずかしいんだけど」
「どこも恥ずかしくありません。可愛い渾名でしょう、加州ちゃん」
「可愛い? ……可愛いならいっか。」
とってもかわいい加州ちゃんは、私の大事な初期刀です。
2025.02.03公開