審神者と仄々生活
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今日も、本丸は良い天気。
朝の日差しを全身に目一杯浴びて、太陽へ向けてうーんと背伸びをして見せた。
「……雛子さん、おはよ」
「おはようございます、清光ちゃん」
彼と正式な夫婦になって、ちょうど一週間ぐらい経った朝。
まだお互い寝間着姿のまま、本丸の縁側に並んで、もう何年とその美しい風景を保ち続けているお庭を眺めていた。
まるで、今日という特別な日を祝福しているかのような、雲ひとつない青空が広がっている。草木が新緑に染まり、爽やかな風が吹く、初夏の季節。
「なんだか、あなたを初めて手に取った時を思い出します」
あの時も、こんな風に鮮やかな晴天の朝だった。季節は違えど、この澄み切った空気は同じだ。
「俺も、よーく覚えてるよ」
「本当?」
「当たり前でしょ。あるじの手が俺に触れる瞬間も、助けてほしいって俺を呼ぶ声も、初めて自分からあなたに触れた時の体温も、全部、ぜーんぶ覚えてる」
「ふふ、そっかあ……」
私も、もう何年も前の事だというのに、まるでつい昨日あった出来事のように覚えている。
ずらりと並んだ五振りの打刀、その中でも、真ん中でひと際赤い鞘を輝かせていた一振り。私の目を捉えて離さなかった赤色が、この加州清光だった。
「私あの時、あなたに一目惚れだったんですよ」
「え、……嘘だあ」
「やだ、嘘じゃありませんよ! 初めて目の前にしたあなたに、なんて美しい刀だろうかと思わず目を奪われて、こんのすけに声を掛けられるまで、ずっと見惚れていたんですから」
刀の姿のあなたに惚れて、私は加州清光という打刀を選び、刀剣男士として顕現した時にはまた見惚れてしまったのだ。本当に、あの美しい刀をそのまま人にした姿だったから。とても綺麗な子だ、と。
「……そういえば、あの時のあるじ、なんかぽや~ってしてたかも」
「つまり、私は二度も清光ちゃんに一目惚れしちゃったんですねえ、うふふ」
「もう、何言ってんの」
彼にとっては意外な話だったのか、照れ隠しにプニプニと右の頬っぺたを摘まれてしまった。ふふ、こんな風に、この痛々しい火傷痕が残る右頬に、軽く触れてくれるのも、彼だけだ。
「それより、さ」
ふと何か思い出したように語りかけ、彼の手がそのまますりすり私の火傷痕を撫でた。どこか心配そうな手つき。
「今日は、顔布……どうするの、ほんとに外していくの?」
「はい。今日は必要ありません」
もう、私にこの痕を隠す理由は無い、私は何を恥じることも、恐れることも無い。だって、私の全てを、傷痕も過去の痛みも何もかも、愛してくれるひとがいるのだから。
寧ろ、この晴れの舞台で、仮にも神様である存在と永遠の契りを交わすというのに、顔を隠したままなんて失礼極まりない。
きちんと理由を話せば、彼はすんなり納得してくれて。火傷痕を撫でる手が離れて、代わりにその指先が私の寝癖髪をもふもふと遊び始めた。
「主の素顔、もう皆に見られちゃうのかー」
「そうですね、残念?」
「んー、まあ、良いけどさ。俺はあなたの、雛子さんの本名を知ってるし。俺と主だけの秘密の、ね」
「あらあら、清光ちゃんはとーってもヤキモチ焼きさんだから、もしかしたら許してくれないかもと思ったのに」
「なにそれー。せっかくの美人さんだもん、こういう時ぐらい出さなきゃ勿体無いよ」
まあ、顔布は今や私のトレードマークにもなっているので、こういう大事な日以外は、今まで通り愛用すると思いますけどね。えへ。
「あるじー! 清光ー!? もう起きてるんでしょ、はやく式の支度するよー!」
廊下からこちらへ駆けてきた安定ちゃんの慌ただしい声に、二人でにこにこ「はーい」と声を揃えて答えた。
***
「あっるじー! 着替えおわったー?」
乱藤四郎と次郎太刀に衣装の着付けをして貰っているところへ、一足先に支度を終えた清光ちゃんが、襖の隙間からひょっこり顔を出した。
慌てん坊さんだなあ。もう終わりますよ、と微笑みながら言葉を返せば、嬉しそうに襖をパンッと開けて中へ入ってくる。
今日の彼は、いつもの赤と黒の洋装から衣装替えして、紋付の黒い羽織を纏って、赤い袴を履いた、素敵な花婿さん姿だ。うん、和装も、とってもよくお似合いです。
髪も珍しくポニーテールにして、なんだか安定ちゃんとお揃いのような? ……ああ、違いますね、きっと"前の主"さんを意識しているんだ。彼の支度は大和守安定と堀川国広が手伝ってくれたようだから、こういう晴れの舞台ぐらいは良いだろうって、気を利かせてくれたんだ。
「わ……」
清光ちゃんは着付け終わった私の姿を見て、驚きで目を真ん丸にして固まっていた。
「あれ……あるじ、その色……?」
どうやら彼は私の纏うものを見て、目の前に飛び込んで来たその赤色が、自分の想像とは違ったことに大変驚いているらしい。それもそうだ、今日まで内緒にしてたんだもの。
ひらり、その身に纏った赤無垢を見せびらかすように袂を上げて、くるり、全身を見て欲しくて背中も向ける。綿帽子だって、揃いの赤色だ。
彼が着てほしいと希望してくれた、白では無いけれど。でも、私はどうしてもこの赤色を着たかったんだ。理由は、花嫁になる喜びを表現する為とか、祝いの色だからとか……それらも、勿論あるけれど。
「私の中で、赤色はね、大好きな清光ちゃんの色なの。だから……」
いつか一目惚れした赤色に、あなたの色に染まりたかったんだ、なんて。
思い切って口にした途端、なんだか照れ臭くてなってしまい、自分の頬まで赤色に染まり出す熱を感じる。
清光ちゃんは数秒ぽかんとした後、私と同じぐらい、いやそれ以上に、耳まで赤くして。ああもうっ、と唸りながら片手で自分の顔を覆い隠した。
「なんで、俺のあるじは、そーいう……かわいいこと、してくれちゃうのかなー……」
「き、清光?」
「うー、ありがと、すごい、ほんと、うれしいし、」
顔を隠していた手を離して、彼はちゃんと私を見つめて。
「……綺麗だよ」
そう、ふにゃりと柔らかく緩んだ笑顔で言ってくれた。
しかしその一言では足りなかったのか、感極まったように「あーっもう世界でいっちばん綺麗! やっぱり赤色似合うなあ」なんてべた褒めされてしまって、嬉しいけど、さすがにそこまで言われると照れてしまう……。
私の後ろでは、乱ちゃんが「僕と次郎ちゃんが着付けたんだもん! 当然でしょ」と自慢げに声を張り、次郎ちゃんは「ま、アタシらの主は元々が別嬪さんだからね~当たり前だよね~?」とこちらも大げさに褒めてくれている。
清光ちゃんはしばらく感激で、私の両手をにぎにぎしたり、赤無垢の帯や綿帽子の縁に触れてみたり、落ち着きなくそわそわしていた。
「はあ、なんかほんとに、俺のお嫁さんって感じだ」
「何言ってるんですか。私はもうとっくに、あなたのお嫁さん、でしょう?」
「……はい、そうでした」
これから皆の前で、改めてその誓いを交わす式が行われるというのに、私の旦那さまはまだまだ何処か夢見心地の様子。
「もう、しっかりしてくださいな、旦那さま」
「うあ、ちょっ、と、その呼び方されると……顔がにやけちゃって、駄目……」
「もー、清光ちゃんったら!」
「えへへ、ごめん」
紋付袴でキリッと決めていても、やっぱりその中身は相変わらずのかわいい清光ちゃんだ。
少しだけ張り詰めていた心が、ふにゃふにゃとほぐれていく。緊張する必要はない、自然に、いつも通りに、あなたの隣を歩めば良いんだ。
これは、今までありがとう、これからもよろしくね、って、皆にお礼を伝える為の式でもあるんだから。
「じゃあ、行こっか、主さま?」
「はい、清光ちゃん」
そっと差し出された彼の左手に、私の左手を乗せる。
まだ新品の美しい指輪が、お互いの薬指を控えめに飾り、陽の光を浴びてきらんと輝いた。
まるで、私たちの幸せを、いつまでも祝福するかのように。
いつか、この指輪にも付喪神が宿ってしまうくらい、ずっとずっと、共に生きていきましょうね。
私の、加州清光──。
2025.05.01完結
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