審神者と仄々生活
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主と出会い、人の体と心を持ち、恋仲になって、気が付けば相当な年月が過ぎ去っていた。もう何度目の審神者就任記念の日を迎えた事だろう。散りゆく桜も、降り積もる雪も、随分と見慣れてきた。
歴史修正主義者との戦いには一向に終わりが見えないけれど、それでも、たくさんの仲間であり家族である刀剣たちと過ごして、世界で一番大好きな主に愛されて、俺は幸せな毎日を過ごしていた。幸せな時間ほどすぐ過ぎていくと言うらしいが、本当に、あっという間だった。
今日も今日とて、出陣・遠征・演練と、近侍として主の隣で日課任務に励む。内番だって手を抜かないよ。
だけどそろそろ、おやつの時間。毎日決まった時間にお茶とお菓子を用意して、主と三十分くらい休憩する。これも、近侍である俺の日課任務だ。
「あーるーじ、お茶淹れてきたからちょっと休憩しよ?」
「ん、もう15時か……そうね、おやつにしましょっか。ありがとう、清光」
「いーの、いーの。俺も小腹空いてたしー」
本丸で一人書類仕事に励んでいた主を縁側へ引っ張り出して、持ってきたお茶とおやつの三色団子を二人の間に並べた。庭の美しい新緑を眺めながら、ズズッとお茶を啜る。
あー、今日もいーい天気だなあー。
「……ふぅ、幸せねえ」
「んぇ、どーしたの突然」
俺も丁度同じことを言いそうになったから、少しびっくりしてしまった。
「あら、声に出てました? ふふ……あなたと出会って随分年月が過ぎたけど、ここで一緒に二人きりの時間を過ごしているとね、いつも思うの。幸せだなあ、って」
言いながら俺の方を向く。主の顔布が風にふわりと靡いて、優しい笑みが見えた。
「ふーん……」
主も俺と、全く同じことを、ずっと想い続けていてくれたのかな。
照れてしまって、つい気の無いフリした返事で、彼女の僅かに見えた素顔から目をそらしてしまったけど。頬が熱い。
「清光ちゃんは相変わらず照れ屋さんね」
「む、ぅ……あるじこそ、出会った頃からほんっと変わんないよね。昔より肉付きは良くなったけど」
「そ、それはッ! ……まあ、その、うん……太りましたけどね、はい。でもこれはいわゆる幸せ太りというやつで、」
「じゃあ良い変化だね。初めて握った時は、細くて小さくて心配だったおてても、今はこぉ~んなにぷにぷに~」
「やだ、もおー! やめてくださいぃ」
「あははー!」
俺の主は、本当に変わらない。
お節介焼きで心配性なお母さん気質の性格も。その見た目も、ずっと若々しいままだった。あれから確かに何年も時が過ぎている筈なのに、皺や染みのひとつだって増えることはなく、二十代前半の美しさを保ち続けているのだ。……その理由が何故なのか、俺でさえ知らない。
いつだったか、主本人が「私はそう簡単に死なない」そんなような事を言っていたのを、ふと思い出す。もしかしたら彼女は、死なないのではなく、死ねないのではないかと、一瞬考えてしまった。
「……清光ちゃん?」
どんな理由であれ、いつまでも長生きしてくれるのなら、それに越したことはないんだけど。
「きーよーみーつー?」
彼女の少し怒ったような声で、ハッと我に帰る。ごめんごめん、俺は慌てて笑い返して、ぷにぷにのおててから名残惜しくも両手を離した。
「私がこんなにぷにぷにになってしまったのは、あなたのせいでもあるんですからね。清光ちゃんがこうして甘いお菓子を持ってきてくれたり、晩酌中におつまみ用意してくれたり……どれもこれも有難いんですけどね!?」
「だって美味しそうに食べてる雛子さん可愛くて可愛くて、大好きなんだもん」
「うッ! うぅ~、そう言われると、何も言い返せなくなるじゃないですか……いつも、ありがとうございます……」
「へへーん、どういたしまして」
あるじが変わらず幸せだと笑ってくれるのであれば、そこにどんな理由があるにせよ、俺はその理由を知らなくたって構わない。
最期の時までこの人の隣に、一緒に居ると決めたんだ。その年月が短かろうが長かろうが、大した差ではない。こんな幸せな時間を、長く永く過ごせるのなら、それで良いと思う。そこに不満も不審もない。
でも、そうだなー。
この幸せな日々の中で、完全に不満がないわけでもない。ひとつだけ、ずーっとモヤモヤしていることがある。
俺たちには長い時間が許されているようだし、いくらでも待ち続けることは出来るけど…。
いったい、いつになったら、刀と人の"結婚"が許されるんだろう、なあ。
俺と主は仮初めの形だけれど、婚約関係にある。いつかの未来を夢見て、結婚を約束した仲だ。
刀剣と人間。本来なら、相容れない存在同士でも、夫婦という形に収まる事を許されたいと、願い続けている。
今でも、主の審神者就任一周年記念の日、短刀たちからの贈り物として貰ったお揃いの折り紙製指輪は、大切に大切に保管してある。だって、俺と主の大事な婚約指輪だもんね。
あるじが審神者になったばかりの頃は、本来物である筈の刀剣男士と人間である審神者が、恋仲関係に──ましてや仮に口約束とはいえ婚約する──なんて事が珍しかったようで、たまーに時の政府側の人間から軽蔑の眼差しで見られたり、注意喚起の通達が来たりなんかもしたけど。
でも、当の本人が全く気にしていないようだったから、俺も気にしないようにしていた。お互い好きになってしまったものは仕方無いんだから、周りに何と言われようが知らん振り。本丸の仲間たちは快く応援してくれてるし、恋仲関係だからって、戦にはなーんにも影響出てないどころか、当時から戦績優秀だったしね。
最近は、まあまあそーいう偏見も減った、かな。あれから審神者自体の人員が増えて。俺と主以外にも、恋仲になる刀剣男士と審神者が増えているみたいだから。きっと珍しい事じゃなくなったから、変に気にする人間も減ったのだろう。
しかし……。
「主さーん!お手紙来てますよー」
おや、あの声は、堀川国広だ。
縁側から振り返れば、ちょうど堀川が本丸の襖を開けて、タッタッとこちらへ駆けてくるところだった。はい! と明るい声と表情で、主に白い封筒を手渡した。
「ありがとう、堀川ちゃん。いつも助かります」
「いえいえ! それじゃ、僕はこれで。せっかくの二人の時間を邪魔するわけにはいかないし、ね?」
「は、はあ!?」
余計な一言を残し、堀川はにやにやしながら去っていった。なんだよアイツ、もー!
まったく、変な気を回しやがってさあ、なんか照れ臭くなってくるじゃん……いや、正直、有難いけど。
あらあら、と隣で喜びの声が聞こえる。どうやら、審神者になりたての頃から仲の良い友人審神者からのお手紙だったらしい。あの真っ白で長い髪が印象的な、女性の審神者。クラゲみたいな印象の彼女。そういえば、昔からよく文通していたっけ。最近会ってないけど、向こうの薬研藤四郎は元気にしているだろうか。
主は嬉しそうに封筒の中身を開き、手紙へ目を通し始める。だがしばらくして、彼女の表情が突然に深刻なものへと変わった。手紙に目を向けたまま、その内容について話し出した。
「ねえ、清光ちゃん。兎面を付けた審神者さんのこと、覚えてます? ほら、この間も演練でお会いした……」
「あーっと、うん。近侍に獅子王を連れてる、若い女性の審神者さんだよね。って、その人たちと演練で会ったの、もう半年ぐらい前じゃない?」
「はい、あれ以来見かけませんでしたから、少し心配していたのですが……あのお方、どうやらその近侍さんと"神隠し"してしまったらしくて……」
「えっ……」
その届いた手紙に、彼らが丁度半年前から行方知れずになってしまっている事が、書いてあったらしい。悲しいことですね、と顔布の奥で表情を曇らせる主。
神隠し、と言っても、俺たち刀剣男士にはそんな大層な力はない。付喪神なんて呼ばれてはいるけど、神の末席中の末席、どちらかと言えば妖怪みたいなもので、本来はただの刀剣だから。自分の神域へ仕舞い込むなんて芸当、無理だよ、俺には出来ない。出来たとしてもやらないけどさ。
この場合に言われている"神隠し"は全くの別物だ。恋仲になった審神者と刀剣男士が、なかなか自分たちの関係を認めてくれない世間に嫌気がさして、現世への駆け落ちやあの世に心中する事などが、ここ数年で一気に流行り出したという。それを時の政府側が"神隠し"と呼ぶようになっただけの話。
……まあ、もしかしたら、俺たちへの皮肉も込められているのかもしれないね。
あの兎面の審神者さんとは、何度か行きつけの甘味処でお茶をするぐらい仲が良かったから、あるじ寂しいだろうな。俺も、同じ恋愛の悩みや惚気を話し合える、貴重な友人を失った事を知って……ううん、やっぱり少し辛いなあ、こういうのは……。
手紙を見つめたままにしょんぼり項垂れている主の頭を、俺はいつもの通りぽふぽふと撫でた。大丈夫、と根拠の無い言葉で慰める。
「案外こっちが悲しむ必要なんて無いくらい、向こうで二人とも幸せに過ごしてるかもよ?」
「……ん、そうですね。きっとお二人が考えに考えた結果の、幸せ、なんですよね」
二人の居なくなってしまった向こうが、駆け落ちした先の現世なのか、心中した先のあの世なのかは、わからないけど。
相当な年月が過ぎても、未だに、刀と人が結婚することは公に認められていない。恋愛関係にある事すら、こうして苦を感じる者も居る状況だ。
確かに現世へ逃げ出して、自分を人間だと偽ってしまえば、それが出来るかもしれない。いっそ心中してしまえば、ある意味での永遠を手に入れて、こんな苦しみからも解放されるかもしれない。でも、俺は……。
主の、酷く不安そうな目が、顔布の隙間から俺を見上げた。
「清光ちゃん、私……私は、今が、とっても幸せよ……?」
「うん。俺も、幸せだよ」
結ばれない悲しみを抱えたまま"神隠し"なんて結末、俺は絶対やだよ。
そりゃあ彼らの気持ちもね、ちょっとだけど、わかる気がする。
俺だって、もしかしたら刀と人が結ばれるいつかなんて来ないかもしれないって、主と同じ人間だったら良かったのに、って──そう悩んだ事もある。
けどさ、この人が愛してくれているのは、加州清光という一振りの刀である俺で、俺は最期まで雛子さんという人間の隣に居たいんだ。
きちんと、俺は俺として、刀剣男士として、この人の一生に寄り添う者だと認められたい。結婚にカッコカリなんて嫌だもん。
それに、主は歴史を巡るこの戦いを終わらせる為に、審神者としてこの場に居るんだから。俺はその審神者を守る近侍の一振り。なのに、いまさら二人だけで逃げ出すわけにはいかないだろ?
だから、ね、あるじ。
「もう…そんな泣きそうな顔しないでよ、俺のことなら心配しないで」
あなたの為なら、いくらでも待ち続けるよ。だーいじょうぶ。
同性愛だって広く認められてる時代なんだから、刀と人の結婚だって、いつか認めてもらえる。いや、無理にでも認めさせてやろう!
そう笑いかけて強く両の手を握れば、彼女はようやく顔布越しに笑顔を見せてくれた。へへ、良かった。
ほら、もっと楽しい未来の話をしよう?
「ね、ねっ!いつか結婚式するならさあ、俺、雛子さんに白無垢着てほしいな。絶対似合うと思うんだよねー」
「あら、じゃあ、清光ちゃんは私に合わせて紋付袴を着てくれるの? ふふ、素敵ですね」
「うん! あるじの審神者紋付けてさ、この本丸で、皆に囲まれて……あ、懐刀役で短刀たちが揉めたりしないかな?」
「え、そんな、でも、可能性がないとも、限りませんか……。まさか短刀全員を帯に差してあげるわけにも、いきませんしねえ」
「そんな事したら、重みで白無垢脱げちゃうでしょ……」
「あはは~」
「もおー」
俺はこうして、主と、いつまでも幸せに笑い合っていたいだけだから。
でも、いつか……。
***
それから、またしばらく経って。
「審神者様! 審神者様ーーーッ!!」
特に敵が大きな動きを見せる事も、急ぎの任務も無く、ゆったりとした時を過ごしていたある日。
喧しい管狐の鳴き声が、玄関先からこちらまで駆けて来るように屋敷中へ響き渡った。主の書類仕事を手伝っていた近侍の俺と安定は、いったい何事かと不思議にお互いの顔を見合わせる。主も筆を走らせていた手を止めて、怪訝そうに縁側の方へと顔を向け、俺たちもその目線を追った。
「審神者様ッ……主様!」
縁側の廊下を転がる様に走ってきたこんのすけが、ピタリッと綺麗に本丸の前で足を止めた。
お面のような顔をしているから管狐の細かい表情など普段はわからないが、なんとなーく、嬉しそうな顔をしているように見える。笑っている、ような?
なにか良い報告を俺たちへ持ってきてくれたのだろうか。小さな背中にリュックのように赤い紐を括り付けて、何やら大きな茶封筒を背負っていた。
「全く、何事ですか。騒々しい……」
刺々しい言葉を呆れたように吐きながらも、主は自らその管狐の元へと歩み寄り、はぐはぐと息切れしている黄色い頭をよしよし撫でていた。優しい手に撫でられて、今度はハッキリとわかるくらい表情を安らぎに緩めたこんのすけだが、はっ! と我に返ってお面顔を引き締める。
「申し訳ございません、主様。ですが、先程政府から発表されたこの朗報を、一刻も早くあなた様へとお伝えしたくて──」
時の政府から朗報とは、これまた珍しい。いつぞや、俺たち刀剣男士に更なる可能性を引き出し"極"へと至る、その方法が判明した時以来、かな。
「お喜びください。ようやく、審神者様と加州様が結ばれることを、お国から許されました」
……え?
ま、待って、どういうこと?
突然の言葉過ぎて、主も俺も理解が追い付かない。いや、こんのすけが言いたいことはわかる、意味も。だけど、そんな一言で、簡単には信じられなかったのだ。
こんのすけは自分もこの日をずっと心待ちにしていたのだと、全身の動きや声で表現しながら、詳しく説明をくれた。
時の政府は、ここ数年大流行している、恋仲関係に至った審神者と刀剣男士の"神隠し"事件に、非常に手を焼いていた。
それもそうだろう、彼らが居なくなることで貴重な戦力は欠け、無関係な審神者たちの間にも不穏な空気が流れ、士気も下がっていく。歴史修正主義者たちとの戦争には一向に終わりが見えて来ないのに、自ら戦力を失うような拘束は彼らも本意では無い筈だ。
逆に、審神者の寵愛を受け、またその審神者を愛する男士らは、戦う事に本能とは違う意味が生まれることで気力も霊力も高まるのか、非常に良き戦績を残しているとの情報もある。練度限界である筈の九十九を超える程に力が発揮出来る、との噂も。
そこで、政府側が事の沈静化と審神者全体の活性化を図り、せめて刀と人の婚姻を認めてもらえないかと、昨年から国との協議を重ねていたらしい。
結果、今日──今から1時間前に政府から正式に発表された。
審神者という神職の人間、そして刀剣男士という存在に限ったものではあるが、刀と人が同等に婚姻を交わすことを、認める、と。
簡単に言えば、お互いが望むなら刀と人でも結婚していいんだ、ってこと。主と俺が、ずっと願い続けていた日が来たんだ。
「え……あの、こんのすけ、それは……本当、なのですか?」
話を聞き終えて、主が震えた声を小さく吐き出した。嘘のようだけど、本当の話なのだと、こんのすけは笑う。
「ええ、本当です。本当でございますとも、主様!」
きっとお二方はとても喜んで、今すぐにでも行動しようとするでしょうから、まずは特例用の婚姻届をご用意致しました。
こんのすけはそう言って、背負っていた茶封筒を降ろし、口に咥えて主へと渡した。
「恐らくお二方が初めての例になりますから、この他にも面倒な手続きが発生するとは思いますが……まずはこちらを記入して、政府の城へと提出に参りましょう! 善は急げですよ!!」
黄色い管狐は嬉しそうに尻尾をフリフリ、まだ茶封筒の中身も見れず呆然とし続けている主を見上げている。
「……主様? 加州様? どうされました、大丈夫ですかっ」
もう返事だって、まともに出来ないみたい。俺も、今のこの状況をぼんやりと夢見心地のように眺めている事しか出来なかった。目頭が熱くなってくるのだけがわかる。
だって、この日を迎えるまでに、あまりに色々なことがあり過ぎたから。今までの日々が、嬉しかったことも辛かったことも、一気に頭の奥から蘇ってきて、まさに心ここに在らず、だ。
「ったくもう、二人して何こんな大事な時にぼんやりしてんのさ! 主、それ貸して」
後ろから安定の声が聞こえてきて、その手が主の手から茶封筒を奪った。中から勝手に、まだ真っ白な婚姻届を取り出す。
「確か婚姻届って、証人? の名前がいるんだよね」
そう言って、証人の空欄にサラサラと自分の名前を書き始めた。書き終わってから、あれっと声を上げて「これ僕の名前っていうか刀剣が書いちゃって良かったの?」なんて慌て出したが、こんのすけが「刀と人が結婚するのですから何も問題無いでしょう」ってさらりと答えていた。
あともう一人必要だから、と安定が婚姻届片手にバタバタ本丸を出て行って、戻ってきた時には、更にへし切長谷部の名前が書かれていた。すごい気合の入った達筆。
「ほら、後は二人でちゃんと書いて。僕は皆に、主がこの後しばらく本丸空けること伝えてくるから! 急いでよっ」
今度は安定の手から俺へと、少し端の歪んでしまった婚姻届を手渡された。そしてすぐにくるりと方向転換して、元来た方を駆けて去っていく。こんのすけも空気を読んだのか、安定の後をたったか着いて行った。
急に人も減って静まり返った本丸で、しばらくそのまま沈黙が続いた。
……。
清光ちゃん、と愛おしい声が俺を呼ぶ。なあに、と声を返せば、顔布を自ら外した素顔の主がこちらを見上げていた。俺たちに出陣の指示を出す時のように真剣な、でも頬を赤く染めた照れた表情で。……あの! と一生懸命に声を張り上げる。
「わ、私と、その、えっと、け、け、結婚、を」
もう主ってば、緊張し過ぎ。
俺はどもりまくる主が可愛くて、思わずけらけらと笑ってしまった。焦る彼女の背中をそっと撫でて「大丈夫、ゆっくりで良いよ、落ち着いて」そう優しく宥めた。
主は一旦深呼吸をして、今度こそ! と意を決し、俺の目をじっと見つめる。
「私の、旦那さまになってくれますか、加州清光」
「はい、主さま」
俺の返事なんて、あなたへの恋心を自覚した時には、もう既に決まってたんだ。だから、何も迷う事なく答えた。
あなたに出会った時からそのつもりだったけど、今、改めて言葉にして誓うよ。
「あなたの一生は、俺が守ってあげる」
最期の時まで、ううん、きっとその先だって、ずっと。
あなたが俺を愛してくれる以上に、世界で一番にあなたを愛して、幸せにしてあげるんだから。
近い内に本物の指輪を飾り合うだろうその左手を、共に強く強く握り合って。涙でぐちゃぐちゃに歪んだ愛しい人の顔に近付いて、ちょん、と軽く鼻先が触れ合うだけのキスを交わした。
「改めてよろしくね、雛子さん」
「はい! これからの生涯も、よろしくお願いしますっ……!」
こうして俺と主は、晴れて夫婦になる事を許されて、一生を添い遂げる誓いを交わしたのだった。
──それが後に、刀と人が初めて婚姻を結んだ記念の日として、末永く世に語り継がれる事を……俺たちはまだ、知らない。
2025.05.01公開