審神者と仄々生活
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ちゅんちゅん、遠くにすずめの鳴く声と、誰かの足音が聞こえる。ズズッと襖を開けられる音がした。
眩しい光に目元を照らされ、もう朝なのかと、ぼんやりした思考が動き始める。薄ら瞼を上げて、ぼうっと部屋の天井を眺めた。
……ああ、なんだか、とても良い夢を見ていた気がする。
まだもう少し眠りたい、夢の続きを見ていたいな、そんな思いに負けてまた目を閉じかけたその時。
ぬっ、と天井を隠すように現れた赤色に、それはもうびっくりして一気に目を覚ました。その赤色は驚く私を見下ろして、くすくすと楽しげな笑みに細まる。
「おはよー、雛子さん」
私が唯一名前を教えた愛しい人の呼び声に、自然と口元が微笑みで緩んでしまう。その名前で呼んでくれるのは、私の遠い遠い記憶にある優しかった父親以外、彼だけだ。
「清光、おはよう」
そっと彼の白い頬に手を伸ばせば、清光は私の手に自分の手を被せて、愛おしそうに撫でながら微笑み返してくれる。
今日も良い天気だよ、国広が洗濯日和だって喜んでた。そんな他愛無い話をしながら、ほらはやく起きて、と彼は穏やかに私を急かす。
こうして毎朝、彼が寝坊癖のある私を起こしに来てくれるのは、もはや当たり前の日常となってしまったけれども。そこになんとなく流れる甘い空気感が、今までとは違う。
どうやら、先日の出来事は、決してただの夢ではなかったらしい。
幸せな現実に未だ半信半疑な自分が居るものの、こんな尊い時間を寝てばかり過ごしてはいけない、起きなければともう片手も彼の方へ伸ばした。……が、寝起き故にどうも起き上がる元気が足りない。まだもう少し眠りたい欲に負けそうだ。
私は伸ばした両手を、彼の首の後ろで組んだ。なになに、どうしたの? とどこか嬉しそうにも困惑する彼へ、にこり、笑顔で告げる。
「起こしてください」
「……もう、雛子さんってば、意外と甘えたがりだよね~」
「だって、清光にしかこんな風には甘えられないもの。ね、お願い」
「しょうがないなあ……。って、うわ!」
私の背に手を回して抱き起こそうとした彼を、ぐいっと自身の胸元へ引き寄せた。それに思い切りバランスを崩して、顔を私の胸の間に埋めたまま、ぼふっと布団に倒れ込む清光ちゃん。
「ちょっ、とー……雛子さーん……何してんの、もう」
困った人だなあ、とでも言うような上目遣いにくすくす笑いながら、ぎゅう、と彼を抱き締める両腕に力を込める。
「あと5分だけ、寝かせてください」
「起こしてって言ったり、寝かせてって言ったり……わがままなんだからー」
渋々、と言った様子を装いつつも、掛け布団を捲って私の隣に入り込む彼の行動の素早さ。ほんとに5分だけだからね、そう自分にも私にも釘をさすように言って、清光ちゃんはすりすりと自ら私の首元へ擦り寄ってきてくれた。
私の両腕を振り払って、無理やり抱き起こす事もできるというのに、なんだかんだ5分間だけの抱き枕を許してくれる彼は甘く優しい。この両腕に収まってくれるぬくもりが何よりも愛おしい。
私は彼のその白い額に軽く口付けを落としながら、朝の幸せな5分間を味わうのだった。
……が、その後、いつの間にか二人とも5分どころか30分ぐらい寝落ちてしまったようで、心配して様子を見に来てくれた安定ちゃんに「さっさと起きろオラァッ!!」と酷く怒られながら叩き起こされました。
改めまして、おはようございます……。
「なにミイラ取りがミイラになってるんだよ」
「だってぇー……」
呆れたように深い深い溜息を吐き出す安定ちゃんに、清光ちゃんは拗ねた子供みたいにむすーっと頬を膨らませている。そもそも私の寝坊癖が原因のことなので、私はそんな彼らに「ごめんなさいね」と苦笑いを浮かべるしかない。
しかし、今日は二人に叩き起こされてでも、早起きした理由がある。私含め三人とも寝衣からいつもの格好に着替えた後、縁側から朝の日差しが目一杯降り注ぐ庭へと出た。
私の手元には、何時ぞやと同じ玉手箱が収まっている。これで三つ目となる、お屋敷周辺の景色を変える不思議な玉手箱。
今日はこれでまた、季節を変えるのだ。
小さな箱の蓋を開ければ、中から赤橙の色で形を表した風がぶわりと勢いよく吹き出して、それは庭の木々たちを大きく揺らしながらお屋敷中に舞って行った。
緑色だった木々の葉が、黄色から橙、そして赤色に染まっていく。それは遠くに見える山の方まで広がって、あっという間も無く庭は見事な紅葉に囲まれていた。燃えるような赤、とはまさにこの事。
両隣から「うわぁ!」「すごい赤」なんて近侍たちの感嘆の声が溢れた。しかし見事な赤とは裏腹に、少し肌寒い風が私たちの間を通り抜けていく。もう季節は夏から秋へと、移り変わったのである。
***
秋といえば。
「やっぱり、食欲の秋ですよね~、ふふ~!」
私は思わず、焼きたてほくほくのさつまいもを頬張りながら、そのあったかい甘味に感動の声を上げてしまった。
本日の畑当番を任せた陸奥守吉行と和泉守兼定。彼らが収穫してきてくれたばかりの山の様なさつまいもたちを、短刀ちゃんたちがたーくさん集めてくれた落ち葉の焚き火で焼き上げて、皆と秋の味覚を存分に楽しんでいるところなのである。
「ほれほれ、前田の分が焼けたぜよ~! 火傷せんように気を付けて食いや」
「はい、陸奥守さんありがとうございます! 平野、僕と焼き芋はんぶんこしましょう」
「いいんですか? ありがとう。……そうだ! さっき主君が教えて下さった、このばたあというものを塗って食べてみましょう」
「ばたあ、とは……?」
「焼き芋がもっと美味しくなるそうですよ!」
ふふ、兄弟というより双子みたいに仲良しな前田くんと平野くんを見ていると、なんだか和むなあ。
初めてバターをつけて味わう焼き芋に、感動で目をキラキラ輝かせる彼らは、もう本当に可愛らしい。
私だけではなく刀剣たちも皆、お外で食べる焼きたてお芋の味をそれぞれ堪能している様子で、私はますます嬉しくなって、また大きな一口で焼き芋を頬張った。んー、美味しい!
秋の味覚に夢中な私に、清光ちゃんは「食べ過ぎるとまたぷにぷにになっちゃうよー?」なんてからかうような口振りで、焼き芋で膨れた私の頬を楽しそうにプニプニつついてくる。むぐぐ。
実は審神者になってから、清光ちゃんの言う通り、ぷにぷに……と言うか、まあ、実際太った。でも、こんなに美味しい実りの数々を前に、私の中の食欲の秋を抑えることは出来ない。
「食べた分はきちんと運動するから大丈夫、です!」
ほら! スポーツの秋なんて言葉もありますし、大丈夫、大丈夫……
「主、運動苦手じゃなかったっけ?」
うっ……今度は安定ちゃんに痛い所を突かれてしまったが、その通りで、私は運動神経も人並み以下……どころの話ではないくらい酷い、自覚がある。石切丸ちゃんにさえ勝てないくらい足も遅いし、縄跳びなんて一度も飛べた事はないし、全然泳げないカナヅチだし……。
まだなんとか激太りに至っていないのは、審神者の仕事以外にも家事をして最低限、身体を動かしているからだ。しかし、最近はその家事も刀剣たちが手伝ってくれたりしてて……こ、このままだと本当にぽっちゃりさんどころかおでぶさんになってしまう……?!
自分のダメダメ具合にしょんぼりしながらも焼き芋を食べきると、ごめんごめん、落ち込ませるつもりはなかったんだ、と近侍たちに揃って苦笑いで謝られた。
「俺は今のぷにぷにしてるあるじの方が好きだよ?」
にこにこ笑顔でそう言ってくれる清光ちゃんは、私を慰めているつもりなのかもしれないが、あまり嬉しくない、複雑な心境である。
「むしろ出会ったばかりの頃の主は、こっちが心配になっちゃうくらい痩せ過ぎてたから、ちょっとぷにぷにしてる今の方が丁度良いんだって」
そんなことを言いながら、私にむぎゅっと横から抱き着いてくる清光ちゃん。もう彼に突然抱き着かれるのは慣れたし、正直なところ、彼が好きだと言ってくれるならプニプニされるのも満更ではない。
でも、やっぱり……こんなに美しい恋人の隣に立つ者としては、ダイエットを考えた方が良いような……。
「主殿ーーーッ!」
おや、この声は山伏国広ちゃん。
彼は今朝早く、同田貫ちゃんや蜻蛉切ちゃんを始めとした筋肉隆々な刀剣たちと共に、修行と称した山登りへ出掛けていた筈。もっと遅い夕方過ぎくらいの帰還になると思っていたが、まだ昼過ぎなのに早いなあ。
清光ちゃんの両腕の中からスルリと抜けて、おかえりなさーいと声を掛けながら、こちらへ駆け寄ってくる山伏ちゃん達を出迎える。
「これ、修行の成果である!」
彼らの背中にはそれぞれ大きな籠が背負われていて、ドスンッ! と私たちの目の前に置かれたその中には、綺麗な紅葉に混ざって大量の秋の味覚がぎゅうぎゅうに詰まっていた。うわあ! すごい! 思わずそんな声が上がる。
お鍋のお供に欠かせない定番きのこや、見た事もない野草まで、それに、これはまさか、かの有名な香りの良い高級食材じゃ……!? 修行のついでに良い山菜があったらよろしくお願いしますね、とは声を掛けたけど、こんなに採ってきてくれるなんて。「どれも採れたて新鮮な美味しいものばかりであるぞ!」と太陽みたいな笑顔を見せる山伏ちゃんのお言葉に、口の中のよだれがじわり。
「こんなにたくさんありがとうございます、今日のお夕飯は張り切っちゃいますよー! うふふっ」
これだけあれば天ぷらにするも良し、そのまま焼いて食べるも良し、お鍋もいけそうですし、佃煮やきのこ汁にしても良いかな……もう何でも作れちゃいますね!
ああ、やっぱり秋は最高ですー!!
「……あるじってば、子供みたいにはしゃいじゃって。全くもう、可愛いんだからー」
「まあ、僕らの本丸は食欲の秋一色でも良いんじゃない? 夕飯楽しみだな~!」
「だね。俺もたまには手伝おっかな」
***
「はぁ~! もうだめ、明日の朝まで何にも食べられないよ~」
「そりゃあ炊き込みご飯あれだけ食ったんだから……って、朝には食べる気満々かよ」
ぱんぱんに膨れたお腹を幸せそうに摩りながら畳でゴロゴロくつろいでいる安定ちゃんに比べて、清光ちゃんは机に顔だけ突っ伏してお腹を両手で押さえながら苦しそうだ。
普段は小食な清光ちゃんも、今日の夕飯は何杯もおかわりしてしまうぐらい、食欲の秋というのは罪深いもので。
かく言う私も、山で採れた秋の味覚を豪華に詰め込んだ炊き込みご飯が、あまりにも美味しくて美味しくて、いつもの2倍平らげた結果、皆の食事の場ともなっている大広間から動けなくなってしまっていた。他の刀剣たちも何人か、私たちと同じ様に食休み中のようだ。
ふとそこへ、台所からひょっこり顔を出した、燭台切光忠こと皆の胃袋を支える台所担当みっちゃん。片付けに励んでいた筈の彼は大広間の惨状を見ると、伊達男の名に恥じぬ美顔を微笑みに緩ませた。
「そんなにお腹いっぱい食べてもらえると、作った方も嬉しいなあ。ところで、デザートのスイートポテトがいくつか余ってるんだけど、誰か食べるかい?」
「食べる!!」
これ以上腹に入る訳が無い! とその場に居る刀剣たちのほとんどが表情を歪める中、ぱあっと大きな目をキラキラ輝かせてすぐさま反応したのは安定ちゃんである。明日の朝まで何にも食べられないんじゃなかったのか……と、これには相棒の清光ちゃんも少し引いている様子。凄いですよね、あの細い体のどこに消えているんだろう。
けど実際、燭台切みっちゃんのデザートの腕前はかなりのもので。これには台所担当の先輩であり長の長谷部ちゃんも、「味噌汁の味だけは負けんが甘味に関しては俺でも敵わない」と褒める程。
私が最初に料理を教えたのは本当に少しだけで、後はどんどん独学で腕を上げていった。きっと彼は良いパティシエさんになれる、これは親バカならぬ主バカなんかじゃない筈だ。
私も、あとひとつぐらい頂いちゃおうかな。そんな事を思った視界の端、廊下をとぼとぼと元気無く出て行く小さな黒影が一つ、それを慌てて追い掛けるこれまた小さな赤色が横切って。
「みっちゃん、私にも残りのスイートポテト頂けますか?」
「もちろん! 主にも気に入って貰えたなら嬉しいよ、はい、どうぞ」
「ああ、出来ればもう二つ、余分に貰えますか?」
「えっ、そんなに!?」
「いえいえ、違いますよ。さすがにそんなにたくさんは一人で食べられませんから」
おすそ分けに行くんです。
そう言って、私も今日の残り物デザートを合計3つ受け取り、立ち上がって大広間を出た。そして廊下の先、黒と赤──蛍丸と愛染国俊──その小さな二つの背中を追い掛けるのだった。
「ほたるちゃん、あいちゃん」
追い掛けた先で二人は、いつぞや一緒に夏の蛍を見た時と同じように、縁側に座って夜の庭を眺めていた。
しかしあの時と全く違うのは、夏から秋へ季節を変えたことや、もう蛍の消え去った月明かりの元で滲む紅葉の景色だけではない。
呼び声でこちらを振り向いた二人の表情も、悲しそうに歪んでいる。以前見た笑顔が嘘みたいな泣きそうな顔に、私の胸がチクリと痛む。
私は愛染の隣に静かに腰掛けて、先程貰ったばかりのスイートポテトを彼らにひとつずつ差し出した。
「みっちゃんが作ってくれたデザート、余ってしまったんですって。一緒に食べましょう?」
その言葉に、愛染は「ありがとな」と小さく無理をした笑顔で受け取ってくれだが、蛍丸は声も出さず首を振った。いらない、食べたくない。彼からそんな意思表示を察して、そういえば、今日は二人とも夕飯をほとんど食べずに残していたことを思い出す。食欲が無いのか。
「ごめん、主……オレも、今はあんまり食欲無いんだ」
まるで蛍丸の代わりのように口を開いた愛染。彼は俯いたまま、ぽつりぽつりと話し出した。
「何でか、わからないけど、全然身体の具合が悪い訳でも、どっか怪我した訳でもなくてさ……心の問題? ってやつなのかな。急に夏が終わっちゃって、もう蛍が見れない事が悲しくて……」
「……ほたる、」
そこで、ようやく黙り込んでいた蛍丸が僅かに口を開いた。
「くにゆきにも、見せたかった」
ぽろぽろ、彼の両目から流れ出した涙が彼の膝を濡らす。未だ姿を現さぬ、京都の三条大橋に居ると噂の刀剣男士……彼らの保護者らしい、来派太刀の事を言っているのだとすぐにわかった。
「……大丈夫ですよ、季節というのは繰り返し巡るものです。また時期になれば、夏の玉手箱を開けて、蛍を見ることも出来ます。来年には、きっと保護者さんとも蛍を、」
「でも! ぜんぜんッ、見つからないんでしょう!? 夜戦部隊が頑張って探してくれてるのは知ってる! でも、こんなに、ずっとずっと待ってるのに!! ……なのに」
とうとう自身の膝を抱え泣き叫んだ蛍丸の背を、愛染がさすさすと撫でてやっている。
「俺も……夜目が利きさえすれば、この身体に似合う短刀だったら、良かったのかな……」
ああ、彼は、悔しいんだ。
待っている事しか出来ない自分が、会いたいと願うことしか出来ない無力さに、どうしようもない感情を持て余している。私も、何度、彼と同じ気持ちを味わった事か。
きっと、今の彼にはどんな慰めの言葉も効果的ではない。「あなたにはあなたの役割があるでしょう」「いつか必ず見つけ出してみせるから」そんな言葉は気休めにもならない。
「大丈夫ですよ」
だから、私は、そんな薄っぺらい言葉を送ることしか出来ない。彼らよりも遥かに無力だ。でも。
「もっとあなたたちの保護者さんを信じてあげてください」
「信じる、って……」
「きっとね、保護者さんも二人を探してくれてる筈なんです。蛍丸と愛染はどこだろうって、早く会いたいなあって、今の二人と同じ事を思っていると思います。大丈夫、どれだけ時間をかけても、私は諦めませんから」
このたった一言が時に何よりも心を安心させてくれる魔法の言葉であることも、私は知っている。
「主さまがそーいうなら、大丈夫、なのかなあ」
ほら、ようやく泣き止んだ蛍丸が微かに笑みを見せてくれて。
「だーいじょうぶだって!」
まだ不安そうな彼を励ますように、愛染が眩しい笑顔でそう声を張ってくれた。
「……うん! いつか国行を迎えるって言うのに、こんな顔してちゃダメだよねー」
「そーだぜ、蛍! 彼奴は保護者の癖にだらしないからさ、俺たちがしっかりしないとな」
「心配させちゃってごめんね、主さま」
赤い目を擦りながら、へへ、と照れ臭そうに笑う蛍丸ちゃんに、私は静かに首を横に振る。
「謝る事じゃありません。落ち込んだり悩んだり泣いたりするのはね、決して悪い事では無いのですよ。自分の感情を、無理に抑え込む必要は無いんです。泣きたい時はうんと泣いて、後でにっこり笑えるのなら、それで良いのですから。あ、でも、ご飯は残さずきちんと食べなくてはいけませんよ?」
「主さま……じゃあ、もうちょっと、泣いてもいい?」
「もちろん。ほら、二人とも、おいで」
え、オレも!? と戸惑う愛染ちゃんの声など聞かず、私は両手を大きく広げて、二人まとめてこの胸にぎゅうううと抱き締めてやるのだった。
大丈夫、大丈夫ですよー、そう優しい声をかけながら、彼らが泣き止むまで。ずっと。
彼らは付喪神とは言え、元々はただの刀剣、人間と同じ肉体や精神を持ってしまった為に、多少感情のコントロール等に不安定なところがある。私がしっかり支えなきゃ、早く保護者さんを見つけてあげなくちゃ、いけませんね。
大丈夫、いつか、きっと……。
それは、もうすっかり色鮮やかな紅葉を見慣れてしまい、豊富な秋の味覚もたっぷり堪能して、明らかに増した身体の肉付きを悩み始めた頃の事でした。
今日も今日とて、新刀剣を求め三条大橋を渡る夜戦部隊。私の近侍として今も傍に並ぶ加州清光と大和守安定は、先日の池田屋任務で練度限界に達してしまったので、夜戦部隊には長曽祢虎徹に新隊長を任せ、同じく虎徹派の浦島と蜂須賀も補佐として編成に加えている。
そんな彼らから、式神を通じて緊急連絡が届いた。ここ連日夜遅くまで書類仕事に追われて寝不足で、うとうと船を漕ぎかけていた私は、清光ちゃんにぽんぽんと頭を撫でられてハッ! と覚醒する。誰か重傷を負ってしまったのだろうか!? 慌てて何事かと不安に問いかけてみるも、返ってきた隊長の声はやけに明るいものだった。
『喜んでくれ、主! 新入隊員だ!』
それは、新たな刀剣を発見した、という意味に違いなく、私はすぐ夜戦部隊に帰城命令を出した。
命令通り帰還した夜戦部隊の面々は皆、軽い傷を負ったのみで、そんな事よりも大きな戦果を得た事に嬉しくて仕方ないようである。ふふ、彼らも新しい仲間が増えることを喜ばしく思ってくれているのですね。しかし、まずは軽傷の子たちを手入れ部屋に入れて、新入隊員さんを顕現するのはその後だ。
私はまず蛍丸と愛染国俊の二人を詳しい説明はせずに呼び出して、新たな刀剣を手にした長曽祢と共に、本丸で出迎えた。長曽祢が持つその刀剣を見て、二人はああっと感激の声を上げる。どうやら、来派の保護者さんと言うのは、この刀剣で間違いなかったらしい。
長曽祢から改めてその刀剣を手渡してもらい、久しぶりの顕現の為、目を閉じて精神を集中させる。やっと、見つけましたよ。
「どうも、すいまっせん。明石国行言います。どうぞ、よろしゅう」
まっ、お手柔らかにな?
黒の制服を緩く着流した青年は、縁無し眼鏡の奥で眠そうな目をして、そうヘラリと笑った。
明石国行。来派の実質的な開祖、来国行作の太刀である。そして、蛍丸と愛染国俊がずっと探していた刀剣男士。
私が彼に挨拶をしようと口を開きかけた途端、わあっと涙交じりの声をあげて、二人が明石に向かって飛び付いた。驚きに二人の名前を叫びながらも、しっかり彼らを受け止める来派の保護者さん。
「おっそいよ、国行!!」
「今までどこほっつき歩いてたんだよ、馬鹿! ばーかッ!!」
「なんや、どえらい歓迎っぷりですなあ。はは……待たせてすんません」
わあわあ泣き始めてしまった二人を、明石は嬉しそうな声と顔で、わしゃわしゃ頭を撫でて慰めてやる。先日とは変わって、喜びに泣きじゃくる二人の姿が見られて、思わず私の表情に安堵の笑みが零れた。
再会を素直に喜ぶ彼らの光景をしばらく眺めていると、長曽祢がポンと私の肩を叩いた。見上げれば、彼も心底安心したような優しい笑みを浮かべていて。「これで少しは主に恩返しが出来ただろうか」なんて、あなたたちにたくさんの恩を返したいのは私の方だと言うのに、彼らは何度同じ想いをさせてくれるのだろう。
「あー……先に身内で盛り上がってもうてすいません、自分を呼んでくれはった主さんは……あんたですか」
ようやく蛍丸と愛染の泣き声も落ち着き、明石の目が再度私の方を見つめてくれたので、ええ、そうですよと、今度こそ彼に審神者として挨拶を返した。
「もう……あなたを見つけ出すのには本当に苦労しましたよ、明石国行」
「はは、そのようで。自分、なーんもやる気無いのがウリなんですけど……ここまで歓迎されたんじゃあ、少しはやる気も出さんとあきまへんな」
「ふふ、うちの本丸に来て下さったからには、しっかり働いてもらいますからね?」
「まあ、程々に頼みますわー」
これからよろしくお願いしますね、明石ちゃん。こちらこそ。そんな言葉と共に握手を交わして、蛍丸と愛染が「国行にお屋敷を案内してくる!」と彼を引きずって行く後ろ姿を見送った。…が、その途中、蛍丸ちゃんがくるりとこちらを振り返って。
「主さま、ありがと!」
明石だけじゃなくて、俺と国俊のことも、一緒によろしくね。これからも、ずっと。それだけちゃんと言っておきたかった! ……彼は照れ臭そうにそう声を張り上げて、またくるりとこちらに背を向けると慌てて廊下を駆けて行った。
あらあら、ふふっ、秋は夏の蛍を連れ去ってしまった代わりに、彼らのもっともっと大切なものを紅葉と共に連れてきてくれたみたいだ。
さあ、歓迎会の準備をしましょうか。新入隊員さんにも、秋の味覚をたーっぷり振舞ってあげませんと、ね!
2025.04.16公開