審神者と仄々生活
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とある朝の事。
寝起きの悪い安定をバシバシ文字通り叩き起こしてから、さあ次は寝坊魔の主を起こしに行かなきゃ、とまだ髪も結わずに縁側へ出てきた俺は、そこから一望出来る庭で意外な人物の姿を見つけた。
「あれ、あるじ! 今日は早起きだね?」
池の前でこちらに背を向け佇んでいる主は、まだ俺と同じく寝間着姿のままだ。俺より早起きなんて珍しい。彼女は俺の声にくるりと振り返り、おいでおいで、そう手招きした。俺は自分が裸足なのも気にせず、主の元へ一目散に走り寄る。
ふと、主の両手になんだか見覚えのある小さな玉手箱が抱えられている事に気付き、これは何だったろうかと首を傾げる。その箱へ注がれる視線に気付いた主は俺を見上げ、にこりと笑った。
「先日、新しい景趣を買ったんですよ。見ていてくださいね」
新しい景趣って何、と問い掛ける隙もなく、玉手箱の蓋が開かれた。
途端、風が形を持ったような緑色の帯がぶわっと勢いよく玉手箱から噴き出して、それはあっという間に屋敷中を舞って辺りを一面緑色に染めた。……いつの間にか屋敷を桃色に彩っていた桜たちは散っており、代わりに青々とした葉が木々を飾っている。遠くに、見た事のない太陽みたいな花が咲いているのが見えた。そして何より、本物の太陽が、日差しが、じりじりとこの人の身を焼くように暑く照り付けている……。
この玉手箱って、確か、季節を自由に変える事の出来る不思議な玉手箱なんだっけ。ということは、春の季節が終わって、次は。
「夏の景趣、どうです?」
「これが、夏……」
「……暑い、ですねえ」
そう呟いた主の首筋に、ぽたり、と額から顎へと伝ったのであろう汗が落ちて、何故かその様にどきりとしてしまった。
「あ、あるじ!」
俺は自分の煩悩を振り払うように声を張り上げる。主は不思議そうに首を傾げた。ああ、もう、汗で髪の毛が首に張り付いて、なんかいつもより一層色っぽいんだけど! 初めて体感する暑さも相まって顔が熱い。
「髪の毛そのまんまじゃ暑いでしょ、俺が結ってあげるよ」
「あら、良いの? 実はこの通り、髪が長くて量も多いものですから、一人で結うのは大変で……」
「……俺にとっても、そのまんまじゃ目に毒だし、ねえ」
「?」
「なんでもない! 部屋で待ってて、涼しい格好に着替えてくるから」
「ふふ、ありがとう。私も着替えなくちゃ」
それから、俺は一旦主と分かれ、新撰組刀部屋ですぐに寝間着を着替えた。髪もいつも通り胸の前で緩く結って、姿見に映る自分の姿が今日もばっちり可愛い事を確認する。
ふふん、さすが俺、主からこの間貰った甚平だって完璧に着こなせてる。ちなみに、安定も主から青い甚平を貰って着てるよ、きっと夏用に主が前々から準備してくれてたんだね。俺はもちろん赤だよ。と言っても派手な赤じゃなくて、内番服と同じような落ち着いた赤だからね~。
暑い暑いと唸る安定を引っ張りながら、俺は約束通り主の待つ本丸へ向かった。あーるじ! と今朝より明るく声をかけながら、本丸の襖を開ける。
そこに立っていた主は、いつか俺たちと一緒に買いに行った水色の浴衣を身に纏っていて、丁度赤い帯を結ぼうとしているところだった。俺が後で結うと約束したから、髪の結び紐も兼ねている顔布は付けていない。
「わっ、わ、ごめん主! ま、まだお着替え中だった!?」
「大丈夫ですよ、後は結んだ帯を後ろに回すだけですから。……よいしょっと」
蝶々結びにされた帯が、主の背中を可愛らしく飾った。ふぅ、とひと息ついて長い髪をふわりと片手で払う姿が、やっぱりいつも以上に艶やかに見えるのは、この夏の暑さと浴衣姿のせいだろうか。
改めて俺と安定の姿を確認した主は、ぱあっと表情を輝かせた。俺たちの甚平姿を喜んでくれているらしい。
「早速その甚平着てくださったんですね、二人ともよくお似合いです!」
「主の方こそ、浴衣姿カワイイしキレイだよ!」
「うん、僕も清光に同感。その浴衣よく似合うね」
主は俺たちを褒めるつもりが逆に褒められて、それはもう恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてしまった。少し前までの主なら、お世辞でも嬉しいです、なんて作り笑いに皮肉を交えていたかもしれないけど、今の主は素直に「ありがとう」と微笑みながらお礼の言葉を返してくれた。主が初めて自分で選んだ浴衣だもんね、ふふーかわいいー。
「じゃあ、約束通り主の髪結ってあげるから、鏡の前に座って!」
どんな風にしよっかなあ~。
僕も手伝わせて、という安定に対して仕方なく、一緒に主の長い長い髪を櫛で解きながら、色んな髪型の主を想像する。可愛くふたつ結びにして遊んでみちゃう? いやいや、ここは真面目に涼しげに高めの位置でひとつ結びした方がいいかなあ。……ふたつ結びの主も見てみたいけどね。
「それにしても、本当に暑いんだね、夏って」
俺が主の髪を結っている横で、安定がぐったりと手に持った櫛を扇子代わりのように顔の前でパタパタしながら、溜息交じりにぼやいた。
人の身で感じる夏というのは初めてだが、ここまでの暑さとは思わなかった。今は室内だからまだしも、それでもむわっとした空気のぬるさでじんわり汗が滲むし、外で内番なんてやる日には太陽の日差しで焼け死ぬんじゃないか。そんなことを言ったら、主に珍しく大きな声で笑われてしまった。
「あははっ、大丈夫、きちんと対策をすれば問題ありませんよ。それに暑いだけが夏じゃないんです。夏だからこそ楽しめるものだって、たくさんあるんですよ」
夏だからこそ……確かに、この季節だから見られる、主の涼しげな浴衣姿は眼福だけど……。
そうこう言っている内に、主の髪型が完成した。と言っても、高い位置でひとつ結びにしただけ。ポニーテールってヤツだね。でも、おかげで露わになった主の白い首元はとっても涼しそうだ。うなじ綺麗だなー……って見惚れてる場合じゃない。
「はい、出来たよ」そう声を掛ければ、主はすぐにこちらを振り返り、お礼を言って微笑む。「なんだか僕とお揃いみたいだね」なんて主へ笑いかける安定に、ちょっと嫉妬したのは内緒だ。俺も髪の毛高い位置で結んでみようかな……。
「さあ、準備も整いましたし、今日は目一杯夏を楽しみましょうね」
「夏を楽しむ?」
「はい。今日は1日、出陣も遠征もお休みして、みんなで夏休みにしましょう!」
なつやすみ?
俺と安定が顔を見合わせて首を傾げているのも気にせず、主は顔布越しに楽しそうな笑みではしゃぐのだった。
***
「あーつーいーッ!」
じりじり照り付ける太陽の下、畑の真ん中で俺の叫び声がよく響いた。
暑い! 暑過ぎる!!
主から麦わら帽子と作業用の半袖シャツもらったけど、こんな暑いんじゃ内番なんてやってらんないよー!!
夏休みにしましょう、なんて主は言ってたのに、全然休んでないじゃん俺。なんでこういう日に限って畑当番を任せるの、主のばか……。
そりゃあ、出陣や遠征は休めても、毎日の内番(特に馬当番や畑当番)を休むわけにはいかないって、わかってるけど。お世話を欠かすわけにはいかないもんね、はあ。
「暑い~……」
「もー清光うるさいなー。さっきから暑い暑い言い過ぎ、当番なんだからちゃんと黙ってやってよね」
「安定って内番好きだよねぇ……でもさぁ、汚れるのはまだ良いだけど、こんな暑い中やるのはやだよー……」
「みんな暑いのは同じだよ。鯰尾たちだって馬当番頑張ってるんだから、いつまでもぐちぐち言わない! 内番すると能力上がるから良いだろ」
「そうだけどおー……」
安定の言う通り、内番をする事によって俺たち刀剣男士の能力が、ほんの少し成長する。本当にビミョーな数値なんだけどさ。
こういう畑の水やりも草むしりも人の身を得たからこそ出来る事だし、美味しい野菜が出来れば主も皆も喜んでくれるから、まあ、言うほど嫌でもない。どんなに汚れたって主は俺を愛してくれるもんね。……でーも、それとこの暑さは違うだろうって話だ。
あー、汗が止まらない、手拭いびちゃびちゃになりそうだよ……。
暑いという言葉を口癖になりそうなほど繰り返しながらも、なんとか本日の畑仕事を終わらせて、倉庫に用具を片付けている時だった。
ぴとり、首筋にやたら冷たい何かが触れた。
「ひゃわあああッ!!?」
我ながらみっともない奇声だが、本当に、本ッ当にびっくりしたのだから仕方無い。慌ててバッと勢いよく後ろを振り返ったら、そこに口元を必死に片手で押さえて笑いを堪える鯰尾藤四郎が居た。馬当番を終えてきたのだろう、この季節らしい涼しげな半袖シャツ姿である。
「なッ、にすんだよ鯰尾!?」
「す、すみませっ……ちょっと驚かせようとしただけなんですけど、こんなに驚くとは……ぷくくっ」
とうとう笑いを堪えきれず、遠慮もなく大声で笑い始めた鯰尾。ふとその手に、なんだかやけに明るい水色した棒状の……袋詰めされた氷? を三本持っている事に気付いた。
さっきの冷たい何かの正体はこれか、ああもうびっくりした、心臓に悪いからやめてよね……鶴丸さんじゃあるまいし……。
まだ笑い続けている鯰尾の後ろで、安定が「何してんの大丈夫?」と不安気にこちらを覗き込んでいるが、その隣で、兄弟と同じく半袖姿の骨喰藤四郎が、鯰尾の持っている物と同じ氷を飴のように舐めて食している姿が見えた。え、なに、これ食べられるものなの?
「はい! 加州さんの分どうぞ」
俺が未だにひんやりした感覚の残る首筋を摩りながら困惑していると、鯰尾がにっこり笑って、その謎の棒氷を一本差し出してきた。「内番頑張った俺たちに主さんからご褒美ですって!」そう屈託の無い笑みで言われたら、素直に受け取るしかない。
「えーっと、確かそーだ味のあいすきゃんでぃーだって、主さん言ってました。夏にぴったりの氷菓子らしいですよ」
へえ、氷菓子! まあ主がくれるものなら怪しい物ではない筈、俺はさっそく袋包みを破いて中の氷菓子を取り出した。あ、ちょっと溶けてきてる。
「あいすきゃんでー?」
「アイスキャンディー、だ」
まだ不思議そうな顔で目を丸くして首を傾げる安定に、骨喰がいつも通りの無表情で言い方を訂正していた。
鯰尾の手から残りの氷菓子も安定の手に渡り、本日の内番人数分きっちり行き渡ったところで、ひとくち、そのアイスキャンディーとやらを齧ってみた。
これは……冷たくて美味しい!
そーだ味って何なのかよく分かんないけど、爽やかな感じでいいなあ、口の中から喉にかけてひんやり身体が冷えていく。降り注ぐ日差しは相変わらず暑いけれど、これは気分的にも涼しくなって良い。
「うんまー! いやあ、こんなご褒美貰えちゃうなら、暑い日の内番も悪くないですねえ」
……ちょっと、鯰尾に同感かも。
「これは数が少ない貴重な氷菓子らしい。他の刀剣たちには内緒だと、主からの言伝だ」
骨喰のその言葉に、ますます嬉しくなってしまった。内番頑張った俺たちだけの特別なご褒美、かあ。
ああ、もう、俺、あの人のこういうとこ好き。俺たち刀剣が頑張ってる姿を絶対見逃さないし、ちゃんと物であれ言葉であれ褒めてくれるとこ、大好きだ。
「へへへ……」
「いつまでもデレデレしてないで早く食べなよ清光、あいす溶けてる」
「え、あ、うわわ!」
安定に忠告されて我に返り、棒からゆっくりすり抜けかけているアイスを慌てて食らう。危なッ、せっかく主がくれたアイス溶かして地面に落っことすところだった……。
はー、美味しかった。あとでこっそり主にお礼しなくっちゃね!
全員ご褒美を平らげて、午前中の内番は終了、そろそろお昼の時間だ。アイスで小腹を満たしたら余計にお腹空いてきちゃったなあ、今日のお昼なんだろう。
部屋が違うから鯰尾たちとは廊下の途中で別れて、内番で汚れてしまった衣服を着替えてから、恐らく既に昼食の準備は出来ているであろう大広間へ向かった。
そういえば国広が──あ、堀川の方ね──内番に出る前「今日のお昼は期待しててね!」って自信満々に言ってたっけ。そんな事を思い出したりして、自然と早歩きになってしまう。
わいわい、がやがや。
賑やかな皆の声が聞こえる。でも、いつも皆で集まる筈の大広間には、誰も居ない。声が聞こえてくるのは、大広間の外、縁側を出た庭の方だ。俺たちはそこで驚きの光景を目にした。
俺たちを抜いて四十三振りの刀剣がぎっちり勢揃いしているのも驚いたけど、それより、まるで遊具の滑り台のように加工された細く長い竹台が三箇所設置されて、そこに彼らが楽しげに集まっているのが異様だった。特に短刀たちが楽しげにはしゃいでいる様子で、皆その手に箸とお椀を持っているのだ。更に竹台の向こうで大きな器を構える、左文字・粟田口・虎徹それぞれの長男刀を何やら早く早くと急かしている。
ど、どういう状況……?
大広間にポカンと立ち尽くす俺たちに、堀川国広があっと声を上げて気付いてくれた。「畑仕事おつかれさまー!」と労ってくれながら、おいでーと手招きしている。堀川の隣には珍しく和泉守兼定ではなく、彼の兄弟刀剣である、山伏国広と山姥切国広が並んでいた。
「国広、これ皆何して……って、あー、ごめん、全員国広だった……」
いつもの癖でつい堀川国広を国広呼びしてしまって、三人揃って反応する姿がちょっと面白かった。こういうときは主を見習って、堀川、山伏、山姥切と呼び分けよう。
で、これ何してんの? 改めて堀川に問い掛ける。堀川は嬉しそうな笑顔を変えず説明してくれた。
「今日のお昼は流し素麺、だよ!」
ながしそうめん……?
どうやらあの竹台には清流のように水が流れており、そこに素麺を流し、箸で捕まえて麺つゆなどで食べる、夏の風物詩なのだそうだ。昭和の頃に流行り、今でも夏の暑い日に涼を得るため、お祭り的に行われることも多いらしい。
堀川は「主さんの提案でね! 僕たち堀川派で今日のために前々から準備していたんだ」と話しながら、流し素麺を楽しむ皆の姿を満足気に眺めていた。山伏国広が山で竹を調達し、山姥切国広がそれを樋状に加工、堀川国広が大量の素麺を用意したんだって。
なるほどねえ、これは確かに、涼しくて楽しい夏ならではのお昼だ。これは風流を嗜む歌仙兼定もにっこりだろう。
「ねえ堀川ー、このお素麺、桃の色してるよ」
「あ、それはね、梅肉を練りこんであって…こっちの黄色はー…」
って、安定のやつ、いつの間にか箸とお椀構えて自然に流し素麺の輪の中に溶け込んでる……! 俺も混ざろーっと。
竹台の上には長曽祢虎徹が居て、俺も台の横に集まった事に気が付くと「内番お疲れさん」と声を掛けてくれた。和泉守兼定もそれに「遅えじゃねえか」と続く。あれ、今気付いたけど、ここの台、新撰組の面子揃ってんじゃん。
「おっし、どんどん流すからどんどん食えよお前らー!」
「「おーっ!」」
なんか、良いなあ。こういうの。
戦う事以外にも、皆と並んで居られる事に、俺は自然な喜びを感じていた。あー、きっとこの感覚を、人間は幸せって呼ぶんだろうな。
主が言ってた通り、夏も暑いだけじゃないんだなあ。
「みんなー、食後に冷やしたスイカも用意してますからねー!」
縁側に腰掛けて、流し素麺を楽しむ皆へ声を張っている主に、俺はぶんぶん片手を振って「はーい!」と大きく声を返すのだった。
「ちょっと兼定、お前さっきから上の方で色付き素麺取りすぎ。こっち全然白いのしか流れて来ないんだけど」
「なんだよ安定、文句あるなら場所移動しろって。こういうのは取ったもん勝ちだろ」
「兼定、言ったね……長曽祢さん、どんどん素麺流してよ! 兼定よりたくさん色付き奪ってやる!オラァッ!!」
「おー、たくさん食え食え! 特に清光と安定は細過ぎるからなー」
「土方の佩刀である意地にかけてお前には負けねえぞ安定!」
「それはこっちの台詞だ、沖田くんの名にかけて負かしてやるよ子猫ちゃん!!」
「か、兼さん……安定くんも、食べ過ぎてお腹壊さないでね……って、あれ、清光くんは?」
まあ、あいつらと賑やかなのも悪くないんだけど、さ……。
「あーるーじ! 隣座っても良い?」
「あら、清光ちゃん、新撰組の皆と一緒じゃなくて構わないんですか?」
「いーの、なんか変な勝負始まっちゃったもん。あとアイスのお礼、こっそりしたくて、ありがと主」
「ふふ、そんな、当然のお礼ですよ。こんな暑い日も内番頑張ってくれて、こちらこそありがとう。さあ、隣へどうぞ、お素麺に合う薬味を私も色々と用意してみたんです」
「わーい! いただきまーす!」
やっぱり俺としては食事の時間くらいゆっくりと、主の隣で食べたいかな、ってねー。
ちなみにこの後、堀川の忠告も聞かず素麺を食べ過ぎた安定と兼定は、スイカの早食い対決までした挙句に結局よくわからない勝負の行方は決着付かず、二人揃ってしばらく寝込んで動けなくなっていたのは……もはや言うまでもなかった。
***
昼食の後、安定達が寝込んでる間、俺は短刀たちに混じって爽やかな夏を満喫した。主の初鍛刀である前田藤四郎と初期刀としても仲が良いからかな、他の短刀たちから結構懐いてもらえてて、よく一緒になって遊ぶんだよね。
主が用意してくれたビニールプールとか言う不思議な素材の桶に水を張って水浴びをしたり、弾丸の代わりに水を打つ水鉄砲というオモチャで西部劇ごっこ(この間のテレビで見た)でわざとやられてみたり……。
途中、たまたま縁側を歩いていた江雪左文字に、水鉄砲の流れ弾ならぬ流れ水をかけてしまったりしたけど……慌てて謝ったら、逆に「いつも、うちの弟と遊んでくれて、ありがとうございます」なんて優しく微笑まれたりして。ちょっと、照れ臭かった。
そんなこんなで夕暮れになるまで短刀たちと遊び回り、気が付けば夕飯の時間になっていた。
今日の夕飯は、主お手製の夏野菜たっぷりカレーライス。現代には夏こそカレー! なんて言葉があるらしい。久しぶりの主の手料理、更に嫌いな男士は居ないと言っても過言ではないカレーに、皆大喜びだった。
いつもはへし切長谷部と燭台切光忠たちが中心になって俺たちのご飯を作ってくれていて、もちろんそれも毎日美味しいんだけど……。やっぱり、皆、初めて食べた主のご飯の味が大好きで、一番なんだよね。
「はあ~、美味しかった~!」
「安定お前、昼間にあれだけ食べておいて、よく夕飯お代わりできるね。どんな胃袋してんの」
「うーん……消化が良いのかなあ……」
ぽこ、と少し膨れたお腹をさすりながら満足気に笑う安定。大皿たっぷり5杯もお代わりしてれば、そりゃあ、お腹も出るよね。
何でこいつ太らないんだろう……俺なんて、呼び降ろされて以来、ちょっと全体的にふっくら……い、いや、なんでもない。
安定は飾りっ気一切無しの笑顔で、無邪気に目をキラキラさせて言葉を続けた。
「人の姿を得てから、物を食べるって行動が楽しくてさ。それに主の作ってくれるご飯って何でも美味しいでしょう? いくらでも食べられちゃいそうな気がするんだよね!」
明日の出陣はたくさん首落とせそうな気がするよ! なんて心から楽しそうなそいつの表情に、俺もつられるように笑っていた。……しかし、最後の言葉さえ無ければなあ。
食休みがてら、主とお喋りでもしようかなと、俺は安定と一緒に本丸へ向かった。
本丸の襖を開けると、縁側に腰掛けてこちらに背を向けた浴衣姿の主……と、その両隣に来派男士の蛍丸と愛染国俊が並んでいた。三人とも、すっかり日の暮れて闇夜に染まった庭を、一切の会話も交わさずにじぃっと見つめている。
何をしているんだろう。俺と安定は三人がこちらに気が付かないように、そろりそろりと抜き足差し足物音を立てずに近付いた。
主の肩を軽く叩いて驚かせよう、とした矢先、蛍丸が「あっ!」と声を上げて逆に俺たちの方がびっくりしてしまった。
「ほらほら、見て主さま、蛍が集まってきましたよ!」
そう言いながら立ち上がった蛍丸、彼の周りにぽうと豆粒のような光が灯る。蛍が放つ淡い光。気が付けば、それらはたくさんの仲間を引き連れて、闇夜だけだった庭を小さな光でふわりふわり鮮やかに染めながら舞っていた。
確か、蛍丸の名前の由来って──彼の過去の持ち主が、その大太刀の刃こぼれに蛍がぽうぽう集まる夢を見た後、目覚めるとそれが実際に治っていた──という伝説から、なんだっけ。
すごい、綺麗。そんな言葉がつい口から溢れて、主たちはようやく俺と安定の存在に気付いてくれた。こちらを振り返った主が、本当に綺麗ですね、と同意の言葉をくれる。
蛍丸と愛染は縁側から蛍舞う夜の庭へ駆け出した。本物の蛍だ! すごいすごい! とはしゃぐ彼らは、何とも微笑ましい。
「夏の夜って、素敵だね……」
「ええ、とっても……」
その光景にぽーっと見惚れながら呟いた安定に、主はまた同意の言葉を返すも、なんだか声に抑揚がなくて元気が無いように思えた。
「……この美しい光景と彼らの笑顔を、出来ることなら……来派の保護者さんにもお見せしたかったですね」
まだうちの本丸には居ない、来派の太刀男士のことを言っているのだろう。全く、もう……俺の主は本当、刀剣収集に関してはすっごい欲張りなんだから……まあ、そういうとこも好きなんだけど、ね。
「何も一生出会えないなんて事は無いんだからさ、いつか見つかるって。明日からまた俺たちも頑張るから、元気出して、あるじ?」
「ふふ、そうですね、いつかきっと会えますよね……。でも、」
顔布の隙間からちらりと見えた口元が、優しげに微笑を描いていた。
「まだ見ぬ男士を探すのも大事ではありますが、私には今そばに居てくれるあなたたちが一番大事です。くれぐれも、無理はしないで、今日はゆっくり休んでくださいね」
あ、あるじ……もう、本当、この人は……!
自分より何者より俺たち刀剣男士を大切にしてくれる主の想いが嬉しくて、俺は感情に突き動かされるまま、後ろからぎゅーっとその人の小さな背中を覆うように抱き着いた。
「ひゃっ!?」
「もー! あるじ好き! 大好きー!! あなたの為にぜーったい新しい刀剣見つけてくるからね!」
「もう、清光! またそんな事して、主を怒らせないでよ?」
「ふふん、大丈夫だって。あれは主の照れ隠しだもん、ねーあるじー」
「き、清光ちゃん……!」
「まったく、そんな調子乗って。本当に主から嫌われても僕は知らないからね」
いつも通りの俺の行動に安定は呆れ返っていたが、なんだかんだ無理に止めようとはしないし、主本人も俺の行動を本気で嫌がっているわけでも無いからね、ふふ。
「今日は1日、楽しい夏休みをありがとね、あるじさま」
抱き着いたまま告げたお礼に、主は何を言ってるんですか? と顔布越しに楽しげな笑みを浮かべた。
「まだまだ、皆との楽しい夏休みは終わっていませんよ?」
次は花火で遊びましょう! と袋詰めされた謎のおもちゃセットを懐から取り出した主は、もしかして、俺たちよりも一番に夏休みを楽しんでいるのではなかろうか。
ああ、この人と過ごす季節は、楽しくて、幸せで……愛おしくて仕方がない。
「よし安定! 次はこの、線香花火をどちらが長く火の玉を落とさずにいられるか、勝負だ!!」
「いいね兼定、受けて立つよ。負けた方は明日の風呂掃除当番だからね!」
「望むところだ!」
「ったく、お前らは…何でもかんでも勝負にすんの好きねー…」
「ふふ、私たちも線香花火勝負してみましょうか、清光ちゃん」
「うん! 主となら勝負するー! じゃあ主が負けたら、今度俺と二人っきりでお出掛けしてね。主が勝ったら、俺が荷物持ちとして主のお買い物に付き合ってあげる」
「はい! 望むところです! ってあれ、それ結局、どちらに勝敗が決まっても、逢瀬のお約束になってません……?」
「細かいことは気にしちゃダメだよ、主ー」
皆と過ごす楽しく賑やかな夏休みはまだもう少し、終わらないみたいだ。
2025.03.21公開