審神者と仄々生活
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「お茶が美味しいですねえ」
縁側で近侍たちとお茶で一息つきながら、美しい桜を眺めてそんなことを呟く昼下がり。
清光ちゃんは遠く青空を見つめながら微笑み「そうねー」と返事をくれて、安定ちゃんは私の肩にのしりと寄り掛かってきたかと思えば「……ねむい」と呟いた。
ぽかぽかと穏やかな春の気候。
最近は政府から大掛かりな任務の要請も無いし、穏やかで良い。少しお昼寝でもしたくなってしまう程だ。時間遡行軍相手に戦争の真っ只中とは思えない。
相変わらず池田屋の記憶・三条大橋で新たな刀剣を発見する事は出来ないが、まあ、それはそれとして。
「ああ……こんなのんびりとした日々が、いつまでも続けば良いのに……」
「ねー。って、あれ? 安定ほんとに寝てない?」
「寝てますね」
私の肩に頭を乗せたまま、すよすよと寝息を立てる安定ちゃんに、私は清光ちゃんと顔を見合わせて笑った。
しかし、この穏やかな時間がいつまでも続いてくれるはずが無い、嵐の前の静けさでしかなかったのだ。
時の政府から、突然の招集をかけられた審神者会議。そこである話を聞いて帰ってきた私は、本丸に一人、太刀の刀剣男士を呼び出した。
「主、失礼します」
落ち着いた声でスッと襖を開けて現れたのは、太刀の刀剣男士である一期一振。まるで王子様のような風貌の彼は、藤四郎の名を持つ刀剣達の長男だ。
前の主である豊臣秀吉に合わせてか、穏やかな物腰の割に派手な服装であったり、その身を磨上げた為に他の太刀男子に比べると小柄な彼だが……前の主に振るわれていた当時の記憶は、炎と共に焼け落ちたという。
今、この場には私と一期しか居ない。常に私の後ろに鎮座する近侍たちが居ないこと、そして自分たった一人だけを呼び出したことに、一期は事の重大さを察したようだ。
「……何か重要な任務でしょうか」
私の目の前へ静かに正座して、真剣な顔付きでそう問う一期。私はこくりと頷いた。
会議でこの話を聞いた時、彼にしか、いや、絶対に彼を向かわせるべきだと感じたのだ。
まずは一期に、政府からの報告で、藤四郎の兄弟短刀が一振り発見されたことを伝える。無論、彼はその話に緊張していた表情を一瞬で喜びに緩めてくれた。しかし。
「その短刀が眠っているとされる場所の名は、大阪城。その地下です」
一期の表情が驚きに変わり、その金の目が動揺に揺れた。
大阪城。彼はそこで、彼の兄弟脇差たちと共に燃えた。その後、再刃がなされたものの……彼らが記憶を失った、原因の場所である。
少し前までの私なら、そんないわくつきの戦場へ彼らを送り出すなんて、とんでもないと嫌がっただろう。彼らの心情を思い、悩んで、苦しんで、涙を堪えるのに必死だったに違いない。でも、今なら。
「大阪城攻略部隊の隊長は、一期ちゃん。あなたに任せたいと考えています。」
「私を……隊長に……」
「心配なんてしませんよ、私はあなたを信頼していますから」
こんな私を主だと慕い寄り添ってくれる彼らを、私は素直に信じることが出来る。大丈夫、あなたならきっと乗り越えてくれる。
自然と微笑んでしまっていただろうか。一期は不安に揺れていた目を真っ直ぐこちらに向けて、すぐにふっとつられるように笑う。
「かしこまりました。この一期一振、必ずや無事に第一部隊を率い、兄弟短刀を見つけ出してあなたの元へと帰りましょう」
真剣な顔つきで、けれど微笑みを崩さぬまま、彼は自身の胸に手を当ててそう誓ってくれた。ありがとう、私は小さく呟いた。
「大阪城地下には新たな刀剣男士だけでなく、たくさんの小判箱も眠っているとか。時間遡行軍たちもそれを狙っているそうですが……問題ありませんね」
「ええ、問題ありませんな。ただ、その……主、此度の任務を何事も無く成し遂げられましたら、不躾ながらお願いしたい事があるのですが……」
何でしょうか。不躾なことなんてありませんよ、と私は微笑んだまま首を傾げる。いつも厳しいお願いをしているのは私の方なのだから、私に出来ることなら何でも言ってほしい。
「……粟田口派が皆で布団を敷いて寝れる程の、大部屋を増築していただけませんでしょうか」
酷く申し訳無さそうに眉を下げて、彼はそう言った。
自分の弟達ではなく、粟田口派と、一括りに言った事から、そこには叔父にあたるらしい鳴狐も含まれているのだろう。刀剣用の寝室は大体3人~5人ぐらいが限界の小部屋しかない為、一番数の多い粟田口派の面々は皆バラバラの部屋で過ごしている。
しかし、せっかく揃った兄弟だ、左文字派や虎徹派の刀剣らのように同じ部屋で過ごしたい……そんな気持ちがひしひしと伝わった。
思わずふふっと弾んだ声をあげて笑ってしまう私。まだ恐る恐るこちらを見つめている一期に、わかりましたと頷いた。
「素敵な提案です。きっと弟さん達も喜びますよ、大阪城で小判をたくさん集めて増築費用を稼ぎましょう!」
「はっ、はい! ありがとうございます、主!! 大阪城攻略に全身全霊を尽くしますッ」
ぱああ! と効果音が付きそうなくらい笑顔を輝かせる一期ちゃん。その無邪気そのものの瞳は、彼の弟さん達にそっくりだ。いや逆か、弟さん達の方が彼に似て、無邪気な良い子たちばかりなのだろう。
「さて……」
私は会話にひと段落ついたところで膝をあげ、静かに廊下へ繋がる襖に手を掛ける。どうしたのだろうと目を丸くする一期にニッコリ笑って、勢いよく襖を開けた。途端。
「うわあ!」
なんて声を上げながら、二人の美少年が本丸の畳に倒れ込んだ。鯰尾と骨喰の、藤四郎の脇差双子である。当然驚く一期。
「お、お前たち! まさか主と私の会話を盗み聞きしていたのか?!」
「へへへ……いち兄がひとりだけ呼び出されるなんて何事かと、つい気になっちゃって……」
「……すまない」
畳に倒れたまま、バツの悪そうにがしがし頭を掻く鯰尾と、相変わらずの無表情で素直に謝る骨喰。
彼らは一期がここに呼ばれてからずっと、襖の隙間から私たちの様子を覗き見ていた。私は最初からそれに気付いており、その上で会話していたのである。
「ずおちゃん、ばみちゃん、あなたたちにもお兄さんと一緒に頑張ってもらいますよ? 練度上げも兼ねて、ね」
「えっ俺たちも、連れて行ってもらえるんですか?」
「……あなたたちだからこそ、お願いしているのですよ」
もしかしたら、彼らの失われた記憶を取り戻せるきっかけになるかもしれない。そんな僅かの希望を抱いて。
「さあ、藤四郎の兄弟短刀をみんなで探しに行きますよ!」
「「おぉー!」」
「……おー」
「骨喰ぃ、そこはもっと声張ろうよ~」
***
「では、出陣いたしますか」
「あ、いちごちゃん! ちょっと待ってくださいな」
部隊編成と刀装の確認を済ませて早速、と玄関先でこちらに背を向けた一期を、私は肩布の裾を掴んで引き止めた。まだ何か忘れていただろうかと一期は不思議そうな顔をしている。そこへ、私が再度口を開く前に、甲高い声が響いた。
「この管狐めもお供させてくださいませ、隊長様」
私の眉間にぐっと皺が寄る。その声の主は、私の足元にちょこんと居座るお面顔の黄色い管狐。……こんのすけであった。
管狐殿を共に戦場へ? 何故? とますます困惑する一期に、私は理由を語らぬ管狐に内心呆れつつ、改めて説明した。
「政府の式神でもあるこんのすけには、どうも、新たな刀剣男士の気配を察知する能力があるらしいのです。大阪城地下で藤四郎の一振りを探すなら、この管狐の察知能力が多少は役に立つでしょう」
正直、この管狐を頼るのは不本意なのだが……まあ、仕事はきっちり果たしてくれる筈だ。
面のような無表情で、刀剣捜索ならお任せください、と鳴いたこんのすけに、一期はそういう事であればと納得して微笑む。こんのすけはタンっと床を蹴って、隊長である一期の肩へ飛び乗った。まるで鳴狐のお供の狐さんのように。
これで完璧に準備は整った、と言えるだろう。
部隊編成は一期一振を隊長に、その補佐を鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎に任せ、後の隊員も藤四郎の兄弟短刀たちで固めている。まだ若干練度の心許ない短刀達の良き練度上げも兼ねた編成だ。
彼らの叔父にあたる鳴狐は、今回は私と共に彼らのお見送り係、お留守番である。粟田口派の中では一期に並んで練度が高いですからね。
「それでは、改めて、出陣いたしますか」
「はい、くれぐれも気を付けて。いってらっしゃい」
大阪城攻略部隊が戦場へ去って行った後、私は共にそれを見送った鳴狐ちゃんと本丸へ戻った。
我が近侍の清光ちゃんと安定ちゃんが、既に四人分の座布団を用意してくれていたそこで、私はいつも通り映鏡越しに攻略部隊の様子を見守るのである。
大阪城攻略は順調と言えた。寧ろ、平均練度が五十を越える彼らには余裕過ぎるぐらいで。
政府が式神を使って設置したという電球の明かりのおかげで、地上に比べれば地下内は薄暗いが、闇夜に目の効かぬ太刀でも問題無く動けている。
同じく大阪城地下に眠る刀剣と小判を狙う時間遡行軍など、もはや敵には物足りぬとでも言うかのように、足の速い短刀や脇差たちによって次々に瞬殺されていった。
しかし、短刀たちの活躍は戦闘時だけではない。地下を目指す道中でも、その小柄な身体が役立つのだ。
『主君! 見てくださーい、こんなに小判を見つけましたよ!! おっみやっげ、おっみやっげー♪』
「まあ、すごい! お手柄ですねえ、秋田ちゃん」
『えっへへへー』
キラキラと黄金に輝く小判のたくさん詰まった小箱を抱えて、嬉しそうにニコニコと可愛らしい笑みを浮かべる秋田藤四郎。
彼ら短刀は捜索中に細い脇道を見つけ出しては、小柄な身体をするりと進入させてその奥を索敵し、小判や資材など様々な宝物を見つけ出してきてくれるのだ。
それにしても一体、大阪城の地下にはどれ程の小判が眠っているというのか。気が付けば、とんでもない数の小判が本丸に集まってきている。まあ、たくさんあって困る事は無い……いや、ありますね、置き場所がありません。
こんな調子で、時々攻略部隊の疲労抜きもしながら、10階…20階…30階…と、どんどん大阪城地下を攻略していった。
そして、攻略開始から数日がたった頃である。
朝早くから夜遅くまで睡眠時間をいつもの半分以上に削って地下攻略に精を出していた私は、物凄く寝不足だった。
『……さま、審神者様!』
うとうと……。
『……主さん、もしかしてまた寝てるんじゃないの?』
『ああ……私達に任せて下されば良いのに、自分だけ休む訳にはいかないと、ちゃんと眠っておられなかったようだからね……』
『もー、また体調崩したらどうするんですか、うちの主さんは』
ん、鯰尾ちゃんと一期ちゃんの呆れたような声が、聞こえ………
『『主君ーーー!』』
『審神者様ーーー!!』
ぴゃあ!! ──私は耳元に大きく響いた前田くんと平野くんの声、そして管狐の耳障りな声に、妙な奇声を上げて目を覚ました。
どうやら私の近侍たちも、鳴狐ちゃんまでも居眠りしてしまっていたようで、私の奇声に驚いて目を覚ます。うう、恥ずかしい。
「す、すみません! 私、また皆さんが出陣中に居眠りなんて……!!」
『はは、気にしないでください、主。貴方は寧ろきちんと休むべきですな』
一期ちゃんの言う通りなのだろうけれど、私の性格上、刀剣男士が頑張っているのに審神者である自分が踏ん反り返って休む……だなんて事をしたくないのだ。しかし、結果として居眠りをしてしまうくらいなら、休んだ方が良いのだろうなあ。
ごめんなさい、とまた改めて謝罪を述べてから、眠い瞼を擦り、どうしたのですか?と要件を聞く。管狐が珍しく喜々とした声で鳴いた。
『審神者様。我々はついに地下50階へ辿り着き、新たな刀剣男士の一振りを見つけ出しました!』
えッ!? また私が居眠りしている間に!?
驚き戸惑っていると、一期ちゃんが感無量の表情で、その手に眠る小さな刀剣を映鏡越しに見せてくれた。確かに、今まで見た事のない短刀で、鞘に描かれた橙の装飾が綺麗だ。
この短刀を手にする前に、遡行軍との戦闘があったそうだが、擦り傷程度で難なく突破したという。50階以降もまだ地下へ続く階段があるらしいが、今はすぐ帰還してもらうべきだろう。
「お疲れ様です、皆さん! 今日の攻略はここまでにして、新たな刀剣男士を歓迎しましょう」
『かしこまりました。では、今すぐ帰還を……』
そう言いかけたところで、一期ちゃんの目線が揺れた。私や弟達の方ではない、どこか遠い場所を見つめている。地下の更に奥へ続く暗闇に、何か見えるのだろうか?
「……いちごちゃん?」
呼び掛けても反応しない。彼はぴくりとも表情を動かさず、闇の奥を見つめている。
『いち兄?』
『ちょっと、どうしたの、いち兄!』
弟の骨喰と鯰尾に両方から肩を揺さ振られ、一期はようやくハッと我に帰ったように、私の方へ目線を戻してくれた。と言っても、彼は紙製の式神しか見えていないが。
『……失礼しました、今すぐ帰還いたします』
まるで何事もなかったかのように、無表情の上に二コリと作り笑いを貼り付ける一期。
彼は一体、大阪城地下に何を見たのだろう。その時の私にはそれを聞く勇気が無く、はい、待ってますね、と微笑み返すしかなかったのだった。
***
「俺の名前は博多藤四郎!博多で見出された博多の藤四郎ばい。短刀ばってん、男らしか!」
大阪城地下に眠っていたその短刀は、赤い眼鏡のよく似合う小学生くらいの少年に顕現されて、眩しいくらいの笑みを浮かべてそう名乗った。
数多いお守りとしても、ステータスとしても人気で、大名らがこぞって藤四郎の短刀を手に入れようとしていた中、博多の商人が手にしたから博多藤四郎。なるほど、博多弁はよくわからないが、短刀と侮るなかれ男らしいぞ! と言いたいのだろう。
「あんたが俺の主しゃん?」
「はじめまして、博多藤四郎。あなたの兄弟たちが本当に頑張って……」
頑張ってあなたを見つけ出してくれたのですよ、そう言いかけたところに。
「博多! ああ、無事に顕現されてよかった!!」
「おんわぁ! いち兄?! いち兄なして?!そ、それに、他ん兄弟たちも……」
感動のあまり博多を思いっきり抱き締める一期。その周りにわいわいと他の藤四郎兄弟たちも集まって、博多の周りはあっという間に賑やかとなった。
あらあら、これでは私が博多ちゃんに話し掛ける隙がありませんね。しばらくは兄弟たちに任せる事にしよう。
「博多に屋敷を案内してくる!」と心から嬉しそうに駆けていく彼らを微笑ましく見送っていたら、とんとん、と誰かに優しく肩を叩かれた。私はハッとしてすぐに振り返る。
「あら、鳴狐ちゃん? あなたは彼らと一緒に行かなくても良いのですか」
鳴狐はふるふると黙って首を横に振る。彼は常に黒い面頬を着けているため表情がわかりにくいが、今はなんとなく、笑っているのだろうと思った。だってその目がとっても、優しい金色をしているから。
そんな無口な彼に代わり、彼の肩に巻き付くお供の狐がやあやあと声を上げた。
「鳴狐は甥子たちの嬉しそうな姿を見られてもう満足なのですよう! わたくしめも大変嬉しゅうございます!!」
「……甥たちの代わりに、お礼。ありがとう、主」
そんな、お礼を言うのは私の方なのに。それに、大阪城攻略は博多藤四郎を手に入れて終わりではない。まだ最深部には辿り着いていないし、私にはまだやるべき事が残っている。
「ふふ、まだお礼を言うには早いんじゃないでしょうか?」
どういう事か、と首を傾げる鳴狐ちゃんに、私は笑顔でふふっと声を弾ませた。
「一期ちゃんとの約束を、きっちり果たしませんとね」
それから、一週間ほど経って。
大阪城攻略記念として、我がお屋敷に、粟田口派用の大部屋が増築された。
現時点で発見されている粟田口派だけでなく、今後も更に兄弟刀が発見されることを見越して、大広間程ではないが、かなりのスペースを確保してある。たくさん集まって保管に困っていた小判を、ここで思いっきり有効活用したのである。
「きゃあ、すっごーい! 広ーい!!」
「ひゃあー! ばりすごかー!!」
完成して一番に大部屋へ走ってきた乱ちゃんと博多ちゃんの声が、大きく響き渡る。それに続々と続いて、藤四郎兄弟たちがやってきた。
前田ちゃんと平野ちゃんは私の両脇に並んで感激に目を輝かせているし、秋田ちゃんが敷いたばかりの畳へはしゃいで寝そべり、その隣で薬研ちゃんが畳に胡座をかいて座る。五虎退ちゃんの子虎ちゃんたちが興奮して大部屋中を駆け回り、それを慌てて厚ちゃんが追い掛けている。ああ、賑やかだ。
そこへ少し遅れて、一期ちゃんが鯰尾ちゃんと骨喰ちゃんを連れてやってきた。その後ろには鳴狐ちゃんもいる。
「主! ああ、本当に……私の願いを聞き入れてくださって、ありがとうございます!」
「ふふ、こちらこそ。皆にはいつも私の方がお世話になっているのですから、これぐらい当然ですよ」
喜んでもらえてよかった、と微笑めば、一期ちゃんは感極まったのかぎゅっと私の右手を両手で握り締め、感動で泣きそうな顔になりながら、またお礼を言った。
「あ、そうだ!」
そこへ突然、良いことを思いついたとにんまり笑って声を上げた鯰尾ちゃん。私の後ろに素早く回ったかと思えば、ガシッと力強く両肩を掴まれた。
「今日はこの粟田口大部屋で、俺たち皆と一緒に寝てくださいよ、主さん! 今日だけで良いですから!」
えっ、と戸惑う暇もなく、鯰尾ちゃんの提案に他の兄弟たちも次々と賛同し始める。
「えー! じゃあ僕、主さまの隣で寝たーい!!」
「乱ずるいよぅ、僕だって主君の隣がいいなあ~」
「秋田はこの間怖い夢見たとか言って、主と一緒に寝てたからいいでしょー?!」
「こらこら、喧嘩すんなって。そこは正々堂々、じゃんけんで決めようじゃねえか」
「……あれ、薬研も意外と乗り気?」
「乱ばっかりにイイトコ取られるのも癪なんでな。大将の隣は俺が貰ってくぜ」
あらあら、あら~……。
いつの間にか誰が主の隣で寝るのかじゃんけん大会が始まってしまい、気付いたらほぼ強制的に粟田口大部屋で私も寝る事が決まっていた。
でも、ふふ、たまには大勢で眠るのも悪くはないですよね。
粟田口大部屋で過ごす夜はとても賑やかで、楽しくて、時が過ぎるのもあっという間だった。
一期ちゃんがお風呂へ部屋を出て行った隙に枕投げして大騒ぎした結果、屋敷の見回りをしていた長谷部ちゃんに叱られたり……短刀たちの間で流行っているというトランプをして遊んで、大富豪でぼろ負けしたり……行ったことはないのだけど、修学旅行気分ってこんな感じなのだろうか、なんて思った。
しばらくすると楽しく遊び疲れたのか、短刀たちから順に眠りの底へ落ちていき、気が付けば、私と一期以外は皆すやすやと安眠していて、さっきまでとっても賑やかだった大部屋は嘘のように静まり返っていた。
灯りを落とした部屋で聞こえるのは、彼らの穏やかな寝息のみ。
「主、」
その静かな夜の空間で凛と通る声に呼ばれて、可愛い寝顔たちを眺めていた私は、ふと顔を上げる。
一期ちゃんはまだ自分の布団には入らず、大部屋の柱を背に座りながら、じっと私を見つめていた。
「私は今、とても幸せで……。貴方にどれだけお礼を述べても足りないぐらいです」
暗闇に目が慣れてきたから、彼がとても穏やかで優しい微笑みを湛えているのが、よく見える。
「弟たちは貴方をまるで母親のように慕っております。だから今日この夜は、本当に嬉しい記憶となったことでしょうな」
「そのお言葉、そっくりそのままお返ししましょう。私もこんなに楽しい時間と暖かい気持ちをたくさん貰えて、とても幸せですよ」
私にとっても、彼らは私の可愛い弟のような、子供のような、大切な存在だ。本当の兄である一期から、そう言ってもらえるのは嬉しい。
それにしても、記憶、かあ。
あれから大阪城攻略を進めて最深部の100階まで到達したものの、一期ちゃんや、鯰尾ちゃん、骨喰ちゃん、彼らの喪失した記憶には何の影響も無かった。
いや、何も、変化が無かった訳ではない。地下50階、博多藤四郎を手にしたあの後、一期は、彼は一体、暗闇の奥に何を見ていたのだろう。何かを見ていたのは間違い無いのだが、結局ばたばたと忙しくてまだ詳しく聞けていなかった。……なんだか少し怖くて聞けなかった、という理由もあるが。
今なら聞けるだろうか。私は意を決して、あの時のことを聞いた。
「はて、あの時……?」
「地下50階で博多ちゃんを見つけ出した後、一期ちゃんったら何故か黙り込んでしまって、じっと暗闇を見つめていたじゃないですか」
「……ああ! あれは、何でもありませんよ。きっと単なる、私の見間違いだったのでしょうな」
「見間違い? やはりあの時、何か見えていたのですか?」
私の問いかけに一期ちゃんの笑顔が曇る。やはり聞くべきではなかっただろうか。しかし、一期はすぐに口を開いて答えてくれた。
「あの時、私は闇の奥に自分と全く同じ姿をした影を見た気がしたのです」
……影?
「真っ黒い、暗闇よりも黒い影と、私はあの時確かに目が合った……ように思えたのですが、それはこちらに何をするでもなく、煙のように霞んで消えてしまいました。だから、まあ、先程も申し上げた通り、気のせいだったのでしょう」
「そうだったのですか……」
「……けれど、」
まだ気になることがあると、一期ちゃんは言葉を続ける。私から目線を逸らし、何も無い宙を見つめて遠い目をしながら。
「何故でしょう、その影は何だか安心しきったような……優しい微笑を、浮かべていた、ような……気がするのです」
あれは単なる気のせい、階段の上り下りや度重なる戦闘で疲労した自分の見間違い、一期はそう言いながらも、まだ一つの可能性を捨てきれないのだと語った。
もしかしたら、あれは、あの大阪城で燃えてしまった自分の……亡霊のようなモノ、だったのではないかと。それが、今の自分の幸福に満ち足りた姿を見て、故に安心して何も言わず消えたのだろう、と。
その影を見たのは一度きりで、地下50階以降も大阪城攻略は一期に隊長を任せていたが、二度と影を見ることは無かったそうだ。
一期ちゃんの目がまた私を見つめる。それはそれは、慈愛に満ちた目で。
「今の私は本当に恵まれている。貴方のような信頼出来る主に出会えて、愛おしい弟たちに囲まれて、刀としての本懐も全うさせて頂いて……私は貴方というお人から、たくさんのものを頂いてばかりだ」
「……頂いてばかり、じゃありませんよ。私も、あなたたちからはたくさんのものを貰っているのですよ?」
「ああ……そうでしたな……。こうして隊長を務める前の私なら、主のそのお言葉を理解出来なかったかもしれませんが、今はよくわかります」
一期は突然すっとその場で姿勢を正すと、自身の左胸に手を当てて、私に向かって頭を下げた。
「これからも、私と私の弟たちをよろしくお願い申し上げる」
顔を上げた一期ちゃんの表情は真剣そのもので、しかし、寝巻き姿であるのが何だか面白くて、私はふふふと声を上げて笑ってしまった。
「私の方こそ、よろしくお願いします」
……さて、お話はこのぐらいにして、そろそろ私たちもお休みしましょうか。
「ほら、いちごちゃん、いつまでも正座なんてしてないでお隣へどうぞ」
ぽんぽんと誰も居ない隣のお布団を叩き、彼を手招きした。が、一期ちゃんは頬を染めて戸惑いおろおろしている。
実は、誰が主の隣で眠るのかじゃんけん大会に、まさかの一期お兄ちゃんが勝ってしまったのである。その反対側には、新入り特別枠と言うことで、博多ちゃんが心地良さそうな寝顔でスヤスヤしている。
「し、しかし、短刀たちならまだしも、私が主の隣で眠るなど……加州殿に恨まれてしまいそうですな……」
清光ちゃんに? どうして?
彼の言葉の意味が分からず首を傾げる私に、一期ちゃんは「主は妙なところで鈍感ですなあ」と赤い顔のまま苦く笑った。
「……失礼します」
結局、私の隣のお布団へそろりそろりと身体を埋める一期ちゃん。ぽふっと洗い立ての枕に頭を沈めて、一息ついた彼の、暗闇でもよくわかる水色の美しい髪に私はするりと手を伸ばす。なでなで、さらさら。彼は安堵の表情で目を閉じた。
「おやすみなさい、皆で良い夢を」
私の可愛い弟で、子で、刀剣さんたち。
明日からも、まだまだ頼りない姉で母で主であると思いますが、よろしく頼みますね。
2025.03.19公開