審神者と仄々生活
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悩み……と言う程でも無いのだけど、最近、私にはちょっとだけ困っている事がある。
検非違使や虎徹に関しての事ではない、その事なら、風邪が完治した数日後にもう一振りの虎徹を発見した。風邪の功名、ってやつだろうか。あれ、なんか違う?
見つけた刀剣は、長曽祢虎徹。──その贋作であった。逞しい見た目と伸びやかな性格を持ち合わせた頼れる兄貴分のような彼は、なんとあの新撰組の近藤勇の佩刀だったらしい。兄弟刀である浦島虎徹は勿論、同じ新撰組刀の清光ちゃんや安定ちゃん達も彼との再会をとても喜んでくれた。
ただ……贋作と真作を酷く気にする蜂須賀虎徹とは、まだまともに話す事すら出来ていないようだが……。この件にはきっと時間が必要なのだろう、もう少し様子見をしようと思う。
じゃあ、新たな合戦場、池田屋の記憶について悩んでいるのか? それも実は違うのだ。
長曽祢さんを見つけ出した後、先日話した通り、加州清光を第一部隊の隊長、大和守安定に副隊長を任せ、他は脇差と短刀を中心に隊員を組んでもらい、夜の京都へ送り出した。彼らは今まで通り、夜戦だろうと何の問題もなく任務を遂行して、私の元へ戻ってきてくれた。高速槍の出現でチクチク軽傷や中傷……時に重傷にされてしまう事もあるが、それでも必ず一命を取り留めて、帰ってきてくれるから。
清光ちゃんが約束してくれたから、もう何も心配なく彼らを送り出す事が出来る。池田屋の記憶、場所を三条大橋では、新たな刀剣男士の発見報告もあるようだし、こちらは日々の任務をこなしながらゆっくり捜索して行こう。
日々の任務や刀剣としての彼らには何の問題もない、私が困っているのは…。
「あるじー!たっだいまぁー!!」
今日も今日とて池田屋の記憶での任務を終えてきた夜戦部隊の隊長さんは、周りに安定ちゃんや他の隊員さん達が居るのにも関わらず、玄関先でお出迎えに来た私にぎゅうううと抱き着いてきた。
「わ、わっ! 無事に帰ってきてくれるのは嬉しいですけど、毎回毎回いきなり抱き着かれては驚きで心臓が持ちませんよ、清光ちゃん!?」
「えへへ、ごめんねー。でも主にぎゅーってすると安心するんだもん。今日も俺が大将首取って来たんだよ? 褒めてくれないのー?」
「全く、もう……今日もお疲れ様でした、隊長さん。皆も無事に、とは言えませんが、怪我は軽傷で済んでいるようですね。……おかえりなさい」
首元にすりすりと擦り寄ってくる猫のような彼の頭をよしよし撫でてあげれば、ようやく私の体を解放してくれた。恐らく心臓の高まりで頬が赤い私を見下ろして、清光ちゃんは満足気に笑っている。くっ、可愛い。
でも、問題が。
「ありがとう主、大好きだよ!」
そうです、私が最近困っているのは清光ちゃん……彼のこういった言動について、です。
刀剣男士から好かれることは純粋に嬉しい事ではないのかって? そりゃあ嬉しい、嬉しいけど、なんていうか、……彼は少し前まで、こんなに大胆で積極的な行動はしていなかった筈なのだ。寧ろ、私の方からぎゅっと抱き締めてあげたり、頭を撫でてあげることの方が多かった筈。
何がきっかけでこうなったのかはわからないが、確か私の風邪が治って数日後くらいから、この調子である。
最初は、主として私の事を好いてくれているのだと、家族に対する愛情表現として私に接してくれているのだと、思っていた。いや、そうであってほしいと願っていた。……だって、私なんかを、こんな醜い姿をした自分を……愛してくれる誰かなんて居るわけがない。でも、彼は。
「ほんと、清光は主のこと好きだよね……。毎日毎日言い飽きないの?」
手入れ部屋でぽんぽんしてる最中も、私の片腕にべったり抱き着いて離れない清光ちゃんに、軽傷の安定ちゃんは呆れ顔でそう声を掛けた。飽きるわけないでしょ、と清光ちゃんは相棒の頬を軽く抓る。痛い痛い! 怪我してるから、と怒る安定ちゃんを彼はけらけら笑った。
「俺はあるじが世界でいちばん好きなの。寧ろ言い飽きるどころか、毎日何回言っても言い足りないくらい大好き!」
彼はどうも、そういう意味……恋愛感情の意味で、私の事を好いてくれている、らしい。信じがたいことだ。
どうして、こんな私を、まして私達は審神者と付喪神、人間と刀剣であるのに。
「あー、そう……聞いた僕が馬鹿だったよ……。でも、程々にしてあげたら? その内に主が顔赤くし過ぎて蒸発しちゃうよ」
そう言って私を見つめ、ニヤニヤとからかうように笑う安定ちゃん。しかしそれを否定出来ない程に、私は清光ちゃんの言葉に過剰反応している自覚がある。
清光ちゃんの嬉しそうな顔がこちらを覗き込んできた。上目遣いにキラキラと輝く目が眩しい。
「ねえねえ、その反応はちょっと期待してもいいってことかなっ! あるじ?!」
「ッ……も、もう……二人して審神者をからかうのはやめてくださいな。ほら、手入れ終わりましたよ、安定ちゃん」
「うん、ありがとう、主」
「ねえー! あるじってばー!!」
安定はもういいから俺の質問に答えてよー! とぐりぐり頭を擦り寄せてくる清光ちゃん。
……さすがの私も、これ以上は堪えられない。
「いい加減にしてください!!」
思わず清光ちゃんの腕を振り払い、声を張り上げてしまった。ああ、私はなんてことを。
彼らが今どんな表情をしているか見られなくて、顔を俯けたままに手入れ部屋を飛び出す。後ろから清光ちゃんが待って!と呼び止める声が聞こえたが。
「私は、あなたの想いに応えられません! 恋愛ごっこのつもりなら、もう……煩わしいだけです!! 着いて来ないで!!」
つい感情的になってしまった私は、そんな事を叫んでしまって……逃げるように渡り廊下を走り、自室と化した本丸に駆け込むのでした。
ごめんなさい、清光ちゃん。
でも、これで目を覚ましてくれたら良い、その感情は気の迷いだって……私への恋愛感情なんて、そんなのきっと勘違いだから……。
私は、あなたに愛されていい存在じゃない。
バチン、と力いっぱい本丸の襖を後ろ手に閉めた後、私は糸が切れたように力が抜けてズルズルとその場にへたり込んだ。
酷い事を言ってしまった。
こんな事で感情的になってしまうなんて、審神者として情けない。どうして冷静になって話し合えなかったのか。
私とあなたは主従なのだから、そもそも人間とそうじゃないものは相容れない、審神者である私はたった一人だけを寵愛すべきではない……ただやめてほしいと、怒鳴らずとも静かに言えば良かったのに。
単なる勘違いの恋愛ごっこなら、それできっと、前までの彼に戻ってくれた筈だ。
ああ、そうか、私、……本当は嬉しかったんだ。
彼の行動や言葉に過剰反応して、少女のように胸を高鳴らせてしまっていた。そんな自分が嫌なだけなんだ。
私なんぞが、なんて烏滸がましい感情を抱いてしまったのだろう。こんな醜女が、身体中に傷を抱えて顔も火傷で歪んだ私が、本当に誰かから愛してもらえるわけがないのに。
好きだなんて言葉、与えられても怖いだけだ。信じられない。
でも、もしもその言葉が本当なら?
……そんな本当、ある筈ない。
「主、入っても良いだろうか?」
この声は、……三日月さん?
私は慌てて感情の抑えきれない両目を拭って立ち上がる。今開けますね、となるべく明るい声を意識して、恐る恐る襖を開けた。
襖の向こうで、三日月さんはお茶とお菓子が乗った盆を持って、月の宿る目を細めて微笑んでいた。
「一緒に茶でもどうだ、主よ」
鶯丸が特別良い茶葉を使って淹れてくれたのだぞ、菓子は燭台切が手作りしたずんだ餅だ。
そう言って穏やかに笑う三日月さん。自惚れかもしれない。でも、きっと私を心配してきてくれたのだろう。そう思えた。
一人で悶々としていても仕方ない。まずは心を落ち着かせることも大事だろう。
三日月さんと共に縁側に座って、ふぅ、とひと息。鶯丸さんが淹れたという緑茶は本当に美味しかった。燭台ちゃんお手製のずんだ餅も大変美味しそうなのだが、今はどうにも何か食べられる気分ではない……。
「しかし、燭台切光忠は本当に器用で料理上手だなあ。へし切長谷部や主の作ったものには負ける、などと謙遜していたが……うむ、美味いぞ」
「あの、私の分も食べます?」
「ん? 主にしては珍しいな。どうしても食欲がないなら仕方無いが、それは燭台切が主のために用意したものだろう、俺には食えぬよ」
食欲がわくまで取っておけばいい、三日月さんはそう言って私の背中を優しく摩ってくれた。
その何も言わない優しさは心地いい。いざという時、私が悩んでいる時、彼はそっと隣へ来てくれる。相談事を口にすれば親身に聞いてくれて、話したくない時は何も聞かず気を紛らわそうとしてくれる。
近侍の加州清光とも大和守安定とも違う安心感が、三日月宗近の隣にはあるのだ。……私には家族という存在の記憶が薄い。けれどなんとなく、祖父のような優しさと隣の心地よさを彼に感じてしまう。
私の背を撫でる手が、そっと離れた。見上げた三日月さんの表情は相変わらず笑っているが、その目に浮かぶお月様は何故か悲しげに揺れているように見えた。
「……だがなあ、主、食物というのは遅かれ早かれ、時が経てば腐ってしまう」
……ずんだ餅の話だろうか?
「今受け入れられない理由は色々とあるだろう。食欲がない、そういう気分ではない、食べ過ぎて入らない、本当に美味しいかどうか疑わしいから食べられない。様々な理由の中でも、食わず嫌いというのが、一番良くないなあ」
ああ、違う。……彼はとても遠回しに、悩む私を諭そうとしている。
「私、ずんだ餅ってあまり食べたことがないんですよね。燭台ちゃんが作ってくれたものですから、美味しい事に間違いはないでしょう。でも、今は……」
「だが、そのずんだ餅は主に食べて欲しそうだぞ?」
「……それは、私じゃなくてもいいのではないでしょうか。食べてもらえるなら、誰でも」
「いいや、主でなくては駄目だ。主の為に、主だからこそ、作られたものだからな。それは俺でも他の誰かでも駄目だ」
「じゃあ、どうしろと……? 腐らせるまで放置すれば良いのですか? 私は、私はッ……」
「主、もうおぬしは自分で分かっている筈だろう。食わず嫌いをして怖がるくらいなら、ひとくち味わってみたら良い」
私は恐る恐る、ずんだ餅の皿を手に取る。三日月さんに言われた通り、一口だけ齧ってみた。
「美味しい、ですね」
とっても美味しい。何故かぽろぽろと涙が溢れるくらい美味しくて、気付いたら一口と言わず全て平らげてしまっていた。
「はっはっは、主に喜んでもらえて、ずんだ餅も餅冥利に尽きるなあ。燭台切にも大変美味だったと伝えておこう」
「ふふ……鶯ちゃんの淹れてくれたお茶とも、よく合います……」
「ああ、そうだ、鶯丸にも礼を言わんとな。おかげで主がようやく笑ってくれた、と」
今度はぽんぽんと私の頭を撫でてくれる三日月さん。心がようやく穏やかさを取り戻してきた、気がする。
「少しは落ち着けたか? なら、あの子の気持ちにもしっかり向き合ってやるといい」
「……はい、ありがとうございます、三日月さん」
私はいつまで経っても、三日月さんを三日月ちゃんだなんて他の皆のようには呼べそうにない。
このお方だけはずっと、私の心のおじいちゃん、三日月さんだ。
***
三日月さんと一緒に食器を片付けに台所へ行ったら、夕飯の支度を始めようとしていた長谷部ちゃんが居て「夕飯までには加州清光と仲直りしてくださいね」と酷く心配そうな顔で言われてしまった。あの脳内お花畑バカはともかく、主が落ち込んでいる姿は見て居られませんから、と。
……自覚はなかったが、どうやら清光ちゃんに怒鳴ってしまった時の声は、それはそれは大きかったみたいで、屋敷中に響いていたらしい。おかげで三日月さんがすぐに慰めに来てくれた訳だが、そのせいで他の皆にも随分と気を遣わせてしまっているようだ。なんというか、あの、ごめんなさい。
申し訳無さと自身の情けなさにまた落ち込みつつ、三日月さんと別れて一人、新撰組刀たちの部屋へと向かう。喧嘩をしたから仲直り、というよりは、私が一方的に怒鳴りつけてしまっただけだ、一刻も早く素直に謝ろう。
襖が少し開いていたので、清光ちゃんの様子は大丈夫だろうか、まずはそっと覗き込んでみることにした。
「主に嫌われた俺なんて存在価値ないし、ここに居る意味がない……もうやだ、刀解されてくる……」
うわあ全然大丈夫じゃない!
畳の上にぐったりと俯せに倒れている清光ちゃん。その背中を堀川国広が揺すって慰めており、安定ちゃんと和泉守兼定が心底面倒臭そうな顔で見下ろしている。
「そんなことないよ、清光くんは主さんの大事な愛刀でしょう? 君は主さんに特別愛されてるよ。自信持って、刀解だなんて悲しいこと言わないで、ね?」
優しい言葉で彼を慰めようとする堀川ちゃんだが、清光ちゃんの涙で出来たと思われるシミはますます畳に広がるばかり。
「でも、煩わしいって……ハッキリ嫌いだって言われたのと同じようなもんじゃん……うう……」
「実際、見てるこっちが鬱陶しいぐらいだったしな。さすがの主も我慢の限界だったろ」
「ちょ、ちょっと兼さん! 本当の事だから否定はしないけど、なにも今言わなくたって良いでしょう?!」
「う、うわあああん!!!!」
和泉ちゃんの言葉に畳み掛けるかのような堀川ちゃんの追い討ちに、清光ちゃんは大声で泣き出してしまった。安定ちゃんが「お前らこいつを慰めたいのか虐めたいのかどっちなの」ともはや飽きれている。
こんな騒動になってしまっている全ての原因は私自身にあるのだが、この状況は非常に声を掛け辛いなあ……罪悪感がどんどん増していく……。
どうしよう、と困っていたら、私の視線に気が付いたのか、安定ちゃんとばっちり目が合った。あ。
「あ……っと、そ、そうだー! 僕、えーっと、なんだっけ……あ、へし切! へし切長谷部にお使いを頼まれていた気がする!!」
突然立ち上がった安定ちゃんを見上げて、なんだそりゃ知らねえよ、と顔をしかめる和泉ちゃん。良いから行くぞオラァ! と乱暴に和泉守の服を引っ張り、戸惑う堀川の手も引いて立ち上がらせ、足で勢いよく部屋の襖を開けた。
え、ちょっと待って!? その行動の速さには隠れる暇もなく、襖の向こうにいた私の存在が一瞬で彼らにバレる。
「あれ、主さん! よかった、やっぱり来てくれたんですね!」
「あんた、こんなとこで何してんだよ。男士の部屋を覗き見とは随分な悪趣味だなあ~?」
安心したように笑う堀川ちゃんと、からかうような口振りと表情の和泉ちゃんだが、二人はぐいぐいと安定ちゃんに背中を押されて半ば追い出されるように部屋を出て行った。
「無駄口叩いてんじゃねえぞオラ! 確か、あの、あれ、……お醤油買って来いって頼まれてたような気がしないでもないから!!」
後はよろしくね主、と私に小さく耳打ちして、安定ちゃんは二人を連れて慌しく廊下を駆けていくのでした。ふふ、あの子は本当に嘘が下手っぴで、気の利く優しい子だ。
……さて、あっという間に静かになったお部屋では、倒れたままの清光ちゃんが顔だけ上げて私を驚きの表情で見つめている。
私は静かにお部屋へ足を踏み入れて、彼の目の前にそっと正座をした。途端、あるじ! と嬉しそうな声を上げて起き上がろうとした清光ちゃんだが、……まだ私の言葉が突き刺さっているのであろう、すぐに悲しそうな顔をしてまた畳に顔を伏せてしまった。
「…ごめんね、あるじ」
俺、自分の気持ちばっかりで、あなたの気持ちを何も考えられていなかったみたい。そう言って俯せたまま、ぼそぼそと謝る清光ちゃん。
「でも、主を見ると、どうしてもぎゅーってしたくなっちゃうんだよね……ごめんねえ……うぅ」
ぐすぐすと余計に泣き出してしまった彼に、私はそっと手を伸ばした。なでなで。いつものように彼の頭を撫でる。
「……え、あるじ……?」
予想外だったのか、また清光ちゃんの驚いた顔と目が合う。撫でるのをやめて、私は自分の両腕を彼に向かって大きく広げた。おいで、と言葉を添えて。
清光は数秒きょとんとした後、既に涙でぐちゃぐちゃの顔をもっと歪ませて、畳から起き上がってすぐに、大きな泣き声を上げながら私をぎゅうううと抱き締めてくれた。いつものように。
「謝るのは私の方ですよ、あんな酷い事を言って……こんなにたくさん泣かせてしまって、ごめんなさいね、清光ちゃん」
「うっ、うう~……! なんで…? あるじ、俺にこんなことされるの、嫌じゃないの?」
「…嫌なわけ、ありませんよ」
本当は凄く嬉しい。だって私もあなたが、……素直にそう返せたら、どれだけ楽だろう。でも私の中の病んだ心が、まだそれを許してはくれない。まだその愛情を信じられない、怖いと怯えている。
「ただ、少しだけ、恥ずかしかっただけです。あまりにもあなたの言葉が真っ直ぐ過ぎて、戸惑ってしまっただけですから」
「……本当に、それだけ? 俺のこと、嫌いになったわけじゃない?」
「はい。あなたは私の大事な愛刀です、嫌いになんてなれません」
不安そうに震えていた彼の声。よかった、と安堵のため息を交えて言った。……耳元がこそばゆい。
「あるじ、あのね」
「はい」
「俺は本当に、あなたのことが大好きなんだよ。嘘じゃないよ」
「……わたし、は……」
「川の下の子とか言ってるけどさ、俺が世辞や口説で人を欺けるほど器用なやつじゃないって、知ってるでしょう? 嘘でこんな事出来ないし、言えないよ」
「……、っ……」
何も、言葉を返せない。
私はただぎゅっと彼の背中に回した手で、彼の上着を握り締める事しか出来ない。
「返事をくれなくてもいいよ、あなたから見た俺が刀剣でも子供でも神様でも何であってもいい、俺が勝手にあなたを好きでいるだけだから。ごめんね」
「……謝るくらいなら、少しは控える努力をしてください」
「いーやーだー」
私を抱き締める彼の両腕にますます力がこもり、すりすりと首元に頭を擦り付けて来る様は、なんだか大きな黒猫のように思えた。
「……あー、やっぱり嘘ついた。」
「え?」
「返事が要らないとか嘘、主からも俺のこと好きって言ってほしい!」
パッと私から離れたかと思えば、やっぱり好きな人には愛されたいし愛したいよねー! と、いつもの眩しい笑顔でにこにこ笑う清光ちゃんに、私も吊られて笑ってしまった。
「もう……ほんとに、清光ちゃんは恥ずかしい子です……」
「俺は自分の気持ちに嘘をつく方が恥ずかしいと思うけどー?」
ああ、彼の言う通りだ。
私の方が、なんて恥ずかしいのだろう。自分の気持ちに嘘をついて、必死に誤魔化そうとして、彼を酷く傷付けて泣かせてしまった。
「ごめんなさい、清光ちゃん……。私はまだ、自分のことを素直に愛せそうにありません。こんな心の状態では、あなたの返事に何も言葉を返すことができない。……それでも、あなたは私を想ってくれるのですか?」
「うん、ずっと主の返事を待ってる。大丈夫! 俺が今まで過ごしてきた時間に比べたら、主を待つのなんて一瞬だよ」
「……ありがとう」
私は彼の胸元にぽすんと顔埋めて、目を閉じる。自然と頭を撫でてくれる大きな手に、不思議な安心感を覚えた。
誰かに愛されるという事は、こんなにも心満たされるものなのだろうか。わからないけど、今はあまり、怖いとは思わない。
「しばらくこうして……甘えさせてもらっても、良いでしょうか……」
「ん、主さまの為なら、いつまでも。夕飯の時間までだけどね」
ふふ……心地良い、なあ。
あのね、本当は私もあなたのことが、……私の口はまだ、その言葉を言えそうにない。
ーーーーーー
審神者豆知識・其の三
刀剣男士たちの部屋割り、お屋敷内について。
一部屋の人数は大体3人~5人。刀派であったり、種別であったり、過去に所縁のある刀剣同士だったりと、バラバラ。
・新撰組刀部屋
加州清光、大和守安定、和泉守兼定、堀川国広
・大太刀部屋
太郎太刀、次郎太刀、蛍丸、石切丸
・虎徹部屋
蜂須賀虎徹、浦島虎徹、長曽祢虎徹
・左文字部屋
小夜左文字、宗三左文字、江雪左文字
……などなど、今後も刀剣が増えれば部屋割りが変わることもあるし、必ずその部屋で過ごさなければいけない縛りがあるわけでもないので、刀剣男士たちも割と自由に各部屋を行き来している。
また、本丸には刀剣男士達が全員集まれるほどのひろ~い大広間があったり、最近は図書室が増えた。どちらもエアコン完備。テレビ鑑賞用の自由部屋は二部屋ある。
ここの小説で指す本丸は、完全な審神者の自室と化している。近侍と職務をこなす部屋でもあり、審神者の寝室でもある。審神者専用の個室風呂がついているらしい。
2025.03.17公開