海の商人と副寮長ちゃんの話
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
君と私の楽しいコト
まだ二人しか集まってない、静かなボードゲーム部の部室。私は退屈しながら、椅子を前後にギコギコと漕いでいた。
「ねえねえ、イデアちゃん」
「その呼び方、実家を思い出すからやめて。……で、何、どしたの」
「アズちゃんってさ、何をしてあげたら一番喜ぶと思う?」
めらめら青い炎の髪を揺らして、ようやくゲームプレイ中のスマートフォンからこちらを向いたかと思えば。イデア・シュラウド氏は、何でそんな事を僕に聞くのか、という呆れた顔で口を尖らせる。
「何でそんなことを僕に聞くのさ」
うわ、考えてたまんまの台詞が返ってきた。
「イデアちゃんが数少ない、私とあの子の関係を知ってる友達だもん」
「アズール氏が喜びそうな事なんて、商売繁盛、学業成就、あとは誰かの弱みを握る事とかじゃないの。僕より君の方がわかってるでしょ」
「わかんないから、相談してるのに〜」
私は椅子を漕ぐのをやめて、ぐったりと机に両手を放って伸びる。数少ない友人の彼は、やれやれ困ったヤツだと言わんばかりに「はあ」ため息を吐いた。
「キスのひとつやふたつ、してやったら?」
「そんなコトで喜ぶのかな」
「恋人同士なら嬉しいでしょ、知らんけど」
「知らんのかい、もー」
そんな風にグダグダと戯れあっていたら、静かだった教室の扉がキィッと開いた。
「おや、イデアさんにシオリさん」
お二人とも、今日もお早いですね。悩みの種である私の恋人(お恥ずかしながら、えへへ)であるアズール・アーシェングロット氏がツカツカと入ってくる。当たり前のように私の隣の席へ腰を下ろした。そんな様子を見て、イデアちゃんがニヤニヤと笑みを浮かべる。
「何をニヤニヤしているんですか」
アズちゃんが突っ込めば、別に〜?と意味深に口を尖らせる。
私はふと隣に座った彼の方を、そして薄くリップの塗られた唇を見て、友人から言われた「キス」という言葉が頭の中を走り回った。カァッ、と頬が熱をもつ。彼にそんな熱を見られたくなくて、思わず両手で顔を覆う。
「シオリさんまで、何なんですか、まったく」
先程の話の内容なんて聞いているはずもないアズールは、当たり前ながら訳がわからないと不満そうだった。
「なんでもない、なんでもないよ、はー、熱い、今日は海底探索のカードゲームでもやろうよ、皆でさ」
私は慌てて今日の活動内容を提案する。先日、部費で手に入れたばかりのゲームだ、二人とも「いいね」「いいですね」と納得してくれた。
それから、あっという間に時が過ぎて。
部活の終わりを告げる、夕暮れのチャイムが鳴った。
「もうこんな時間か、おつでーす」
夢中になって遊んでいたカードゲームを、イデア氏がさっさと片付け始める。何か空気を読んだのか、彼は「そんじゃあ、お先に失礼」と片付けが終わったら、すぐに部室を出て行った。
恋人とふたり、取り残された部室の中、窓から差し込む夕陽がやたらと熱く感じる。しばしの沈黙。
「では、僕たちも帰りましょうか」
「ま、待って」
私は咄嗟に、彼の手を掴んで引き留めた。どきん、どきん、心臓が喧しく跳ね上がる。手袋越しだと華奢に見えるけど、ちゃんと男の人らしい大きくてガッシリした右手。
「……アズールちゃん」
彼が何かを言う前に、私は彼の頬に顔を寄せて、ちゅっとはしたない音を鳴らして口付けを落とした。
すぐに顔を離して、彼を見る。目を真ん丸にして、酷く驚いた様子で、ぽかんとしている、可愛い可愛いタコちゃんが居た。
「……はっ!? え、なん、何ですか突然ッ」
見る見るうちに顔を真っ赤に染め上げた茹で蛸ちゃん。私は謎の達成感で満足していた。
「ふふっ、恋人同士ならこれくらい当たり前、でしょ? 喜んでくれるかと、思って、さ」
「よ、喜ぶかそうでないかと言われたら、それは嬉しいですけど、い、いきなり……! お、驚くでしょう!」
「じゃあ、今度は宣言してからするね。次はアズちゃんの可愛い唇にちゅーします」
「そう言う話ではないんですよ!」
でも宣言はしたので、私はまた軽いリップ音を立てて、彼の唇をちゅっと奪い去った。
「んふふ」
妙な幸福感とますますの達成感で口元がニヤける。
「アズちゃん、私にちゅーされると嬉しいんだ」
「それはっ、まあ、そうでしょう、恋人ですから」
「そっか、そうなんだ、ふふ」
「ニヤニヤと勝ち誇った顔して、もう、何なんですか……」
「君が喜んでくれるコトを探してたの。こんなに簡単で、私も幸せになれるなら、一石二鳥だね」
いえーい、とピースして見せれば、彼からは深いため息が返ってくる。真っ赤な顔のまま、ズレた眼鏡をクイッと指先で直した。
「……馬鹿だな、貴方は」
彼は私の頬に優しく片手を添えて、仕返しだと言わんばかりに唇同士を軽く触れ合わせた。私もお返しに、頰や鼻、額にも口付けを落としていく。何度も、何度も。お互いにどれだけキスしたのか、わからなくなるくらいに。
「ねえ、もう少し、ゆっくりしていく?」
「……そうですね、もう少しだけ」
空の色が橙から紫に変わる、この短い時間をもう少しだけ、堪能させて――ね。
2024.04.20公開
3/3ページ