海の商人と副寮長ちゃんの話
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君と私の恋人になるまで
「私ね、小さい頃、死のうとしたことがあるの」
突然の独白であった。
そんな一言を聞かされた、青い空の瞳にウェーブがかった銀髪が特徴的な、アズール・アーシェングロットはただ茫然としている。
保健室で寝かされている彼は、つい数時間前まで"オーバーブロット"の状態にあった。魔法士が魔法の使い過ぎによってその身に起きる現象で、感情と魔力のコントロールを失い、暴走してしまう状態の事だ。オーバーブロットで魔力が尽きた場合は、死に至るという。
これもまた一種の自殺未遂、と言えるのかもしれない。故に、彼女は突然の独白を始めたのだろうか。アズールの見舞いにやってきた女子生徒――特例でナイトレイブンカレッジに通っている――シオリは、夕焼けに混じって消え入りそうな赤い髪をスッと指先でかきあげて、言葉を続けた。
「真っ暗な夜、崖から海に飛び込んだ。父親が病気で死んで、母親は酒に狂って蒸発、ひとりぼっちで、誰も私を守ってくれる人も居なくて、もう、泡にでもなって消えてしまいたかったんだ」
彼女はベッドに横たわるアズールに、そっと手を伸ばす。癖のある前髪に触れて、いいこいいこと幼子に接するかの如く頭を撫で始めた。彼は目を見開いて驚いたが、嫌がる事もせず黙っている。
「――その時、助けてくれた人が居たんだ」
シオリは真っ直ぐに彼を見つめていた。
「深く深く海底へ落ちたはずの私は、波打ち際に引っ張り戻されて、なんて馬鹿なことをしているんだって、怒られちゃった。その人は、……私と歳の近い人魚だった」
彼女の手が、彼の頬を愛おしげになぞる。
「顔はよく見えなかったけど、口元のほくろと、黒い姿をしたタコの人魚だったことを覚えてる。……君は、とっくに忘れちゃってたかな」
彼がオーバーブロットした姿を見た時、自殺未遂をした自分とそれを助けた人魚の姿を鮮明に思い出したのだ、と彼女は言う。
アズールは自分の頬を撫でる彼女の手を握った。少し、強めに力を込める。心外だとでも言うように。
「僕は、この学園で出会った時から、あなたに気付いていましたよ。そんな目立つ緋色の髪、忘れる方が難しい」
「ははっ、そうだったんだ? 教えてくれても良かったのに」
「あなたは覚えてないと思ったから、対価を要求する事もしなかった。……が、覚えているなら話は別です」
「うわ、まじか。言わなきゃ良かったかな」
「冗談です。対価なんて要求しませんよ、今更」
「ふふ、良かった」
彼女が朗らかに笑った瞬間、アズールの頬が色味を増したように見えた。
「あの時、助けてくれてありがとう。君のおかげで、あの後すみれの魔女様と出会えて助けてもらって、こうして学園にも通えるようになった。本当にお礼しかないよ。やっぱり対価を用意したいところだね」
「この僕が要らないと言ってるんですから、気にしないでください」
「それでも、何でも良いからお返しさせてよ」
「……そうですね、では、ひとつお願いがあります」
お互いに強く握りしめた手、そこから全身にじんわりと熱が伝わる。
「僕とお付き合いしてくれませんか」
「……へ?」
シオリの口から、何とも間抜けな声が出た。
「え、お付き合いって、その、恋人になるってこと?」
「そうです。最悪の醜態を晒して、何もかも失ったこんな僕でも良ければ、恋人になってください」
「寧ろ、私なんかで、良いの……?」
「まったく、そんな卑屈でもあなたが良いんですよ、僕は。僕がこれまで、何度その緋色の髪を夢に見たか、あなたは知らないでしょうね」
握り合っている手を、アズールは更に強く握り締めて、シオリは「痛い痛い!」と悲鳴をあげる。言葉に偽りは無いのだろう。
「お返事は?」
「……これから、よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
アズールはまだ弱々しい青白い顔だが、満足そうにニンマリと笑った。一方、シオリは想像を絶する展開に混乱して、顔を髪と同化するほど火照らせていたのだった。
「ちなみに補足しておきますが、」
「は、はい?」
「結婚を前提にしたお付き合いですからね」
「えっ!? あ、ぅ、うん! ……嬉しい」
2024.05.23公開