ロボット君とお人形ちゃんの話
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お人形たちの恋人ごっこ
ふう、今日も良い天気だな。
とある日曜日。朝一番にフラミンゴたちの世話をやってから、植物園へ向かい、部活の一環として育てている苺たちに水やりを終えて。
さてと、そろそろ昼食を取ろう。たまには大食堂で昼ご飯にしようかな。そう思い、ナイトレイブンカレッジの校舎内にある中庭を横目に、一階の廊下を通り過ぎようとした時である。
……不審な人物を発見した。
廊下の柱に身を隠して、どうやら中庭の様子を窺っているらしい、不審者。頭からメラメラと青い長髪の炎を燃やす、その目立つ姿は俺も知っている人物だった。しかし、普段は魔法のタブレットを使って登校しているから、普通に姿を見かけるのは珍しい。しかも日曜日に、だ。
「イデア、いったい何をしているんだ?」
「ピギャーーーッ!?」
何か別の生き物みたいな悲鳴をあげたかと思えば、異端の天才とも謳われる魔導工学の申し子――イデア・シュラウドは顔を真っ青にして、ようやくこちらを向いた。
「と、と、ととトレイ・クローバー氏!」
向こうも俺の事は知ってくれていたようだ。とは言え、あまり深く話した事はない。クラスが違うからな。
「それで、もう一度聞くが何をしているんだ?」
「な、なっ、なにって……」
ごにょごにょと黙り込む彼は、どうも罰の悪い事をしているらしい。ますます何をしていたか気になるので、意地でも聞き出してやろうと思ったが。
「あっ、ちょっ、やば! トレイ氏も隠れて!!」
必死の形相でそう言われたので、俺も慌てて廊下の柱を背にして身を隠す。いったい何なんだ? 俺は彼が見つめている、中庭の奥へと目を凝らした。
そこに居たのは、確かイデアの弟であるオルト・シュラウドと――オンボロ寮で働く、魔導人形のミーティアちゃんだった。二人仲良くベンチに座って、談笑している様子だ。
「まさか、弟のデートを覗き見していたのか? いくら兄とは言え、さすがに気持ち悪いぞ、イデア……」
「う、うるさい、うるさーいっ! だって弟が嬉しそうに『すごくかわいい子なんだよ! 今度またデートをするんだ』って話すから、気になっちゃったんだよ。だって、デートでござるぞ、デート! この感動が一般ピーポーにはわかるまいっ」
「ああ、そう……」
「陽キャから向けられる、冷ややかな眼差しが痛い」
そう非難しながら、俺も一緒に覗き見ているので同罪だろう。俺もオンボロ寮によく通っている関係で、ミーティアちゃんとは浅い仲でもないから、デートという言葉には興味があった。しかし、ここからだと、ふたりが何を話しているか聞き取りづらいな……。
『それでね、兄さんったら、この間も――』
『ふふ、愉快なお兄さまですのね』
『うんっ、最高の家族さ!』
『家族といえば、うちのご主人さまも――』
なんとなく、楽しげな様子から、悪い話はしていないことがわかる。仲睦まじく互いの家族について、自慢話に花を咲かせているようだ。思わずほのぼのと心が温まってしまう。
『あっ、そうだ! 今日はね、君にお願いがあったんだ』
『お願い、ですか? 私に出来ることなら、何だってご協力させていただきますわ』
オルトはミーティアちゃんのお人形さんらしい手を、両手でぎゅっと握りしめたかと思えば。
『僕と"恋人ごっこ"をしよう!』
隣の柱に隠れていたイデアは「恋人ォッ!?」と驚きに叫んでいた。俺も驚いて眼鏡が落ちそうになったけど、声が大き過ぎる。俺は思わずシーッと注意してしまった。
『……いまなんか兄さんの声がしたような、』
『まさか、気のせいではありませんか?』
ヒューマノイドであるオルトなら、もう気付いても可笑しくない筈だが、目の前にいるミーティアちゃんとの談笑に夢中で、気付いていないのかもしれない。
『それで、恋人ごっこ……とは、何をするんですか?』
『僕らふたりで恋人同士の真似っこをするんだよ! 愛とか恋とか、ヒューマノイドと魔導人形の僕たちには難しい概念でしょう? でも、そういう感情が理解出来たら、もっと人間に近づけると思うんだ』
『なるほど……人間の感情に、近付く……良い案でございますね』
『でしょ!? だから、これからも僕と一緒に遊んでくれたら嬉しいな』
『ええ、もちろんですわ』
そこまで話したところで、オルトはよっとベンチから立ち上がり、今度ははっきりとこちらを向いた。おっと、まずい。
「兄さん、トレイ・クローバーさん、いつまで覗き見してるつもりなの」
バレてしまっては仕方ない、俺は「あわわ」と動揺するイデアを引っ張り出して、苦笑いしながら二人の元へ駆け寄った。
「すまない、デートの邪魔をしてしまったな」
「ご、ごめんね、オルト……ミーティア、ちゃん」
もじもじしながら心底申し訳なさそうに俯き謝る兄に対して、オルトはやれやれと呆れた様子だ。これではどっちが兄だかわからないな。
ミーティアちゃんは未だにポカーンとしていた。しばらくフリーズした後、魔法石の瞳で何度も瞬きして、むっと口を尖らせた。
「ひ、ひどいですわ、覗き見だなんて! は、恥ずかしい……」
お人形さんだから頬が赤くなったりはしないけど、言葉通り恥ずかしそうに両頬を押さえる姿は可愛らしい。
「お詫びに今度、オンボロ寮にケーキを差し入れるから、許してくれないか?」
「もう……約束ですよ?」
「うん、約束だ」
俺はミーティアちゃんに小指をスッと差し出した。意味を理解したのか、お人形さんはニッコリ笑って、指切りげんまんしてくれた。ふふ、可愛いな。
すると、今度はオルトがムムッとこちらを睨み上げるではないか。
「ちょっと、トレイ・クローバーさん! ミーティアさんは今日から僕の恋人さんなんだから、ね!?」
「ははっ、そうだった。ヤキモチ妬かせちゃったな、ごめんごめん」
オルトの兄そっくりなメラメラ燃える頭をぽんぽんと撫でたら、彼は少しくすぐったそうに笑った。ああ、実家の弟妹たちは元気だろうか。なんだか不思議と懐かしい気持ちになってしまう。
「えぇ〜……なんかトレイ氏ばっかり懐かれてて、拙者ショックなんですが……」
「兄さんは覗き見してた事を反省して」
「はい、すみません」
さて、雑談もそこそこに。
俺の腹の虫が騒ぎ始めそうだから、改めて大食堂へ向かおうか。
「じゃあ、俺は大食堂へ行くよ。邪魔してごめんな」
「えっ」
何故か心細そうな様子で、ミーティアちゃんがこちらを見上げた。お人形さんは優雅にベンチから降りると、咄嗟に俺の手を引いた。
「お待ちくださいませ、私も連れて行ってくださいませんか?」
「うん? もちろん構わないが、デートの続きは良いのか?」
ミーティアちゃんはコクコク頷いて、後ろを振り返ると、イデアとオルトのシュラウド兄弟に「さようなら」と手を振った。
「オルトさま、イデアさま、また今度」
「うん、ミーティアさん、またね!」
「へぁっ、ま、またね……」
兄弟が揃って手を振り返してくれた事を確認すると、俺の手を引っ張ってパタパタ中庭を後にした。
俺はされるがままにお人形の後を着いていく。廊下を逃げるように通り過ぎた所で、彼女はようやく足を止めた。
「急にどうしたんだ?」
「え、えぇっと……」
ミーティアちゃんは手を繋いだまま、俺の方を見上げて、魔法石の瞳をなんだか熱っぽくキラキラ光らせる。
「恋人という言葉を聞いてから、なんだか、恥ずかしくて、おめめがパチパチして、オルトさまのそばに、居られなくなってしまったの」
……なるほど。
「照れちゃったのか、ははっ、可愛いな」
「わ、笑わないでくださいませ!」
プンスコ怒ってしまったお人形さんを、俺は「悪かったよ」と笑いながら、ひょいっと抱き上げた。
「また一歩、人間に近づけた証拠だな、おめでとう」
「えっ、え、この感情が?」
「俺もまだ経験は浅いけど、わかるよ。ドキドキして、瞳の奥がチカチカしてさ、相手のことが眩しくて見ていられなくなるほど、照れて、恥ずかしくなる事」
「……これが、恋なのでしょうか」
「さあ? これからオルトと一緒にゆっくり学んで行ったら良いと思うぞ」
「そう……そうですわね」
ミーティアちゃんはようやく、自分に芽生えた小さな感情を飲み込んだらしい。
「お食事のついでに、わたくしの恋愛相談、聞いてくださいますか、トレイさま」
「うん、構わないよ。俺もうまく相談に乗ってやれないかもしれないけど、な」
可愛い妹のような存在だ、どんな事でも協力してやりたいと思った。……覗き見なんて悪趣味な事はもうやめておくけど、な?
「ねえ、兄さん」
「ん、どうしたのオルト」
「……トレイさんみたいな、背が高くて格好良いギアって、どうかな?」
「ふっ、はは〜ん、なるほど、オルトはそのままで充分魅力的ですぞ。一丁前にヤキモチ妬いちゃってぇ、可愛いっすなぁ〜!」
「もう! からかわないでよー!!」
2024.03.19公開
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