ロボット君とお人形ちゃんの話
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
花冠とお人形たちの約束
名前はミーティア、流星の名を授かりました。
茨の谷で名腕の魔導人形職人が、丹精込めて作り上げた最高傑作が、この私。人間からの愛情――微量の魔力を、瞳に埋め込まれた魔法石で蓄積・増幅して動力源に変える。魔力を持たない人間の代わりに魔法を扱うことができる、生きた人形でございます。
そんな私の、今のご主人さまは本日も大変お忙しそうに、住処であるオンボロ寮を駆け回って居られました。私も微力ながら、お手伝いをさせて頂いております。
「ミーちゃん、今日もお手伝いありがとうね」
私を愛称で呼んでくださるこのお方は、オンボロ寮を預かる寮母さま。名はアイさま。不運にもこのツイステッドワンダーランドへ迷い込み、ナイトレイブンカレッジの学園長から雇われて、このオンボロ寮の管理から学園での雑用仕事まで様々に押し付けられている方でございます。
それでも彼女は柔らかな笑みを崩すこともなく、日々楽しそうにお仕事をこなしながら、こんな私にもお礼を言ってくださる、とてもお優しい方です。
「このくらいの業務、いくらでもお申し付けくださいませ。私は寮母さまの身の回りを手伝い、お守りすることが仕事ですから」
そう言っても、彼女は笑顔のまま、私の頭へと手を伸ばします。ぽふぽふ、なでなで、幼児を扱うように、優しく頭を撫でてくださる華奢なお手。
「ふふ、頼もしいね」
いつもありがとう、ミーちゃん。そんなお言葉まで頂けるなんて、魔導人形冥利に尽きるというものです。
「でも、この後は職員会議で、お姉さん出掛けなきゃいけないの。ミーちゃん、お留守番を頼める?」
「かしこまりました。お任せください。留守中、何かしておくことはございますか?」
「うーん、今のところ大丈夫だよ。夕方まで戻って来なかったら、洗濯物を取り込んでおいてほしいかな。それまでは、ミーちゃんゆっくり休んでて良いよ」
ぴたり、と思考の止まる音がしました。
「休む……とは?」
魔導人形として目覚めて、まだ数日の身体。目覚める前の記憶は失われ、茨の谷で製造された事しか覚えてなかった私。休む、という概念がよくわからず困ってしまいました。
寮母さんはその場へしゃがみこんで、困ったように苦く笑いながら、言葉を続けました。
「例えば、紅茶を淹れてお菓子でもつまむ……ことはお人形のミーちゃんに出来ないのね、そうね、じゃあ──ふかふかのソファーでお昼寝とか、庭に出て日向ぼっこも良いかもしれませんね。今日はとってもお天気が良いから、少し学園内をお散歩してみるのも良いと思うわ」
お昼寝……日向ぼっこ……お散歩……。
どれもあまりピンと来ません。しかし寮母さんは留守番を頼んだ筈ですのに、お出かけしても良いのでしょうか。
「ゴーストのおじさまたちも居るからね、ちょっとお散歩するくらい大丈夫よ」
ああ、そうでした。ここには寮母さま、監督生さまやグリムさまの他にも、いつの間にか頼もしいボディーガードとなった、賑やかな同居人のゴーストのおじさまたちがいらっしゃいました。
「──わかりました。ご助言通り、休む、実践してみせますわ」
「うんうん、何事もチャレンジだよ。それじゃあ、行ってきますね」
「はい、いってらっしゃいませ」
いそいそと扉の向こうへ消えて行った寮母さまを、深々とお辞儀をして見送った私。
さて。実践する、とは言ったものの、まずはどうしましょうか。
「……お昼寝、してみようかしら」
監督生さんとグリムさんが、先日見つけたというゲストルーム。オンボロ寮へ訪れた生徒さまをおもてなしする場所。そこにはまだ家具は少ないものの、基本的な椅子と机は揃っているし、大型テレビや花瓶の彩りもあって、ふかふかで心地良い大きなソファーもあるのです。
試しに大きなソファーの上で、ごろんっと寝転がってみましょう。えいっ。ふわふわのクッションを枕代わりに横たわってみましたが――。
「……眠れませんわ」
今日はまだそれほど魔力も消耗しておりませんし、疲労という概念も乏しいので、ちっとも眠れる気がしません。困りました。
「日向ぼっこ……」
そうだ、窓の近くへ寄って日光にあたりましょう。
ソファーから飛び降りて、今度はゲストルームの窓際へ寄りました。すると、窓の向こうに、何か――青い、炎? いや人影? が見えるではありませんか。
「あら、お客様かしら」
もしかして、監督生さまのお友達かしら。
私は窓を開け放ちました。そして青い炎をメラメラ頭の上で燃やしている、白く小柄な人影に「こんにちは」と声をかけてみました。
「わああッ!?」
そこまで驚かれると、こちらもビックリです。
「すみません、どちらさまでしょうか」
「え、えっと――!」
くるりと振り返ったそのお方は、ゆっくり、恐る恐ると言った様子で、窓の近くまで来られました。そこまで近付いて、私はそのお方が"人間"ではないことに気が付きました。
「僕は、オルト・シュラウド。異端の天才、イデア・シュラウドが生み出したヒューマノイド……です」
金色の瞳を困ったように泳がせながら、彼はそう答えました。
言葉通り、黒いガスマスクをつけたようなお顔、真っ白な機体、人間そっくりのロボットが、そこにふよふよと浮いていらっしゃいます。
イデアさま――確か、イグニハイド寮所属、三年生の先輩さまだったような記憶が。あまり監督生さまやグリムさまとの交流は無い筈ですが。
「オルトさま、ですね。私はミーティアと申します、お気軽にミーちゃんと呼んでくださいませ」
「えぇ? 君って意外とフレンドリーだね」
目を見開いて驚いた顔をしたかと思えば、今度は目を細めて笑う、ヒューマノイドのオルトさま。正直に申し上げて、そのコロコロ変わる愛らしい表情は生きた人間そのものにしか見えません。
そして、彼もまた、私が"人間"ではないことに気が付かれた様子。黄金色の瞳をキラキラ輝かせて、こちらをまじまじと見つめます。
「ミーティアさん、だね。もしかしてだけど、君も……お人形、さん?」
「はい。茨の谷で生まれた魔導人形でございます」
「わあ、すごいや! 僕、こんなに自分そっくりの存在に出会えた事無いから、なんだか嬉しい! よろしくねっ、ミーティアさん」
「ええ、こちらこそ」
ご挨拶もそこそこに、いったい何故オンボロ寮の中庭をうろちょろしていらっしゃったのか。聞き出さなければ。
「オルトさまはどうしてこちらに?」
「あっ、そうだった……。実は兄さんが、いつも学園で使ってるタブレットを落としちゃったみたいなんだ」
「たぶれっと?」
「えーっと、板状のコンピュータ端末・ハードウェア、とにかく大切なものなんだ。僕のレーダーに寄れば、オンボロ寮周辺にあることを示しているんだけど、見つからなくて……」
「なるほど、もしかしたら屋内にある可能性もございますね」
「……うん、誰かが勝手に放り込んだのかもしれない。でも僕、その……」
何かをモゴモゴと言い辛そうにしている彼。私は「どうなさったのですか」もう一度問いかけました。すると、恥ずかしそうに俯いて言葉を続けました。
「……ゴーストが苦手なんだ」
「えっ」
「だ、だってアイツら、僕のこと馬鹿にするんだもん。実体もない癖に」
それで、オンボロ寮に入れてもらう手段を諦めて、中庭だけをうろうろ回っていたのでしょうか。なんて困ったことでしょう。
「ご安心くださいませ、オルトさま。私もたぶれっと捜索お手伝いさせていただきますわ」
「えっ良いの!?」
「困ったときはお互い様、助け合いが大切だと、私のご主人さまもよく言っておられます。どうぞ、あがってくださいませ。今はゴーストのおじさまたちは寝ていらっしゃいますから」
「あ、ありがとう……!」
窓からで申し訳ありませんが、オルトさまはふんわり飛んでゲストルームの中に入られました。
その後はふたりであちこちを捜索しました。オルトさまのレーダーに寄れば、このゲストルームが一番怪しいという事で、テレビの裏から飾られた絵画の後ろまで、それはもう隅々を探し回りました。ですが、たぶれっとは見つかりません。
ふたりで困り果てて、どうしましょうか、と一旦ソファーに座り込んだ時でした。
「……あら?」
なんだか座ったところが硬い。慌てて座っていた場所のクッションをひっくり返したら、そこにありました。板状のコンピュータ端末が!
「あ、あったー! よかったあ!!」
嬉しそうにタブレットを掲げるオルトさまを見て、私もホッと胸を撫で下ろしました。
「良かったですね、オルトさま」
「ミーティアさんのおかげだよ、ありがとう!」
それにしても、どうしてオンボロ寮のゲストルームで、イグニハイド寮の生徒さまの物が見つかるのか、まったくの謎でございます……。
「あーあ、やっぱり充電が切れてる、ちょっと待ってね、すぐ充電しちゃうから」
オルトさまはそう言うと、ご自身の脇腹辺りからシュルリと充電用のコードを引っ張り出して、タブレットに差し込みました。
暫くして、画面にパッと映り込む、不健康そうな青白い男性のお顔。この通話相手の彼が、イデア・シュラウドさまでしょうか。
『あっ、オルトー! 良かった、やっと見つかった!?』
「うん、何故だかわからないけどオンボロ寮のゲストルームに隠されてたみたい。僕の隣に居る、ミーティアさんが手伝ってくれたんだよ」
『……へ?』
画面越しに手を振ってみましたが、イデアさまからの反応はありませんでした。ポカンと口を開けて、なんだか思考停止しているご様子。
「兄さん? 兄さんったら、どうしたの?」
弟さまが声を掛けても、彼はただただ呆然と和足を見つめておりました。私はオルトさまと顔を見合わせ、同時に「はて?」と首を傾げます。
「兄さんってば!」
『は、はいぃ!?』
弟さまの少し怒った声で、ようやく意識が戻られたご様子。それでもまだ何故か困惑しているようで、視線があっちこっちに泳いでいらっしゃいました。
「ほら、ちゃんとお礼言って」
『は、はい。アリガトウゴザイマシタ……』
いえいえ、とこちらが頭を下げた後も、イデアさまは何か小さな声でブツブツ言っておられます。
『待って、嘘でしょ、何でこの子が……ありえない、でも同じ物は二つとない筈だし、やっぱり……いや、でも……ヤッバ、知恵熱出そうなくらい意味わかんない……』
「兄さん、兄さんどうしたの? これからタブレット持って帰るからね」
『いや、良い! 大丈夫っすわ! せっかくだからオルト、ミー……ミーティアちゃんとゆっくりしておいで! たまには休憩も大事っしょ、それじゃ!!』
「えっ、ちょっと兄さん!?」
ブツンッ、と一方的に通話が切られてしまいました。
「えぇ、急にどうしちゃったんだろ……まあ、タブレットが無事に見つかったから良いけどさあ……」
不満げにムスーッと目を細めるオルトさまは、なんだか幼くて可愛らしい。それにしても――。
「困りましたね、いきなり"休め"だなんて」
「ほんとうだよ、何したら良いんだろう……」
オルトさまも私と同じように困っているご様子。でも、ふたりいっしょなら、今度こそ上手く休むことが出来るかもしれない。
「オルトさま、よろしければご一緒に休憩いたしませんか」
「嬉しい申し出だけど、僕はヒューマノイドだから何かを食べたり飲んだり出来ないよ? 兄さんがそういうギアを作ってくれたら別だけど……」
「そこは私も同じでございます。先程、お昼寝をしようとして失敗しましたから……お庭で、いっしょに日向ぼっこはいかがでしょう?」
「日向ぼっこ……僕たちにとっては、あまり意味のない行動に思えるけど、うん、何事もやってみなくちゃわかんないよね。賛成! いっしょに日向ぼっこしよう!」
そんなこんなで、私はオルト様とオンボロ寮のお庭で日向ぼっこをしてみる事となりました。
お外はとってもぽかぽかで、雲ひとつない青空、最高の日向ぼっこ日和でございます。
「……良い天気だねえ」
「ええ、良い天気ですわ」
他愛もない会話をしながら、ふたりでゴロンと芝生の上に寝転がってみました。ごろごろ。
「うーん、なんていうか、」
「暇……ですわね」
ぽかぽか陽気を瞳で認識することはできても、身体で熱を感じられはしない。だから、これが心地よい行為だと言う実感が出来ませんでした。なんせ、お人形ですもの。
ふたりで上半身だけを起こして、どうしようか、と顔を見合わせます。ふと、オルトさまの足元で咲く小さな花が目に入りました。
「そうですわ、オルトさま。お花の冠を作ったことはあります?」
「おはなの、かんむり?」
「良ければ、いっしょに作ってみませんか」
「うん、良いね! 寝っ転がってるだけよりは楽しそう」
では僭越ながら私が作り方をお教えしましょう、と思いましたが……。
「花冠 作り方 検索中――」
オルトさまの瞳がひときわピカッと輝いて、カタカタと何かを計算する電子音が聞こえました。
「よーしっ、検索完了! 早速やってみるね!」
「まあ、作り方がわかったのですか?」
「そうだよ、僕の検索機能なら一瞬さ!」
何と言うことでしょう。ふふん、と自慢げに笑う彼は、やはり人間ではなくロボットなのだ、と思い知らされて、私は感心するばかりでした。
さて、オルトさまに遅れてはいけないと、私も花冠作りに取り掛かります。秋に咲く小さな花たちをぷちぷちと摘んで、くるくると繋げていく作業を、私はなんだか"懐かしい"と感じていました。不思議です、私はどうして花冠の作り方を知っているのでしょう。茨の谷で生まれた事しか、記憶は残っていないのに。何故か指先が、心が覚えている――?
ぽかぽか陽気の中、しばらくして「できた!」と明るい声が響きます。オルトさまの方を向けば、嬉しそうに目を光らせて「じゃじゃーんっ」と花冠を見せてくれました。
「まあ、素晴らしい出来栄えですね。配色もカラフルで素敵ですわ」
「ふふーんっ、兄さんが作った最高傑作のヒューマノイドだからね、これくらい簡単さ!」
「オルトさまはお兄さまのことが大好きなのですね」
「モチロン、自慢の兄さんだよ」
お兄さまの事になると、ルンルンご機嫌に話してくれるオルトさまは、なんとも可愛らしい。ふふ。ご本人にお伝えしたら怒られてしまうかもしれないから、ここは黙っておきましょう。
私も最後の仕上げを終わらせて、彼を真似て「じゃじゃん」と完成した花冠を掲げました。彼の瞳のような、黄色の花を中心に完成させたものです。
「わあ、ミーティアさんの作った花冠も綺麗だね!」
「ありがとうございます。よろしければこちら、オルトさまにお贈りしますわ」
私は青い炎がめらめらと燃える彼の頭に、そっと黄色の花冠を乗せました。
「わっ! ……いいの?」
「はい。今日いっしょに遊んでくださったお礼ですわ」
「僕の方こそ、君には感謝の気持ちでいっぱいなのに」
あ、そうだ! 明るい声と共に、私の頭の上にふわっとカラフルな花冠が乗せられました。
「じゃあお互いの花冠を交換しよう!」
「あら、よろしいのですか?」
「今日出会えた記念って事で。ふふっ、ミーティアさん、よく似合ってる。お姫様みたいだね」
そんなお優しい言葉に、無い筈の心臓がトクンッと跳ねたような気がして。魔法石で出来た瞳がほんのり熱くなってしまいました。
「……ありがとうございます、嬉しいですわ」
オルトさまが黄金色の瞳でじぃっと私を見つめるものですから、どうしたのでしょうと首を傾げます。
「君は、不思議だね。心拍数もわからないし、表情も僅かしか動かなくて、感情が読めない、次の行動を予測できなくて、でも、君の言動で僕は何故か胸の奥があったかくなるんだよ」
ガスマスクのような仮面の奥で、彼はどんな表情をしているのでしょうか。
「僕らに心臓なんて無いのにね」
寂しいような、けれど真実のお言葉に、私もオルトさまも、しばらくの間、黙り込んでしまいました。
「……ねえ」
恐る恐る、という様子で言葉を紡いだオルトさま。
「また遊びに来ても良い、かな?」
「もちろん、拒否する理由がございませんわ」
私は何度も頷いて見せました。
「グリムさまは……どう反応なさるかわかりませんが、寮母さまも監督生さまもきっとお喜びになります。ゴーストのおじさま方も貴方にいじわるを言ったりしません。わたくしがキッチリ注意しておきますわ。だから、ええっと……」
ぎゅっ、とオルトさまの機械の手を握ります。
「……わたくしも"また"オルトさまと、遊びたいですわ」
「えへへ、じゃあ約束だね!」
オルトさまは握り合った手とは反対の手を差し出して、小指をピンと立たせました。ああ、これは、約束の合図。私も手を差し出して、それに小指を重ねます。指切りげんまん、嘘はつきません。
「ミーティアさん、またね」
「はい、オルトさま。また今度」
無いはずの心臓が動き出したような、不思議と懐かしさを感じるこの感覚。
彼と過ごしていたら、いつか、その原因がわかる日は来るのでしょうか――。
2024.03.16公開