愛郷の詩人と不思議な猫の話
夢主設定
帝國図書館の看板猫通称・猫のお嬢さん
室生犀星に飼われている黒猫
温和で人懐っこい性格
杏色のリボンが特徴
家庭的でお料理上手な良妻
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猫と先生の話
「くろ、ちょっといいか」
「はい。どうされました、先生」
「膝を貸してほしい」
「膝? 膝ですか? ああ、わかりました、ええ、もちろんどうぞ」
「悪いね、毛繕いの途中に」
「ちょうど終わったところですもの、構いませんわ。さ、照道さん」
「ありがとう」
「如何ですか、膝枕のお加減は」
「はあ、落ち着くよ。おまえはいつも太陽の匂いがするね。整えたばかりだから、毛の撫で心地も最高だ」
「そうでしょう、ふわふわでしょう。今日もたくさん、図書館で日向ぼっこをしてきましたから。先生も、毛繕いして差し上げますね」
「ふっ、くすぐったいよ。これでは母親に甘える子供のようで、少し恥ずかしい気分だなあ」
「先生がご希望なさったのに、可笑しなことを仰いますのね。ふふっ」
「男は複雑な生き物なんだよ」
「女心よりむつかしいのでございますねえ」
「あー、こらこら、つむじを突くんじゃない」
「ねえ先生、つむじを10回押すとはげるとか、お腹を壊すとか、身長が伸びなくなるとか、色んな噂がありますけれど本当かしら。つんつん」
「わああ、やめなさい、やめなさい。知らないよ、俺でそんな恐ろしい迷信を試そうとしないでくれ」
「うふふ。ところで先生、今日は朝から熱心に筆をとって、墨をすらすら走らせたかと思えば、その紙をぐしゃぐしゃに丸めて放り投げて……いったい何を書いていらしたの? 新しい詩ですか? それとも、誰かへのお手紙?」
「んん、あー、これは……。おや、どうしたんだ、くろ? まるでイカの頭みたいに耳をぺったり寝かせて。さては、朝からあまり構ってやらなかったから、ヤキモチかな」
「も、もう! 自惚れ過ぎですわ、先生ったら」
「ははは、放ったらかして悪かったね。俺はね、くろ。手紙でも詩でもない、小説を書いていたんだよ」
「え──」
「そう驚くこともないだろう。俺は生前、小説もたくさん遺したぞ。おまえの大好きな赤い金魚の話だって、」
「いえ、いえ、驚き──確かにとても驚きました、でもそれ以上に、嬉しくて──言葉を、失ってしまいましたの」
「……まあ、いまいち捗ってはないけどな」
「塵箱の紙の山がその苦悩を物語ってございますね……。あの、先生? どんなお話を書いているのか、少し覗いてもよろしい?」
「うん、おまえさんには見る権利があるからね。机の上にある下書きなら、読んでいいぞ」
「ありがとう、先生!」
「嬉しそうだなあ」
「大好きな室生犀星先生の新作を誰より早く覗き見られるのですもの、嬉しくて喉も鳴りますわ」
「本当にごろごろ言っちゃって。目の前で自分の作品を読まれるというのは、生まれ変わっても変に緊張してしまうものだね。さて、どうだろう」
「これは……ふふ、同棲を始めたばかりの幸せそうな恋人同士のお話、かしら」
「いや、小説家を志して上京した男と、そいつに飼われている黒い猫の話だ。……まあ、おまえさんの答えもまったく間違ってはいないよ」
「! 作家さんと、ねこの、おはなし」
「おまえには、彼らが幸せそうに見えるかい」
「はい。仲睦まじくて、時折小さな喧嘩もしてしまうけれど、ふたりで生きることを楽しんでらっしゃる。とても、幸福そうに見えますわ」
「ふ、良かったよ。──そうだ、何かご褒美をあげようか」
「ご褒美?」
「これはおまえさんをモデルにしたお話だからね、そのモデル料というか、お礼だな」
「何でもよろしいの?」
「何でも、好きなものを言いなさい」
「……じゃあ、先生、」
「うん」
「私、お名前が欲しい」
「名前?」
「このお話に出てくる猫のお名前が欲しいわ。くろなんてペットに付けるような愛称ではなくて、あなたの考えてくれたお名前が欲しい。人間と同じようなお名前が」
「成る程、そうか、この名前を気に入ったか」
「ええ、とっても。猫井黎子、私が生まれ変わりたいほど憧れた金魚さんと姉妹のお揃いのようで、素敵ですわ」
「元々この名前もおまえにあげるつもりだったから、勿論構わないよ。ご褒美は、また別の物を俺が考えておこうか」
「私はあなたがまた小説を書いてくださる、それだけで十分嬉しいのに」
「まったく、おまえさんは──黎子はちっとも欲がないね」
「だってもう贅沢過ぎるほど、あなたからたくさんの愛情を頂いておりますもの。うれしい、うれしいわ、せんせ」
「だけど、苗字までは要らなかったかもしれないね」
「まあ、どうして?」
「おまえは近い将来、俺の苗字を貰ってくれるだろう?」
「……もう、先生ったら」
2018.03.02公開
2018.04.02加筆修正
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