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800字SSまとめ

 

  【意外な一面】



 錬金術の授業を無事に終えた、ある穏やかな昼休み。
 朝から室内に篭りきりだったから、気分転換に外で昼食を取ろうと、天気の良い中庭へ足を運ぶ。……が、そこによく見覚えのあるターコイズカラーの後頭部がふたつ見えて、俺は思わず「げっ」と顔を顰めた。オクタヴィネルのリーチ兄弟だ。
「真面目に授業したオレえらぁい! クジラちゃんも褒めて〜?」
 あのねちっこい喋り方はフロイド・リーチの方だろう。また誰かに変なあだ名を付けて呼んでいるようだが、クジラちゃんって誰だ……?
 彼らの会話相手がなんとなく気になって、静かに足を近付ける。俺よりも背の高い彼らに挟まれていたのは、なんと、オンボロ寮の寮母さんだった。──俺が密かに想いを寄せるひとでもある。
「小テストで満点を取ったんでしょう、トレイン先生も褒めていましたよ。すごいね、フロイド君」
 彼女はいつも通り柔らかなマシュマロのような笑みで。遥かに遠いウツボの頭へ、なんとか手を伸ばして撫でてやっている。わざわざ背を屈めているフロイドの方も随分とご機嫌だ。
「おやおや、僕も苦手な飛行術の授業を頑張って終えたところなのですが、フロイドばかり褒められては、寂しいですね……しくしく」
 あからさまに嘘泣きをして見せるジェイド・リーチにも、寮母さんは「あらあら」と笑みを絶やさぬままにもう片手を伸ばして、よしよしと頭を撫でる。
「うふふ、ジェイド君のご活躍も聞いてますよ。昨日よりも高く飛べたんでしょう?」
「ええ、2センチほど」
 2センチ……ああ、いや、元々海で暮らしていた彼らのことを考えたら、凄い事だよな、うん。
 それにしても寮母さんはいつの間に、彼らと仲を深めていたのか。いや、そもそも彼女は誰にでも優しいひとなんだが、あのリーチ兄弟までも懐いているのは、さすがに驚いた。……何よりも、あんなにも素直な言葉と態度で甘えられる彼らが、少し、羨ましいなんて思ってしまった。
 洋墨を間違えて飲み込んだかのような不快感、モヤモヤと胸の奥が曇っていく苛立ちに、自分が変わってしまいそうで、恐ろしい。俺はすぐにこの場から立ち去ってしまおう──と、背を向けたが。
「あら、クローバー君?」
 俺の存在に気付いてくれた彼女の声で呼び掛けられる。振り返れば、ほんのすぐ近くに彼女が居て「おわっ」なんて情けない声を上げてしまう。
「まあまあ、頬っぺたが黒く汚れてますよ。洋墨? 煤かなあ? ちょっとだけ、じっとしててね」
 清潔なハンカチを取り出して、ぽんぽんと俺の頬を拭ってくれる彼女。その自然体な優しさに、心のもやも簡単に拭い晴らされてしまった。己の心に芽生えた幼い嫉妬が、あんまりにも単純過ぎる自分が、なんとも恥ずかしい。
「あ、すみません……。錬金術の授業中に、汚れたみたい、だな」
「うんうん、きみが今日もよく頑張ってる証拠だね。クローバー君も、えらい子だなあ」
 いい子いい子、と俺まで先程のリーチ兄弟たちみたいに頭をナデナデされてしまう。ニヤニヤとこちらを遠目から眺めてくる後輩たちの前で、恥ずかしい限りなんだが──。
「……ありがとう、ございます」
 それでも嬉しい気持ちの方が優ってしまうから、まったく、恋心というのは本当にままならないなあ。

「ウミガメくんデレデレじゃーん、アハッ面白い♪」
「フフフ、これはこれは。トレイさんの意外な一面を知ってしまいましたね──?」




2021.05.05公開
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