800字SSまとめ

 

  【いつも通り】



 明日はデートをしよう──。
 そんな嬉しい提案をくれた、僕の大好きな先輩。それは、先日ようやく僕の想いを受け止めてくれた、可愛い恋人の言葉だった。

 翌朝、僕は初めてのデートが楽しみで堪らなくて、日が昇る前に目覚めてしまった。
 清潔感のある私服に着替えて、珍しく髪をワックスで整えたりもして。約束の時間までソワソワしていたら「鬱陶しいから早く行け!」と同室のエースに追い出される始末。仕方ないので、まだ予定より随分と早いけど、彼女の私室まで迎えに走った。
 無用心に開いたままの扉から中を覗くと、先輩はまだ寝巻き姿で鏡と睨めっこをしていた。ウサギの獣人属は耳が良いから、足音で僕の訪問にはすぐ気がついたのだろう。ハッと慌てた様子でこちらを振り返る先輩。
「わっ、デュース!? もう支度が済んだのか……。悪いね、まだ着替えも出来てないから、もう少し待っててほしいな」
「はい! じゃあ、談話室で──」
 適当に時間潰してます、と言いかけた所で「あ、待って」という先輩の声に遮られた。
「その……おまえも、やっぱり、せっかくデートをするなら、迷子の少女アリスみたいな──可愛い女の子との方が嬉しい、よね?」
 へ、と間の抜けた声が落ちる。キョトンと目を丸くした僕に、先輩は頬を真っ赤な薔薇色に染め上げながら、言葉を続けた。
「知っての通り、ぼくは、えっと……今までずっと"男"として育てられたものだから、可愛い女物の服とか、スカートとか、持っていなくて……。せっかくのデートなのに、いつも通り男みたいな格好でおまえの隣に並ぶのは、なんだか、」
 悪い気がして、身支度も全然進まないのだーーと、先輩はチャームポイントの長い耳をしょんぼりと伏せて、悲しそうに俯いてしまう。そこには、ただの、お洒落に悩む普通の少女が居て。僕は思わず、ふっと声を出して笑ってしまった。
 僕のために、そんなことを考えていたなんて。ああ、どうしよう、このひとがどうしようもなく可愛い。こういう気持ちを、愛おしいなんて表現するんだろうか?
「……僕は先輩と、デートがしたいんです。どうか、あなたはあなたのままで、いつも通りで居てください」
 パッと顔を上げた少女は、今にも泣き出してしまいそうな、感極まった顔をしていた。僕は慌てて「だっ、大丈夫です!」と声を張り上げる。
「先輩は! 元々、すッごく可愛いですから!!」
 あッ、また、つい本音を叫んでしまった……。
 いつものように照れ隠しで怒られるかと思いきや、先輩はシャボン玉がぱちぱち弾けるように「ふふっ、あはは!」なんて声を鳴らして、心の底から嬉しそうに笑っていた。
「──うんっ、ありがとう」
 その笑顔があまりにも眩しくて、僕はつい顔を背けてしまったけれど。
「じ、じゃあ、待ってますね!」
「ああ、めいっぱいお粧しするからね。楽しみに待ってておくれ」
 きっと、今日は楽しいデートになる。そんな予感がして、期待にドキドキと胸が高鳴った。





2021.04.06公開
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