800字SSまとめ

 

  【秘密】



 最近、先輩に避けられているような、気がする。
 魔法薬学の得意な先輩に、またどうしても分からない所を教えてもらえないか、と声を掛けたら「悪いね、少し時間が無いんだ」そう困った顔で断られてしまった。……まさか、とうとう勉強の苦手で馬鹿な僕に愛想を尽かされたのだろうか。そんな事を悩んでいたら、監督生とグリムが「先輩に限ってそれはない」「ありえねーンだゾ」と励まし(呆れ?)の言葉をくれた。
 先輩は陸上部のマネージャーとしての活動も、しばらく休んでいるようだ。顧問のバルガス先生曰く「特別授業のため」との事だけど、何の授業かは教えてもらえなかった……。ジャックにも、最近の先輩について聞いてみたが、彼は「さあな、お前には教えてやれない」とニヤリ意地の悪い顔をして、何か知ってはいる様子だった。僕には教えてくれないって、どういう事なんだ?
 学年が違うとは言え、先輩とは同じハーツラビュル寮生だ。寮内ですれ違ったり、挨拶を交わすぐらいはある。久しぶりに顔を合わせた先輩、その両手が絆創膏だらけのボロボロになっている様を見てしまった。僕は慌てて「ど、どうしたんですか!?」と声を掛けるが、しかし、彼はまた困った顔をして。ぱちんっとキュートなウインクを決めながら「ひ・み・つ♡」なんて、はぐらかすのだった。ぐうッ、可愛い……。

 そんな寂しい日々が続いた、とある放課後。
 夕飯前だけど小腹が空いたので、大食堂に置いてあるフルーツでも貰いに行こう──と。大食堂に立ち寄ったら、ばったり、チャームポイントの長い耳をコック帽で隠した先輩に、偶然、出会したのである。
「おわッ、デュース!?」
「えっ、先輩! その格好、は……?」
 彼は学校指定でありハーツラビュル仕様の、赤薔薇みたいに華やかなコックコート姿だった。
「それって、マスターシェフの? 先輩も、ローズハート寮長と同じ授業を受けていたんですか?」
「や、これは、その……特別、頼み込んでやらせてもらっているのだけど、ああーっ、もう! デュースには、後でビックリさせてやろうと思ったのに!! なんですぐバレちゃうかなァ!?」
「え、えぇ? すみませ、ん??」
 何故、先輩がダンダンと足を鳴らしながら怒り出したのか、理由はわからないが、とりあえず頬をぷっくり膨らませた顔は可愛い。
「……いま、特別授業とアルバイトを兼ねて、放課後の大食堂で働かせてもらっているんだよ」
 先輩は何故だかバツの悪そうな、親に悪戯がバレた子供のような顔で、そう言った。今までマトモに料理をやらせてもらえる機会も無かったし、卒業後の為にも学びたいと思っていたから──と。
 先輩が忙しくしていた理由は、わかった。でも。
「どうして、僕には秘密だったんですか……?」
 なんだか、少しだけ悲しくて、声が震えて窄まる。代わりにグッと握り拳に力が入った。バルガス先生やジャックまで口裏を合わせて、僕だけ、仲間外れだった理由は? 心の奥がモヤモヤと、黒に曇って煙たい感じがする。
「……おまえ、さては眠りネズミより鈍感だな」
 先輩は妙に不満げな顔で、むっと口を尖らせた。
「デュースは、ぼくの誕生日に、ロールキャベツを作ってくれただろう? あれ、美味しかった」
「え? あ、ありがとうございます!」
 それはもう随分前の話だけど、今更お礼を言われる訳がわからなくて、察しの悪い僕は首を傾げるばかりである。
「嬉しかった、から。ぼくも、お返しがしたいと思ったんだよ。卵料理ぐらい、簡単だと考えていたけど、まったく女王様のタルトよりも見込みが甘かったらしいね」
 ヤケクソのように吐き出された言葉で、ふと先輩の後ろのテーブルが目に入った。
 そこには恐らく先輩が習作したと思われる──上手く卵を巻けなかったオムライス、水っぽいカルボナーラ、ぐちゃぐちゃに崩れた卵焼き等──たくさん、努力の証が並んでいるではないか。
「……つまり、僕の為に、料理の練習をしていたって事、ですか?」
 先輩がみるみる顔を薔薇色に染めて、キッと僕を睨み上げる。正解、だったらしい。
 安心感でドッと脱力して、拳にこもった力も緩む。心のモヤモヤも晴れたその瞬間、ぐぅ〜っと僕の腹の虫が鳴り出した。ビックリ目を丸くした先輩は、すぐに「ぷっ」と吹き出して笑い出す。僕も、つられて笑った。
「あははっ、もしかして腹ぺこ?」
「はい! なので試作品、食べても良いですか?」
「味の保証が出来なくても構わないなら、どうぞ」
 体が小さくなったり大きくなっても知らないよ、なんてツンと冗談を語る先輩だけど、その顔は嬉しそうにニヤけていたのを僕は見逃さなかった。
 ああ、やっぱり俺──!
「僕、先輩のこと、大好きです!!」
「ばッか!? 声がデカいんだよ、おまえは!」





2021.03.31公開
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