800字SSまとめ

 

  【おいしくなあれ】



 他校の生徒を招いてバスケ部の練習試合が行われた、とあるなんでもない日曜日。
 オレ──エース・トラッポラ君はその日、ひどく浮かれていた。何せ、同校の先輩方や友人たちだけでなく、最近お付き合いを始めたばかりの他校の"恋人"も、オレの応援に来てくれたから。
 オレってヤツも結構、単純な男だ。彼女が見ている、すぐ近くで応援してくれている。そんな温かさを背に感じられるだけで、たかが練習試合なのに、やたらと気合が入って。普段以上に軽やかなステップで、我ながら見事なジャンプシュートを決めることが出来た。
 嬉しいことはそれだけに留まらない。オレの可愛い雛鳥ちゃんは、なんと! この日は早起きをして、手作りのお弁当まで作ってきてくれたのである。そう、彼氏であるオレの為に。
「わ、すげーっ、美味そうじゃん!」
 楕円型のお弁当箱を開けた途端、そんな感心の言葉が溢れた。
 定番の卵焼きに、塩胡椒で焼いたウインナー。メインは赤いケチャップでハートの化粧を施した、まんまるで可愛らしいハンバーグ。更にはポテトサラダと、デザートのオレンジ付きである。想像していた以上に、色鮮やかで豪華な中身だった。
 恋人にこんな想いのこもったお弁当を作ってもらうなんて、初めてだ。ああ、もう、嬉しくて堪らない。めっちゃ自慢したい。オレの彼女すごいでしょ? とか誰彼構わず見せびらかしたいぐらいの気分である。いや、恥ずかしいって怒られるだろうから、やんないけどさ。せめてマジカメにアップするぐらいは、許してくんないかなあ。
 記念に写真を撮っても良いかと聞けば、彼女は少し驚いた顔をして、でも、すぐ嬉しそうに「ケイト先輩みたい」なんて笑いながら、良いよと許してくれた。やったぜ。
「喜んで、もらえたのかな。……よかった」
 心の底から安堵した声、ほんのり桃色に染めた頬で微笑む姿は、あんまりにも可愛いから、きゅんと胸の奥が甘く高鳴る。もう絶対、ぜーったい、将来のお嫁さんにしたいと思った。
「じゃあ、早速いただきま──」
「あ、待って!」
 彼女が突然、珍しく声を張り上げるものだから、ピタリとフォークを構えた手が止まる。
「えっと、あのね、ケイト先輩がね、さっき、ご飯がもっと美味しくなる魔法、教えてくださった、から。……試しても、良い?」
 三年生ってそんな魔法習うの? と少し不審に思ったけど、不安げに首を傾げる彼女は可愛いので断れなかった。
「……おっ、」
「お?」
 彼女は自分の胸の前に両手を構えて、その細い指先を丸く重ねてハートを形作ってみせる。そして、静かに深呼吸をすると、真剣な表情で目の前のお弁当へ向かい、一生懸命に叫ぶ。
「おいしくなあれ、もえもえきゅんっ!」
 オレは何故か、心臓にチョコレートで出来た矢でも刺さったような錯覚、弾け飛びそうな衝撃を覚えて、思わず「ぐうっ」と呻きながら、両手で胸の中心を押さえた。……は? なに、今の?? 可愛過ぎて死ぬかと思った。
 彼女が慌てた様子で「だいじょうぶ!?」と心配して背中をさすってくれるけど、それは間違いなくコッチの台詞だった。
「おまえ、こそ、なん……何、してんの……?」
「こうすると『料理にめいっぱい愛情が注がれて、よりいっそう美味しくなるんだよ☆』って、教えてもらったの。でも、効果、よくわからない、ね」
「いや、お前それ、どう考えてもケイト先輩にからかわれたでしょ」
「えっ」
 そう指摘されても、彼女は訳もわからずキョトンと目を丸くするばかりだ。義理の両親から大切に育てられた、箱入り娘の彼女は、少し浮世離れしていると常々感じる所はあったけど、まさか、これ程までとは思わなかった。
 オレの反応見たさで遊びやがったな、あの先輩。純真無垢な後輩に、何てこと吹き込んでくれてんだ。くッ、後でお礼しとこう。
「お前って、もー、ほんと、」
 馬鹿だなあ、と笑ってやりたいトコだけど。この見るからに愛情を感じるお弁当も、最後の仕上げの魔法も、全てはオレに喜んでほしい為のものだと、わかってしまうから。
「……可愛いヤツ」
 こうも純粋で真っ直ぐな恋人が、オレは。浮かれた馬鹿になってしまうほどに、愛おしくて、どうしようもなかった。
 ──オレって、ほーんと、チョロい男だわ。





2021.03.21公開
(Twitterでフォロワーさんから台詞ネタ提供頂いた作品です。ありがとうございました)
52/61ページ