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800字SSまとめ

 

  【雨宿り】



 明日の授業で必要な調べ物を終えて、図書館を出ようと玄関ホールへ向かったボクは、出入り口の一歩手前でハッと慌てて足を止める。しとしと静かに雨粒を降らせる灰色の空模様と、湿った土の香りに、小さく溜息を落とした。
 今朝の予報では雨が降るだなんて言っていなかったのに、困ったものだね。まあ、折り畳み傘が鞄の底で眠っていたから良いけれど。用意周到な自分を誇らしく思いながら、学校指定の鞄に手を入れた時である。
「あっ、リドル先輩!」
 透明感のある澄んだ水が跳ねるような、嬉しそうな声に呼び掛けられて振り返った。桃薔薇が咲くような笑顔を前に、ボクも自然に口元を緩ませてしまう。
「おや、監督生。キミも図書館に居たんだね、気が付かなかったよ」
「今日は閉架書庫の方で、司書さんのお手伝いをしていましたから──。ふふ、おかげで先輩とお会い出来て、嬉しいです」
 アルバイトの一環だろうか、働き者の彼女を感心しながらも、そんな素直さが過ぎる言葉にどきんと心臓が跳ねた。キミと言うひとは、どうしてそんなにも純粋にボクを慕ってくれるんだろうね。可愛くて堪らなくなってしまうよ、もう……。
「ボクも嬉しいよ。ただ、困った事に帰ろうとしたら、いきなり雨が降って来てしまってね」
「えっ!? ああ、本当だ! どうしよう、傘持ってきてないです、私っ」
 天気予報は晴れだったのに、なんて先程のボクと同じような文句を零す彼女に、くすっと小さく微笑んでしまいながら。ボクは──鞄の中でコッソリ折り畳み傘を掴んでいた手を、そっと離した。
 改めて見上げた灰色の空模様、そのもう少し遠くでは橙色に晴れ渡った空が広がっているから、このサッと降り出した静かな雨は恐らく、一瞬の通り雨だろう。
「……実は、ボクも傘を持っていないんだ、」
 こうも馬鹿な嘘をついてしまうボクは、ひどい先輩で"悪い子"だと思うけれど。
「でも、この程度の雨なら、少し待てば止むだろうね。しばらく、一緒に雨宿りしようか」
 ほんの少しでも良い、多少の嘘をついてでもボクは、彼女とふたりきりの時間を過ごしたいなんて、狡い事を考えてしまったんだ。
 ちょうど座って時間を潰せそうな場所もある事だから、と。玄関脇に置かれた待合椅子を指差せば、彼女はその困り顔をふにゃりと緩ませて、また機嫌良く笑みを返してくれる。
「リドル先輩とご一緒出来るなら、突然の雨も悪くないですね」
「──まったく、キミって子は。ずるい事ばかり言うんだから」
「やだなあ、素直な気持ちを口にしているだけですよ」
 それから、横長のソファーへ肩が触れ合うほどの近さにふたりで腰掛けて、他愛もない会話に花を咲かせた。最近はお互い忙しくしていたから、こうしてゆっくり話せるひと時が随分久しぶりの事に感じられて、何でもない日常を語り合うだけでも楽しくて、幸せだ。
「そうだ、購買部のサムさんにトランプクッキーを貰ったんですよ。リドル先輩も、良かったらどーぞ!」
「おや、良いのかい? ありがとう、頂くよ」
「いえいえ! 雨、なかなか止みそうもありませんし、せっかくですから、のんびりしましょう?」
「ふふっ、そうだね……」
 本当なら、早く寮へ戻って明日の授業の予習や課題を進めるつもりで、寮長としてやるべき仕事や見回りもあるというのに。そうは思いながらも、ボクはやっぱり、ずるくて悪い子だから。
 この幸せな雨がいつまでも降り続いたら良いのに、なんて夢みたいな事を願ってしまうのだった──。





2021.01.28公開
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