800字SSまとめ
【体温】
ウサギは人間よりも体温が高いらしい。確かに幼い頃、初めて触れたフワフワのウサギさんは、ぽかぽかとあたたかくて柔らかい命の温度みたいなものを感じた。
じゃあ、日頃よく僕のことを可愛がってくれるウサギの先輩も、体温が高くてあったかいんだろうか? そんな単純な疑問と興味が浮かぶ。まあ、彼はウサギであって獣人属なんだが。けれども、いちど走り出した好奇心は止められない。
「と言う訳で、抱っこしても良いですか、先輩!」
「嫌だね!!」
即答で断られた。
「えぇっ、何でですか!?」
「コッチの方が驚いてるよ、それはもう巨人を目の当たりにした白ウサギみたいな気分さ! いったいどんな訳があったら、このぼくを抱っこする話に繋がるんだ!?」
ウサギ先輩はすっかりお怒りモードで、ぴんっと耳を立てて足をダンダン鳴らしている。そんな先輩を宥めながら、かくかくしかじか、理由を説明した。
「ふんっ、例え訳を話されたとしても、嫌だね。本物のウサギで試しなよ」
「いや、僕は先輩の体温が知りたいので」
「何の興味なんだ、それは……。そもそも、体温が知りたいだけなら、抱っこなんてしなくても、」
「あ、そうか。抱き締めたり手を握ったりすれば、わかりますね!」
「違う、そうじゃない、体温計でも持って来て測れば良いと──」
僕よりも小柄な先輩に覆い被さるような形で、ギュッと抱き着いた。僕の腕の中で「ひゃッ」なんて女の子みたいな高い声が鳴るものだから、少しドキリと心臓が跳ねて、今更びっくり怯んでしまった。
けど、そのすらりと細くて小さな、柔い身体は、本当にぽかぽかと温かい。ぬるま湯くらいのちょうど気持ちいい感覚だ。
「わあっ、先輩、ぽっかぽかですね! あったかい! なんか、ずっとこうしてたいくらいで、」
ちらり、腕の中で微かに震えるウサギさんを覗き込む。俯いたまま、こちらを見ようとはしない先輩。けれど彼の長い耳はへにゃりと力無く垂れ下がり、髪の隙間から覗く額や頬は風邪でも引いたように真っ赤な林檎色をしていた。そんな姿を"可愛い"なんて感じてしまう。どきん、どきん、と胸の鼓動が異常に早まっていく。
「……デュース」
「はッ、ハイ」
「おまえ、心臓の音、うるさい」
「えっと、すみませ、ん?」
何を謝ってるのか、自分でもよくわからないけど。ウサギは耳が良いから、余計に音が響いてしまうのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていたら、ドンッと力いっぱい胸を押されて、突き飛ばされた。先輩はキッと僕を睨むけど、その瞳は熱を帯びて潤み、顔は真っ赤なままで「こンの馬鹿!」と叫ぶ声も震えている。恐ろしさは微塵も無かった。
ぐるんと勢い良く背を向けて、ふわふわの丸い尻尾を揺らしながら、まさに脱兎の姿で逃げて行く先輩。その後ろ姿を、僕は追いかけることが出来なかった。その場にヘナヘナとしゃがみ込んで、自分の顔を両手で覆い隠す。頬が燃えるように、熱かった。
「あー……やっちまった……」
さすがに強引過ぎた、と自分の行動を今更ながら後悔する。正直、自分がどうしようもない馬鹿である事を利用して、わざと何にも知らないフリをするのは、かなり無理があったと思う。まさしく馬鹿な真似をしてしまった。
怒られるだけで済む筈だったのに。男同士なんだし、変な空気にはならないだろうと、ちょっとした戯れ合いで終わるつもりが──あんな、可愛らしい反応をされるとは、思ってなかった。ひどい罪悪感に襲われる。それでも、まだ、僕の心臓の音は喧しくて破裂してしまいそうだ。
……本当は、適当な理由をつけて、大好きな先輩をいちど抱き締めてみたかったんです、なんて言ったら。
また、怒られるかな──。
2021.01.27公開