800字SSまとめ
【世界一】
全国魔法士養成学校文化祭で行われた音楽発表会、ボーカル&ダンスチャンピオンシップは(リハーサルに少し熱が入り過ぎたこと以外)無事に閉幕した。
そして、開催校でもあるナイトレイブンカレッジの結果は──惜しくも、2位だった。ロイヤルソードアカデミーとの1票差で、オレたちは負けたのである。
こんなに悔しい思いをしたのは、正直、初めてかもしれない。あれだけの長い期間、厳しい特訓を乗り越えて、面倒なスキンケアも欠かさずやって、細かい食事制限もして、トレイ先輩のケーキもずっと我慢したのに。監督生やグリム、先輩方からもめちゃくちゃ期待されてたのに。それをまさか、たったの1票差で、負けるとか……。ルーク先輩に言いたい事は色々あるけど、もうそんな気力もない。しかも何、最後は優勝チームの曲で無理やり「ヤッホーヤッホー」踊らされて! 最悪だったんですけど!! 死体蹴りかよ!?
すっかり意気消沈してしまったオレは、同じチームメイトのデュースやエペルと共に控室のパイプ椅子でぐったりと脱力していた。は〜あっ、と人でも呪えそうなほど深い溜息を吐き出した時である。
「おい、エース──……って、お前たち、まだイジけてるのか」
控室に遅れて戻ってきたジャミル先輩は、オレたちの惨状を見て、やれやれと呆れた顔をした。
「そりゃあ落ち込むでしょ、1票差ですよ、たったの1票! ちょっと気持ち切り替えるのに時間欲しいんです、今はそっとしておいてください、傷心なんで!!」
「俺だってまだ腹の底は煮えたぎってるよ。とは言え、せっかく俺たちを労いに来てくれた“ファン”を、無下に追い返す訳にはいかないだろう?」
は? ──ファン??
ジャミル先輩の背後から遠慮がちにひょっこりと顔を覗かせたのは、ウチの姉妹校であるシャノワール魔女学校の制服を見に纏った、小柄な女子生徒。その愛らしい雛鳥を思わせる少女は間違いなく、オレの知り合いで、関係者席のチケットを贈った──片想い中の、彼女だった。
友人たちが居る控室では少し話辛い(というかオレが恥ずかしい)から、オレは彼女を会場となったコロシアムの外へ連れ出して、人気の減った通路傍のベンチに腰を下ろす。気が付けば、もう外は真っ暗の夜になっていた。
ここならゆっくり話せるだろうと、改めて彼女の方を向く。ぱちりと視線が重なり、その真っ直ぐな瞳の眩しさに少し驚いた。頬をほんのりと桃色に染めてキラキラとしたその眼差しは、なんか、憧れのネージュを前にしたルーク先輩や、ヴィル先輩を囲むファンたちのそれと、よく似ている。
「あのッ、しゅ、すごくっ、格好良かった、でした!!」
「何その変な敬語」
やたら緊張しきりで一生懸命捻り出したのであろうその言葉は、噛んでるし震えてるしで可笑しくて、オレは「ふはっ」と声を上げて笑ってしまった。
「そ、そんなに、笑わないで……」
「ふっ、くく、ごめん、ごめん。まさかお前、オレらに投票してくれたの? 自分の学校の先輩たちも出てたのに」
「うん! ……先輩たちには、バレたら怒られちゃうかもしれない、けど。ほんとの、本当に素敵だったから。わたしは、あのお歌とカッコいいダンスが、好きだなって、思ったから。みんな、すごかったけど、わたしには、エース君が特にキラキラして、眩しく見えたよ。あなたが、世界でいちばん、格好良かった!」
辿々しいけど、ホント嬉しそうな顔して、心の底から気持ちを伝えてくれる、そんな彼女の方がオレには眩しくて。つい、目を細めてしまう。
確かに負けてしまったけれど、それでも、オレたちに投票してくれたひとたちにとっては、オレたちが世界一なんだ。そんな薄っぺらい言葉の意味を、今更になって理解した。嬉しくて堪らない。思わず目の前の雛鳥を抱き締めたい気持ちを、グッと堪えて。代わりに、その小さな手をぎゅっと握った。
「わっ、わ、エース君……?」
「なんか、さあ、柄にもなく割と落ち込んでたから、うん……すげー、嬉しいよ、ありがと」
「……そんな。わたしの方こそ、招待してくれて、ありがとう。たくさん、頑張るあなたを見られて、良かった。とっても、楽しかったよ」
そう赤い顔で微笑みながら、彼女もゆっくりと手を握り返してくれて、きゅう、と胸の奥まで掴まれたような甘い感覚に襲われた。
1位になれなかったのは悔しいけど、でも、彼女の世界一になれたなら、それで良いーー……とは、ならないんだよなあ、コレが。
くっそー! やっぱりムカつくもんはムカつくわ!!
「あーッ、やっぱり悔しいし腹立つから、明日はもう、発表会の結果忘れるぐらいに文化祭を満喫してやるッ」
「う、うんっ、その意気、だよ?」
「……と言う訳だからさ、明日はいっしょに、文化祭見て回ろうぜ」
「え、い、良いの?」
「オレはお前と回りたいんですけど。まさか、世界一カッコいいエース君からのお誘い、断ったりしないよな? ファン1号さん?」
「ふふっ、もう……勿論、です。面白そうな展示、たくさんあったから、見に行こうね」
「あ、オレ、ボードゲーム部の展示見に行きたい! 監督生が面白そうなゲームあった、って話しててさー」
「わたし、植物園のカフェも、行ってみたいな……!」
まあ、何はともあれ、明日は最高に楽しい1日になりそうだ!
2021.01.25公開