800字SSまとめ
【マフラー】
最近、オレの恋人は編み物にハマっているみたいだ。
外では雪が降り出すほど寒くなった今日この頃は、やたら長い大物を一生懸命に編んでいた。彼女には学生時代、手編みのマフラーを貰った事もある。それは今でも大事に保管してるけれど、もしかして、また新しいマフラーを作ってくれてるのかも? なーんて。
そんな期待をほんのりと寄せながら、ソファーの上で寛ぎながら両手をせっせと動かしている彼女の隣へ、よいしょ、と腰を下ろす。お揃いのマグカップをふたつ握っていたオレは、集中している彼女に「どうぞ」と声を掛けながら、片方をテーブルの上に預けた。
「コーヒー淹れたから、お裾分けね」
「わっ、ありがとう、けーくん!」
ようやくこちらへ嬉しそうな顔を向けてくれた彼女に、いえいえ、と微笑み返して。インスタントの苦いコーヒーを飲み込んでから、ふう、とひと息つく。彼女も少しマグカップに口を付けたけれど、またすぐに作業を再開する。柔らかなクリーム色の毛糸と夢中で睨めっこし続ける彼女を、ぼんやり見つめながら、オレは小さく笑いを零した。
ふふ、楽しそう。オレも今日はフォトアルバムの整理とか、本読んだりして、のんびりしようかな……。
それから、ゆっくりと穏やかに時間は過ぎて──。
オレはいつの間にか、温かい部屋の中でウトウト寝入っていたらしく、彼女の「けーくん、起きて」と優しく呼び掛けてくれる声に、はっと目を覚ました。
どうやら彼女の肩を枕代わりに昼寝していたらしい。思いのほか至近距離に彼女の顔があって、鼻先の触れそうな近さに「おわっ」なんて驚く。今更何をそんな初々しい反応してるんだろ、オレ、恥ずかしい。
「ごめん、寝てた……あれ、編み物やめちゃったの?」
「うん、完成したからね」
その言葉通り、編み針を片付けた代わりにその手が抱えていたのは、明るいクリーム色した幅広で長めのマフラーだった。
「わあ、すごーい! 前より上達した? 普通にお店で売ってるのと、全然見劣りしないじゃん。凄い!」
「えへへ、初めて作った時よりは上手くいったよ。良かったら、また使ってくれる?」
彼女はそれをふんわりとオレの首に巻いてくれた。もしも、そうだったら嬉しいな、とは思ってたけど。まさか、本当に。
「オレの為に、作ってくれてたんだ……」
「うん、前にあげたマフラーはもう、毛羽立って解れてボロボロになってたから」
交際を始めてまだ間もない冬、彼女が初めてオレにプレゼントしてくれた、紺色の手編みマフラー。決して使えない程じゃないけど、丈は短くて細くて隙間だらけの、正直まあ不恰好だったそれが、当時のオレには舞い上がるほど嬉しいもので。学園を卒業するまでの数年間、ずっと使い続けてた。そりゃあ当然ボロボロになってしまったけど、今は大事な宝物として押し入れで眠っている。
先日、二人で掃除している最中に、そんな古いマフラーを偶然見つけた彼女は、じゃあ新しいマフラーをまた作ってあげよう──と、考えてくれたらしい。
「ありがとう……! また、大事にするね」
「喜んでもらえて良かった。あ、今度は私の分もあるから、お揃いだよ」
「えっ、嘘、めっちゃ嬉しい。じゃあ、早速マフラー巻いてデートしよ! 街のイルミネーション見ながらお散歩して、寒いから何かあったかいもの食べたいな」
「ふふ、良いね、賛成。じゃあ今日のお夕飯は辛い鍋にでもする? いっしょに材料買いに行こうか」
「行きます! 荷物持ちしますっ」
ああ、今年の冬も、大好きな彼女のおかげで、あったかく過ごせそうだ──。
2021.01.24公開