このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

800字SSまとめ

 

  【寒がり】



 冬の女の子は三割増しで可愛く見える──とか、特に仲良くもないクラスメイトが話してたっけ。その時は「なに馬鹿なこと言ってんの」なんて笑った記憶があるけど、今はそんな他愛もない言葉を馬鹿みたいに実感している。
 ウィンターホリデー明け、久しぶりに顔を合わせた目の前の女子生徒は、モコモコになっていた。学園支給のコートだけでは防寒が足りなかったようで、耳当て付きのニット帽に、ボア生地の手袋、幅広なマフラーを口元が隠れる程ぐるぐる巻いて、スカートで無防備な足元は分厚いタイツを着用しており、膝下にはロングのファーブーツも履いている。まるで茶色の夏毛から真白の冬毛に衣替えをするユキウサギの如く、頭の天辺から足の先まで完全防備だった。
 正直、鼻先や頬をほんのりと桃色に染めて、ぷるぷると寒さに震える彼女の姿は──めっちゃ可愛い。三割増しも嘘ではないかもなあ、とか思ってしまう。
「お前、なんかもう、ヌイグルミみたいじゃん」
 けど、恥ずかしくて本音なんか言えないから、代わりに我ながら可笑しな例えが口を滑り落ちた。ウン、まあ、ギュッと抱きしめたいとか思うぐらいフワフワになってて実際可愛いので、間違ってはない。
「だって、寒いもん……。エース君は、平気なの?」
 もごもごとマフラー越しに喋る彼女は、心配そうに眉を下げた。オレの姿はそりゃあ彼女に比べたら薄着かもしれないけど、ちゃんとコート着てマフラー巻いて、手袋も今日は両手に付けている。
「ぜーんぜん、平気。お前が寒がりなだけでしょ、痩せ過ぎが原因じゃないの?」
「そう、なのかな……。ちゃんと、ご飯は食べてるよ」
「本当かよ、お前すごい少食じゃん、冬なんだから蓄えろよな〜……──あっ、そうだ、」
 ふと食事の話で思い出した。オレはコートのポケットに片手を突っ込んで、そこから、まだじんわりと温かい缶飲料を二つ取り出す。せっかく彼女と会う前、購買部でわざわざ買ったのに忘れるところだった。
「カフェオレとココア、どっちがいい?」
「え!? ……くれるの?」
「ん。これで少しは寒さもマシになるだろ、カイロ代わりにもなるし」
「わ、わっ……ありがとう……!」
 驚き戸惑いながらもココアの方を受け取って、手袋越しでも伝わるその温かさに、ほう、っと白い息を吐き出しながら嬉しそうに微笑んでくれてーーオレも、なんだか安心してフッと口元が緩む。
「エース君はやっぱり、優しくて素敵なひと、だね」
 しかし、彼女のこういう真っ直ぐで手放しな褒め言葉には、未だ全く慣れる気配がない。カッと火の付くように頬が熱くなった。
「は、はあ!? 馬鹿、ヤサシーとか、恥ずかしいから、もーッ! やめろ、やめろっ」
 照れ隠しについ声を荒げてしまうが「本当の事なのに」と彼女はむっすり眉を寄せて不満そうだ。あーもう、ほんとコイツは、ひとへの好意に対して素直過ぎて困る。まあ、そこも好きなところ、なんだけどさ!
「……いちおう言っとくけど、お前だけ、だからな。こういうコトすんの」
 エース君は誰にでも優しいヤツとか、変な勘違いされても、困るから。
 ハッキリとこちらの下心を告げてやれば、今度は彼女の顔がみるみる赤色に染まっていく。それはもう、寒さのせいじゃなさそうだ。慌てたようにマフラーで顔を覆い隠してしまったけど、そんな仕草すらいちいち可愛くて、どうしようもない。
 ああ、確かに。こうも可愛い彼女を見られるのであれば、寒い冬も結構、良いかも──なんて、ね。
「どーお、身体あったまった?」
「エース君の、いじわる……暑いくらいだよ、もうッ」





2021.01.21公開
42/61ページ