800字SSまとめ

 

  【酔いの後】



 ゆるゆると目覚めた視界に、よく見慣れた天井、それからアイビーグリーンのふわふわ跳ねた髪が見えて──私は、ハッとして大きく跳ね上がった心臓ごと飛び起きる。
「と、トレイ、君!? ど、どうして……」
 私の部屋に居るの、と言いかけて、意識を失う直前の"自分"をすぐに思い出した。
 二人しか居ないオンボロ寮の生徒ちゃんたちと、穏やかにおやつの時間を楽しんでいた最中。どうやら悪戯な妖精に飲んでいたジュースとお酒をすり替えられていたようでーー気が付かずにそのまま飲み干した私は、たった一杯でだらしなく酔い潰れてしまって、監督生ちゃんが私の恋人であるトレイ君を呼んできてくれて、それで……。
 彼にふにゃふにゃ甘えきってしまった自分の痴態を思い出して、私は「うあぁ」と情けない唸り声を上げながら顔を覆い隠した。
「ごめんなさいッ、私ったら……みっともない姿を、ああ、もう、どうか忘れて……!」
 泣きそうな声で懇願する私、その一方で彼は「ふはっ」と声を上げて笑い出した。
「あははっ、目覚めて早々、元気だなあ。その様子なら酔いはすっかり覚めたみたいで、良かった。頭が痛かったり、吐き気はないか?」
 優しい声と、すりすり背中をさすってくれる大きな手は、混乱する心をほっと安らげてくれる。恐る恐る、顔を覆い隠していた手を退ければ、緩く細まる蜂蜜色の瞳と目が合った。その優しい眼差しに、どきんとする。ああ、お兄ちゃんの顔だ。
「……うん、ありがとう。大丈夫、介抱してくれたのね」
「あの後すぐに眠ってしまったから、ベッドまで運んだ程度だよ。でも、少し残念だな」
 え? と間の抜けた声を落とす私に、彼はイタズラ好きの悪い顔でニタリと笑った。
「甘えんぼのお姉さんも、可愛らしくて好きだったのになあ」
「ゔッ、トレイ君、お願いだから、アレは忘れっ、」
「嫌です。別に、今更隠さなくても良いだろう、俺はもうあなたの恋人なんだから。これからは酔ってなんかいなくても、好きな時に甘えて欲しいな」
 俺も甘やかすのは得意だぞ、なんて。また優しい表情で、よしよし頭を撫でてくれる。
「頑張りやさんはいい子いい子って褒めてあげるのが当たり前、なんだろう?」
 そんな、随分前のいつか私が言ったこと、まだ覚えていたなんて……。きみは、本当は甘えたがりの私さえも受け入れて、心から愛してくれるのね。
 私は明瞭な思考の中で、自ら彼の胸に飛び込んでギュッと抱き着いた。うおッ、と驚嘆の声は上がったけれど、変わらずに彼の手は私の頭を撫で続けてくれている。
「──ありがとう。やっぱり私、きみのこと、大好きよ」
 もう二度と、お酒の力に振り回されるのはごめんだけれど、ね。





2021.01.19公開
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