800字SSまとめ
【甘え上戸】
「んふふ、とれえ、くん……かわいー、ねえ……♡」
いつもより、ふにゃふにゃで舌足らずの甘い声。とろん、とジャムのように蕩けた苺の瞳。俺の片腕に、ぎゅう、と抱き着く彼女の胸はやたら熱く感じた。
今の寮母さんは明らかに、酔っ払っている。お酒は苦手なの、と本人自ら語っていた覚えはあるが。まさか、こんなに弱いとは予想外だった。
彼女の恋人である俺の元へ「助けてください!」と駆け込んで来た監督生曰く、悪戯な妖精に飲んでいたジュースとお酒をすり替えられて、たった一杯でこうも泥酔したとの事だ。監督生はグリムと共に件の妖精を懲らしめてやると怒り出て行ってしまい、オンボロ寮に取り残された俺は、災難な酔っ払いの介抱をする羽目になっているのだが。
「とれいくん、あまくて、いいにおい、する……ふふ、ちゅーしてもいーい?」
「こ、こら、寮母さんっ」
「もお、ふたりきりのときは、なまえでよんでくれなきゃ、めっ♡ でしょ?」
まるで子猫みたいにスリスリ頭を寄せて来たかと思えば、今度はぷくっと子供みたいに頬を膨らませたりして……俺の理性、爆発しそうです。
彼女がこんな甘え上戸だとは知らなかった。正直、可愛くて堪らないんだが、このままでは酔った彼女に流されて手を出してしまう。学生と職員の関係で、それはまずい。
「とっ、とりあえず、離してくれないか? 慣れないお酒のせいで気分も悪いだろう、ちゃんと部屋のベッドで休んだ方が、」
「……嫌。だって離したら、トレイくん、帰っちゃうもん」
抱き着いてくる腕にギュッと強く力が籠って、一瞬、いつも通りの彼女に戻ったように見えた。しかし、すぐさま「じゃあ、ひざまくら、して♡」なんて、彼女は溶けたマシュマロのような笑顔を浮かべた後、こちらの返事を聞きもせず、硬くて寝心地の悪いであろう俺の太ももへ、ぽふんっと頭を乗せた。
「いいこいいこも、してくれる……?」
うるうると熱く潤んだ瞳で上目遣いに甘えられてしまっては、ああ、もう──。
「仰せのままに、お姫様。こんなに可愛くて良い子なんだ、いくらでも撫でてやるさ」
「えへへっ、やったあ♡ とれえくん、だあいすきっ」
「はいはい、そういうのは素面の時に言ってくれ」
「むう、あまえんぼのおねえさんは、きらい?」
「ッ〜……大好きですよ、もう」
はあ、まったく、とんだ災難に巻き込まれてはしまったが──……まあ、たまには、こんな風にめいっぱい甘えてくれる彼女も悪くはない、かな。
2021.01.18公開