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800字SSまとめ

 

  【苺の味】



 キスは苺の味がする──なんて、いったい何処の誰が初めに言い出したんだろう。
 正直、彼女と初めて唇を触れ合わせた時は、味なんて感じていられる余裕が無かったので、全く覚えていない。そもそも味を感じる為には、お互いの舌を深く絡めなければわからないのではないだろうか? ……まだ交際を始めて間もない、普通の男子高校生に、それはいきなりハードルが高過ぎる。
 ──とは言え、興味がない訳ではない。
「……キスは苺の味がするなんて、本当だろうか」
 なんとなくを装って、彼女とふたりきりの時を見計らい、そんな疑問を持ちかけてみた。
「うーん? 確かに、そんなお話を聞いたことはあるけれど、どんな味だったか思い出そうとしても難しいなあ……。トレイ君、ちゅー、したいの?」
 いきなり図星を突かれて、ゔ、と苦い声が漏れる。いや、もう、我ながらあからさま過ぎたとは思うが、出来れば知らないふりをしてほしかった気もする。
「ふふ、もう恋人同士なんだから、変な遠慮しなくても良いのに」
 可愛い子ね、と微笑む年上の彼女は大人の余裕たっぷりで。二度目のキスすら戸惑ってしまう俺は、本当にまだ青臭い子供である事を実感してしまう。恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうだ。
 するり、と火照った頬を彼女の細い指先に撫でられて、どきん、と大袈裟なほど心臓が跳ね上がる。
「──じゃあ、試してみよっか」
 彼女との距離が、ぐっと近付いて。あ、と声を落とす間も無く、お互いの唇が触れ合った。
 しかし、触れ合うだけに留まらず、彼女の舌先がちょんと俺の唇を突いて、びくっと肩を震わせてしまう。口付けたまま「んふふ」なんて、俺の反応を楽しげに笑う恋人は可愛いけれど、なんだか負かされ続けのようで悔しくて。俺は大きく口を開き、少し強引に彼女の舌を迎え入れて、深く、絡め合った。甘い味を、感じるような気がした。
 ああ、じゅわりと甘酸っぱくて、ほんのり痺れを感じるような、温い心地良さに包まれる。メレンゲみたいに蕩けてしまいそう、なんて馬鹿な事を考えた。キスは苺の味がする、というのも、あながち間違いではなさそうだ──。
 絡んでいた舌が、熱い唇がゆっくりと離れていく。鼻先が触れ合う距離で、彼女はクスクスと笑った。
「ん……キスは爽やかなミント味、かな」
「あー……それはたぶん、歯磨き粉の味だな……」
 これじゃあ、彼女とキスする為に完璧な歯磨きを終えて準備万端にしてきた事さえ、バレバレだ。恥ずかしい。もういっそ首を刎ねてほしいくらいだ。
「トレイ君はどうだった? 私とのキスは、どんな味がしたのかな」
 そう問われてハッと当初の疑問を思い出す。ああ、そうだった。キスの味は、もちろん──。
「……いや、ちょっと難しいなあ。もう一度、しても良いか?」
「あら、味覚には自信があったんじゃなかったの?」
「うーん、たったひとくちじゃわからないなあ」
「もう、トレイ君ったら仕方ない子ね、ふふ……」
 その後は、苺のように甘酸っぱい彼女とのキスを、飽きるまで何度も味わうのだった。





2021.01.15公開
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