800字SSまとめ
【嫉妬】
今年度はナイトレイブンカレッジが会場となって行われる事になった、全国魔法士育成学校総合文化祭。その実行委員長にウチの寮長が任命されてしまった為、俺はほぼ自動的に委員長の補佐役を任される事になったのだが──今は少しだけ、まあ悪くない役回りだな、とも思っている。
「クローバー君、ありがとうね。学内展示の案内までしてもらっちゃって」
「いえ、俺も寮母さんと一緒に回れて、楽しいですから。これも役得ってやつだな」
「まあ、嬉しい事を言ってくれるのね」
おかげさまで、お淑やかに「ふふっ」と声を弾ませる彼女、俺が密かに想いを寄せる女性とふたりきりで、文化祭の様々な展示を見回る役目を頂けたから、な。
まあ、実のところ、実行委員長のリドルが「では、この後の見回りはトレイに任せるよ。寮母さんもよろしければ、ご一緒に見て回ってはいかがですか?」なんて気を利かせてくれたのだ。今度、とびっきり豪華なイチゴタルトをご馳走してやろうと思う。
「──それにしても、この世界には本当に、色んな姿をした、色んな種族の子たちが、いっしょに生きているんだね。さっきのドワーフ族の子たちも、とっても可愛らしかったなあ」
先ほどメインストリートでウチの生徒らに絡まれていた、ロイヤルソードアカデミー所属でドワーフ族の生徒たち。確かに、まるでエレメンタリースクールの現役かと思うくらい幼い容姿、身振り手振りや話し方さえも愛らしい子たちだった。可愛い、と言う言葉がピッタリお似合いである。
でも、俺は何故か、黒い洋墨が滴るような、どろりとした嫌な感情を煮え滾らせていた。ずるい、羨ましい、なんて可笑しな言葉が頭の中を巡る。
「……やっぱり、ああいう可愛い子たちは、好きなんですか?」
「うん……? そうだね、小さくて守ってあげたくなるような、子供たちは大好きよ。思わず頭をナデナデして、ぎゅーっとしたくなるぐらい、可愛いもの」
いつもはその"可愛い"を、俺に向けて言ってくれるのに──……って、何を考えてるんだ、馬鹿か俺は。
どう考えても俺には可愛いなんて言葉は似合わないし、言われる度に恥ずかしくて堪らないのに。でも、ああ、俺以外の男に、彼女の愛情がこもった言葉を向けられるのは、嫌だな……。
そんな事を想って俯いていたら、不意にぽんぽんと何かに頭を撫でられた。当然、彼女の手のひらである。
「えっ、あの、寮母さん……?」
「ふふ、またヤキモチ妬いてくれたのかしら。クローバー君も、可愛い子ね」
ニコニコと嬉しそうに微笑むそのひとの言葉を、何とも否定出来ず。見抜かれていた恥ずかしさに顔を熱くしながらも、結局その優しくて柔らかな手に甘えてしまう。醜い嫉妬心なんて、それだけで、ぽかぽか温かくなる気持ちの中に溶け消えていった。
「……寮母さんだけですよ、俺に"可愛い"なんて言うのは」
「だって本当に可愛いんだから、仕方ないでしょう?」
彼女はまた、ふふっと心の底から楽しそうに笑った。
このひとから見た俺はどうにも、まだまだ、可愛くて守ってあげたくなるような子供であるらしい。
……それでも、堪らなく嬉しくなってしまうから、本当、恋心とはどうしようもないな。
2021.01.12公開