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800字SSまとめ

 

  【絆創膏】



 俺の好意を寄せる女性が、顔の隠れるほど大量にプリントの束を抱えてフラフラしていたから「大丈夫ですか」と声を掛けて、代わりに学園長室へ運ぶ手伝いを買って出た。申し訳なさそうに、けれど嬉しそうな甘い声で「ありがとう」なんて言われると、機嫌良く心が弾んでしまう。
 しかし、いくら雑用係とは言え、こんな重たい物を女性ひとりで持って来させるなんて、何を考えてるんだ、あのカラス……と、密かに心の中で悪態を吐きながら、学園長室の偉そうな机にドスンッとプリントの山を置いた──瞬間。
「痛ッ」
 利き手にピリッと鋭い痛みが走った、どうも紙の端で軽く切ったらしい。あー、やってしまった……。そうガッカリしながら、右手を掲げて見れば、人差し指の第一関節の下辺り、小さな切り傷から赤い血が漏れ出している。
「わ、クローバー君っ、大丈夫!?」
 まるで大怪我をしたような慌てっぷりを見せる寮母さんに「このくらい平気だよ」と苦笑を返す。本当に大した事のない傷だから、簡単な治癒魔法で治してしまおうと、マジカルペンを手に取ろう──としたが、その右手は彼女の柔らかな両手に止められた。ぎゅっ、と温かなぬくもりで包み込まれて、どきんっと大袈裟に心臓が跳ね上がる。 
「え、えっと、寮母さん? 本当、大丈夫ですから、」
「ごめんなさい、私のお手伝いをしてくれたばかりに……。ちょっと、じっとしててね」
 そう言って、罪悪感に表情を歪ませる彼女は、片手でエプロンのポケットを探り出した。勿論、もう片手は俺の手を逃さぬよう握り締めたままである。破裂しそうな心音が、彼女へ聞こえていない事を祈りながら、その手を拒否も出来ず大人しく待った。
 ゴソゴソと彼女がポケットから取り出した物は、ピンク色で苺柄の可愛らしい絆創膏。それを丁寧に俺の指の傷口へ貼ってくれて、更に、傷は直接触れないように人差し指をすりすりと撫でて「いたいの、いたいの、とんでけ〜」と、謎の呪文を唱えた。
「……何、ですか。それ」
「あら、クローバー君、知らない? 痛いのが楽になる、おまじないだよ」
 ふふっと優しい笑い声を鳴らして、苺のような瞳をとろり細める彼女を前に。俺の胸の奥で、キュンなんて甘い音が高鳴った。可愛い、と叫びたい気持ちを必死に堪える。
「なるほど……? 確かに、痛みなんて吹き飛んでしまった気がするよ」
「良かった。お手伝いしてくれて、ありがとうね」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
 今日はずっと、この絆創膏を見るたびにニヤけてしまいそうだなあ──。





2021.01.09公開
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