800字SSまとめ
【可愛い】
『クローバー君は可愛いね』
あのひとが、甘く熟れた苺みたいな瞳を、柔らかに細めて言うものだから──。
「なあ、ケイト」
「んー?」
「俺は"可愛い"んだろうか」
目の前で淹れたてのブラックコーヒーをすすっていた友人は、その黒い液体で思いっきりむせた。
「げほっ、げほ!?」
まあ、無理もない反応だとは思うが、そこまで驚かなくても良いんじゃないか?
「は、はあ? なに、どうしたの突然……あー、いや、わかった。寮母さん関係でしょ」
「さすが親友、話が早いな」
トレイくんがわかりやすいんだよ、と友人は汚れた口元や机をペーパーで拭いながら、恨めしそうに俺を睨んだ。
寮母さんは、俺が密かに想いを寄せるひとだ。7つ歳上である彼女から見た俺はどうも、年下の可愛い男の子でしかないようだから。可愛い、そう言われる度に擽ったい気持ちになってしまうのだ。
しかし、俺は自分で言うのもなんだが、周りから頼りにしてもらえるような兄貴分であり、もう顔や体付きは大人の男とそう大差ない筈なのだ。
「女性の言う"可愛い"が、俺にはむず痒くて、なあ」
「ふーん、嫌なの?」
「……嫌とは言ってない」
友人は再びコーヒーに口をつけながら、苦そうな顔で「甘っ」と呟いた。
「まあ確かに、女の子の言う“可愛い”は色んな意味があって難しいよねー。感極まって溢れたものだったり、遠回しで自分に向けたものだったり、時には嫌味だったり、さ」
でも、と言葉を区切る。
「あのひとの言葉は、きっと単なる愛情表現でしょ」
呆れたような顔でそう言い放たれた途端『ほんとうにきみは可愛い子だね』なんて、俺の頭をよしよしと撫でる、苺の瞳をまた思い出してしまった。愛おしくて堪らないと訴える、あの甘い眼差しは、自惚れではなかったのだろうか。
カッと熱くなる己の頬。友人は深い溜め息をついた後、ぐいっとコーヒーの残りを飲み干した。
2020.12.06公開