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800字SSまとめ

 

  【理想】



「理想の王子様、ねえ……」
 背が高くてスリムで清潔感があって、髪はキューティクルに光り輝き、思わずキスしたくなる印象的な唇を持ち、チャーミングな笑顔が似合うハンサム男子──そういうものに、世のお姫様方は憧れるらしい。
 はーあ、馬鹿みたい。オレは立ち読みしていた雑誌を即座に本棚へと返却する。ティーン向けのファッション雑誌、そのとある一面に書かれた文章で、少し嫌な記憶を思い出してしまった。うう、いつか叩かれた頬が、また痛むような気がする……。
「けーくん、お待たせ……って、どうしたの、そんな苦虫を噛み潰したような顔して」
 大好きな彼女に呼ばれて、オレはすぐ笑顔を作り「何でもないよ」と誤魔化した。
 オレに比べて、彼女の方はご機嫌だ。たまたま立ち寄った本屋の紙袋を大切そうに抱えて、嬉しそうな顔してる。探してた本は無事に買えたみたいで、ふふ、良かったね。
 今日はせっかく、愛する恋人と楽しいデートの真っ最中なんだから。あんな痛い記憶は、さっさと忘れちゃおう。──と、言いたいところだけど。
「……やっぱり、さ。女の子って背の高い男の人に憧れるもの、だったりする?」
 本屋を出てすぐ、彼女と手を繋いで歩き出しながら、そんな事をつい聞いてしまった。当然ながら彼女は訳もわからず、きょとん、と目を丸くしている。
「あー……ごめん、変な事聞いた……」
 オレは先程読んだ雑誌の内容をざっくり説明した。彼女も、そういうハンサムな理想の王子様に憧れるものだろうか、と。
「オレも、せめてトレイくんぐらいの身長あったら良かったのに、とか考えちゃってさ」
「うーん……理想的な背の高さなんて考えた事がないから、わからないけれど、」
 ぴたり、突然に足を止めた彼女はまたニッコリと機嫌良く笑い、軽く背伸びをすると、次の瞬間──ちゅっ、とオレの頬に口付けた。
「えっ、な、何!? び、びっくりした!」
 火が付いたような顔の熱さに慌てふためくオレを見上げて、彼女は悪戯の大成功した子供みたいに「あははっ」なんて声を弾ませて笑う。
「私は今のままが良いなあ。だって、こんな風に、キスもしやすいでしょう?」
「うっ、嬉しいけど、不意打ちはずるくない!?」
「ふふ、私の王子様ったら、なんだか可愛いことで悩んでいらっしゃったから、つい」
「もう、ほんとッ……オレ、君のそういうとこ、好きだよ……」
 ──ああ、いつかの痛い記憶なんて、本当にどうでもよくなった。
 大好きな君にとって"理想の王子様"がオレであるのなら、それで良いや。





2021.01.08公開
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