トランプ兵と雛鳥ちゃんの話
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幸せな雛鳥に、愛を告げる
クリスマスの賑やかな夜。
愛しい雛鳥ちゃんの手を取って、優雅な音楽に合わせて、華麗にステップを踏む。
オレは周りの人々の存在を忘れてしまうほど、彼女とのダンスに、真っ直ぐオレを見つめてくれる彼女の美しい青い瞳に、夢中だった。
「わたし、こんな幸せな気持ちになれた日は、はじめて。まるで、夢を見ているみたい――」
オマケにそんな可愛いことを言ってくれるものだから、オレはフッと噴き出すように笑ってしまう。
「夢なんかじゃないって。何なら頬っぺたつねって確認してやろうか?」
「やだ、もう、エース君のいじわる……」
「ははっ、ごめんごめん」
こんな軽口も叩き合えるなんて、確かに夢みたいな感覚だ。ああ、いまのふわふわと心の浮かれた状態なら、言えるかもしれない。伝えられるかもしれない。
「オレ、さ。シロちゃんのこと――」
大切な言葉を言いかけたところで、ドスンッと床に落っこちる衝撃で目が覚めた。
「……あれ?」
待って、いまの夢??
いや、クリスマスのダンスパーティーで彼女と踊ったことは確かだけど、告白しかけたのは夢だ。オレは結局、あの時、自信がなくて言葉にできなかったのだ。そうだった。
「あー……なんだよ、夢かあ」
ひとりで恥ずかしくなって、床でジタバタしながら熱い頬を両手で覆い隠す。ルームメイトのデュースが怪訝そうにオレを見下ろしていた。
「いつまで床に転がってんだ、早く支度しろよ」
「わかってますよーだ」
はああ、情けない。あの日の後悔が夢にまで現れるとは。恋というものがこんなにも自分を臆病者にするだなんて、知らなかった。
とにかく、さっさと支度をしよう。今日の放課後、久しぶりに姉妹校との交流会がある。彼女とまた会えるチャンスなのだから。
放課後、オレは講堂に入って真っ先に彼女の姿を探した。他校生徒も入り混じって賑やかな中、窓際の隅っこで大人しく座っている、小さな雛鳥ちゃんを発見する。
オレは「おーい」と声をかけながら、その後ろ姿へ近付いた。振り返った青い瞳が、嬉しそうに綻ぶ。姉妹校のシャノワール魔女学校に通う、シロネ・アンカナールちゃんだ。一緒にダンパで踊るくらいの仲で、……オレの好きな女の子。
「久しぶり、元気してた?」
「うん。おかげさまで」
そう言うと、彼女は左の前髪を止めるハートのヘアピンに触れた。いつかオレの贈った物は、今でもお守りみたいにずっと大切にしてくれているらしい。へへ、良かった。
「ところでさ、今度の文化祭の2日目、なんか予定ある?」
「2日目? ……ううん、何にもないよ」
キョトンと不思議そうな顔で首を振った彼女に、オレは密かに心の中でガッツポーズを決めた。
「じゃあさ、色んな部活の催し物を一緒に見て回らない? 実は同じ寮の先輩からさ――」
『今年の文化祭、サイエンス部は植物園で"観葉植物カフェ"をやってるから、良かったら遊びに来てくれよ』
マスタード色の瞳をにっこり細めたトレイ・クローバー先輩から、随分と楽しげな誘いを受けたのは、つい数日前の事である。
「――って誘われてて、さ。トレイ先輩の作るケーキ、めっちゃ美味いから、カフェのメニューも結構期待出来ると思うけど。行ってみる?」
甘いものが大好きな彼女は嬉しそうにキラキラ瞳を輝かせ、コクリ、と控えめに小さく頷いてくれたのだった。
そうして迎えた文化祭、2日目。1日目の大騒動――ボーカル&ダンスチャンピオンシップ通称『VDC』に、そこで起こったオバブロ事件など――があった直後だが、オレはかなり浮かれていた。
「シロちゃん、お待たせ〜!」
「ふふ、待ってないよ。さっき、来たところ」
言わばこれは彼女との文化祭デートだ。告白するなら、今日しかない……! そんな気合いを勝手に入れていた。
愛しの雛鳥ちゃんと待ち合わせて訪れた植物園、もとい観葉植物カフェ。その入り口には洒落たメニューボードが置かれ、内部の至る所にテーブルとチェアが並び、焼き立てのパンやコーヒーの良い香りが漂う。カフェスタイルが完全に馴染んでしまったそこには、ハロウィーンイベントの時ぐらい押し寄せる大勢の客と、それを出迎える店員役のサイエンス部員たちで賑わっていた。
「お! エースじゃないか、来てくれたんだな」
幸い、入ってすぐ接客に来てくれた生徒は、実験着姿のトレイ先輩で、見知った顔にちょっと安心する。しかし、オレの隣に並ぶ可愛らしいお友達に気がついた途端、先輩はニタリと悪い笑みを浮かべた。
「まさか、お前がそんな可愛い女の子を連れてデートに来るとは思わなかったけどなあ」
「は!? ち、違ッ――」
心臓が口から飛び出そうな勢いで、ドキンと大きく跳ね上がった。……が、ちらりと盗み見た彼女はビックリするくらい顔を真っ赤にしていたから、否定しかけた言葉をゴクンと飲み込む。
「――そう、ですよ? 羨ましいでしょ」
揶揄われてばかりは悔しいので、ニッと歯を見せて笑い返せば。トレイ先輩は一瞬驚いた顔をして、すぐ面白そうに声を上げて笑った。
「ははっ、なんだ本当にデートだったのか。じゃあ、特別良い席へ案内するよ」
そう言って案内してくれた場所は、小さな白花が可愛らしい苺畑に囲まれた、向かい合わせの二人席。ぽかぽかとした陽当たりが心地良くて、賑やかだった入り口からは遠く離れている、周囲に他の席も無いため静かな場所。なるほど、ここは確かに特等席だった。草木に囲まれながら飲食を楽しむって、ピクニックみたいで割と良いのかも。
更に優しいトレイ先輩は「VDCのチケットをくれた代わりに今日は奢ってやろう」とまで言ってくれたので、遠慮無くお言葉に甘えて、オススメの紅茶とケーキを二人分お願いした。
先輩が白衣を揺らしながら去った後、改めて正面に座る彼女の方を向く。彼女はまだ林檎みたいな顔色でもじもじ俯いていた。
「なーに照れてんの」
「……だ、だって! エース君も、先輩さんも、変なコト……言うから」
ううーっ、なんて弱々しく唸りながら、赤い頬を両手で覆い隠そうとする彼女は可愛くて。ほんの少し、悪戯心が刺激される。
「オレは最初っからデートのつもりで誘ったんだけどー、嫌だった?」
ハッと慌てて顔を上げた彼女は、ぶんぶん首を横に振って否定した。
「嫌、じゃない。……うれしい、よ」
照れ臭そうに「えへへ」なんて声を弾ませる彼女は、ぽやぽやと浮かれた様子で笑うものだから。今度はオレの顔が、じんわりと熱を持ち始める。
その後はお互い何とも気恥ずかしくなってしまい、先輩が置いていった水を飲んで顔の熱を冷ましながら、無言でケーキセットが運ばれてくるのを待った。
しばらくして、ウェイター仕草のやたら熟れているトレイ先輩が持ってきてくれたのは、チョコレートケーキとアップルパイだった。その美味しそうなケーキを見た途端、オレの心の奥でまだ芽生えて新しいトラウマが刺激されてしまい、思わず「うげっ」と汚い声が漏れる。
「こらエース、随分と酷い反応だな?」
「いや、ちょっと、嫌な記憶が……」
当然ながら例の事件については何も知らないんだろう、トレイ先輩は怪訝な顔をしていた。まさか、自分のお手製ケーキに呪い盛られたなんて知ったら嫌だろうし、黙っとこ……。
一方、彼女の方は美味しそうなケーキを前に再びキラキラと瞳を輝かせていた。甘いもの好き、って言ってたもんなあ。
「さて、お嬢さんはチョコレートケーキとアップルパイ、どっちが良い?」
「え! ……えっと、チョコが良い、ですっ」
「はい、どうぞ。紅茶はチョコによく合うダージリンとアッサムのブレンドティーだ」
「わ、あっ、ありがとう、ございます!」
「いや、こちらこそ、ウチの問題児がよく世話になってるみたいだからな。これからもよろしく頼むよ」
余計な一言を添えてくるトレイ先輩に「ちょっと!?」と慌てて声を張れば、彼はニヤニヤ笑いながら「では、ごゆっくり」なんて逃げるように去って行った。
「ふふっ、素敵な先輩、だね」
「……ああいう意地の悪い一面が無ければ、ね」
くすくすと微笑む彼女に、オレはムッと口を尖らせた。彼女がトレイ先輩のことを褒めるから、ちょっと、妬いたのかもしれない。
まあ、でも、久しぶりに先輩のケーキが味わえる事は嬉しい。もう食事制限からは解放されて、呪いを心配する必要もない。オレは目の前に置かれたアップルパイへ、早速フォークをさっくり入れて「いただきます!」と大きめのひとくちを頬張った。
サクリ――と。パイがほろほろと口の中で崩れて、顔を出した甘いリンゴはトロリと蕩けていく。ああ、最高だ。
「くーっ、やっぱり美味いなー!」
「んっ、わあ、聞いてた通り、ほんとうに美味しい……!」
チョコレートケーキの方を堪能している彼女も、幸せそうに頬を緩めている。あーあ、だらしない顔しちゃって。ふふ、可愛いなあ、もう。
「ね、オレもチョコ食べたい」
「あっ、良いよ。わたしもアップルパイ食べたいから、じゃあ、交換――」
お互いの皿を交換しようとする彼女の手は止めて、オレは「あーん」と口を開けた。それが、その手で食べさせて欲しい、なんて意味である事をすぐに察してくれた彼女は、再び頬を真っ赤に染め上げる。
こんなの恥ずかしいけど、さ。せっかくのデート中だし、これぐらいワガママ言っても良いでしょ。オレ、今日まで結構頑張ったと思うから、好きな子からのご褒美くらいは欲しいのだ。
彼女は赤い顔でおろおろ戸惑っていたけれど、やっぱり優しい子である。自分の使っていたフォークにひとくち分ケーキを掬って、ふるふる指先を震わせながらも、オレの口元へゆっくりと運んでくれた。
「……ど、どうぞ」
あ。これ、よく考えたら間接キスだなーとか、まるで本当の恋人みたいな事してるなーとか、色んな事を悶々と考えながら、ぱくっと目の前に差し出された甘い塊を頬張る。
久しぶりにゆっくりと味わうチョコレートケーキは、心の底から幸せな味のする気がした。
「へへ、ありがと」
「ど、どういたしまし、て?」
「お礼にオレも『あーん♡』してやろっか」
「だっ、だいじょうぶ、ですっ!」
――ちぇっ、残念。
あんまり彼女にいじわるし過ぎるのも程々に、オレはご満悦でアップルパイを平らげるのであった。
美味しいケーキと紅茶を楽しんで、トレイ先輩にお礼を言ってから、オレたちは植物園を後にした。
さて、次は何処へ行こうか。ワクワクと期待の眼差しをこちらに向ける彼女へ、オレは手を差し伸べた。
「じゃあ、手、出して」
オレの言葉に、どうしてだろう、と首を傾げて不思議そうにする彼女。もう一度「はやく」と急かしたら、戸惑いながらも恐る恐る、片手を伸ばしてくれた。
オレはその手をすかさず掴んで、指と指の間を絡め合い、ぎゅっと握り締める。――俗に言う、恋人繋ぎ、と呼ばれる重ね方をした。彼女の小さな口から「ひゃっ」と高い声が溢れる。
「デートなんだから、手ぐらい繋いでも良いでしょ」
真っ赤な顔で、それでも手を振り払ったりはしない彼女。
「……だめ?」
ふるふると必死に首を振る彼女が、可愛くてたまらない。俯いて「いいよ」と小さく告げられた声に胸の奥が締め付けられた。やばい、ほんとかわいい。
それからオレたちは仲良く手を繋いだまま、各展示を回って文化祭デートを楽しんだ。
ボードゲーム部の展示はめちゃくちゃ面白かった! イデア先輩が開発したと言う"VRマジカルすごろく"には、夢中になって遊んでしまった。シロネはゲーム自体が初めての体験だったらしくて、ゲーム内でモンスターを倒したり、砂漠で油田を掘り当てたりする度、普段からは想像も出来ないくらいキャッキャと大はしゃぎだった。意外とこう言うの好きなんだな。いつか遊園地とか連れて行ってあげたら、今日みたいに喜んでくれるかもしれない。
ガーゴイル研究会、は怖い顔したモンスターの石像が並んでるだけで、いまいちよくわからなかった……。あと山を愛する会も、その辺にありそうな雑草や石の写真が飾られてるだけで、謎だったな……。
ま、まあ、ともかく、展示ブースをあちこち回るのは結構楽しい。普段は学園に居ない四年生や、他の学園の活動報告も見られて、興味深いものも多かった。
オレたちは最後に、シロネの作った展示物があると言う"美術部"の展示ブースへと向かった。
「おぉ〜……すごいな、美術館みたいだ」
教室の一室にずらりと並んだ絵画たち、パネルで作られた迷路のようにくねくねした道を歩きながら、抽象的だったり写実的だったりする色んな絵を見て回る。オレは美術とか詳しい事はわかんないけど、ここに飾られるくらいだから、とりあえず凄い作品ばかりなんだろうと思う。
シロちゃんが「こっち、こっち」とオレの腕を引いて、教室の奥へと導かれる。
そこには、なんだかやけに見覚えのある猫の絵画があった。茶色い毛のふさふさした猫が、こちらには背を向けて、灰色の小さな雛鳥を見守っている。猫の優しくて、あったかい眼差し。雛鳥もまるで親を見るような瞳で猫を見上げていた。
「あっ、もしかして、これってシロネの作品?」
彼女は照れくさそうにはにかみながら、コクコクと頷いた。
「凄いじゃんコレ、学生人気投票一位だって」
作品の真横にデカデカと記章リボンが飾られており、そこには"特別学生投票賞一位受賞"と書かれている。絵本的な柔らかいタッチ、そして生徒にも身近な生き物、何より絵全体から伝わる優しい空気感がたくさんの生徒たちにウケたのだろう。人気投票は昨日行われたらしく、オレは参加出来なかったけど、きっとオレもこの絵に投票をしていたと思う。
「うん、嬉しい……。これ、ね、エース君を、思い浮かべながら、描いたの」
「えっ、オレ?」
じゃあ、この優しそうな顔した猫は、オレなのか? 彼女にはこんな風に見えているのか、そう考えたら、なんだか気恥ずかしくなってきた。
「優しくて、でもちょっぴりいじわるで、カッコいい猫さん」
「じゃあ、こっちの雛鳥がシロちゃんだ」
彼女は何も言わずに、ふふっと声を弾ませて笑うだけだった。でも、多分そうだろう。雛鳥はとても幸せそうな顔で猫に寄り添っているから。
ぎゅっ、彼女と握っていた手の力が自然に強まる。愛おしい、そんな気持ちが溢れて堪らなかった。
人気のない、夕暮れの、静かな教室。
彼女はオレを真っ直ぐに見上げた。何か、決心をした人の顔つきだった。
「あのね、エース君」
「うん」
「わたしね、きみに出会ってから、ずっと、しあわせなの」
それまでは、ずっと昔の呪いに囚われて苦しい日々だった――と、彼女は語る。
「かわいいって、きれいだって、たくさん、言ってくれて、自信になった」
「だって、本当に可愛いし?」
「も、もう、エース君ったら……!」
ぽこぽこと片手でオレの胸元を叩きながら照れる彼女は、世界でいちばん可愛い、オレは胸を張ってそう言える。
「と、とにかく、いっぱい、感謝、してるの」
「そんなの、こちらこそって感じ。オレが言いたいから、言ってるだけだもん」
「うん……そのまっすぐな言葉が、嬉しい。一緒に居ると、胸の奥がぽかぽかして、しあわせ。絵もね、幸せだなって思えるシーンを、いっぱい描けるようになれた」
だから、あのね、えっと。
彼女は何度も吃りながら、一生懸命に想いを伝えようとしてくれていた。
「――わたし、エースくんの、ことが、」
「ちょッ、と待った!!」
咄嗟に言葉の続きを止めたオレの声に、彼女は「ふぇ」と情けない声を上げて固まってしまった。
「ご、ごめん。でも、待って、その言葉はオレの方から言いたい」
「え……えっ?」
彼女の方から言わせるなんて、あまりにも男として情けない。そう思って、オレは彼女の言葉を止めた。夢の中では言えなかったけど、今なら、言えるはず。伝えられる。
「――オレ、さ。シロちゃんのこと、好きだよ」
彼女の青い瞳を真っ直ぐ見つめて、告げた。
「たぶん、一目見た時から好きだった。話してみて、一緒にダンスやデートして、もっと好きになった」
「エースくん、まって、ほんと、に?」
「……さすがにこんなコト嘘つけないんですけど」
頬が熱い。火が出そうだ。
ぽろ、彼女の青い瞳からは雫が溢れた。一瞬ビックリしたが、ああ、その溢れる笑顔から、それが嬉し涙だとわかる。
「わぁ、わたしもっ、エース君のことが、好き!」
「ちょ、声大きいって!」
今は教室に人がいないから良いけど、廊下とかに誰か居たらどうすんの! ……と思ったけど、まあ、別にいっか。これからはこの愛おしい感情を隠さなくっても良いんだから。
「じゃあ、今日から恋人同士ってことで」
「うん、うんっ、嬉しい……!」
きっと、あの夢は正夢だったのだろう。そんなことを浮かれた頭で考えながら、オレは彼女の頬へひとつ口付けを落とした。
「ひゃっ!?」
「へへ、初キスもーらい」
「え、エース君ったら!」
これからは恋人として、もっと彼女を幸せにしてやろうと、オレは密かに決意するのだった――。
2024.03.26公開
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