灰かぶり君と王子様ちゃんの話
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
幸せハロウィーンナイト
きっと、ツイステッドワンダーランドに住まう人々なら誰もが知っていて。子供も大人も、つい楽しみで浮かれてしまう素敵なイベント、ハロウィーン。
それは毎年10月31日、あの世へ行った全てのゴーストが帰ってくる日のことである。生者たちは現世に出向いたゴーストたちをもてなす為、家や街や学校までも豪華に飾り付けて、たくさんのご馳走を用意する。それから、恐ろしげなゴーストやモンスターのように仮装をするんだ。帰ってくるゴーストは決して善良な存在ばかりじゃないから、悪いゴーストに怖〜いイタズラをされてしまわないように……ね。
まあ要は、皆で楽しくコスプレしてパーティーする日、なんて認識で良いんじゃないかな。
そんなハロウィーンを、毎年ナイトレイブンカレッジでは盛大にお祝いしている。生徒が主体となって学外者向けのスタンプラリーを開催して、この学園が所在する賢者の島に住む地域の方々を迎え、オレたち生徒の立派にやっている姿をお見せする大切なイベント。通称"ハロウィーンウィーク"と呼ばれる、一週間の長丁場で行うお祭りだ。ハロウィーン当日の夜には、学外の方を主賓として生徒もゴーストも参加できる、大きな大きなパーティーを学園中で開くことにもなっているから。10月は飾り付けや仮装の準備なんかで、生徒も先生もみんな一丸となって張り切っちゃうんだよね。
実はオレも、その大事なイベントの運営委員に選ばれちゃったりして(まあ、くじ引きの結果なんだけど……)このお祭りをめいっぱい楽しめるようにと、張り切っている生徒のひとりである。
しかし──オンボロ寮のゴーストちゃんたちがマジカメに公開した、たった1枚の写真をきっかけに。
あれよあれよという間にナイトレイブンカレッジのハロウィーンが世界的知名度となってしまった結果、まさか、あんなにもとんでもない"モンスター"たちを退治しなきゃいけない事態になるとは……。
……うん。正直なところ、ちょっと嫌な予感はしてたんだけど、ね。
一時は、悪意のあるゴーストたちよりもタチの悪い"マジカメモンスター"たちのせいで、ハロウィーン当日のパーティーが中止を検討される事態にまで陥ったけれど。
それでも。生徒であるオレたち皆でモンスターを追い払うことに奮闘して、無事パーティーの開催が決定。運営委員が知恵と予算を捻り出して、賢者の島の人々からご協力頂いて完成したフロート車による、豪華絢爛なパレードも大成功に終わった。
ほんっとーにもう色々疲れはしたけれど、まあ、学園長の言葉を借りるなら「終わりよければ全て良し」って感じ──かな?
オレはゴーストちゃんたちと記念の集合写真を撮り終えた後、盛り上がるパーティー会場から少し離れた木陰で、愛用のスマートフォンを片手にひと休みしていた。
賑わう人々の隙間から、美味しい料理を欲張り過ぎて喉を詰まらせるグリちゃんと、相棒の背中を慌てて叩いてる監督生ちゃん、そんな友人の姿を見てケラケラ笑ってるエーデュースちゃんたちの姿が見えて。ああ、頑張った甲斐があった。良かった、と温かくて優しい気持ちになる。
本当に、今年は三年過ごした中でもいちばん最高のハロウィーンだった。楽しかったな。──けど、ほんの少しだけ、心残りがあるとすれば。
(るーちゃんとも、ハロウィーン楽しみたかったなあ……)
この場には居ない、他校の生徒である恋人のことを思いながら、ぼんやり光るスマホの画面を眺める。今回のモンスター騒動の火種にもなったマジカメアプリを起動して、彼女との個人メッセージの履歴を表示した。
画面に映された会話は、数時間前、今朝のやり取りと彼女の言葉で終わっている。
『るーちゃん、おはよー♡』
『おはよう、けーくん。とっても素敵な秋晴れだね、良いハロウィーンになりそう』
『ねー! うちの学園は無事にパーティーが開催されるかどうか、ちょっと不安だけど』
『きっと大丈夫、けーくんがいっぱい頑張ったんだから』
『まあね。ありがと』
『私も見に行きたかったなあ』
『今年は仕方ないよ、そっちのハロウィーンだって大変なんでしょ?』
『こっちもたくさん島外のお客様が来てるからね。でも、スケルトンなけーくんに会いたかった』
『オレも。るーちゃんの可愛いゴースト姿、生で見たかったよ』
『今度のお休み、お部屋でまったり仮装デートとかする?』
『いいね! 賛成♡』
『じゃあ約束だよ、楽しみだなあ』
オレはそんな会話をぼんやり読み直した後、小さく溜息を溢してスマホの画面を消した。
ナイトレイブンカレッジの姉妹校、シャノワール魔女学校に通っている彼女、ルーシャ・ベスティアちゃん。うちの学園のゴーストちゃんたちがマジカメで有名になった影響は、同じようにハロウィーンウィークを行っている姉妹校にも及んだ。賢者の島から船で20分ほどの距離にある月虹島、その気軽に行き来しやすい小さな島に、シャノワール魔女学校が所在している為だ。向こうも相当、マジカメモンスターたちへの対応に手を焼いたと聞いている。
去年も一昨年も、仮装した彼女とふたり、お互いの学園のハロウィーンを見学しに行くというデートをしていたから、今年も勿論その予定だったんだけど──残念ながら、忙しさに追われて叶わなかったのだ。
「あ〜あ……腹立つなァ……」
思わず、オレの楽しい予定を狂わせたモンスターたちへの恨みが、口から溢れてしまった。
「け、ケイト、サン?」
変声期を終えたばかりの怯えたような音に呼ばれて、ハッと我に返る。
慌ててスマホをしまいながら顔を上げれば、そこには。愛らしくも毒のような魅惑を秘めたヴァンパイア──の仮装をした、ポムフィオーレ寮の可憐な1年生、エペル・フェルミエちゃんが居た。彼はそのお人形さんみたいに整った顔を、少し恐怖に引き攣らせている。
やっば、さっきの呟きと怖い顔してたの、見られた……!?
「わ、エペルちゃん! ごめんね、ちょっとボンヤリしちゃってた、どうしたの〜?」
オレは若干焦りながらも、いつも通り明るく楽しいけーくんの笑顔を作る。すると、彼はホッと安心したようにその表情を緩めた。
「えっと、ケイトサンに会いたいって、知り合いのお客様が来ているんです。だから、探してて……」
オレに、お客さん──?
なんだかやたらニコニコ嬉しそうな顔で話す彼の背後に、ゆらりと人影が増えて。エペルちゃん越しにその人物の姿を見たオレは、驚く声すらを失った。
「こんばんは、けーくん」
鳥が歌うような優しい声で微笑む、ツギハギだらけなのに美しいお人形のゴーストが、そこに──じゃ、なくて!
「今日はとっても素敵な、ハロウィーンの夜だね」
「えっ、るーちゃん!?」
今夜このパーティー会場には来られない筈の、オレの恋人であるルーシャちゃんが、居た。
ああ、きちんとハロウィーンの仮装もメイクもして、顔や口には不気味な縫い目のペイントも描かれている。マジカメに上がってた写真でも可愛かったけど、本物は何倍もキラキラして見えるなんて不思議だ。
「ど、どうして、ここに。シャノワールの方でも、ハロウィーンパーティーしてる筈じゃないの?」
カラフルなツギハギ人形の仮装がとってもキュートだとか、思いのほか衣装の露出多くて心配になるとか、今年も会えて嬉しいとか、言いたいことはたくさん浮かぶんだけど。とりあえず、今朝のマジカメ上の会話とは噛み合わない、彼女がこの場に来ていることへの疑問が口を出た。
「学校、抜け出してきちゃった。こっそり魔法のホウキで空を飛んで、ね」
「え、えぇ……!? それ、先生とかにバレたら、マズいよね?」
「大丈夫だよ、うちの優秀な後輩たちが上手く誤魔化してくれてるから。やっぱり、どうしてもね、ケイト君に会いたかったんだ」
突然来ちゃって、迷惑だったかな? そう言って申し訳なさそうな苦笑を浮かべる彼女に、オレは仮装の帽子が落っこちそうなほど、首をぶんぶんと横に振った。
「すっごく、うれしい」
嬉しくて嬉しくて、堪らないよ。オレだって運営委員でさえなければ、君の元に迷わず飛んで行った自信があるから。
あまりにも嬉しいから今すぐ彼女を思いきり抱き締めてしまおうか、と両手を伸ばしてすぐに、この場にはエペルちゃんが(そうでなくても周囲に大勢のひとが)居ることを思い出して、代わりに彼女の両手をぎゅっと握り締めた。彼女もお揃いの嬉しそうな顔をして、オレの手を握り返してくれる。
そんな仲睦まじいオレたちの姿に、エペルちゃんはビックリしたのか「おンわッ」と顔に似合わぬ野太い声を上げた。白い頬を赤く染める後輩の、初心で可愛らしい反応にちょっとだけ笑ってしまう。
「そういえば、エペルちゃんとるーちゃんはどういう間柄なの?」
エペルちゃんは彼女を"知り合いのお客様"って、言ってたけど……。
「ああ、エペル君とは、いわゆる幼馴染みなんだ」
じくり、と心臓の奥が煮えるような感覚がした。痛い。息が詰まる。親しげに笑い合うふたりの姿が、ひどく、眩しく見えた。
「……へえ、」
必死に捻り出した言葉は我ながら怖いほど素っ気なくて、今のオレは上手く笑顔を作れているんだろうか。
「ねっちゃ……じゃなくて、えっと、ルーシャお姉さんは、僕が小さい頃エレメンタリースクールに通う前から、ほんとの姉弟みたいに仲良くしてくれてるんです」
「ふふ、こちらこそ、いつもお世話になってます。エペル君とは家族ぐるみで付き合いがあってね、うちのお婆様と彼のお婆様が大の仲良しなんだ」
初めて聞いた。"幼馴染み"なんて、知らない。オレにとっては、縁のない言葉、深い繋がり、関係性。ずっと昔からの彼女を知るひとが、存在していたことすらオレは知らなかった。
「こうして会うのは、少し久しぶりなのだけれどね。エペル君がけーくんと同じナイトレイブンカレッジに入学するって、お婆様から聞いた時は嬉しかったなあ。でも、久々に会ったら、背も伸びて声も変わってて──喋り方も随分お上品になってるし、小さい頃のエペル君と全然イメージ違ってて、ビックリしちゃった」
「そッ、そう……かな? 確かに背は伸びたけど、あんまり大きく変わってはないと思う、よ。あはは」
幼馴染みとの再会を楽しそうに語る彼女、照れ臭そうに困った顔で笑うエペルちゃん。そんな自然な姿だけでも、よくわかる。ふたりはとても仲良しで、お互いの過去も知っていて、オレなんか一歩も踏み込めないような深い時間を共有してきたことが、わかる。
どろどろとした、気持ちの悪い、真っ黒い泥みたいな、洋墨のようなもので、心の内が醜い色に塗り潰されていく感覚。ああ、嫌だな。羨ましくて、妬ましくて、どーしようもないほどの、嫉妬心が抑えきれない。
そんなオレの黒い感情なんて気付きもしないだろうエペルちゃんが、また、にこにこの嬉しそうな顔でオレを見上げた。
「僕も、ビックリしました。ルーシャお姉さんの恋人が、ケイトサンだったなんて」
「……やっぱり、意外だった?」
オレみたいなヤツがこんな美人で優しい子の恋人だなんて。思わず問い掛けてしまったオレの言葉に、エペルちゃんは笑顔のまま首を横に振る。
「いえ。すごくお似合い、だから」
ねっちゃが幸せそうで安心しました、と。彼は心の底から喜びに満ちた笑顔を見せてくれた。
想像していなかった返答に、え、と間の抜けた声しか返せない。幼い頃から彼女を知っているのであろうエペルちゃんから見た、今の彼女は。オレの隣に並ぶお姉さんの姿が、君には、特別幸せそうに見えているの?
「じゃあ僕は、これで失礼します。せっかくのハロウィーン、楽しんで行ってほしいな」
「うん、ありがとう。めいっぱい楽しませてもらうね」
「ケイトサン。ねっちゃのごど、こいがらもよろすく、な!」
「なっ、え、エペル君ッ」
顔をほんのり赤くした彼女を、ヤンチャな悪戯っ子の顔で「へへっ」なんて笑って。エペルちゃんは仮装のマントを大きく翻しながら、パーティーで賑わう人混みの中へ去って行った。
「……ねえ、るーちゃん。さっきのエペルちゃん、何て言ってたの?」
「え!? ──"お姉さんのこと、これからもよろしく"だって……」
独特の方言が混じっていたとは言え、本当はちゃんと、エペルちゃんの言葉の意味を理解してたんだけど。照れ臭そうに翻訳してくれる彼女が可愛くて、オレもほんの少し、悪戯してしまった。
ああ、もう、エペルちゃんはとてもお姉さん想いで、こうも先輩に気を遣える良い子なのに。どーしようもない馬鹿な嫉妬して、ほんと、嫌なヤツだよなあ、オレ。暗い気分が一瞬でキラキラ明るくなってしまうほど、自分の単純さに呆れてしまう。頬がだらしなくふやけた。
「それじゃあ、今夜は可愛い弟くんのご期待にもお答えして、素敵なお姉さんのこと、ばっちりエスコートしなきゃだね?」
オレは彼女とずっと握り合っていた両手の、片方を自由にして、その手で柔く彼女の腰を抱いて引き寄せた。グッと密着した距離に驚きはしても、嫌がる素振りは一切見せず、とろけた蜂蜜みたいな金の瞳でオレを見上げてくれる彼女に、甘い愛おしさが高まる。
「今夜の王子様は、なんだか、とても積極的だね」
「まあ、せっかくのハロウィーンだし。仮装もしてるから、ちょっとテンション上がってるのかもね。あと、やっぱりるーちゃんが遊びに来てくれて嬉しい」
「ふふ、素直なけーくん、可愛い」
「照れてるお姫様も可愛いよ。……ね、ふたりでこっそり、パーティー抜け出しちゃおっか?」
「えっ! でも、ケイト君、運営委員でしょう? ここから離れるのは、あまり良くないんじゃ……」
「今年はお互い忙しくて、ウチのスタンプラリー会場の展示とか、見に行けてないでしょ? せっかくだから、少し見て回ろうよ。今ならお客さんたちも居なくて、ゆっくり見学出来るだろうし。ハーツラビュル寮の展示、今年もいちばんのクオリティだから絶対見て欲しいなあ」
「それは、私も見に行きたいけれど、」
「ん、じゃあ決まり!」
オレは名残惜しくもパッと彼女の柔らかな身体を解放して、その手にマジカルペンを持った。
「……オレはコイツで、コイツはアイツ。──"
魔法の詠唱をしながら軽くペンを振って見せれば、オレの隣には、ぼわんっと白い煙がどこからともなく立ち昇って──姿も表情も全てが瓜二つな"オレの分身"が現れた。きちんと、スケルトンなハロウィーン衣装も身に纏っている。
「ではでは、オレくん。そういうことだから、パーティー会場の方はよろしくね」
「まったくもう、仕方ないなあ。これも大好きなるーちゃんのため、だからね!」
いってきまーす♪ と、本物のオレより元気一杯に賑やかな人混みの中へ消える"オレくん"を見送って、ニンマリ笑顔を彼女へと向ける。
「さ、これで何の心配もないでしょ?」
オレが勝手にどんどん展開を進めてしまうから、彼女はポカンと呆気に取られていたけど。すぐに「あんまり、無理はしないでほしいけれど」と魔力の使い過ぎを気遣ってくれながらも、半分困ったように半分嬉しそうに笑い返してくれた。
「もう……。けーくんのユニーク魔法は、ほんと、ずるくて素敵だね」
オレもこればっかりは胸を張って自慢出来るよ、ふふん。
♢♢♢
そうして、誰も彼もが浮かれ賑わうパーティー会場から、オレは彼女を連れてコッソリと抜け出した。
まずは、いちばん近かった図書館へ、イグニハイド寮の展示を見に向かう。しかし、スタンプラリーの期間は既に終了しているから、図書館の中は普段と変わらぬ光景で真っ暗。少しガッカリしていたら、偶然。オレたちと同じようにパーティーを抜け出していた、黒い鎧にカボチャ頭の怪しいパンプキン騎士──の仮装をした、イデアくんとオルトちゃんに出会して。事情を説明すると、なんと特別に、自慢のプロジェクションマッピングを上映してもらえることになった。
まさか、あのイデアくんがわざわざオレたちの為だけにこうも親切なことしてくれるなんて驚いたけど、彼は自分の大好きな"パンプキン・ホロウ"っていうB級ホラー映画を布教したかっただけ、っぽいね。
「はあ、すごかった! さすが、魔法工学に長けたイグニハイド寮……パンプキン騎士って、とてもカッコいい
「! ご、ご興味ありましたら、是非とも原作をご覧になって頂きたい。ケイト氏に貸しますゆえ、何卒ッ」
「えっ、良いんですか?」
「も、モチロンっすわ! 布教用にも通常盤のパンプキン・ホロウ1、2セットをご用意してありますからなァ、ひひっ」
「わあ嬉しい、ありがとうございます!」
イデアくんってば、原作映画にも興味を惹かれたらしいルーシャちゃんに、めちゃくちゃ食い付いてるし……。
でも、おかげで今度の休日はまったり映画鑑賞デートする予定が決まったから、ハロウィーン効果で特別親切になったイデアくんには感謝しなきゃ。お礼は、駄菓子の詰め合わせとかで良いのかな?
シュラウド兄弟と別れて図書館を出た後は、コロシアムへ向かって、サバナクロー寮が担当した幽霊船の中を探索した。この巨大な船を、まず木材を運び込んで一から建築したなんて、何度見ても信じられないや。手作りの偽物だって分かっていても、まるで本物みたいに豪華な宝の山を見ると、少年心がわくわくと高鳴った。
その後はスカラビア寮が担当した購買部のサスティナブルな展示を見ながら、丁度良くサムさんが居たので限定ワッフルを購入して食べたり。オクタヴィネル寮の担当である魔法薬学室では、恐ろしいマッドサイエンティストが住んでいそうな研究室風の展示に、ゾワゾワと来る怖さを味わう。
ハーツラビュル寮が担当を受け持った植物園は一旦、後回しにして、次はオンボロ寮へと向かった。
「わあ、おっきいドラゴン! 写真で見るより、実物はすごい迫力で格好良いね──」
ディアソムニア寮生が飾り付けた、蛇にも似た真っ赤な巨大ドラゴンのオブジェを前に、彼女はキラキラと無邪気な瞳を輝かせている。確かに、このドラゴンとか、空の上を思わせる雲の装飾とか、異国風のランタンも綺麗だよね。スタンプラリー中は展示物に魔法で炎を灯していて、もっと綺麗だった。今はそれらを操る生徒が居ないから、明かりも付いてなくて真っ暗だけど。
「クックック……」
!? 突如、どこからともなく、何者かの笑い声が聞こえて来た。
えっ、誰か、居る? じんわりと沸き起こる恐怖感に戸惑うオレたちを、楽しむかのように笑い声は大きくなる。ボボボッと、一気に展示物のランタンたちに火が灯った。次の瞬間。
「──わしはドラゴンではな〜いっ、龍じゃあ〜ッ!」
目の前に、逆さまの美少年が現れた! 途端、怯えた彼女がオレの腕に強くしがみ付いてきて、それに余計驚いて声が出る。
「きゃあ!?」「うわッ!!」
それは、極東の小さな島国で伝説の存在と語られる、恐ろしい"龍"のゴースト──ではなかった。
「りっ、リリアちゃん!?」
オレたちを脅かしたのは、カラフルで派手な龍の仮装をした、リリア・ヴァンルージュちゃんだった。
空中で逆さに浮いたままケラケラ笑っている彼は、オレたちの反応に大満足したようで、くるんと華麗に一回転しながら少し距離を取って着地する。
「もお、心臓飛び出るかと思った、脅かさないでよ……」
「くふふ、いやあ愉快、愉快。パーティー会場からコッソリ抜け出すお主らを、偶然見かけてのう。ちょっとばかし悪戯したくなったんじゃよ。どうじゃ、なかなか刺激的じゃったろ?」
オレにぴったり抱き着いて離れない彼女を、ニヤニヤした顔で見つめているリリアちゃん。うん、まあ実際、怯えるルーシャちゃんという珍しいものを見られて、得した気持ちになってるオレが居るんだけども。
「び、びっくりしたあ……ドラゴンと龍を間違えてしまってごめんね、リリア君……」
「なあに、そんな些事は気にせんでも
「うん、面白かったよ、ありがとう。ランタンに火が灯ると、いっそう素敵だね」
「くふふ、気に入ってもらえて何より!」
ちょっと心臓に悪いサプライズだったけど、彼女もますます瞳を輝かせて喜んでくれている様子だから、まあいっか。
「それにしても──お主も隅に置けんな、ケイトよ。わしは安心したぞ」
「え、何の話?」
リリアちゃんがいきなり意味深に笑いながら妙なことを言い出すから、オレは訳も分からず首を傾げた。
「特定の者に過度な肩入れをしたくない、誰かとじっくり深く付き合うより気楽で軽い付き合いの方が良い等と、その歳の割に随分寂しいことを言うから、わしはちょっぴり心配しておったのだぞ」
「あー……そういや最近したね、そんな話……」
「お主にもちゃあんと、居るではないか。一生を共にしたいと思えるような、かけがえのない存在が。いわゆる、人生の伴侶というヤツじゃな!」
「は、はあ!? 急に何、言って、」
「ンン? なんじゃ、違ったのか? その愛らしい恋人との関係は所詮、学生の若い時分に限ったオアソビというものか。残念じゃのう……」
普段のリリアちゃんは、こんな意地悪を言う子じゃないのに。どうして今、しかも彼女の目の前で、そんな面白くないこと言うの? 彼の考えが微塵も理解できないけれど、その発言と冷たく煽るような眼差しに、カチンと来た。
「──ッんな訳、ないじゃん!!」
オレ自身、珍しく声を荒げてしまう。
「ルーシャちゃんとは、たった数年でお別れなんて絶対したくない! 叶うなら、これから先もずっと、いっしょに居たいもん。それこそ本当に、一生を添い遂げたいと、おもっ、て──」
そこまで言って、オレの腕に抱き着いたままの彼女が、その華奢な両手の力がぎゅうっと強まる感覚がしたから、ハッと我に返った。
うう、わ、やばい。なんか、オレ、勢いに任せて、超重たいこと、言っちゃったよね……?
恐る恐る、彼女の顔を覗き込んだ。どきん、と心臓が跳ね上がる。あッ、れ、可愛い。リリアちゃんに脅かされた時よりも、蜂蜜色の目を満月みたいな真ん丸にして驚いて。真っ赤っかな林檎の顔をしてる。たぶん、その表情を見るに、さっきの重い発言を嫌がられてはいないのだと、思う。いや寧ろ、嬉しく思ってくれているんだと、自惚れても良いだろうか。
「うんうん、その言葉が聞けて真に安心できた。意地の悪い聞き方をしてしまって、すまんかったのう」
リリアちゃんに視線を戻せば、彼はオレたちを愛おしげに見つめてクスクスと微笑んでいる。その姿は、なんというか、随分お節介な父親のように見えてしまった。彼はオレと同い年、寧ろ同級生にも見えないくらい幼い容姿をしているのに、なんでだろ、可笑しいな。
「……さて、と。後は若いふたりにお任せ、じゃな♪」
ハッピーハロウィーン! とご機嫌な言葉を残して、彼は暗闇へ溶け込むように姿を消した──。
まったく、とんでもない悪戯っ子だった。リリアちゃんが居なくなった途端、たくさんのランタンに灯った明かりも一斉に消えて。夜の闇に取り残されたオレたちは、しばらくの間、気まずい空気で黙り込んでしまう。
しかし、いつまでも他寮の前で立ち尽くしている訳にもいかないので、オレはなんとか勇気を振り絞って沈黙を裂いた。
「……ええっと。じゃあ、最後は植物園、見に行こっか」
ああ、彼女は未だ、恥ずかしそうに赤い顔をしたままで。コクコクと懸命に頷くだけの珍しい姿が可愛過ぎて、オレはもう、どうにかなってしまいそうです。
♢♢♢
ようやく、ハーツラビュル寮がハロウィーンの飾り付けを担当した、植物園までやってきた。
オレがいちばん、彼女に見せたかった場所。ガラス張りの天井から差し込む、月明かりしか光源がない植物園。そこには寮生たちが発泡スチロールを塗装して作った墓石や、表情様々にくり抜いたジャック・オ・ランタンがあちこちに飾られて、不気味な墓地を表現している。
イグニハイド寮のプロジェクションマッピングとか、ディアソムニア寮の巨大な龍のオブジェとかに比べたら、ちょっと地味かもしれないけど。それでも、うちの寮が一番ホラーな感じでカッコいい、どこよりもハロウィーンらしい仕上がりになった自信はあった。……ま、どこの寮生もたぶん「うちの寮の飾り付けが一番!」とは思ってるんだろうなあ。
オレの隣でこの光景を見ている彼女は、どんな反応をくれるだろうか。ちらり、とその表情を盗み見る。パチンと目が合って微笑みかけてくれた。
「すごいね、いちばんハロウィーンらしくて素敵。夜は特別恐ろしい雰囲気になって、ほんとうに怖いスケルトンさんが出て来そう……」
「でしょー? 雰囲気作りはいちばん上手く出来てると思う! るーちゃん可愛いから、一目惚れしたスケルトンさんに、お揃いの墓の中へ連れ去られちゃうかもね?」
「ふふ、けーくんみたいな格好良いスケルトンさんなら、喜んで着いて行っちゃうかも」
そんな冗談を言い合いながら、彼女と恋人繋ぎした手を引いて、墓地と化した植物園の奥へ奥へ歩いて行く。どこかで記念写真、撮りたいなあ。
「ねえ、けーくん」
「ん、なあに?」
「やっぱり、ケイト君のお友達は素敵なひとばかりだね」
「えぇっ、どうしたの、突然」
なんだか照れ臭くなるような言葉に、オレはいったん足を止めて、彼女を見下ろした。彼女はとても、愛おしいものを想う目でこちらを見上げる。
「イデア君みたいに親切なお友達や、リリア君のようにあなたを心配してくれるお友達もいることが、なんだか、自分のことみたいに嬉しいよ」
ああ、この子は、ほんと、どこまでも優しいひとで、オレ自身やその周りの存在まで大切に想ってくれて、そういうとこ、好きだなあと思う。
「……オレは、」
君の大切な幼馴染みにすら、嫉妬してしまう酷いヤツなのに、ね。
「正直に言うと、すごく、羨ましかったよ」
え? と戸惑いの声をあげた彼女に、やってしまった、口に出してしまった、そう後悔するけれど、もう心の内から滑り出した本音は止められない。
「幼馴染み、とか。オレには、無縁の存在だから」
「……エペル君のこと?」
「うん。前にも話したこと、あるかもしれないけど。オレの父親、銀行員でさ。銀行って世界中に支店があって、父さんに異動辞令が来るたび、家族全員が引っ越さなきゃならないんだよね。いわゆる、転勤族ってヤツ?」
同じ土地に長く住んだことはない。
2年に1度ぐらいのペースで転校を繰り返していたから、仲良くなれたと思った相手とも、すぐにサヨウナラだ。
「だからさ、幼い頃から仲良しのお友達とか、オレには居ない。どーせ、短い間しか居られないんだから、他人と深い付き合いなんて望めないのなら、気楽な軽い関係のままで良いかなー、って……」
そう諦めてしまえば、寂しいとか悲しいとか、思わなくて済む。楽しく、明るく、笑って"今"を過ごせればそれで良い。
いつの間にか、そんな思考がすっかりオレの心の底に根付いていた。諦め癖、みたいなものがついてしまった。
この学園でも、たった4年間の短い関係だからって、どーせ将来はバラバラになるんだからって、周囲にやんわりと壁を作って過ごしていたけど。思いのほか、オレの"お友達"はお節介が多くてさ、困っちゃうよね。
──お別れする時、寂しくなっちゃうだけなのに。
「羨ましいし、妬ましいよ。あの子は、エペルちゃんは、小さい頃のルーシャちゃんを知ってるけど、オレは知らないから。……ずるい、とか、思っちゃうんだよね」
過去にはどう足掻いたって戻れないし、そんなのどーしようもないことだって、わかってるけど。
るーちゃん、やっぱり困った顔してるな。もう、何で、変なこと言っちゃったんだろう。普段ならこんな余計なこと、オレは絶対言わないようにしてる癖に。
ああ、そうだよ、羨ましいんだ。ずっと羨ましくて仕方なかったんだ。身近で例えるなら、トレイくんにとっての、リドルくんやチェーニャくんみたいな。いつまでも仲良く居られることが、当たり前だと思える関係性。そんな、かけがえのない存在が、たったひとりで良いから欲しかった。
今まで、友達とか好きなものとか、色んなことを諦めてきたけど。それでも、ほんの一目で恋に落ちた君のことだけは、諦めきれなかったから。自分の知らない彼女を知る存在が妬ましいし、一生の関係性を願ってしまうし、どこにも行かないでほしいとみっともなく縋ってしまうんだろう。
だから、つい、こんな下らなくてどーしようもない柔い感情を、晒してしまったのかな。
「ケイト君……」
しばらく困惑の表情で黙り込んでいた彼女が、小声で恐る恐るオレを呼んだ。空いている片手で、そっと、オレの頬に触れて──
「痛ぁっ!?」
むぎゅーッと強めに頬を抓られた。
な、なんで? いきなり? 痛みよりも驚きの方が優っている。彼女はなんだか、むっすりと拗ねた子供のように口を尖らせていた。
「……るーちゃん、もしかして、怒ってるの?」
「だって、けーくんが寂しくなっちゃうこと、言うから」
抓った頬を今度はふにふにと撫でて、しょんぼり悲しい顔になる彼女。
リリアちゃんにも、かなり言い回しは違うけど同じようなことを伝えた結果、そんな考え方は寂しいんじゃないかと、心配されてしまったんだよな。だけど、今すぐに長年染み付いた諦め癖をどうにかすることは難しいし、こんな本音を聞いたら嫌われてしまうと思っていたから。
辛そうにオレを見つめる彼女の姿は、意外な反応、だった。
「私だって、小さい頃のケイト君のことは、何にも知らないよ。君がそんな寂しい気持ちを長年抱えていたことすら、知らなかった。でも……私には、教えてくれたんだよね。特別なんだって、自惚れても良いのかな」
彼女の蜂蜜色した瞳が、ふ、と蕩けるように細まった。泣きそうだけど、相変わらず、オレを愛おしげに見つめてくれている。
「過去を今更どうにかする術はないし、出来ることは昔の思い出を話して聞かせてあげるくらいだけど、きっと、君が求めているものは、そういうことじゃないんだよね。……だから、ね、」
幼子に言い聞かせるような、優しい声。
「これから、もっとたくさん、ふたりの時間を過ごそうよ」
にかっと眩しく歯を見せて笑ってくれる彼女に、ぎゅ、と胸の締め付けられるような感覚がした。
「たった数年でお別れなんて、私も絶対嫌だもの。三年先、十年先、んー……欲張って、百年先ぐらいまで! 君と、いつまでも仲良しで居たい。ずっと、いっしょに過ごしたいな」
そんな優しい言葉と共に、頬をやわやわ撫でられたら。じんわりと、目頭が熱くなってしまう。
「けーくんも、同じことを願ってくれているなら、私は幸せ者だなあ」
「……オレ、さっきはリリアちゃんの前で、結構重たい発言しちゃったなあ、って後悔してたのに」
「重い? どうして? だって、私は最初から、結婚を前提に君とお付き合い始めたんだよ。君と居る将来を考えるのは、当たり前じゃないかな。けど、改めて言葉にしてもらえると、やっぱり嬉しいよ」
ああ、ほんとうに、エペルちゃんが言ってた通りだ。君はいつもオレの隣で、幸せそうに笑ってくれる。
頬を撫でる彼女の手に、そっと自分の手を重ねた。柔らかなその手に、自らすりすりと頬を寄せる。
「──当たり前、かあ」
彼女は信じて疑ってないんだ、オレといつまでもふたりで居られることを。今も、これから先の未来も、ずっと。
「……えっ、ケイト君、泣いてる?」
「泣いてないもん」
「ああ、メイク取れちゃうから、擦っちゃ駄目。おめめ痛くなっちゃうよ?」
「だから、泣いてないですぅー」
「もう、意地っ張りさんだなあ」
くすくすと呆れた風に笑いながら。彼女は繋いでいた手を解いてしまうと、すぐにレース付きの白いハンカチをサッと取り出して、オレの目元を痛まないように拭ってくれる。お気に入りのハンカチが、その清潔な白が黒く汚れてしまおうと、何にも気にする様子を見せない。そんな君の優しいところを、オレは何度でも、好きになってしまう。
この愛おしい気持ちは、どーしても抑えられない。彼女と自分を隔てる仮装の黒いベールが邪魔で、オレは被っていたシルクハットを取り外した。彼女があっと声をあげる間も無く、涙で滲む顔を近付けて。その柔らかな唇を、一瞬だけ奪い去った。
「……けーくんったら。いきなり
「どうせ、今は
お互いの赤い鼻先をこしょこしょ擦りつけて、子供みたいにクスクスと笑い合う。
「オレ、こんなに幸せなハロウィーン、初めてだ」
「私も。きっと、来年はもっと幸せで楽しいよ」
「……その時も、オレと一緒に過ごしてくれる?」
「もちろん。ふふっ、また約束が増えたね」
「うん……。君とこれからの約束を、いっぱい、したいな」
少しずつ、今の楽しさばかりじゃなくて、未来の幸せも考えていけるようになりたい。
まあ、長年染み付いた考えや他人との接し方を、魔法のように変えることは難しいけれど──。
──幸福なハロウィーンの夜から、数日が過ぎて。
ひとつ、彼女のおかげで明確に変わったことがある。それは。
「あ、居た居た、エペルちゃーん!」
「ケイト、サン?」
おーいっと呼び止めれば、こんにちは、とお淑やかな笑顔を(少しぎこちないけど)返してくれる、可愛い可愛い弟分が増えた事だ。
「今日の放課後、ハロウィーン運営委員の特別打ち上げ会やるんだけど、エペルちゃんも良かったら来ない?」
「え、打ち上げ? そんな話、初めて聞きました」
「うん、オレが急遽企画したからね。オンボロ寮を借りて、皆で焼肉パーティーする予定なんだけど──」
「焼肉!? い、行ぎてえ! ……です、けど。でも……」
「だいじょーぶ、運営委員長のヴィルくんには内緒にしてあるから♡」
「……あははッ、悪え先輩だなあ」
エペルちゃんから、あわよくばルーシャちゃんとの昔の思い出話とか聞き出したいなあ、って淡い下心もチラッとあるんだけど。
オレも、彼女みたいに。愛する人の周りに居る大切な存在を、これから大切にしていきたいって、思うんだ。
彼女と一生の伴侶になるってことは、その大切な幼馴染みちゃんとも、これから先、長い付き合いになるんだから──ね♪
2020.11.15公開