灰かぶり君と王子様ちゃんの話
名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
やきもちマンドラゴラ
ハートの女王の法律、第703条。クロッケー大会で2位だった者は、その翌日、女王に紅茶を淹れなくてはならない──と言うことで、リドル寮長のために自慢の紅茶を振る舞っていた、ある日のこと。
「うん、今日もケイトの淹れてくれた紅茶は美味しいよ。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして、寮長♪」
少し前まで恐ろしい暴君として君臨していた彼に比べて、最近のリドルくんは表情豊かで素直っていうか、可愛い後輩らしくなった感じがある。異世界から来た迷子の
オレも彼の向かいの席について、自分用に出したカップへ紅茶を注ぐ。ダージリンの爽やかな香りをストレートでこっくり味わった。不意にリドルくんが「ゴホン」とわざとらしい咳払いなんてするものだから、どうしたんだろ、と彼に視線を向ける。
「ところで、ケイトには、その──恋人が居る、と聞いたのだけれど」
ゔぇッ!? と変な声が出た。青天の霹靂、とはこういう場面を言うのかと思った。
「オレ、リドルくんにるーちゃん、じゃない、彼女の話したことあったっけ?」
手に持っていたカップを落っことしかけながら、なんとか平静を装う。逆に問い掛けられたリドルくんは顔をほんのり赤くして慌てた。
「あ、ごめんっ、もしかして隠していたのかな? 実はトレイから聞いてしまったんだ」
やっぱりアイツか。1年生の頃からすっかりトレイくんの良いように扱われていることを苦笑しつつ、オレはリドルくんに「気にしないで」と首を横に振った。
「隠してるつもりはないから。というか、そーんなことリドルくんが聞いてくるなんて、もしかして、けーくんに恋愛相談?」
察し通り、リドルくんの顔が火でも付いたかのようにボッと赤く染まった。その赤色は怒り狂う女王様じゃない、恋に戸惑う少年の照れた表情だった。え、なにその反応、かわいー。
「お相手は──監督生ちゃん?」
「な、なッ!?」
何で知ってるんだ、と言わんばかりの驚き様。そりゃあ、ね。例のマロンタルト事件以来、やたら監督生ちゃんばかり構いたがるリドルくんの姿を見ていれば、なんとなーく気が付いてしまうだろう。余程の鈍感じゃない限り、は。デュースちゃんとかは気付いてなさそう。
思っていたより好意がバレバレだったことを自覚したリドルくんは、とうとう顔を両手で覆い隠して恥ずかしそうに俯いてしまった。あちゃー、少しからかい過ぎちゃったかも。
「だ、だいじょーぶ! 監督生ちゃん本人にはバレてなさそうだし、ね?」
「……それはそれで、複雑なのだけれど」
「あはは、確かに……」
渋々赤い顔を上げたリドルくんは、深く溜息を吐きながら拗ねたように口を尖らせていた。
周りから見れば、あからさまなくらいにリドルくんは監督生ちゃんを贔屓しているというか、特別優しく接しているけれど。残念ながら、監督生ちゃんはそのことに気付いていない。熱心に勉強を教えてくれたり、甲斐甲斐しく身嗜みを整えてもらったり、他寮の生徒にも関わらず"なんでもない日"おめでとうのパーティーに何度誘われても、リドルくんは誰にでも優しいひとだから──と思っているらしいのだ。まあ、悪いことじゃないけど、せっかく両想いなのに変なすれ違いが起こってて、見てるこっちがもどかしくなっちゃう。
オレとしても、可愛い後輩ちゃんたちの恋を応援したいと思ってるんだよね。
「で、何をお悩みですか、寮長?」
ニヤニヤしながら問い掛ければ、リドルくんは赤い顔のまま静かにゆっくりと口を開いた。
「……最近、変なんだ」
なんだか苦しそうに両手で胸元をギュッと押さえる彼。その様子に、オレも緩んだ表情を慌てて引き締める。
「なんと説明したら良いのか、難しいのだけど。彼女を見ていると時々、こう、胸の奥の辺りが、もやもや……する」
「それ、って──例えば、監督生ちゃんが何してる時?」
「……エースやデュースたちと、仲睦まじい様子で、笑い合っている時」
他にも、彼女がトレイくんに勉強を教わっている所や、オレと楽しそうに写真撮影している姿を見かけても、モヤモヤするのだと彼は言う。
「なるほど、ね。ヤキモチ、妬いちゃうんだ?」
オレの確信を持った問い掛けに、リドルくんは小さく頷いた。
賢い彼だ、その感情の理由がわからない訳はない。しかし、対処の仕方に悩んでいるのだろう。ヤキモチ、嫉妬、ジェラシーなど色々表現する言葉はあれど、解消する方法の難しい感情。特に恋慕の絡むものは、思春期男子にとって難敵である。
「はー、悩むよねえ、わかるー!」
力強く同意の言葉を発したオレに、リドルくんはギョッと目を見開いて驚いた。
「けーくんだって、未だにすっごいヤキモチ妬いちゃうもん。オレの彼女、美少女な上に白馬の王子様かと思うくらい優しいから、男女問わずそれはもうモテモテでさあ、顔が良くてスタイル抜群だから男の視線は集めまくり、年下の女の子たちからは『お姉様〜♡』とかキャーキャー言われちゃって、けーくんというイケメン彼氏が居ながら酷いと思わない? 優しくする相手はオレだけで良いのになー!」
半分惚気で半分愚痴をぺらぺらとまくし立てるオレに、リドルくんは目を点にしながら「自分で自分をイケメンなんて言うのはどうかと思う」と冷静に突っ込まれました。うん、ごめんね。でも自己肯定力を高めていくことは大事だよ!
「嫉妬なんて、醜くて嫌な感情だと思っていたのだけれど。意外と、誰でも抱いてしまうような感情、なのかな」
普段の凛とした様子を取り戻しつつ、リドルくんはお茶菓子のマドレーヌをひとくち頬張りながら、首を少し傾けた。
「そうかも。個人差はあると思うけど、やっぱり、好きなひとのそばには出来る限り居たいと思うし、独り占めしたくなるものじゃないかなあ」
「……トレイにも、普通のことだからあまり気にしなくて良いんじゃないか、とは言われたんだ」
アイツの言う"普通"は大体、一般的な感覚とズレてる所あるから、あんまり参考にならない気がするけど、ねえ。
「でも、ボクは彼女の何者にも縛られず自由な姿が、好きなんだ。友人たちと笑い合う、楽しげな顔も好きだ。ボクだけのアリスになってほしいと思うけれど、束縛、したくはない」
それは──今までずっと、厳しい母親や狂った法律に縛られ続けていた彼だからこそ、思い悩むことなんだろう。
「ボクの勝手な感情で、彼女に不自由な思いをさせたくない……」
「もう、リドルくんったら、重く考え過ぎだよ。監督生ちゃんって、嫌なものは嫌だと言える子でしょ。鬱陶しいとか面倒臭いなんて万が一にも思ってたら、すぐ口に出すと思う。オレから見たら、リドルくんと一緒に居る時のあの子、とっても嬉しそうなのに」
「……そう、なのかい?」
「え、気付いてなかったの。リドルくんと居る時は、他の誰と居る時よりもニコニコ笑って、キラキラしてるんだよ。リドルくんを見つめる時のユウちゃん、まさに恋する乙女、って感じで、」
一瞬引いたはずの熱がまた上がってきたのか、ぽぽぽ、と彼の顔が赤く塗った薔薇のように染まる。
あれ、この反応。まさかリドルくん、監督生ちゃんから恋心向けられてることに気がついてなかった──?
「えっ、と……本当に、そうだとしたら、嬉しいけれど……」
余計なこと言っちゃったかなあ、と思いつつ、まあ結果的に進展しそうなら良いか、と楽観しながらオレもマドレーヌをひとつかじった。
「ありがとう、ケイト。ボクの稚拙な話を聞いてくれて」
「いいのいいの、もっと喋ろ? あの恐ろしく束縛しまくりな
「……もし誰かに話したら、首をはねてしまうからね」
「はあい、寮長♪」
──と言う話を、オレは愛する恋人であるルーシャちゃんに聞かせたのだった。
「ふふ、可愛らしいね」
「ね。厳格でおっかなーい女王様が、初めて恋をした途端、ここまで変わっちゃうなんてさ──」
結局、リドルくんとの約束破って恋話しちゃってるけど。オレの首が飛んじゃうから、ここだけの秘密の話だと彼女には伝えてあるから大丈夫。
オレの寮室のベッドに腰掛けて、オレの勧めたマドレーヌを頬張りながら、オレの話を聞いて楽しそうに笑ってくれる彼女。どんなにヤキモチ妬いたって、こういう二人きりの時間になれば心のモヤモヤなんて全部吹き飛んで、幸せな気持ちいっぱいに満たされるんだよね。
え、なあに?
何で男子校の寮室に女の子が、しかも他校生徒である彼女が、のんびり居座ってるんだ、って──?
もちろん、本来なら他校の生徒を無断で寮室へ連れ込むなんて言語道断、ハートの女王様の法律以前に校則として禁じられているんだけど。しかし、ナイトレイブンカレッジとシャノワール魔女学校の交流会やその準備が行われる日は特別で、姉妹校同士で校舎や寮内などを行き来することが学校から許可されているから、その限りではない。
今日はそういう特別な日だった。シャノワール魔女学校では、ブロンシュミラーという「白の女王」の慈愛の精神を重んじる寮で、副寮長を任されている彼女。ナイトレイブンカレッジへ訪れた日は欠かさず、用事の終わった後にオレのところへ遊びに来てくれるのだ。そんな彼女をオレの寮室へ招いて、美味しい紅茶やお菓子で歓迎することが、けーくんのささやかな幸せなのです。ふふん。
オレがまだ新1年生だった頃は「姉妹校同士の交流会とか謎の仲良しごっことか意味わかんない」なんて思ってたけど、今はもう感謝の気持ちしかないよね。いっそ共学にならないかなァ、なーんて、ね。
説明は以上!
共学だったら恋敵増えちゃいそうだから、それはそれでダメだな──とかボンヤリ考えていたら、彼女の細い指先でツンツンと頬を突かれて、はっと我に帰る。
「もう、ふたりきりの時はマジカメ見ないで、って言ってるのに」
スマホ片手にぼーっとしてたオレを見て勘違いしたらしい彼女が、珍しく拗ねた子供のような顔をするから可愛くて。あはは、なんて弾む声を上げて笑ってしまった。
「違う、違う。るーちゃんのこと考えてたんだよ、こうして会いに来てくれて嬉しいなーって」
「本当に?」
「ほんと。意外とるーちゃんもヤキモチ妬きだよね?」
「……けーくんほどじゃないよ」
恥ずかしそうに眉尻を下げて視線を逸らす彼女、その頬がほんのり赤く色付いて美味しそうに見えた。うわ、可愛い、ちゅーしたい。
持っていたスマホをぽいっと枕の上に放って、空いた手で彼女の頬に触れた。その意味を察して、こちらに目線を戻してくれた彼女がそっと目蓋を閉じる。オレは指先を彼女の頬から顎の先、そして唇へと滑らせた。ぷるりと瑞々しい桃色に塗られたそこへ、ゆっくり、自分の唇を近付ける。ああ、未だに口付けようとする瞬間は、胸の奥からドキドキ緊張した音が鳴り出してしまう。
部屋の鍵は閉めた、防音魔法もかけてある、完璧だ。この貴重なふたりきりの時間を邪魔する者は、誰も居ない──筈、が。
「ギィーッ! ギギーッ!!」
突然、部屋中に響き渡った、鋭く軋むような不愉快な鳴き声。キィンと嫌な頭痛が走る。驚いて声のした方、足元へと視線を向ければ、そこには。
「げっ、お前……!」
キッと小さな黒目を鋭くしてオレを見上げる、マンドラゴラが居た。
オレの魔力を込めて育てた根暗なマンドラゴラが、なんと、愛しい彼女の細い足首にぴったりとくっ付いていたのだ。
「え、なんで、マンドラゴラ……?」
この小さな邪魔者を前に彼女も驚いているが、決して蹴り飛ばそうとはせず、子猫程度の小柄なそいつを両手で包み込むように抱き上げた。その優しい手に触れられて、マンドラゴラはなんとなく嬉しそうに笑った気がした。ほぼハニワみたいな顔で全然表情変わらないから、多分だけど。
「これは、あの〜、毒薬精製の授業で、ちょっとね。薬の材料に必要なマンドラゴラを育てることになって、何体か魔力を注いだ内の1体、だよ」
「あ。この間マジカメに上がってた、ニコニコ笑い転げるマンドラゴラのお仲間さん?」
「そ。面白可笑しいマンドラゴラが育てば、マジカメ映えしてバズるかも、と思って張り切ったら、つい多めに作り過ぎちゃって。1体だけ、余っちゃったんだよね……」
それはつい数日前の話だった。偶然同じ授業を選択していたヴィルくんやリリアちゃんとも盛り上がって、真紅のボディにトランプ柄のヤツ、虹色のド派手なヤツなど、色んなマンドラゴラを育てて遊んでしまった。本来は3体で十分な実験用に、6体も多く作ってしまって。そうして気付けば、根暗なコイツが1体だけ余っていたのだ。
植物園にこっそり埋めてきちゃおうかな、サイエンス部のトレイくんにあげちゃおうかな、と色々処理の仕方を考えたりはしたけども。こんな見た目も性格もだっさいマンドラゴラを、他の誰にも見られたくなかった。オレの育てたものだと、知られたくもなかった。
対処に困った結果、まあ他の授業か何かで使えるかもしれないし、そう思って寮室の植木鉢に埋めて飾り物の如く放置していたのだが──まさか、勝手に土の中から出て来るとは思わなかった。しかも、彼女とふたりきりの時に限って、だ。
「ごめんね、こんなツマラナイ失敗作見せちゃって」
オレは少々乱暴にマンドラゴラの頭の葉っぱを引っ掴み、彼女の両手から奪い取る。オレに持ち上げられたマンドラゴラは再び鋭い声を上げようとしたので、その人参みたいな身体にグッとマジカルペンを強く押し付けて、口封じの魔法をかけた。ひとを死に至らしめる危険性のある鳴き声が出せずとも、ジタバタと暴れて抵抗する植物に、何故だが酷く腹が立つ。このまま今すぐ燃やしてしまおうか、ああ、最初から灰にして消してしまえば良かったんだ、なんて思った瞬間。
「ケイト君、だめ」
彼女の手が無理やりにオレのマジカルペンを押さえつけ、マンドラゴラを捕らえる手を包み込む様に握る。その優しい体温に、ふっと全身の力が抜けた。
葉っぱを握りしめるオレの手から解放されて、ぽとり、床に落下したマンドラゴラは、またも彼女の足元へ逃げるように駆け寄って隠れる。
彼女が呪文を唱える様に口を開いた。
「──魔力を注ぐことによってマンドラゴラを急速に成長させた場合、そのマンドラゴラには魔力を注いだ人間の性質が色濃く反映される」
つまり、今も彼女の足元で体育座りをして暗い表情で俯くマンドラゴラ、その姿は、オレの中に隠し持った一面でもある──と。彼女は、知ってる。
「この子は失敗作じゃないよ」
「失敗だよ。こんなの全然、けーくんらしくないでしょ」
「そうかなあ。この可愛いおめめとか、ニンジンみたいな体の色とか、結構ケイト君に似てる。よく見たら右目の下に赤いダイヤマーク付いてるし、とっても愛らしいよ」
「……要らないよ、そんなもの」
どこかへ捨てる事も、灰にする事も出来ない、厄介で邪魔な存在だ。
「じゃあ、」
再びマンドラゴラを両手で抱き上げて、その柔らかな胸の中へギュッと抱きしめた彼女。にこり、と優しげに口元を微笑ませるけど、その目の奥に光が見えなかった。
「私が貰っても、構わないね」
え──?
「いや、まあ、正直どうしようか困ってたし、欲しいって言うならあげるけど……ほ、ほんとに欲しいの、これ?」
「うん。君にとっては要らないものでも、私にとっては欲しくてたまらない愛おしいものだから」
ちゅ、なんてわざとらしいリップ音を鳴らして、彼女はマンドラゴラの額に口付けた。マンドラゴラの橙色した身体が薔薇のような赤色に染まる。
やっぱりコイツは迷わずさっさと燃やしておけば良かったかもしれない──なんて、植物相手に殺意が湧いたことは内緒だ。
数日後、オレは彼女に例のマンドラゴラを譲ったことを酷く後悔していた。
ドタドタドタ! と我ながら品のない足音を大きく立てて、寮内の廊下を走り抜け、親友の居る部屋の扉を勢いよくバーンッと開いた。案の定、中に居たトレイくんは「おいおい、ノックぐらいしろよ」と苦笑いしており、何やら読書中だった様子──だが、今のオレにはそんなことを気にする余裕など無かった。
「トレイくん! 助けて!!」
「な──ど、どうした?」
さすがに切羽詰まった様子のオレを見て、トレイくんも緊急事態を察してくれたようで険しい顔つきになる。
オレは彼の顔面すれすれまでスマホを近付けて、先程まで眺めていたマジカメの画面を見せつけた。
そこに映るのは──
「るーちゃんがっ、マンドラゴラに寝取られたあッ!!」
オレの育てた根暗マンドラゴラと頬を寄せてイチャつく彼女の、写真である。
「……は?」
驚きのあまり、ずる、とトレイくんの眼鏡がズレる。慌てて視界のズレを直しながらスマホ画面をしばらく凝視した彼は、深々と溜め息を吐いた後、再び手元の分厚い本(和菓子辞典とか題されている)を開いて読書に戻った。
「や、ちょっと!? 親友のピンチをスルーしようとすんの、やめてくれない!?」
「これのどこがピンチなんだ、可愛らしい光景じゃないか」
「そ、そうなんだけどー!」
「俺はいま学生らしく勉強中だ、邪魔しないでくれ」
心底呆れた顔でしっしっと犬猫でも追い払うように手で払うそぶりをしてくるトレイくん。コイツ、年々けーくんの扱い、雑になってる気がするんだよな。普段の何にでも相談乗ってくれそうな、頼れるお兄さんキャラはどうした。
「話ぐらい聞いてよ! さもなくば今度のお茶会、トレイくんの紅茶だけこっそりカラシ混ぜ込んでやるから!!」
「嫌がらせの仕方がえげつないな」
彼は渋々、読んでいる途中の料理本を閉じて、再度オレの方へ向き直ってくれた。
「……で、言葉の意味が一から十まで全く理解できないんだが、マンドラゴラだの寝取られただの、どういうことだ?」
実は──かくかくしかじか。
オレはちょっと明かすの嫌だったけど、先週の選択授業での出来事や、彼女がオレの育てた根暗マンドラゴラを引き取ってくれた事などを話した。トレイくんもオレのマジカメは見ていたらしく、すぐに事情を理解してくれた。
そして改めて、数日前の彼女のマジカメを見せる。その日は彼女がマンドラゴラを引き取って初日の、植木鉢からひょっこり顔を覗かせるヤツの姿だけが映っていた。
「ふうん、何も悪いことなんて無いじゃないか」
「最初はね。でも、その後──」
画面を上へとスクロールすれば、また別の写真が次々に現れる。そこには植木鉢から抜け出して、彼女とお風呂上がりのコーヒー牛乳を楽しんでいたり、ベッドの中でぬいぐるみのように彼女の隣へ並んで眠る、憎きヤツの姿があった。
「オレだって片手で数えられる回数しか彼女の寮室には入ったことないのに、一緒にお風呂まで入って同じベッドで眠るなんて……それも毎日……! なんて、羨ましいッ……!!」
やはりヤツは燃やしておくべきだった。思わずスマホを握り潰しそうなくらいオレの手に力が入り、ギリィッと悔しさに歯を食い縛る。
ようやくオレの焦る理由を察したトレイくんは、なるほど、とニタリ意地の悪い笑みを浮かべた。
「つまり、ヤキモチか」
はい、その通りです。もはや否定など一切しなかった。植物相手に嫉妬なんて、そもそも自分で育てて譲ったものに腹を立てるなんて、馬鹿馬鹿しいと思われるだろうけど、みっともなくて結構だ。
他にも、彼女に水やりしてもらってキャッキャとはしゃぐ姿や、肥料を貰って喜ぶ姿など、甲斐甲斐しく世話を焼かれるマンドラゴラの写真が、それはもうたくさんマジカメにアップロードされている。オマケに今日は動画までアップされていて、彼女がマンドラゴラと仲良く楽しげに愛の歌をデュエットしてる光景が撮られていた。しかも「マンドラゴラって歌うんだ!?」とか「こんな可愛い植物はじめて見た〜♡」とか視聴者らにチヤホヤ言われて、結構バズってやがる。
オレと彼女は同じ学校の生徒じゃないから、姉妹校とは言え、会える時間が限られているのに。スマートフォン越しのメッセージや電話だけじゃ、寂しさを拭えない日だってあるのに。この根暗なニンジン野郎は、オレの隠したい部分であるコイツは、彼女のそばに四六時中居られるなんて。そんなの、憎たらしく思っても仕方ないだろ。
「それにしても、コイツは生みの親によく似てるな」
……はい?
からかうような口調で、ケラケラ笑いながら言われたトレイくんの言葉に、オレはキョトンと目を丸くした。
「見た目もそうだが、無表情が基本のマンドラゴラがこうもニコニコ幸せそうに笑っちゃってさ、あの子にメロメロなお前そっくりだ」
「は、はあ? そんなこと──」
──ある、かも。
普段、彼女にデレデレしている姿なんて客観視出来てないから、よくわかんないけど。なんだかんだ、オレの恋愛相談に1年生の頃から付き合ってくれてるトレイくんが言うなら、そうなのかもしれない。
「お前の実は根暗な一面だけじゃなくて、彼女に対する愛情や独占欲ってやつも反映されたのかもな」
そう言われてみると、何故マンドラゴラ如きが彼女にキスしようとしたオレを見て怒ってきたのか。どうしてオレには酷く反抗的だった癖に、彼女に対しては好意的な反応を見せていたのか。全て、可笑しなほど納得がいく。
彼女を独り占めしたいとか、ずっと彼女のそばにいたいとか。オレのそういう、密かに抱えているモヤモヤした黒い願望が、マンドラゴラにまで反映されてしまったのか。だから、どんなに邪魔だと思っても、捨てる事も燃やす事も出来なかったのかな。
「あー……」
思わず情けない声が溢れて、火照る顔を片手で覆い隠す。そんなことを気付いてしまったら、途端に恥ずかしくなってきた。リドルくんのこと、もう可愛いなんて笑えないかも。
「何それ、自分で自分に嫉妬してるみたいなモンじゃん、けーくんダッサ」
「はは、今更だろ。女の子は恋をすると可愛くなるらしいが、男は格好悪くなるばかりだよ」
「ほんとそれ、ね。……でも、やっぱり腹立つもんは腹立つし、オレの分身みたいなものなら、余計ずるい」
「困ったやつだな。じゃあ、そのことを直接彼女に電話でもしてきたらどうだ? ──ほら、」
そう言うと、トレイくんはオレのスマホ画面にスイスイと触れて何かをトンと押した。途端、オレのスマホから部屋いっぱい鳴り響く電話の発信音。
「あっ、お前ッ、こら! 勝手に通話ボタン押すなよ!?」
軽快な音がワンコールも鳴り終わらない内に『もしもし?』とスマホから可愛い女の子の声が聞こえた。その鳥が歌うような愛らしい声に、ドキーッと心臓が飛び上がる。
「あーもーッ、トレイの馬鹿! 後で覚えてろよ!!」
オレは慌ててスマホの受話口に耳を当てながら、脱兎の如くトレイくんの部屋を出た。
「おー。麓の街で最近人気のレアチーズケーキ、期待してる」
去り際、トレイくんにそんなことを言われたりして。まあ、その、話聞いてくれたお礼じゃないけど、今度差し入れてやっても良いかも──ね?
『けーくん、どうしたの?』
「ちょっ、とだけ待ってね!」
スマホ越しに心配そうな彼女の声へ、出来る限り明るい声を返した。
寮の廊下をまた慌ただしく走って、オレは自分の部屋へと駆け込む。部屋の鍵を閉めて、開け放してた窓も閉じて、ベッドの上に勢いよく飛び込みスプリングを軋ませて、愛用しているニコニコ顔付きクッションをギュッと片腕で抱きしめてから。改めて、マイクの向こうへ声を掛けた。
「オレの方から電話しちゃったのに、ごめんね、お待たせー!」
『ううん、私は全然構わないよ。なんか、けーくんの方すごいバタバタ音してたけど、大丈夫?』
「だ、だいじょうぶ、ほんと! 全然何にもないから!!」
あははー、と笑って誤魔化したけれど果たして誤魔化し切れているのか。トレイくんを罵った時の太い声とか、絶対聞かれてたよなあ。でも、彼女は特にそれ以上追及せずに『そっか』と笑い返してくれて安心する。
「るーちゃんの声、聞きたくなっただけだから」
『ふふ。私もけーくんとお話したいと思ってたから、嬉しいよ』
暇さえあれば毎日こまめにメッセージを送り合っているのに、電話越しでも彼女の声で優しい言葉を聞けると、何度でも嬉しくなっちゃうなあ。
「マジカメの動画、見たよー。超バズってるじゃん」
『私もびっくりしちゃった。きっとけーくんの育てたマンドラゴラ君が可愛いからだね』
「いや、あの根暗君をあそこまでキラキラ輝かせた、るーちゃんの愛情の賜物だと思う」
『えへへ、そうかなあ』
「なんか、やけに可愛がってるよね」
つい声が低い音に、冷たい言い方になってしまった気がする。
「今日も、マンドラゴラと一緒に寝るの?」
『うん、今も一緒にベッドでゴロゴロしてるよ。マンドラゴラ君の声、聞く?』
「やめて。耳元で絶叫されてけーくん死ぬ」
『えぇっ、この子はもうそんな恐ろしいことしないよ、ね?』
いいや、絶対するね。アイツがほぼオレの分身なら、間違いなくやるってわかる。
彼女に声をかけられたであろうマンドラゴラがキューキューなんて甘く鳴いている声が微かに聞こえてきて、余計モヤモヤと嫌な気分になってきた。
『ふふ、可愛いなあ。マンドラゴラ君と一緒に過ごしているとね、まるでずっとけーくんがそばに居てくれてるみたいで、毎日楽しいんだ』
しかし、そんなことを言われてしまったら、嬉しいやら腹立つやら複雑な気分で、顔がニヤけているのかムカついてるのか変な風に歪む。
「……なにそれ、やっぱりそいつずるい。今度会ったら、絶対燃やすから」
『だめ、この子はもう私の大事なお友達なんだから、そんなことさせないからね』
「知ってると思うけど、けーくん、結構、ヤキモチ妬きだから、さあ」
ぎゅう、とクッションを抱き締める腕に自然と力がこもる。
「ちゃんと、直接けーくんのこと愛してくれなきゃ、オレ……嫉妬で、可笑しくなっちゃいそう」
言ってる途中で恥ずかしくなってクッションに顔を埋めてしまったから、後半くぐもった声になってしまった。
数秒お互いに沈黙した後、ふっ、と堪えきれなかった様子で彼女がくすくすと笑い出した。
『ケイト君、可愛いね』
「ま〜た、そういうこと言う……」
嫌がるような反応をしてしまったけど、正直なところ、彼女に言われる「可愛い」はあまり嫌じゃない。その言葉の中に、好きとか愛しいとか、いっぱい愛情が詰まっている気がするから。恥ずかしいけど嬉しくて胸が高鳴ってしまう。
『ごめんなさい、少し意地悪し過ぎちゃったかも』
突然の心底申し訳なさそうな声に、オレの口からは「へ?」なんて間抜けな声が出る。クッションからパッと顔を上げた。
『ケイト君が、この子のことを失敗作なんて、要らないなんて言うから、なんだか悔しくて』
「どういう、こと?」
『この子は、君の隠し持った一面が反映された存在なんだよ。明るくて元気なけーくんも、本当は少し内向的な君も、私にとってはぜんぶ、大好きなケイト君なのに。そんな酷いこと言われてしまうなんて、悲しかった。だから、私がマンドラゴラ君をめいっぱい愛する姿を見てもらえたら、どれだけ君を愛しているか分かってもらえると思ったんだ』
でも、そんなにヤキモチ妬かせちゃったなんて、ごめんね。
オレが勝手に嫉妬してるだけなのに、そう言って声までしょんぼりと落ち込んでしまった彼女に、ギューッと心臓を甘く握り締められるような感じがした。
ああ、やっぱり今すぐマンドラゴラと居場所を変わりたい。今、この場に彼女が居たら、間違いなく痛いほど抱き締めていたんだろう。
「……オレのこと、そんなに好き?」
『好きだよ、誰よりも』
「るーちゃんって、そーいうのちっとも恥ずかしがらないよね」
『素直な気持ちを言葉にすることは、何にも恥ずかしいことじゃないよ?』
「まあ、そーいうとこが好きなんだけど」
『私も、本当は少し照れ屋さんな君が好き。私の前では自然な男の子の声でお喋りしてくれるところとか、私と共有する時間を凄く大切にしてくれるところとか、大好き』
「おぁ、そっ、か、ありがと、」
愛を伝えたら何倍にも膨らました愛が返ってくる。そんな彼女をオレも大好きだけど、あんまり言われ過ぎると照れてしまって困っちゃうな。
「ルーシャちゃんのお気持ちはよく、わかりました、うん」
『じゃあ、これからもマンドラゴラ君を可愛がること、許してくれる?』
「……それ以上にオレのこと愛してくれるなら、許してあげても良いかな」
『ふふ、ありがとう』
あーあ、駄目だ、今日も彼女の愛情深さに完敗です。オレのお姫様には、もう一生かけても敵わない気がするよ。
その日は夜が深くなるまでいつもより長めに、彼女の歌うような優しい声を聞き続けたのだった。
後日、寮の談話室でトレイくんに例のレアチーズケーキを振る舞いながら、リドルくんも交えて恋人の惚気話に楽しく花を咲かせたことは──可愛い彼女ちゃんには、秘密にしておこう。
2020.07.25公開