短い話まとめ
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隠し味のお約束
俺は普通よりも少し、料理が得意な方だと自負している。
ケーキ屋の長男で、忙しい両親に代わり弟妹の食事の世話までしていた。実際、俺の可愛い弟妹たちは兄の手料理(特にハンバーグ)が大好きだし、なんでもない日のパーティーで振る舞うお菓子は幼馴染みや後輩たちにも好評だ。
幼い頃から俺は、キッチンに立つ事が当たり前だった。作り手側で居る時間が、あまりにも長過ぎたのだろうか。お客様として座ったまま待ち惚けている時間は、なんだかソワソワと心が騒ついて落ち着かない。手料理を振る舞われる側に、慣れていないのだ。
そんな今日の俺は、監督生やグリムらに勉強を教える為オンボロ寮へ招かれた客──という立場であり、寮母さんからお礼に夕飯まで頂く流れとなった。彼女の優しさを感じる手料理は大好きだから嬉しい話なんだが、やはりご馳走になるばかりでは申し訳ない。
俺は例の如く、寮母さんが忙しそうに白いエプロンを揺らすキッチンへ、ひょっこりと顔を覗かせる。
「あの、アイさん、俺にも何か……」
手伝わせてください、と続く前に、こちらを振り返った彼女はムッと不機嫌そうな顔で「だーめ!」なんて可愛らしいが珍しく声を張り上げた。
「今日のトレイ君は、台所立ち入り禁止です」
思わず「えッ!?」と悲しみの声が零れる。いつもは『ありがとう、優しい子ね』等と笑顔で褒めてくれて、……あわよくば、いい子いい子と頭を撫でてもらえるのに。
何故だかやたらと張り切っている様子の彼女に「大丈夫だから、今日はお姉さんに任せて!」そうグイグイと肩を押され、キッチンを追い出されてしまった。
「お夕飯、楽しみに待っててね」
そんな甘やかな言葉をオマケに、ぽんぽんと頭を優しく撫でられるものだから。
寂しさやら照れ臭さやら入り混じる何とも複雑な心境で「……はい」と静かに頷き返すしかなかった。
仕方が無いので、談話室で監督生とグリムと三人でトランプ遊びに興じる。じゅわじゅわと肉の焼ける匂いに、空腹感が高まってきた頃だ。
キッチンの方から、寮母さんの「お夕飯できたよー」そんな朗らかな声が響いてきた。今度こそ、せめて食卓を整える手伝いぐらいはーーと思ったが、俺よりも先に監督生が「はーい!」と駆けて行ってしまった。俺はグリムと敗者決定戦の真っ最中で「勝負がつくまで逃げるんじゃねーゾ!」なんて引き留められてしまう。結局、調理から盛り付けに配膳まで、全て彼女たちに任せきりだった。有難いのに、何もさせてもらえない事が逆に不安を感じるなんて、可笑しな感覚だ。
早々にグリムへ勝ちを譲ってトランプを片付けた後、おいでおいで、と手招きしてくれる寮母さんの隣へ腰掛ける。そこでテーブルに並んだ色鮮やかな食事を前に、俺は思わず「わあっ」と子供らしい歓喜の声を上げてしまった。
「今日はハンバーグか! あれ、でも……」
ふんわりと丸く焼かれた大きめサイズの美味しそうなハンバーグ……だけど、その上には大根おろしがたっぷり、刻んだ青じそと一緒に盛られていたのである。俺の知る限りでは、あまり見慣れない組み合わせだ。
驚く俺を見た寮母さんは「ふふん」と鼻高々に機嫌を良くして笑う。ちょっと子供っぽい表情で、可愛い。
「今日のお夕飯は、オンボロ寮流の和風ハンバーグです」
「わふう?」
「この間ね、監督生ちゃんとグリムちゃんが、トレイ君にクローバー家流のハンバーグをご馳走になったと聞いたから。お礼に、オンボロ寮流を味わってもらおうと思ったの」
ああ、そういえば……。
いつか、俺の得意料理の話をしたっけ。クローバー家のハンバーグには隠し味でセイウチ印のオイスターソースを入れて、目玉焼きを乗せて頂くんだぞ──なんて話を続けたら、監督生たちが凄く食べたそうな顔をしてくれたから。後日、ハーツラビュル寮へ招いて振る舞ったんだよな。
しかし、二人が寮母さんにその話を伝えていた事も、また驚いたけど。それを聞いた彼女が、まさか俺のために、この特別なハンバーグを用意してくれた、なんて……。ますます、嬉しい気持ちが胸いっぱいに膨らんだ。
「さ、どうぞ召し上がれ」
甘い声音で促されて、俺は「いただきます!」とすぐに手元の箸を取った。監督生やグリムに以前「寮母さんのハンバーグも美味しいんですよ!」「さっぱりしててフワフワで、いくらでも食えるんだゾ!」なんて話を聞いていたから、わくわくと期待が高まる。
箸を入れた途端、溢れ出る肉汁。お手製の和風ダレが染み込む大根おろしと共に、大きく口を開けて頬張る。百%牛肉の柔らかさに、柑橘系の良い香りが相まって、爽やかな味わいだ。あったかくて優しい味とは、まさにこういうものを指すんだろう。
「んんっ、ふふ、ほんとだ、美味いな。これは確かに、いくらでも食べられそうだ」
思わず笑いまで込み上げてしまった俺の感想に、何故か手作りした本人である寮母さんよりも、監督生の方が「ねっ、美味しいでしょう?」と変に満足そうな顔をして、グリムに至っては「当然なんだゾ!」と何故か自慢気だった。
まったく、こんな美味しいご飯を日のように食べられるなんて羨ましいなあ、オンボロ寮の生徒たちは。……でも。
俺はハンバーグに夢中な彼らの目を盗み、隣の寮母さん──もとい、内緒で交際している恋人へ、コッソリと耳打ちした。
「今度、作り方教えてくださいね」
「ふふ、良いよ。私もその時は、クローバー家流を教えてほしいな」
「勿論。あと、出来れば、その……」
──いっしょに作りたい、です。
我ながら恥ずかしいほど弱々しくて、床の軋む音にかき消えそうな声だった。
こちらへパッと顔を向けた彼女は、少し驚いた顔をしていたけど、すぐマシュマロみたいに嬉しそうな顔で笑う。
「もしかして、寂しかった?」
「……ちょっとだけ、な」
手料理を振る舞われる側には、慣れていない。それは確かなんだが、終始落ち着かなかった理由は、もっと別にある。
要するに、まあ、彼女と一緒に居たくてソワソワしていた──という、それだけの理由だ。
彼女の隣は、不思議なくらい心安らげるから。キッチンにふたり並んで料理をする時間も、俺にとっては幸せで貴重なものだから。出来る限り、その隣にはいつだって俺を置いてほしいし、どんなにささやかなコトでも共有したいと思うんだ。
「じゃあ、今度は一緒に作ろうね」
「ん、約束だ」
俺たちはテーブルの下で、無邪気な寮生たちにはバレないよう、お互いの小指を密かに絡め合うのだった。
2021.04.11公開
(Twitterでフォロワーさんから台詞ネタ提供頂いた作品です。ありがとうございました)
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