短い話まとめ
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ハートのキャンディ
ナイトレイブンカレッジの購買部で売っていた、真っ赤で艶々のハート型をした棒付きキャンディ。
他校の購買部を覗ける機会なんて滅多に無いから、少し見て回るだけのつもりだったのに。偶然それを見つけた途端、パッと手を伸ばしていて、ついうっかり買ってしまった。
なんだか最近、ハート型のものにやたら惹かれてしまう傾向がある。特に、赤が好きだ。授業用のノートもお出掛け用の髪飾りも、そしてお菓子にも、わたしの身の回りの物は、いつの間にか赤いハートで溢れていた。原因は分かってる。その自己主張が激しい真っ赤なマークを目にすると、どうしても、脳裏に浮かんでしまうから。左目の端に赤いハートのスートメイクを飾った、ちょっぴり意地悪な彼の眩しい笑顔が。
彼の大好きなチェリー味だし、あげたら喜んでくれるかもしれない──なんて余計にふたつもキャンディを購入してしまうわたしは、たぶん、彼のことを好きなんだと、思う。
「よっ、良いモン食べてるじゃん」
「むぐッ」
噂をすれば何とやら? チェリーの甘酸っぱさを堪能していたら、いつの間にか背後に居たらしい彼──エース・トラッポラ君から、トンッと軽く肩を叩きながら声を掛けられて、驚いた。これが棒付きじゃなかったら、びっくりしてキャンディを喉に詰まらせていたかもしれない。わたしは慌てて口から食べかけのそれを取り出した。
「び、びっくり、した……部活帰り?」
ばくばくと高鳴り出す胸元を押さえて、隣に並んだ彼を見上げる。運動着姿だから、部活終わりに購買へ飲み物でも買いに来たのかな、と思った。
「そ、炭酸買いに来た。寮で毎日のように紅茶ばっか飲まされて、正直もう飽き飽きしてんだよなァ……。っていうか、チェリー味のキャンディなんて、お前にしては珍しいモン食ってるね。俺はそれ好きで結構買うけど、お前メロン味の方が好きとか言ってなかった?」
「あっ、これは……」
私の手に握られた真っ赤なハートのキャンディを彼に見られることが、何だかとても恥ずかしい。
「……なんとなく、そういう気分、だっただけ。良かったら、もうひとつあるから、あげるね」
彼に贈るつもりだった新品のそれを取り出そうと、片手で鞄の中身を探る。しかし。
「いーよ、新しいのじゃなくて。オレはお前の食ってる"それ"が欲しい」
え──?
理解の追い付かない言葉に困惑する私を無視して、彼は突然ぬっと顔を近付けてきたかと思えば。私の手が持っていた食べかけのキャンディに、ぱくりっ、とかぶりついた。
「なっ、な!? 何して──ッ!?」
それは、わ、わたしがさっきまで口に入れてた(言い方悪いけど)な、舐め回してたやつ!
驚いた反射で慌てて手を離すと、そのままヒョイっと彼の顔が遠ざかって、食べかけを、完全に奪われてしまった。
「んん、何って──間接キス?」
彼は口に含んでいたキャンディをちゅぽんと取り出して、その唾液で少し溶けた真っ赤なハート型に、チュッ、なんてわざとらしいリップ音を立てて口付ける。
その光景の、なんといやらしいことか。あまりの驚きに言葉を失ってしまったわたしは、まるで餌を強請る金魚のようにパクパクと口の開閉を繰り返すしかなかった。頬が熱くて、心臓が跳ね回って、爆発しそうだ。きっと私の顔の色も、真っ赤な金魚そっくりなんだろう。
そんなわたしの反応がお気に召したのか面白かったのか、ニンマリ悪い笑顔を浮かべた彼は、また食べかけを頬張ってヒラヒラと空いた手を振った。
「んじゃ、ごちそうさま〜」
サンキューな、とかキャンディをくわえたままモゴモゴ言い捨てて、わたしに背を向けた彼は購買部の方向へ早歩きに去って行った。
随分余裕ぶった口振りだったけど、遅刻した白ウサギの如く逃げるような足取りだったことも、揺れるツンツン髪の隙間から見えた両耳が真っ赤っかに染まっていたことも、わたしは見逃さなかった。
後から逃げたくなるほど恥ずかしくなるなら、そんなイタズラ、しなきゃ良いのに。
ああ、もう──。
「エース君の、ばか……」
こんなハートの奪い方、ずるい。
2020.08.22公開
(ゲーム内のアイテムにまつわるお話をシリーズで書いたら楽しそうだなあ、グルーヴィー飴ってどんな味するのかなあ、と想いを馳せながら書いたSS。シリーズ化の予定は未定)