短い話まとめ
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卒業エンゲージ!
夜の薔薇の庭園に溶け込んでしまいそうな、闇色のローブが風に靡く。リドル先輩は深く被ったフードを取り払うと、同じく式典服姿の私を見て柔らかく微笑んだ。
そういえば、初めて彼に出会ったのは私の代の入学式で、その時もお互いに式典服姿だったっけ。あの時よりも彼は少しだけ背が伸びたし、体格も随分しっかりと大人の男性らしくなった。ああ、もう彼の黒いローブ姿を見ることはないんだ。そう思うと、余計な寂しさが込み上げる。
「ご卒業、おめでとうございます。リドル先輩」
「ありがとう、ユウ君」
「ハーツラビュル寮の長として、王としての堂々たる勇姿。最後のスピーチまで、それはそれは立派でした」
泣いてしまいそうになる気持ちを必死に堪えて、だけど声は震えてしまいながら、後輩として先輩に贈る言葉を紡ぐ。
「ユウ君も、オンボロ寮の監督生として立派に、残り1年頑張るんだよ」
「……はい、勿論です」
ぽんぽんとフード越しに私の頭を撫でてくれる彼に、私は上手く笑い返せているだろうか。
祝福したい気持ちもあるのに、本当は寂しいとか離れたくないとか、暗澹たる気持ちでいっぱいだった。私には、あと1年の時間が遠くて長い道のりように思えてしまう。ずっと、彼の存在や言葉を支えに過ごしてきたから、彼の居ないたった1年が、不安で仕方なかったのだ。
そんな私の不安すら、彼は見透かしていたのかもしれない。不意に、私の手を取った。
「リドル、先輩?」
「ボクはもう、キミの先輩では居られなくなってしまうからね。──恋人としての、餞別を贈ろう」
シャランと煌びやかな音を鳴らして、私の手のひらへ落とされたのは──金色の細いチェーンでペンダントのように繋がれた、赤い魔法石のついたカレッジリング。
「えっ、これ、先輩が卒業記念に学園長から頂いた物、ですよね? わ、私なんかにあげちゃ駄目ですよ!」
「ああ、やはりキミは知らないんだね」
わたわた慌てる私を、彼は愛おしげに目を細めてクスクスと笑う。
「うちの学園には昔々から、自分のカレッジリングを意中の相手や恋人に渡して"永遠の愛"を誓う伝統があるんだ。先輩方から初めてその話を聞いた時は、まあ正直、馬鹿らしい伝統だなんて思っていたけど、」
受け取りを渋る私の手に、彼は両手で覆って包み込むようにぎゅっとカレッジリングを握らせた。
「今なら、とても素敵な伝統だと思えるよ。受け取ってくれるかな、ボクのアリス」
「それ、って……」
意味を理解した途端、どきん、どきん、胸が高鳴って。全身が甘い熱に襲われる。
「来年キミが卒業するまで、待っているからね」
瞳から、ぽろ、とぬるい滴の落ちる感覚がした。堪え切れなかった涙が、ぱたぱた、ぼろぼろ、溢れてくる。でも、この涙の感情は暗いものじゃなくて。
「──はい! 約束、ですよ」
嬉しくてたまらない気持ちだった。
「ああ、必ずキミを迎えに来ると約束しよう」
もう、大丈夫。あなたのその言葉さえあれば、たった1年なんて、きっと瞬きの間に過ぎていくだろう。
私はそっと金色のチェーンを首に掛けて、キラキラと輝く赤い魔法石を胸元で光らせた。
あれから、1年後。
本当にあっという間に過ぎた四年生の終わり、私は見送った先輩方と同じように魔法石を飾ったカレッジリングを、卒業証書と共に学園長の手から授かった。相棒であるグリムとお揃いの、淡い藤色をした魔法石がとても美しい。
まさか、魔法も使えない私が、本当にこの学園を卒業出来たなんて──。周りの誰も彼もが驚いていたし、私自身、ちょっと信じられなかった。でも、ひとりだけ、ボクのアリスなら当然だろうなんて、誇らしげに笑ってくれるひとの姿が思い浮かぶ。
「卒業おめでとう、ユウ」
賑やかな喧騒を掻き分けるように耳に届く、凛とした声に振り返れば、赤い薔薇を思わせるそのひとが立っていて。
「リドル、さんっ!」
いつか偽の花婿になりきった時のような赤いスーツ姿の彼に、私はすぐさま駆け寄って思いっきり抱き着いた。わ、と頭上から聞こえる驚いた声。すっかり男の人になった大きい手が、以前のように、式典服のフード越しに私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「迎えに来たよ、ボクの愛しいアリス」
「はいっ、良い子で待ってましたよ! あなたに相応しいアリスで在れるように。最後のスピーチ、立派でしたか?」
「うん、素晴らしかったよ。魔法の使えないひとりきりの生徒として、オンボロ寮の監督生として、よく頑張ったね」
ぎゅう、と抱き締め返してくれる彼の腕の中、私はほんの少しだけ泣いた。
──が、途中で我に返り、私はハッとして彼の腕から離れる。きょとん、と驚いて目を丸くする彼の、左手を取った。1年前の彼が、そうしてくれたように。私のカレッジリングを、彼の手のひらへ転がした。
「これは……」
「……1年前の、私の答えです」
私は式典服のローブの首元へ片手を突っ込み、シャラン、と金色のペンダントチェーンを引っ張り出した。1年間ずっと肌身離さず首に飾っていた、赤い魔法石のついたカレッジリング。
「どうか、私と"永遠の愛"を誓い合ってくれますか、リドルさん」
「……ふふ、まさか、キミの方からプロポーズされてしまうなんて。いざと言う時は全く物怖じしないところ、相変わらずだね」
彼は贈られたカレッジリングをその左手に握り締めて、また私の身体をぎゅうっと苦しいくらいに抱き締めた。
「健やかなる時も、病める時も、永遠にキミを愛すると誓おう」
「私も、誓います! ずっと、ずっと大好きですよ、リドルさんっ」
ああ、もう、なんだか幸せ過ぎてふわふわする。
夢のような心地の中、私たちはこの場に同級生たちや先生方が居ることも忘れて、誓いのキスを交わすのだった。
これからはあなたの隣が、私の居場所になるんだ──。
2020.08.05公開
(突然の公式カレッジリング発売や、それにまつわる習慣などを知って、興奮のあまり勢いで書いたものです。
海外では卒業記念に指輪を貰える学校があるんだそうで、カレッジリングは和製英語で、本来はクラスリングと呼ぶらしいです。それを恋人に贈って愛を誓ったりする習慣もあるとかで……めっちゃ、良いっすね……)