短い話まとめ
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故郷の味に愛を込めて
なんだか例年より随分と長く感じられたウィンターホリデーが終わって。
学園へ戻ってきた俺は友人らと共に、昨年色々世話をかけてしまった監督生たちにも新年の挨拶をしようと、オンボロ寮へ訪れていた。
友人たちが監督生やグリムと、ホリデーはどんな風に過ごしていたか、なんて話で盛り上がっているところをコッソリ抜け出して。俺はひとり、キッチンへ向かった。案の定そこに居た、白いエプロンを揺らす後ろ姿を見つけて、自然に笑みを浮かべてしまう。
寮母さん、と声を掛ければ。そのひとはすぐに振り返ってくれて、苺のような瞳を蕩かせて微笑みを返してくれる。久しぶりの再会は嬉しくて胸が弾んだ。
「クローバー君、あけましておめでとうございます」
「あっ、はい。あけましておめでとうございます」
ふたり揃って姿勢を正してペコリと頭を下げる。同じ挨拶を交わして、ふふ、と笑い合った。
年明けから暫く経っては居るし、新年の挨拶は既にスマートフォン越しで済ませていたけど、やっぱり直接言っておきたかったから。
ふと、彼女の背後にある大きめの鍋の存在に気が付いた。おや、今日は何を作っているんだろうか。俺はそっと彼女の隣へ歩み寄って、コトコト煮える鍋の中身を覗き込んでみる。
うーん? 極東の島国では定番だと言う醤油がほんのり香る鍋の中、食べ易いサイズに切られた人参や大根、椎茸、鶏肉などが透明な海を泳いでいた。何だろう、スープ料理かな……。
「あら、興味津々ね。お雑煮は知らなかったかな、やっぱりクローバー君が住んでるお国でも珍しいのかしら」
「おぞうに、か。聞いたことはないなあ、寮母さんの故郷の料理ですか?」
「うん、新年に頂く定番料理だよ。ここに焼きたてのお餅を入れて──」
そうこう話している間に、オーブントースターが側でチンッと軽快な音を鳴らした。彼女がパッと花の咲くように嬉しそうな顔をしたから、たぶんそのお餅が丁度良く焼けたのだろう。
「今日はハーツラビュルの子たちが挨拶に来てくれると聞いたから、お雑煮を振る舞ってあげようと思って準備していたの」
5人分のお椀に鍋で煮込んでいた汁や具材を盛り付けて、そこに焼きたてのお餅をひとつずつ沈めながら、彼女はそんな嬉しい話をしてくれた。ありがとうございます、と素直にお礼を述べれば、彼女はますますニコニコご機嫌の顔になる。
最後にお餅の上へ三つ葉を飾って、お雑煮が完成した。ほんわり立ち昇る湯気と共に漂う、優しい和風出汁の香り。柔らかく煮込まれた具材たちや、ふっくら焼けて焦げも飾ったお餅が美味しそうだ。
「オクタヴィネルの子たちも、うちのお雑煮を喜んでくれてね。味はアーシェングロット君からもお墨付きだよ」
ただ、彼女の口から突然、アズールのファミリーネームなんて飛び出してくるものだから。俺の内心は墨色にじわりと濁った。
──そういえば、オクタヴィネルの3人組はウィンターホリデー中は帰省せず、学園で居残って過ごしたとは聞いている。
「……ホリデー中は、彼らと過ごしていたんですか?」
「うん。色々あってね、また後で詳しく話すけれど、オクタヴィネルの子たちには特別お世話になって──。だから、そのお礼に。あの子たちには和食が珍しかったみたいで、レシピを教えてほしいなんてお願いされてね、皆で一緒に作ったりしたの」
へえ、と思わず冷たく素っ気ない返事を零してしまう。ああ、それはもう、楽しく過ごされたのだろうな。素直にアイツらが羨ましい、なんて思った。
「……俺も、居残れば良かったな」
心の中で呟いた筈の言葉が、つい口を出てしまったことに気がついて、俺は慌てて自身の口を押さえ込んだが。もう遅い。
彼女は、きょとん、と不思議そうに赤い目を丸くしていた。しかし、すぐにその表情をふにゃふにゃ破顔させて。あははっ、なんて声を上げて笑う。
「もう、クローバー君ったら、可愛い子ね」
そうして、もはや当たり前に俺の頭を撫でて来たりするものだから。ああ、もう、澱んだ感情なんて一瞬で吹き飛んでしまった。
「もしかしてホリデー中、お姉さんに会えなくて寂しい、なんて思ってくれていた……とか、自惚れても良いのかしら?」
「か、からかわないでください……」
「ごめんね。でも、とっても嬉しいから、うふふ」
可愛い可愛いと幼子を愛でるような手つきや甘い声は恥ずかしくなるけど、それよりも、久しぶりの温かな対応が俺も嬉しくて何の抵抗も出来なかった。胸の奥の喧しさを感じながら、ただ頬を熱くするばかりで。彼女の手のひらの心地良さには、きっと誰も抗えないだろうから、もう仕方がない。
「私もホリデー中は寂しかったよ。だから、今日はきみたちが遊びに来てくれて、本当に嬉しくて。お姉さんも少しはしゃいでいたの、ほら、見てくれる?」
彼女の優しい手が離れていくことに名残惜しさを感じながらも、彼女が柔かに指差す方、先ほど盛られたばかりのお雑煮たちを見る。
あっ、と気がついた。よくよく観察してみると、お雑煮の具である人参がハート・スペード・クローバー・ダイヤのスート型に飾り切りされていて、それぞれのお椀にひとつずつ盛られていたのだ。恐らく、リドルの分はお花型の人参が乗っているものだろう。
監督生ちゃんと頑張ったのよ、なんて彼女は照れ臭そうに微笑んだ。ああ、なるほど、そうだったのか。このひとは正真正銘の"誰にでも優しいひと"だから、生憎と気付けなかったが──。
どうやら、俺たちはほんの少し"特別"に可愛がられているらしい。そんな些細な特別が、どうしようもなく嬉しかった。
「今年もうちの可愛い寮生ちゃんたち共々、よろしくお願いしますね。クローバー君」
「──こちらこそ、今年もよろしくお願いします」
その日、友人たちと皆で頂いたオンボロ寮ご自慢のお雑煮は、温かで優しい味がして。お墨付き通り、とても美味しかった。
……でも、やっぱりオクタヴィネルのアイツらには先を越されたような気がして、なんとも悔しいので。
「今度、俺にも作り方を教えてください」
「ふふ、良いよ。約束だね」
今年はもっとたくさん、彼女の故郷の味を教えてもらいたいな──。
2021.01.01公開