短い話まとめ
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微睡みリリーフ!
『──せんぱい、リドル先輩』
いつも通り、桃薔薇が開花したような笑顔で、キミは。
『元の世界へ帰る方法が見つかったんです』
酷く、惨い、言葉を吐いた。
『え──?』
『学園長が、ようやく見つけてくださったんです』
『監督生、ねえ、』
『ああ、よかった。本当によかった。やっとおうちへ帰れる!』
『ユウ君、』
『嬉しくて嬉しくて、嬉しくて! 先輩にいちばん早くご報告したかったんです。もちろん、先輩も、私のために。喜んでくださいますよ──ね?』
ニコリ、彼女の口の両端が歪んで、細く三日月を描いた両目まで吊り上がって、その全身はどろりと真っ黒な洋墨の塊になって……消えた。
『ユウ──ッ!!』
嫌だ、行かないで、ボクと一緒に生きて、お願いだから、そんな引き止める言葉すら告げる事も叶わずに。
あ、そうか。これは──
──悪い、夢だ。
濁点のついた醜い叫び声を上げながら、毛布を蹴って飛び起きる。心臓は大袈裟なほど上下を繰り返し、ぜえぜえと荒い呼吸をしていた。汗で衣服が張り付いて、気持ちが悪い。喉が、痒いくらいに、乾いていた。
ゆっくり、ゆっくりと深呼吸をする。我ながら、なんて酷い悪夢だろうか。乱れた毛布にぽたぽたと染みが広がる様を見て、自分がみっともなく泣いていることに気が付いた。
ああ、ボクはもう、例え夢であっても、キミを何処へも逃したくなかった。あの黒い泥をかき集めて、己の姿を再び醜く歪ませてしまおうとも、キミを捕まえて離したくないと思ってしまうのだ。
「…………り……、…ん」
こんな夢現の狂った考え、頭がめちゃくちゃになりそうだ──。
「リドル、さん……?」
眠たそうに緩んでいる安らぎの声が耳に届いて、ハッと我に帰った。
ベッドの上で膝を抱えて一人泣いていたボクは、すぐさま隣を見る。もぞもぞ、と真っ白な毛布がひとりでに動いていた。もちろん毛布が動く訳などなくて、その向こうに愛しい少女が眠っていたことを思い出す。慌てて寝巻きの袖で目元を拭った。
嗚呼、アリス。ボクの可愛い
「……ユウ、」
ふわあ、と大きなあくびをこぼして、今にも二度寝しそうな目元を擦る、可愛いひとの名前を呼ぶ。
ボクは堪え切れずギシリとベッドのスプリングを鳴らして、彼女の小柄な身体に覆い被さった。眠たい顔の両端に肘をついて、甘えたがりの子猫みたいに彼女の頬へ自分の頬を寄せる。あたたかな彼女の体温が、じんわりとボクを安心させた。
「ふふっ、リドルさんったら……どうしたの? こわい夢でも、見てしまいましたか……?」
くすぐったそうな笑い声、寝惚けながらもボクの背中をぽふぽふと撫でてくれる優しい手、夢のように幸せな現実が間違いなく存在している。
「うん……夢で、良かったよ……」
心の底から出た言葉だった。
彼女の頬から離れて、今度はそのシフォンケーキのような肌に手のひらでふにふにと触れる。嗚呼、とっても美味しそう──なんて、空腹感にも似た妙な欲求にぞわぞわと駆られた。
「リドルさん……」
ふにゃふにゃと眠気に囚われている瞳の中、ボクの赤い髪の色が写り込んでいて、心臓が苦しいくらいの優越感に浸る。その炎が混ざったような黒曜石は、どんな宝石よりも、綺麗だった。
「おめめ、きれい、だなあ」
一瞬、自分が口にした言葉かと思って、驚いた。彼女もボクの瞳の中をじっと覗き込んでいたらしい。
「そうかい? ボクはキミの黒い瞳の方が好きだ」
「黒って地味、じゃないですか」
「夜空のようで美しいよ。時々、その瞳の中でキラキラといっぱいの星が煌く様を見るのが、ボクはいちばん好きだ」
「ふ、へへっ、ロマンチックだあ。なんだか、くすぐったいけど、嬉しい」
少しキザ過ぎただろうか、と言ってて恥ずかしくなったけど、キミが喜んでくれているから良かった。
「私はリドルさんの、灰色の、お月様みたいな瞳の方が、すき。時々、青とか赤とか、いろんな色に光って、かっこいいです」
「は、恥ずかしいよ、もう」
「ふふ、でも、ほんとだもん」
彼女はキラキラと瞳の中に星空を作って、とても愛おしいものを見るように微笑んだ。
「……ねえ、ユウ」
「はあい、なんでしょう」
しぱしぱと眠そうな瞬きを繰り返しながら、不思議そうに首を傾けるキミ。
「もしも、この先──」
キミが、元の世界へ戻る方法が見つかった、その時は。
ボクを置いて、この世界から居なくなってしまうくらいなら、どうか。
ボクもいっしょに、連れ去ってはくれないか。
「……いいや、何でもないよ」
──なんて、思わず言いかけたのに。ボクは途中でやめてしまった。その言葉たちを告げる度胸が無かった、つもりはない。
無責任にもボクの人生を全て背負わせてしまうような話、今の寝惚けている彼女には言えない、と思った。もっと意識がハッキリしている時に話すべきだろうし、ボク自身も悪夢のせいでまともな思考が出来ていないのだから。
でも、夢の中のボクは。悪夢の中へ消えてしまった空想のキミに、そう、願いたかった。
「……せんぱい、さみしそうな顔、してる」
現実のキミは、夢で見た時よりも優しい顔をしている。ゆっくりと華奢な手を伸ばして、細い指先でボクの濡れた目元を拭われた。
「だいじょうぶですよ、リドルさん。あなたの大好きな夜空は、ずっと、ずーっと、お月様のそばに居ますよ」
伸ばされた片手はそのままボクの頬をすりすりと撫でる。
「どんな、世界へ行こうとも……ずっと……」
夢現の狭間を微睡みながら、紡がれた言葉は。
「だって、わたし……あなただけの、アリス、ですから……ね」
また、泣いてしまいそうなくらいに。まるで魔法みたいに、ボクを深く温かく安心させてくれた。
その後すぐに、小さな手はポスンと枕元へ沈み、彼女自身も再び夢の世界へ落ちていってしまったけれど。ボクはもう、大丈夫。愛おしく眠るその目蓋に「ありがとう、おやすみなさい」と、軽く口付けた。
ボクもさっさと寝直してしまおう。今度はキミとふたりで、満天の星々の下を空中散歩するような、楽しい夢が見られそうだから。
2020.11.07公開