短い話まとめ
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花色スートメイク!
今日も桃薔薇のような笑顔を満面に咲かせて、リドル先輩っ、と元気いっぱいにボクを呼び止めた監督生。
「私にもトランプ兵のスートをください!」
んん? と、少し言葉の意味を理解することに時間がかかって、疑問符と共に首を傾げてしまったけど。彼女は構わず、ボクへ期待の眼差しを向けたままに言葉を続けた。
「エースとデュースから聞いたんです。ハーツラビュルの生徒さんは、入寮する時、寮長から自分に似合うスートを選んでもらえるんだー、って!」
嬉々として声を張る彼女に、ボクはようやく最初の言葉の意味を理解した。
ハーツラビュル寮生の顔には、それぞれスペード、ハート、ダイヤ、クローバー4種の内いずれかのスートを描くという、独特の決まりがある。これは入寮時、寮長が各生徒に合うスートを選んで、魔法で施すのだ。ハーツラビュル寮の新入生が初めて体験する、当寮の伝統行事である。それはハートの女王に仕えたトランプ兵たちを模したものであり、女王を守り支えた兵士らの勇ましい忠誠の証に憧れ、寮長から与えられたスートを誇らしげに自慢する寮生も多い。
先程、彼女が名前を上げたエース・トラッポラとデュース・スペードは、我が寮の新1年生。彼らの顔に描かれたスートは、寮長であるボクが彼らに似合うと思って選んだものだ。それを他寮の監督生である彼女に話した、ということは、自分に与えられたスートを彼らも気に入ってくれているのだろうか? なんて、ボクは微かにほくそ笑んだ。
「しかし、キミはオンボロ寮の監督生、だろう?」
「そ、そうですけどーっ、私もふたりが羨ましくて……。どうかお願いします、リドル寮長!」
「まったく、こんな時だけ畏まった呼び方をするのだから」
仕方がない子だね、と呆れたような声音を吐き出しながらも、内心はそんな可笑しなお願いをしてくる彼女が可愛くて仕方がなかった。
「いいよ。このボクがキミにお似合いのスートを選んであげよう」
「わっ、ありがとうございます先輩!」
やったあ! なんて、テストで満点を取った時ぐらい両手をあげて喜ぶ彼女。ああ、もう、どうしてこの子はそうも無邪気で、可愛いのか。今のボクの顔も、笑顔の彼女と同じように緩んでしまっていた。
さて。彼女に似合うスートはどれだろうか、と頭を働かせる。
それは意外にも難しい選択だった。何せ、何者でもない彼女は何者にだってなれてしまう、自由なひとだから。
ハートかスペードを選んだら、仲の良い友人たちとお揃いで嬉しいなんて、喜んでくれるかもしれない。ダイヤもクローバーも似合うだろう、けれど、なんだかどれもしっくり来ない。ああ、違うな。それぞれスートのメイクを施した彼女を想像すると、なんだか妙に、心の奥底がもやもやとした。ボクではない誰かとのお揃いを喜んで、数多く存在するトランプ兵のひとりに紛れてしまう彼女を考えるのは、ああ、ひどく、気分が悪い。自分のあんまりな狭い心に、嫌気が差した。
ボクは自覚している以上に、わがままみたいだ。彼女の可愛らしいお願いを叶えてあげたいと思うのに。どのスートも選びたくない、なんて──。
リドル先輩? そう不安げな声に呼び掛けられて、思考の海を漂っていた意識がハッと浮上する。
「ああ、すまない。キミにはどのスートがいちばん似合うだろうかと、少し迷ってしまってね」
「いえっ、嬉しいです。先輩が、私のためにたくさん悩んでくれているなんて。ちょっと悪い子かもしれませんけど、……とっても嬉しい」
恥ずかしそうに自分の頬を両手で覆い隠しながら「えへへ」なんて笑う彼女がますます可愛くて、きゅん、と胸の奥が甘い音を鳴らした。
随分と、ずるいことを言うんだね。ボクはもう溺れてしまいそうなほど、キミのことで心がいっぱいだと言うのに。
「……あ、」
ふと、彼女の制服の胸ポケットに収まる、いつかボクの贈った万年筆が視界に入った。その万年筆を飾る赤い薔薇の宝石を見て、ボクは良いことを思い付いた。
「じっとして、目を閉じてくれるかな」
ハイッと丁寧な返事をしてから、ボクの言葉通りに目を閉じて、キチンと気をつけして姿勢を正す彼女。瞼と一緒に、ぎゅーっと固く結ばれた苺色の唇が、なんだか美味しそうに見えて、少しばかりの悪戯心が刺激される。
このままウッカリ口付けてしまいたくなる衝動をぐっと押さえて、ボクはマジカルペンを振った。──よし、パーフェクト。我ながら素晴らしい出来だ。
「もう目を開けていいよ。ほら、鏡を見てごらん」
ぱちり、と素直に目蓋を押し上げた彼女へ、愛用している折り畳みの手鏡を貸して。そこへ映る自分の顔を見るように促す。鏡を覗いた途端、彼女は驚きに丸くした瞳をキラキラと星空の如く輝かせた。
「わあっ、素敵! きれいな薔薇だあ……」
ボクが彼女の頬に描いたのは、4種のどのスートでもない、真っ赤な薔薇の花。彼女の望みとは、かなりズレてしまったけれど。ほーっ、と感激の溜息を溢すほど気に入ってくれたみたいで、ふふ、よかった。
「やっぱり、リドル先輩の魔法はすごいです! でも、どうして薔薇、なんですか?」
至極当然な疑問だ。しかし、改めて聞かれてしまうと、なんだか恥ずかしい。ボクはほんのり頬に熱を感じながら、ゆっくりと答えた。
「──キミには、女王に仕える数多のトランプ兵よりも、ボクだけの
彼女はよく、ボクには"赤い薔薇"が誰よりも似合うと、嬉しい言葉をくれる。それは、ボクのファミリーネームに薔薇が含まれていることや、生まれ持った赤い髪、薔薇の庭園に囲まれたハーツラビュル寮の長であることも、イメージの元になっているのだろう。赤い薔薇は、ボクを象徴するもの。だから、この薔薇のメイクは──キミがボクにとって、特別な少女である証。
ボクの込めた意味を理解してくれたのか、ぽぽっ、と彼女の顔が色変え魔法をかけられた薔薇のように赤く染まる。その、メイクと同化してしまいそうな、照れた表情が可愛いから。また、ほんの少し子供みたいな悪戯心が疼いた。
「おや、アリスはお気に召さなかったかな?」
「そ、そんなこと! ありません!! こんなの、喜ばないわけが、ありませんよ、もう……。ありがとうございます、リドルさん」
ボクの悪戯っぽい言葉を全力で否定して、一生懸命に感謝と喜びを伝えてくれる彼女が、愛おしくて堪らない。キミは何者にだってなれる筈なのに、ボクの"特別"になることを、選んでくれるんだね。
けれど、彼女はどうにも照れ臭さを耐え切れなくなったようで。急に慌てた様子で、赤い顔のまま「エースとデュースに自慢しなくちゃ!」なんて言って、ボクの腕をぐいぐい引っ張るものだから。ボクは再び呆れたように微笑みながら、やれやれ、と彼女の後を着いて行った。
まったく、ほんとうに可愛い子だよ。
所詮は一時的な魔法だから、深夜零時を過ぎれば消えてしまう、儚い象徴だけれども。
いつか近い将来、キミにもっと似合いの薔薇を飾ってあげるから。
ローズハートという、ボクとお揃いの薔薇の名を──なんて、ね。
2020.10.12公開